1279. 魔族に試みる② ~課題
海を上がる数分前の、イーアン。想定外と判断し、頭に急いで巡らせる、ここからの対処と次の指示。
――イーアンの最初の目論見(※というほどでもない)。
それは、海中にいる魔族に、科学的な対処が効くことを確かめることだった。
ドルドレンが雲の魔物を相手に、金属粉を使って発火現象を起こしたので、同じように『水』に反応する二度目の確認が欲しかった。
これがはっきりすれば、『水分』を含む場所・体と判断した相手には、この対処が有効と分かる。勿論、細かい部分で条件はあるけれど、まずは一つ前進する。
それで、自分が誘き出して、海面に魔族を連れて来たところで、タンクラッドに金属粉を掛けてもらって反応を見ようと考えていた。
オーリンは、もしもタンクラッド側に魔物が出なかった時のための、追い込み役で配置。
でも。まさか深海にいるとまでは思っておらず、着いた海底でも忘れていて、現れた姿を見て、徐々に『・・・?』となり、ハッとしたのだ。
元になっている魔物の、更にその元の生き物は、深海の生き物・・・体にほとんど空気がない生き物たち。
これは引っ張り出したら、水圧の関係で破裂するのではと、ようやく気が付いたイーアン。
だが悩んでいる余裕はなくて、それならそれで、破裂より早く、今回は自分が消滅させてしまおうと決めたのが、さっきの事。
今のところ、追いかけて来る魔族に、膨張している様子はない。このまま外へ出して、タンクラッドに対処をしてもらうのだが。
バシャッと上がって、待機で構える仲間に『やられたらたまんないですよ』自分でお願いしておいて・・・オーリンは指示内容が違うから大丈夫でも、親方の攻撃は洒落にならないと眉を寄せる。
親方は金属粉を掛ける準備万端。それで『ダメか』と判断したら、攻撃してもらう流れだから・・・・・
金属まみれは私じゃないのよ~と祈りつつ、タンクラッドの動体視力に賭けたイーアンは、一秒でも早く逃げるために(←タンクラッドから)目前の水面へ加速した。
浮上してくる女龍の白い光は、待ち構えていたオーリン&ガルホブラフ組は、『あれはイーアン』と見ていたし、親方&ミンティン組も『おお。イーアンが囮に』と、きちんと理解してくれていた(※分かってないのイーアンだけ)。
発光しているから、海から上がってくれば、海上にいる人たちには見て分かるのだが、イーアンは未だにその感覚が他人事で、タンクラッドに攻撃されるのを恐れ、バシャーッと噴水のように出るや否や、空へそのまま逃げた。
「え?」
すぱーんと気持ち良く、青空へ飛び去った女龍に驚いたタンクラッド(※あっち側でオーリンも)。
しかし、続く気配にすぐ、自分の役目を思い出し、その3秒後にブワーッと水を割るように現れた相手に、目一杯の力で袋を投げつけた。
相手の大きさから、あまりにも儚い量の二つの袋に見えるそれは、あっという間に火の手が上がり、飛び出た勢いで、全身を宙に出した魔族を、生きた蛇のように駆け抜けて、炎の中に包み込む。
「ミンティン!海を凍らせろ」
親方は飛び出た相手の着水を阻むため、青い龍に叫ぶ。青い龍はカーッと口を開け、一度で辺りが霞むほどの量の白い煙を吐き出した。
魔族が落ちて来るまでの数秒間で、その真下は猛烈な速度で凍り、氷塊が浮かんだ場所に魔族は落ちた。ミンティンはそのまま煙を吐き続け、魔族の周囲の海も凍らせる。
ゴウゴウ噴き出すように火を上げた魔族は、見ている前でぐーっと膨れて、倍以上の大きさを越える。
「まずいんじゃないか?これ、種が」
ハッとしたタンクラドは、魔族が『自分が死ぬ』判断をしたのではと気が付き、ぞっとする。燃え上がりながら膨らむ魔族に、剣を抜いた次の瞬間、魔族は炎ごと掻き消えた。
離れた場所で見ていたオーリンは、何事がと目を丸くする。目の前にいたタンクラッドも、一瞬の出来事にビクッとしたが、すぐにそれが『イーアン』彼女の業と、真上を見上げた。
昼下がりの太陽の下に、6翼の女龍が降りて来る。首から上、そして長い尻尾だけが龍の姿で、青い龍の横に止まった。異形な姿でありながら、何とも言えない神秘さに、タンクラッドは言葉を失って魅入る。
人の体に龍の頭、龍の尾、大きな6枚の翼を持ったイーアンは、ミンティンの顔に手を置いて、下方の消滅した跡を見つめ、青い龍と目を見合わせて頷くと、再び白く光って、首を人の姿に戻した。
「種。直前だったかも知れませんね。うむ。倒すまでに、ちょっと時間が掛かった」
そう言いながら、オーリンを呼び、それから黙ったままの親方を見て『でも、一応効くのは分かりましたね!』サクッと笑顔。
親方。うん、と頷き、じんわりと思う。自分が惚れた女がスゴイこと(※魔族関係ない)。龍の頭を持った姿への感動を口にしようと、親方が笑顔で手を伸ばしかけた時、オーリンが戻って来た。
「何だ、今の。結局、最後はイーアンか?」
質問しながら戻ったオーリンに、イーアンは向き直って『そうなった』と答える。
がっつり邪魔された親方は、少し嫌な気持ち。青い龍は何となく親方の気持ちを察していて、そっと見つめ、小さく首を振っておいた(※仕方ないんだ、と)。
「どうだったの?あれ、途中までは良い感じだったふうに見えたが。俺が遠くにいたからかな」
凍った海の一部を見下ろし、龍の民は内容を訊ねる。イーアンはとりあえず『完全に消したと思うけれど、調べましょう』と、話は後ですることにして、皆で気配を探る。
種らしき変な感覚を受けたら、即行、何か対応しなければと、目を皿に、感覚を研ぎ澄ませて、あちこち飛び回り、イーアンは海に再び入って、しゃかしゃか泳ぎ回った。
龍二頭とイーアン、過敏な親方、龍の民で調べて『大丈夫』と確認し、3人はとりあえず帰ることにする。
ミンティンが凍らせた海は、範囲はそこまで広くないため、そのまま放置でも溶けそうではあったが、『放置は良くない』という意見でまとまり、ガルホブラフに頼んで、ボー・・・と、熱で溶かしてもらった。
無事に魔族を退治した3人は、この後、馬車へ戻る。龍気を気遣うイーアンは、馬車で食事をしたら、オーリンに『ミンティンと一緒に空へ上がって』と促した。オーリンは了解。
こうしたことで、帰り道は、先ほどの話を大方、話し合っておく時間。
「どういうことだったんだ?イーアンは、何か考えていたんだろう?」
オーリンの質問に、最初から説明するイーアンは、自分が何をしたかったのか・想像外の動き・万が一の対処で生じた結果を、二人に話した。
「総長の時は、何で効いたんだ?今回の奴はデカかったとか、そういうことかな」
「いいえ。環境が違うからかも。ドルドレンの倒した相手は、雲の中にいました。言ってみれば、全部が発熱対象で」
「海はどうなんだ。霧状ではなく、丸っきり『水』だとダメなのか」
「これ、私も得意分野じゃありませんの。えーとね・・・何て言えば良いのか」
イーアンも詳しいことは分からない。本で読んだ知識をここで使っては、『うむ、なるほど』と実験で学んでいるようなものである。
以前の世界で・・・船で運んでいた金属カリウムが、海水に触れて、何日も海上で燃えた話などを思い出せば、もしかすれば、同じようなことが起こると思うが、同じ環境と条件が揃っているわけではない場合、不確かな状態。
金属カリウムなら、常温の水でも充分反応するし、水素が発火するに必要なくらいまで、発熱の温度は上がる。金属ナトリウムも同じように有名で危険な、禁水性物質・・・程度のことしか、イーアンは分からない。
この世界で、似たような働きをする金属を何度か見たが、爆発する威力が大きかったり、発火点が低かったりの違いも見ている。こうなると、常温や高温の水の違いなども、きっと変わるのだ。
それはもしかすれば、ドルドレンたちが使った『雲の中』の湿度や温度が、発火条件に最適だったのかも知れないし、今回、海上での使用が何かしら、条件に満たなかったのかも知れないと、そうしたことでもある。
ただ、水素が生じた後、どうも自然発火しやすい金属粉が、この世界は多い気がして、それもあって道具として使おうと考えているので、イーアンはこんな時、つくづく『もっと本を読めば良かった』と悔やむに終わる。
そして。道具の効果を待つ、その時間が掛けられないことが、やはり『気にしないといけない課題』として見えた。
死ぬことを意識した魔族は、どのくらいの速度か分からないが、きっとすぐに、種を体に生み出すだろう。それは、速度を過剰に見積もっておいて、損はない。
種が出てしまったら、もう無理なのだ。だから、種を体に持つ前に、消滅させないとならない。
魔物だったら、じわじわ倒すことも出来るだろうが、魔族はスピード勝負。
今回のことで、イーアンは振出しに戻った気分を味わった。
一瞬で打撃を与え、その打撃が倒すに直結すること。そこまでの計画を生半可な知識の自分が、考え付く気がしない。
「えー・・・あの~・・・」
飛びながら。何やら、額に手を当てて悩み出した女龍に、男二人はじーっと見守っていたが、彼女がどうも、よくある現象『自分の世界に入った』と分かり、聞けた内容で今は良し、とした(※イーアンが悩むと長いの知ってる)。
一人悩む女龍はそのまま、オーリンとタンクラッドは無言で飛んだ。
タンクラッドは、悩む女龍がずぶ濡れである状態が気になり、ちらりちらりと見ていたが、彼女は悩んでも没頭するので(※何でも)滴る水を落としながら、気にもならない様子で馬車まで戻った。
馬車は山林の道を抜けている最中で、帰って来た3人と二頭の龍に気が付いたドルドレンは、御者台に立って腕を大振りに動かし、彼らを誘導。
先に少し場所があるところで、ガルホブラフには降りてもらい、大きいミンティンは空中停止。イーアンが、親方を抱えて降ろす。
「すみません。私、濡れていますから」
「俺のことは気にするな。お前が寒くないかと、そっちのが気になる」
「大丈夫です。寒さ暑さも、鈍くなってきたみたいですから」
ハハハと笑ったイーアンは、あんまり親方にくっ付かないよう、体を離して(※これを吊るすという)連れて行き、停止した馬車へ。
ミレイオにお願いして食事をもらい、オーリンに持たせると『じゃあ、後でね』の挨拶と共に、彼はさっさと、龍たちと空に帰った。
荷馬車に乗り込もうとした親方は、待っていたザッカリアに捉まって、寝台馬車へ乗ることになり(※地霊目的)イーアンはずぶ濡れの様子を伴侶やミレイオに心配されて、一先ず着替えることに。
「ズボンはあるけれど、上が。クロークびしょ濡れです。クロークがないと、龍気放出。うーん、もうちょっと、龍気を守るための覆いを作っておかないと」
「龍皮?羽織るだけなら、ファドゥたちの翼の皮があるけれど」
「それを借りるのが良いかしら・・・あ。そうですよ。龍の着物があったではありませんか」
今の自分なら、袂の膨らんだ着物でも、着用して汗はかかないかな、とイーアンは考え、着物を選ぶ。
引き出しから取り出すと、2階の部屋でグィード皮のズボンと、空でもらった龍の皮の着物に着替える。
「う~・・・ん。大丈夫、と思う。暑くないような(※鈍)」
よしよし、と満足し、イーアンはお着替え完了。
濡れた服を受け取ってくれたミレイオに『久しぶりに見ると、やっぱりカッコイイ』と褒められ、お礼を言って、遅い食事を頂戴した。
「どうだった。魔族。どんなやつ?」
「はい。魔族自体は大きい個体でした。しかし、くっ付いた相手の魔物。思うに、群れ全体を取り込んだのです。それで大きさだけは半端なかった」
「群れ。群れ?!気持ち悪いわね。じゃ、うじゃうじゃしている見た目のが人の形ってこと」
そう、と頷くイーアンに、ミレイオは嫌そうに眉を寄せ『行かなくて良かった』と目を瞑る。それで、どうやって倒したの、と次の質問を受け、イーアンは少し考えてから、言い難そうに、起こった出来事を伝える。
「あ。そうなんだ。もうちょっと即効性のある道具、作った方が良さそうね。でも、倒したには倒したんでしょ?」
それは大丈夫、とミレイオに答え、ミレイオの一言『即効性のある道具』を早急に考え出さないといけない、そこでまた意識が留まったイーアン。
食べ終えたお皿を受け取ったミレイオは、黙って悩む女龍の横顔を見つめ『ドルドレンにも報告してお出で』と送り出した。
「条件って、ここからもどんどん変化するんだもの。いつでも使える『万能道具』はない、と思ってさ。一緒に考えましょ。とりあえず、無事で良かったわ。お疲れ様ね」
優しいミレイオに微笑み、イーアンは頷く。それから、伴侶のいる御者台に飛んで移動(※歩くと転ぶ)し、イーアンは御者台から笑顔をくれた伴侶の横に座る。
「お帰り。そして、カッコいいのだ」
キラキラする龍の鱗の着物を見て、『イーアンが着ると、涼しそうだ』とドルドレンは褒めた。
バイラも鱗着物を見て、本部で模範演習の際に、タンクラッドが着ていた着物を思い出し、スゴイ印象に『さすが龍の人』と褒める。
イーアンは二人にお礼を言い、それから、彼らにも報告する。自分が考えていた事や、実際の状況、結果。それらをすべて伝えた後、静かに聴いていたドルドレンは顎に手を当てて『即効性か』と呟いた。
横で話を聞いたバイラは、即効性のことは分からないにしても、イーアンが狙った『効果』のことは少し気になるものがあった。
それは、彼がテイワグナ中を巡って積んだ、経験の中にある情報だった。
お読み頂き有難うございます。
本日も、朝一度の投稿です。
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『年末年始の投稿案内』↓
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仕事の都合により、年始も、1日がお休み・2日3日が朝一度の投稿予定です。
1月4日より通常の朝夕投稿です。
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