128. ハルテッド初舞台
風が変わるまで、少し待機となる。
少し先へ行った民家で、風や天気の話を聞きだしたクローハルは、戻ってくると『この辺りは冬になると昼前と夕方に風が変わる』と情報を伝えた。
ハルテッドとイーアンが話している間、ドルドレンはダビに『イーアンがソカを使えることを知っていたのか』と訊ねた。
ダビは、彼女にギアッチの武器を作るよう提案した時に知った、と話した。
「その言い方だと、まるでイーアンが・・・最初から使えたみたいに聞こえるが」
「実際に見たときは、今総長が言ったことと同じことを思いました」
ギアッチの武器を作る前。彼女は洗って乾かした魔物の腸を、編んで長い鞭を作っていた、と話した。まるで武器のようだ、とダビが見て笑ったら『よく、これを編みました』と答えたらしい。
ギアッチの武器に似ていると教えると、ソカに関心を示したので、ギアッチを呼んで実物を見せたらイーアンはすぐに作り始めたという。ソカには細かい刃が鏤めてあるので、イーアンもそれに倣った。
「イーアンのソカに入っている刃は、あの硬質の皮でしたから、穴を開けるのは手古摺ったようですが」
穴を開けた皮を研いで欲しいというから、一つずつ研いでやり、それを渡すと『翌日、あのソカが出来ていました』ダビはそう言って、イーアンのソカを見た。
「試作を使わせたのは」 「イーアンが自分ですぐに」
ギアッチはイーアンがソカを使ったのを見て、自分も使いたいと言い始め、そこへロゼールが来てくれたので威力を試せたのです、とダビは話した。
「彼女はソカは初めてだったでしょう。でも鞭は作ったり使っていた、というのはすぐ分かりました。」
ドルドレンはイーアンの後姿を見つめる。イーアンはハルテッドと話しながら、ちょっと笑い声を立てている。
あんなソカが、もしも体に当たったらと思うと。 一発で重傷か死だろう。それを思うとドルドレンは使わせるのは嫌だった。
イーアンを呼び、こっちへ来たイーアンに心配を伝える。
「イーアンが使うソカは本当に危険だ。万が一を思うと怖くて仕方ない」
灰色の瞳に深い心配が映っている。イーアンは何も言えなくて、黙った。後ろからハルテッドが来て、イーアンの顔を覗き込んだ。
「私もソカを使えるの。私がやろうか」
イーアンは、そんなことをハルテッドにさせたくないと言った。ドルドレンはイーアンを引き寄せ、『その言葉をイーアンに思っている俺がいる』と困ったように伝える。
「さっき話してたけど、翼を傷つけたくないのよね?」
ハルテッドのオレンジ色の瞳を見つめ、イーアンは頷いた。
「それなら俺が、出てきた所を斬れば良い。頭を落とすだけのことは出来る」
ドルドレンがイーアンに両腕を回したまま、イーアンの顔を見て『駄目か?』と首を振る。そうではないのです、とイーアンが答える。
「真正面に誰かがいたら、あの魔物は避けます。夜目に慣れているでしょうが、昼の明かりは辛そうです。とはいえ、目が開かないなりの能力を備えているはずです」
だから、ソカで離れたところから首を狙おうと思っている、とイーアンは言った。ハルテッドはちょっと考えて、ソカを借りたいとイーアンに頼んだ。イーアンが躊躇うと、ドルドレンは『大丈夫だ』と後押しする。
もしハルテッドがこのソカで怪我をしたら、自分を一生許せないだろう、とイーアンは呟いた。ハルテッドは同情するような表情で、イーアンを見つめ、イーアンの顔の高さまで屈んでから微笑んだ。
「イーアンのために、絶対怪我しないから」
約束しよう、とハルテッドは笑顔で言う。
イーアンはそれでも嫌だった。自分が言い出したことで、誰かに何かあってはいけない。その言葉を聞いたドルドレンは、『イーアンは、イオライでも谷でもそう言ったな』と困り顔で微笑んだ。
「でも。ここはハルテッドにお願いしてみたらどうだ。ハイルはソカを使う芸で、子供の頃から仕事をしていた」
イーアンが驚いてドルドレンを見上げると、ハルテッドも『学校は行かなかったの。旅の一族だったから』と話した。言い難いことだったかも、と気付き、言わせてしまったようで申し訳なくなった。
少し悩んで、イーアンはソカを渡した。自分が作ったソカがどんなものかを説明し、使い勝手を試してほしいと頼んだ。
ハルテッドはソカを受け取り、じっくり説明を聞いてから微笑んだ。そして、離れた場所へ歩いて行き、ソカを振るい、大枝を落とし、落ちてきた枝をソカで巻いて空中で移動させた。次に別の枝を落とした時、落ちる枝にソカをすぐ打って、枝の真ん中だけを切った。
「大丈夫そう?」
ハルテッドが笑って振り返った。イーアンはビックリして、拍手した。ドルドレンも安心した。イーアンも心配だったが、しばらく見なかったハルテッドの腕も心配は少しあった。あれなら平気だろう、とドルドレンは安堵した。
「イーアン。風向きが変わった」
クローハルとクローハルの部下が教えに来た。ダビが小さい火をつけて、風向きを確認すると、洞窟側へ向かって炎は揺れている。
「始めるか」
ドルドレンが指示を出した。
洞窟の前に乾いた枯れ木を積んで、火をつける。火が回ってくるのを確認して、生木と葉を被せた。燻ぶる煙がもうもうと立ち上がり、洞窟へ流れ込んでいく。
ハルテッドがソカを持って洞窟横に待機し、ダビは洞窟から10mほど離れた場所で、鏃に毒をつけて待機した。
他の者はダビと同じくらいの場所で左右に別れ、馬を後ろに隠した。
イーアンはドルドレンとスウィーニーの間にいることにした。ダビの矢を使う事態になった場合、矢を受けた魔物をドルドレンが斬ることになったので、ドルドレンが出る時、スウィーニーがイーアンのお守り役をする。
10分、15分、もう少し待った頃。洞窟の中から煙が溢れてくる。『中で音が』ハルテッドが手を上げて、身振りで知らせる。
イーアンはハルテッドの無事を祈った。
離れた場所でも聞こえるくらい、洞窟の中で何かが耳障りな音を立てて騒いでいるのが分かる。
翼が動く音がしたと分かった瞬間、大型の魔物が飛び出してきた。一頭が飛び出した時、ハルテッドの腕が上空に振るわれ、魔物は飛びながら逃げた。
もう一頭も続いて飛び出してきたのを、ハルテッドは即、腕を振って捕らえた。
先に飛び出した一頭は飛びながら頭が落ちた。体をそのままに、翼の動きが空中で止まり降下した。
もう一頭も首に巻きついたソカが下へ引っ張られた途端、首が抜けたように落ちた。体はそのまま地面に向かって滑って行った。
あまりに呆気なく、あまりに早い完了。
ハルテッドがイーアンを振り向いて笑った。ドルドレンは嫌な予感が高まる。イーアンが『わあ』と喜んで駆け出してしまった。止めなさい、と腕を伸ばすも遅く、イーアンがハルテッドに駆け寄って抱きついて喜んだ。
すごい、すごい、ありがとう、とイーアンは、背の高いハルテッドのお腹に両腕を回して、抱きついて喜んでいる。
ハルテッドも驚いたようだったが、素直に嬉しそうな笑顔で、イーアンを抱き締め返して『約束したもの』と一緒に笑っていた。
ドルドレンは今日、立ち直れそうになかった。スウィーニーが総長の肩に手を置く。
「怒らないであげて下さい。イーアンの中では、多分ハルテッドを女と認識しています」
ドルドレンもそれは分かっていた。
――でも嫌。凄く嫌。言ったのに。あいつは男だって。イーアンが喜ぶと見境ないのも知ってる。喜び過ぎるといろいろ忘れるのも知ってる。全身全霊で喜ぶのも知ってる。でも、嫌。涙が出そう。
クローハルが薄ら笑いを浮かべてドルドレンを見ている。ざまあみろ、くらいの笑顔で。部下はさすがに笑うに笑えず、困惑して見守っていた。
ダビだけは『ソカは使い手で違うもんだなぁ』と全然関係ない部分で感心していた。
はーっ、と喜びに満足して大きく息をついたイーアンは、もう一度ハルテッドにちゃんとお礼を伝えてから、白いナイフを抜いた。
「どうするの?」 「はい。翼を取ります」
清々しい笑顔でイーアンは答える。
子供が笑う『えへへ』みたいな顔に見える。ハルテッドは一瞬、戸惑ったものの『そうだった。彼女は解体するんだ』と思い出した。
イーアンは転がる胴体の脇に屈んで大きな翼を掴み、ナイフを当て、ゴキッとおかしな音を立ててから翼を切り取り始めた。
ハルテッドがそっと近づいて『今の音は?』と訊くと『関節にナイフを入れて翼を外した音です』とイーアンは教えてくれた。
せっせと翼を切り取り、せっせと集めるイーアン。2頭の魔物から翼を4枚取り除き、転がる頭の方へ行って口をナイフで開けて歯を見ていた。
皆が見守る中。
イーアンはウィアドに走って行き、荷から手袋と包み袋を取り出して再び頭のところへ。
手袋を着けてから、魔物の頭を掴んで口の中にナイフを入れ、上顎を切っている。恐ろしい光景に、観客の目が飛び出そうになる。
上顎の中に手を入れて、何かを引っ張り出し、頭から繋がっている部分をくるっと結ぶと、残りをナイフで落とした。
おえっ、と後ろで部下が吐いた。クローハルも眩暈が止まらないので、目を伏せる。ハルテッドも眉根を寄せながらイーアンの行動を見つつ、吐いている仲間の背中を擦る。
スウィーニーはじっと凝固していて、ダビは『ああ、また』と無表情に呟いた。ドルドレンは複雑な思いを抱えながら、愛する人の奇行を見守るに徹した。
イーアンはもう一つの頭にも同じようにナイフを入れ、上顎から切り裂いて何かを取り出す。そしてその拳大のブラブラした何かを二つ持って、翼と一緒に丁寧に袋に入れてから、よっこらしょと抱き上げた。
「お待たせしてすみませんでした。荷物はこれで終わりです」
そう言いながら『火の始末をしましょう』と洞窟を見た。
無言で頷くドルドレンとスウィーニー、ダビ(動ける人)が消火活動を行い、グッタリしたクローハル隊が馬に乗るのを手伝ってやり、全員帰路に着いた。
イーアンの腕にはしっかりと、はみ出る大きな翼を入れた袋が抱えられ、ウィアドはまた歩きにくそうにしていた。
帰り道は丁度昼食の時間だったが、誰もが『要らない』というので、そのまま進み続けるだけだった。イーアンも腕に荷物があるので『食べさせられなくて』とドルドレンに謝った。いいんだよ、と棒読みでドルドレンは返事をした。
帰り道は静かだった。いつもよく喋るクローハルも馬にもたれかかっていた。




