表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
新たな脅威の調べ
1281/2963

1281. フォラヴと『妖精の庭』・アレハミィ・銀の城

明けましておめでとうございます!!!

皆様に豊かな実りと喜びの沢山ある一年でありますように!


☆今回は、前回に続いてフォラヴのお話です。彼が妖精の庭へ行きたくて、治癒場の光に入った後からのお話です。

 

 体が移動した感覚もなく、妖精の騎士は光の中に包まれて数秒過ごし、暫し、心地良さに目を閉じていた。



 そして、目を閉じたまま深呼吸し、ゆっくりと目を開けたら、違う場所に立っている驚きが待っていた。治癒場には違いないが、青い光が静まった窪みの外の風景は、土の壁や床のある部屋が消え失せ、豊かな緑の木々や葉に、木漏れ日の落ちる外。


 驚きながら光を出て、お礼を言ったフォラヴは、体も軽くなった気がして、少し元気が出て来る。

 窪みの一歩外は、柔らかな苔と草が絨毯のように生え、丸い石がそこかしこに置かれ、その石にも苔が生え、キノコが出ていたり、小さな虫が遊んでいる。


 鳥のさえずりが木漏れ日と共に降り注ぎ、木の葉を伝う清い雫がフォラヴの見上げた顔に落ちた。頬を滑った雫は彼の唇を湿し、騎士は微笑んで『有難う』とお礼を言い、艶やかで大きな葉を付けた木を撫でた。


 妖精の騎士に礼を言われた幹は、黒くしっかりした樹皮に蜜を生み、フォラヴが気が付いて、指に掬って口に運ぶと、枝葉を遠慮がちに揺らして喜んでいるようだった。


 歩く場所は、生した苔から、積もる腐葉土へ変わり、周囲にずっと広がる森は、フォラヴの体に清涼の軽やかさを与える。


 涼しく草の香りが包む森の中は、木陰が多くても暗くなく、木漏れ日がたくさん垂れた織り糸のように、揺れる輝きを見せる。しっとりした空気に、乾いた肌も、汗でべたついた手や顔も洗われ、上を向けば、頭上の葉は雫を落としてくれた。


 先ほどまでの渇きと怖れの時間が、嘘のよう。歩ているだけでも、騎士は心身ともに癒される。


「ああ・・・ここが『妖精の庭』。本当です。本当に、私を癒して愛して下さる」


 温かな優しさが、緑の自然を通して感じられるフォラヴに、これ以上の休息の場所はないと思えた。



 だが囲いもない、自然のままの『庭』と思っていた森の中を歩き続け、フォラヴは木々の先に見える、やんわりとした暗がりに気が付いた。

 人工的な雰囲気が気になり、そこへ近づく。森の中の木々の隙間に、一見すると壁に見えない、苔が生して蔦が這う石壁があり、低い壁の一部には、両手指を合わせたような形の()()()があった。


 壁伝いに移動した騎士は、自分の背よりも低い壁と、そこにある小さな入り口を見つめ、向こう側の森を見る。特に何も変わった様子はないし、どうしてここに壁が?と思う印象だが、古い壁に見えることから、奥に何かがあるのかもと、背を屈めて入り口を通った。


 通った瞬間、とはいかない。普通に潜り抜け、振り向いて通り抜けた壁越しに、今歩いていた場所を見たが、やはり変わりはない。


 フォラヴは道のないこの場所であっても、木々や雰囲気で覚えるため、気にせずに歩き出す。あれほど重かった足も軽い。疲れて眠りたかった頭は冴え冴えとし、呼吸が辛く感じた乾いた空気は、今はしっとりと香り良い森林の息吹に変わり、時折、大きく吸い込んでは、食事を摂るように満足した。


 ここへ入る前は夕方だったが、この場所は午前のよう。生まれたばかりの一日に似た、元気な力を体中に受け取る。

 目的を少しの間、忘れて。妖精の騎士は、5日間の怯えを後に、今この場所を歩く喜びに浸った。


 そして彼の目に、次なる人工物が映る。波打つように積まれた、遊び心の伝わる石の壁。今度は石の壁の内に小さな池があり、池の周囲には、同じ大きさで揃えた丸い石が並んでいた。

 小振りな花をちりばめるように咲かせた、控えめな野草が周囲に咲き乱れ、大きな蛾や珍しい蝶が飛び・・・その場所だけにいる様子と知って、フォラヴは少し驚く。


 低い壁の内側はそう広くない。だが、この花々も、蝶や蛾も、この壁の外にはいない。不思議に思った時、水をチャポンとはねる音が聞こえ、池に目を向けると、輝く鱗の細い魚が泳いでいるのを見た。


 フォラヴはそっと池の側へ寄り、囲みに並ぶ、自分の膝下くらいまである丸い石の一つに手をついて、池の水に片手を差し伸べる。


 すぐに魚が寄って来て、水面に付けた指先に、ちょんと頭を乗せた。それが可愛らしくて、フォラヴが微笑むと、魚は口をパクパクさせる。


「何かな。あなたは私に、挨拶をして下さっているのですね」


 騎士がそう言うと、魚は水に戻り、すぐに別の魚を連れて来た。次の魚は最初よりも大きく、頭に薄っすらと白い模様があり、その魚も水面から頭を出して騎士を見上げるので、騎士はまた指先を水に置いた。


 滑らかな水面に静かな波紋が広がり、魚は騎士の指先に触れると口を利いた。


『あなたは妖精の子。ここへ来たのはなぜですか』


「何と・・・お話が出来るのですか。はい。私はドーナル・フォラヴ。妖精の出生を持ち、今は世界のために旅をする騎士です。

 ここへは『妖精の庭』を求めて参りました。過去、私のように人の体を持った妖精が、この場所で()()()()()()と聞いて」


 魚は、賢そうな大きな目で騎士を見つめ、それから小さな光の粒に包まれる。

 目を丸くする騎士の前に、あっという間に美しい女性が現れ、その姿は、艶やかな白い髪の毛に、透ける水のような肌を持ち、背が高く、ほっそりした体には、銀の衣をまとっていた。


「あなたは」


『妖精の庭に棲む、妖精の一人です。人間の体を持った妖精、アレハミィ。彼は()()()()()()()自分を探していました』


 ハッとするフォラヴ。名前を聞けたことと、『威厳があった』と聞いていた彼もまた、自分と同じと・・・その言葉に気持ちが急ぐ。


「アレハミィと仰るのですか。その方は、私と同じように?本当に?

 教えて下さい。実は私には、時間がありません。仲間のため、()()()()()()を克服する手段を得なければならず、それには、私が自信を持たねば」


『ドーナル』


 美しい妖精は静かな声で遮り、そっと、池の縁に立つ騎士の頭を撫でる。

 触れているような、触れていないような。その柔らかな空気のような感触に、気持ちの急いた騎士は落ち着く。空色の瞳に注がれる、澄んだ銀色の眼差しは、慈しみを湛えていた。


『ドーナル。聞いて下さい。

 アレハミィは、大きな戦いの旅に付き添った妖精です。彼は自分が誰なのか、知っていました。ただ、彼はあなたと異なり、人の体を選んだ生き方に、自分を探していたのです』


 言われている意味が、ピンと来ないフォラヴに、妖精は続けて教える。

 アレハミィは、最初は妖精として生まれたが、旅に加わったことで、人の体を得ようと決め、人の体で過ごすことを選んだという。


「私とは逆」


『そうとも言えます。あなたは自分が誰なのかを知ることもないまま、人の体に閉じ込められた妖精。

 アレハミィは、妖精である自分を理解しながら、人の体で生きようと決意した妖精』


「なぜ?理由があるのでしょうが」


『あります。彼は妖精としての弱点を、人の体で補うことを選びました。弱いはずの人の体ですが、私たち妖精では、近づけない場所に入り、私たち妖精が触れてはならないものに、その手を置くことが出来る。

 アレハミィにとって、旅の中で自分を模索した結論が、人の体を得ることでした。しかし彼は苦しみました。妖精でありながら、人の体を得る自分は、正しいのか。裏切りなのか。愚かなのか。運命なのか』



 フォラヴは胸が苦しくなる。今の自分の反対の境遇で生きた、一人の妖精の話を聞き、心が震える。

 彼もまた・・・旅の仲間を思うため、自分がどうあるべきかを必死に探り、形にしたのだと分かった。


『私はここへ来た彼に、伝えました。あなたの勇気は、妖精の世界に残る、と。

 彼はその答えを以て、妖精の女王に思いを告げ、機会を得て、人の体を持ちました。彼は人の体の寿命でこの世を去りました』


「なんて勇敢な」


『そうです。勇敢なアレハミィ。ドーナル。御覧なさい。あなたと私の間にある、この石たちを。この丸い石は何か分かりますか』


 示された指先に、池を囲む石の列を見て、フォラヴは首を少し傾げ『石ですか?』と不意打ちのような質問に面食らう。

 美しい妖精は、その石の話を聞かせた。その顔は静かなまま変わらず、穏やかで、優しさに満ちていたが、彼女の言葉は、フォラヴを崖から突き落とすような内容だった。


「そんな」


 一歩。二歩。フォラヴは石に目を見開いて、後ずさる。妖精は最後にもう一つ伝えた。


『行きなさい。あなたを待つ、あなたの母国へ。あなたの生まれた世界へ。そして探すことが出来るでしょう。あなたが、妖精でありながら、人の体を持つからこそ、叶う望み。それはあなたの守りたい人々を救うのです』


 空色の瞳に、困惑と恐怖と縋るような色が浮かんだ。池の妖精は微笑み、光の粒子にほどけ、水をはねた魚が水底に姿を消した。



 フォラヴは、池の波紋が見えなくなるまで、そこに立って考えた。

 巡る思いを全て感じ、怖れを受け入れ、不安を理解し、我が身の不思議よりも、我が身であることの利点を重視する。



 ――アギルナン地区の森の中から、妖精の世界へ入った時。妖精の城で、自分が誰なのかを知った。


 その時、どうして自分がこうした形で存在しているのか、それも()()()知ることが叶ったが・・・それに、自分だから出来ることもあるんだ、とも思えたのだが。

 実感を捉える前に『気付き』は後退し、大きな不安の前に晒された瞬間、元の自分に戻ってしまっていた。


 知識だけでは、脆い()()()。自信に変える実感を得て、知識を知恵に変えなければいけなかったのに、間に合わなかった自分がいる。


「今。これを理解した私に出来ること。人としての弱さに、目を向けるのではなくて」


 アレハミィの話を聞けたことに、心から感謝したフォラヴは、その場で祈りを捧げ、池にも感謝の言葉を掛ける。


 その後、ゆっくりと踵を返し、彼は妖精の庭を出た。

 出てから森の中を歩き、大きな木がある場所で立ち止まると、両手を広げて木の幹に『私を連れて下さい』と呟いて触った。大樹はその言葉と共に幹を開き、妖精の騎士を受け入れて呑み込み、音もなく閉じた。




 妖精の庭のある森から移動し、次の世界は、自分の頼る()()の場所。 

 体に疲れはなく、先の森で英気を養った騎士は、自分の気持ちを奮い立たせて、妖精の世界を歩き始めた。


 広く縦横に空間を持つ、この妖精の世界。

 里帰りする時は、自分が育った館に戻っていたが、今歩いている道は、アギルナンの森から進んだ『(そび)える銀の城』がある場所。


 銀の城の中に、初めて入ったこの前。フォラヴを案内した妖精は、最初に女王に会わせ、女王が許可したことで、内部の部屋を幾つか紹介してくれた。


 人間の持つ城とは異なり、幾つもの魔法が掛かった各部屋に、フォラヴは感動し続けた。どこも素晴らしかったが、印象的な部屋の一つに、『呼び声の書』と紹介された図書室がある。


「今日。私はその部屋に、入らせて頂けるものか」


 城の前に立ち、大きな吊り橋の袂で、妖精の騎士は心を構える。


 向かい合う吊り橋は、しっかりとした支柱を組まれた堅固な木製で、左右の谷から中央へ突き出すように生えた木は、吊り橋の天蓋を作るように枝を組み、太い枝の各所から銀製の網紐が垂れ、そこに透かし模様の装飾を施された焦げ茶色の欄干が繋がる。


 足元は、馬車が通ってもビクともしないくらい、隙間なく詰められた、艶のある赤茶色の木材が道となり、並ぶ板には全てに祝福の言葉が記される。


 フォラヴは、すっと息を吸い込むと、一歩を踏み出す。彼の足を受け止めた吊り橋は、彼を待っていたように光を持ち、橋が架かる川からは、喜びの歌声が響いた。励まされたフォラヴは、微笑んでお礼を囁き、静かに長い吊り橋を渡る。


 揺れもしない吊り橋を渡りながら、下方に流れる川の歌を聴き、一歩ごとに近づく銀色の城を見据える。反対側の袂に着き、白い柔らかな石や、くすんだ赤い石が模様を描いて敷き詰められた道を、城の壁へ向かって進む。

 大きな木々が立ち並ぶ下に、蔓草の織りなす壁が張り巡らされ、蔓草の壁に開いた入り口を通り、両脇に花が豊かに咲く、芳香の中を歩き、城の開け放された扉の前まで来た。



「ドーナル。お出でなさい」


 中からではなく空から、空気に響く声が名前を呼び、フォラヴはその声に従い、城の中に入る。


大きな間の奥に、ゆったりとした水場が見え、水場の向こうに女王の椅子がある。そこに女王の姿はないが、彼女の声は宿っている。


 フォラヴは水場の脇を通り、一人もいない広間の奥へ進むと、女王の椅子の前に跪いた。話しかけ、自分が書を調べたくて訪れたことを伝えると、女王の声は、空間に煌めく雪を舞わせて響き渡り、彼に答えた。



「進みなさい。私の子。あなたの勇気に祝福を与えましょう。全てを見る必要はありません。あなたの求めたものを感じたら、その足で向かいなさい。

 あなたが行くべき場所は、閉ざされた森。広げてはなりません。()()()()で、新たな力を得られるように支えましょう」


 謎めいた言葉を受けたフォラは急いで感謝し、『お守り下さい』と頼むと、立ち上がって図書室へ向かった。

お読み頂き有難うございます。

ブックマークを頂きました!有難うございます!

今日2日と、明日3日は、朝一度の投稿です。

4日より、通常の一日二回投稿です。


本年もどうぞ、宜しくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ