1280. フォラヴ、孤独な道行き
☆今回は。一人で出発した、フォラヴの話です。これより数話、彼の回が続きます。
ドルドレンたちの馬車が、夕方の光に照らされている頃。
宿を出た朝から、数えて5日目。妖精の騎士も、別の場所で傾く日差しを受け、岩に腰かけて疲れた体を休ませていた。
白金の髪は柔らかい夕日に明るく輝き、白い肌は透けるように美しくても、フォラヴの表情で一番魅力のある空色の瞳は、長い睫毛に伏せられて、光を受け付けなかった。
木々を探し、妖精の声に答える大樹を辿って、ようやく辿り着いた場所。
そこは人里どころか、未開の地のようで、切り立った岩山と崖ばかりの場所は、人も妖精も閉ざすように頑として冷たい印象。木々が生える場所はずっと手前で、最後の大樹を出たところから、ずっと歩いて、ようやく着いた。
木々がない場所では、フォラヴは飛ぶことも出来ない。シカのように走る足も、岩場では使えない。
クロークを羽織った体は汗をかき、テイワグナの暑い日差しに憔悴し、岩の影に入りながら、ひたすら歩いた時間。
洞窟地区の精霊に教えてもらった場所は、確かにここ(※1234話参照)。
カラカラに乾いた口に、水の残りもない水筒を当て、一滴垂れた僅かな雫に溜息をついた。少ない荷物をまとめた袋に、汗の染みた手袋を仕舞い、砂の付いた白い肌をそっと手で拭う。
「この場所の・・・一体、どこを探せば良いのか」
およそ、妖精と縁のなさそうな、その土地。草は疎らにあるが、乾いた硬い地面は、そこから生まれた黒灰色の岩山と同じ、革の靴裏さえ、切りかねないほどの割れ口が続く。
「でも。ここのはず。精霊たちが話していた、治癒場は。このどこかに」
ふと、ここで魔族や魔物が出てきたら、自分は戦えるだろうかと過る。一人で戦うには、自信がない。龍は呼べば来てくれるだろうが、今、フォラヴは龍に頼る気になれなかった。
自分の妖精としての力を確認したくて、まずはここへ来た。治癒場の先にある、『妖精の庭』。
休んだ後、疲れた体を起こして立ち上がり、妖精の騎士は再び歩き始める。
どこかにある。ズィーリーが遺した治癒場。精霊が教えてくれたことに、治癒場には『彼女の像が必ずある』と聞いている。
イーアンと似たその石像の姿を探しながら、せめて飛べたら・・・と思う。歩く足はそこまで痛まないけれど、暑さで消耗する体力に眩暈がする。倒れでもしたら、着いた手や顔を切りそうな岩の荒れ方に、フォラヴは気を付けながら、影の落ち始めた、背の高い岩山の中を進んだ。
「私は。魔族と向き合うには。まだ」
これだけ汗をかいて、暑さに息切れするのに、それでもこの一言で鳥肌が立ち、寒気がする。総長たちと一緒にいた時には、ここまで感じなかった怖れ。一人になると、途端に怖れが心を占めた。
――この怖れを抱えてなど、とてもじゃないが、妖精の国に戻れないと思った。
妖精の国に戻ったら、するべきことは決まっている。おとぎ話の場所を探しに行くのだ。妖精の誰もが『おとぎ話』として封印した、その忌まわしい場所へ。
そして、探し出したら。自分は中へ入るのか。それとも手前で、別の答えを見つけるのか。
願わくば、別の答えを手前で見つけたい。必死に祈るような恐れの願い。
犠牲になった人を見た時、フォラヴの心は悲しみと同情、もう一つ、恐怖に鷲掴みにされた。
オロノゴの状態、離れた馬車から見ていた、魔族に憑かれてしまった彼の友達の姿。怖くて仕方ない、湧き上がる弱さに、フォラヴは打ちのめされた。
魔族への対応に、何をするべきか―― 自分にもはっきりなど分からないものの、旅の仲間で『魔族』に一番近いのは『妖精』の自分であり、どうにか出来る鍵を探すにしても、自分しか動けない、それだけは理解していた。
予感で感じ取っていた、『私の試練では』の思いは現実になり、夜に総長から聞かされた伝言は、未熟で不安定な覚悟を、引っ叩くような一瞬だった。
なぜ、サブパメントゥのホーミットが、自分宛てにそれを託したのか。
彼は賢い男だから、何でも知っているのだろうが、内容もさながら、『これをフォラヴに伝えるようにと言われた』その言葉が、フォラヴの怯えを無視して蹴散らすように感じた。
こんなことを回想しているうちに、夕方の日差しはどんどん橙色を増し、強い黄色と橙色に染まった岩肌は、黒い影の面積も多く変わる。
フォラヴは、どこへ歩いて良いかも分からず、もしかすると、遠ざかっているのではと、想像が想像を生む不安に駆られ、周囲を見回す。
「どこなんだろう・・・私の求める『庭』は」
ヘトヘトになって、フォラヴは大きく息を吸い込む。立ち止まって岩に手をつき、もう自分だけでは無理なのかと、夕焼けの空を見上げた。龍。優しいイーニッドを呼んだ方が良いのか。
それも躊躇う。龍に頼る自分は、妖精の何だろう?と存在に信頼が揺らぐ。
そして本音を言えば、『龍ですぐに見つけ、すぐに目的を済ませ、すぐに・・・総長たちの待つ馬車のために、魔族と対面しなければ』―― その正論が、自分に辛くて重くて、動きを制限させている。
こんなに怖いと思う相手は、いただろうか。
おとぎ話を子供の頃に聞いた時、得も言われぬ怖れを肌の内に感じた以来、例え『おとぎ話』と分かっていても、あまりこの話をする気になれなかった。
ザッカリアに話して聞かせ、自分が大人になったから、少しは平気になったのかと思えたのが、まるで予告のように、ハディファ・イスカン神殿でその正体に近づいた。
不安はずっとあったが、スランダハイで現実に変わった時。自分はちっとも恐れが消えていなかったと知った。
何の記憶もない相手なのに。魔族なんて、見たこともないのに。
オロノゴと彼の友達を見た時、遠い記憶のどこかで恐怖の声が響いた。生まれついて、怖れることを押し付けられたような、相手『魔族』。
そこまで考えて、黒さの濃くなる岩影を曲がり、少しひんやりした岩に寄りかかる。
「歩けないな・・・私はひ弱だ」
苦笑いして、総長なら・シャンガマックなら・アティクならと、自分の隊で、体力のあった男たちを思い出す。彼らは一度動き出すと、鎧を着けていようが、馬がいなかろうが、山でも岩でも谷でも歩き続けた。
スウィーニーやダビ、トゥートリクス、自分、ギアッチ、ロゼールは、いつも彼らに付いて行けず、彼らが合わせて休んでくれていた。
ふと。北西支部の面子も浮かぶ。浮気者で洒落者のクローハルも、逞しいポドリックも、片目になる前のブラスケッドも。彼らもまた、尋常ではない粘り強さと、意志の強さがあった。剣隊長たちは皆、体力も気力も普通ではなかった。
こんな時に思い出すなんて、と小さく笑う。
そして、女性だけれど。力強く、絶対に後退しなかったイーアン。
最初こそ、女性そのもののように、怖れや戸惑いがあったようだったけれど、自分の務めとばかりに、皆を守ろうと・・・どんなに危なくても、怪我を繰り返しても、怒りの女神のように、常に騎士の前に立ち続けた。
ふー・・・と息を吐き、微笑みを浮かべた妖精の騎士は、茜色と黒に染まる風景を見つめ、ぼんやりと岩肌に頭を付ける。
「私は、もっと強くならなきゃ」
呟きと一緒に、重い足をまた数歩進め、右手は岩に付けたまま、ゆっくりと歩くフォラヴ。
眠たくなるまで歩こうと、歩を遅くして、少しずつ進んで・・・ふと、滑らかな段差に触れる指先に、視線を向けた。
黒い影の中でも。それはしっかりと。空色の瞳に映った。
滑らかで、丁寧に磨かれた、天然ではない岩。
ハッとして後ずさり、真上を見上げた時、妖精の騎士の顔に驚きと、安堵の笑みが浮かぶ。
「ああ!イーアン!・・・いや、あなたはズィーリー!やっと。やっと会えました!」
疲労が吹き飛ぶ瞬間に、フォラヴは跪き、触れている右手をそのままに感謝を捧げる。今はただ、目的地に着いた、そのことだけが嬉しかった。
躊躇いも悩みも忘れて、単に、求めたことが現れた純粋な喜びに安心し、同時にどっと疲れが押し寄せる。
何が可笑しいわけでもないのに、笑い声が生まれ、喜びと安堵に暫く笑った騎士は、大きく肩で息をつくと、よいしょと立ち上がって、巨大な彫刻の顔を見上げ『あなたの側に』と挨拶して、足を踏み出す。
すぐそこに、求めていた窪みが見つかり、その窪みの先は、間違いなく地下へ続く。それを見て、本当にホッとした。
クタクタでも頑張れる。妖精の騎士は、少し低めの天井を気にしながら、地下へ続く素朴な階段を下り、長く長く誰も来なかったと分かる、吹きこみ積もった砂に、疲れた足を滑らせないよう、一歩一歩慎重に進んだ。
狭く細い通路は、天井も子供の丈くらいで、理由が思い当たるから、少し微笑んだ。洞窟の精霊たちは、皆、背が低かったっけ、と思う。
だが通路を抜けてすぐに、フォラヴは目を見張る。『おお。何て広い場所でしょう』通路の何倍もありそうな天井までの高さを、丸い木の実の内側のように刳り貫いた空間。
どうやってこんなに、と思わされる空間は、彼らの住まいだった洞窟の中の装飾は一切見られず、土のままの壁や床が、かえって新鮮に感じた。
そして、奥に目を引くものがある、そこへ騎士は歩く。
白い大きな祭壇が一つ。その後ろには小さな窪みと『あの、青い光』思い出す、ディアンタの谷の治癒場。同じものがここにもある。
「確か、この中へ入るのだと・・・精霊は教えて下さった。ここから、いよいよ」
うん、と頷き、フォラヴは疲労した体を奮い立たせると、白い祭壇の裏へ回り、青く揺らぐ清い光の中へ踏み出した。
この時、妖精の騎士をあっという間に包み込んだ青い光が、彼を愛しそうに抱きしめる女性の姿だったことを、フォラヴは気が付く余裕もなかった。
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