1275. 別行動:シャンガマックと異界のローブ
馬車の一行が、夜の夢の中にいる時間。
その午後、夕暮れから不思議な遺跡に入り込んだ、シャンガマックとヨーマイテス。
実はこの遺跡、ヨーマイテスが連れて行こうとした目的地ではない。目的地に連れて行く手前、予定をずらした。それで本来の目的地は、この後。
こうなった流れは、理由あり。時間を少し巻き戻して、話は魔法陣を出発した後から始まる。
スフレトゥリ・クラトリに乗って出発後。
この遺跡に向かう間に、ヨーマイテスが連絡珠を使い、ドルドレンに情報を与え、その後はシャンガマックと『何も心配要らない』の前置きから、魔族の事、そしてこれから向かう目的地で話を続けたのだが。
もう後、数十分くらいの距離まで来て、普通に会話していたシャンガマックから、関係ない質問が出る。この質問に、ヨーマイテスは止まった。
少し間を開けてから『うん?』と訊き返したが、何やら、息子の雰囲気がちょっと傾いた様子に(※良くない方へ)気持ちが慌てる。
「バニザット、なぜいきなり」
「だって。昨日、フォラヴの話の後だったから。フォラヴのことも、何か調べていたのかと思った」
息子が言うには、昨日の昼食の話題がフォラヴだったことで、急に午後に出かけた理由がそこにあるのかと・・・それを、今日になって言われ、ヨーマイテスは戸惑う(※顔変わらない)。
――息子は大人しい(※まず褒める)。疑問があっても無理には訊ねないし、すぐに答えも求めない。
昨日、老バニの情報を得てから戻った後。息子は何も訊こうとしなかった。俺も話す内容を選びたかったから言わなかった。夜もそうして過ごし、朝もそう・・・で、昼前に出発して、今。既にあれから1日経った午後。
『1日待った』といった具合の眼差し(※仔犬ビーム)が妙に突き刺さる・・・これがフォラヴのことだから、息子は友達思いだし(※褒める)俺に期待していたのだと分かる。
それを、いくら待っても俺が何も言わないから、とそんなところか(※当)。言うわけないだろう、知らないんだから(※別件だった)――
まさかこんな形で、息子に冷めた視線を食らうとは思わず(※馬車の仲間への対処で完璧、と思ってた)ヨーマイテスは固まったまま、『フォラヴか』と呟く(※精一杯)。
「フォラヴのことは、調べても分からなかったのか」
眉をちょっと寄せた息子は、窺うように質問する。遠慮がちな言い方に、『調べている前提』と挟まっているので、少し居心地悪い思いがあるが、ヨーマイテスはゆっくり頷く(※下手なこと言わない)。
息子はじっと見つめ(※これが父にはツライ)『どんな小さなことでも良いんだ』と。何か分かったなら教えてほしいと言い始めた。
「あのな。そのことは」
「ヨーマイテス。俺が聞いてはいけない話なら、そう言ってほしい。
俺は、フォラヴが心配なんだ。彼は一人で立ち向かう。俺はあなたという、大きな頼もしい存在と一緒にいるから、こうして気持ちも楽だが。
フォラヴはいつでも一人なんだよ。彼が、妖精の世界で、彼の種族と仲が良いかどうか、そんなことさえ知らない。だれにも頼らない・・・何か。手伝えたらと思う。それが無理なら、無理と」
「分かった」
聞いていて、息子の気持ちに居た堪れなくなったヨーマイテスは、息子の心配そうな告白を遮って止めると、何にも知らないけど『分かった』と言い切ってしまう。
ハッとして顔を上げ、じーっと見つめる漆黒の瞳に、少しずつ喜びと期待が満ちて来るのが、目に見えて分かりやすい(※息子正直)。
その反応に『困った~』と思いつつ、内心の焦りを一切表に出さないヨーマイテスは、とりあえず目的地を変更することに決めた。本当は、そんな時間の無駄は嫌だが、息子が沈むのは耐えられない(※ここ大事)。
「妖精の。うー。そうだな。むぅ、近くはないが。ああ・・・う~ん、あれがそうだったか」
父が呻きながら、独り言で何だか苦しんで見える様子に、どうしたのだろうとシャンガマックは思うが、大人しく見守って待つ。
一頻り、苦しそうにブツブツ言い続けた大男は、ようやく決定した様子で『まだあるのか・・・・・ 』と呟くと、乗り物スフレトゥリ・クラトリに手を当てて、言葉を掛けて命じた。そして、ヨーマイテスは溜息をついて息子を見る。
「お前が入れるか、俺もだが。そこまで保証はない。もし入れなかったとしても、諦めろ」
「どこかへ行くのか?フォラヴのことを知るために」
「正確には、フォラヴじゃない。妖精の遺した話だ。お前に教えられるものはそれくらい」
何となく、最後の言い方がいつもっぽくまとまってしまったのもあり、表情も変わらないヨーマイテスに、『教えてくれるんだ!』と思ったシャンガマックは(※父自然体と判断⇒実は苦し紛れ)笑顔を向けてお礼を言う。
こうして方向を変えた、予定外の場所へ向かい、本来の目的地から大幅にずれてしまった、遠い遺跡に二人は到着。これが冒頭。
到着した時間も夜。夕方はとっくに過ぎ、ヨーマイテスは息子の食事やら風呂やらが気になり始めたが、ここではどうにも出来ない。一応『何か食べるか』と訊いたが、息子はすぐに首を振って『大丈夫だ』と断った。
とりあえずはこの場所まで来たが、ヨーマイテスとしては、まず一安心。遺跡というものの、なくなる可能性もあるのが、この妖精系統の遺跡。妖精は、消したり出したりも、相手を見て行う。精霊にもあるが、妖精の方が頻度は高い。
時間も遅いことで、夕闇に溶け込む遺跡の影に、用事は早く済ませようと、ヨーマイテスは息子と入る。
「どこから入れないかも知れないの?」
「階段を上がった後だ」
敷地は草むら。そこかしこに突き出る大きな石があり、その奇妙な形はとても人の業に思えないものだった。
不規則に並ぶ、奇岩の中を進むだけでも、もしかしたら『無理な状況』がと心配はあったが、父の言う通り、その中を抜けても二人には何も起こらなかった。
遺跡は平たい建造物で、見たところ、どこも損壊がない良好な状態。
神殿的な印象のそこは、外にぐるっと囲むように数段の階段があり、階段を上がったところには壁があり、入り口らしいものは見えない。
「この階段を上がった後、入れないかもと」
行けば分かると頷いて、階段手前でヨーマイテスは息子を抱え上げる。『歩くよ』と驚く息子に『何かあっても困る』と聞かせる。心配性な父の片腕に乗せられたシャンガマックは、苦笑いで了解した。
大男はゆっくり、少ない段を一歩ずつ上がる。5段程度の階段の一番上に立った時、目の前の壁までの2mくらいの距離で、闇の中の壁にある文字を二人は見た。
「どこから入るのだろう」
「ここだ」
見たところ、シャンガマックには読めない文字以外の、何もない壁。その真ん前で、前に進む代わりにヨーマイテスが腕を伸ばす。ヨーマイテスの腕に埋め込まれた、浮き出る模様が光ったと同時、壁が一斉に光の反応する。
その透明な水色に、シャンガマックは『妖精』と呟いた。フォラヴを思い出す涼しげな光は、ワーッと壁を一巡りした後に治まり、目の前に半円を描いた穴が開いた。穴の枠組みに銀色の文字が輝き、見るからに、これまでの遺跡とは違うと感じる。
驚いて目を見張る息子の顔をちらっと見てから、フフッと笑ったヨーマイテスは中へ進み、建物の中に入ってすぐの場所で息子を下ろした。
「もう。入れた以上は問題ないだろう。離れるなよ」
「俺が精霊の力を持っていても。ヨーマイテスがいるから入れたのかな」
薄っすらと柔らかい明るさを放つ、遺跡の中を歩きながらシャンガマックは訊ねる。横を並んで歩くヨーマイテスは、ちょっと周囲を見回してから『そうとも言える』と短く答えた。
「お前に警戒をしている様子はないな・・・俺の力は警戒されていそうだが」
「ヨーマイテスを、警戒する必要なんてないのに」
いつも嬉しいことを、さらっと言う息子の頭を撫でて『もう少し奥に目当てがある』と教える。喜ぶだろうな、と思って言ってみたら、思ったとおり、息子の顔がパッと明るくなった。
「見える壁や彫刻は、全てが装飾だから、どこにあるのかと・・・この奥に妖精についての情報が!」
「そうだな。お前の知りたいことと、重なれば良いが」
喜んで、すぐ。父の言い方に、『あれ?』と首を傾げるシャンガマック。内容を知っていて連れて来た、と思っていたが、父も分かっていなさそうな感じ。息子のささやかな気づきに、父は気が付かず(※見てない)。
少しズレた会話はそのまま、とにかくヨーマイテスは、奥にあるであろう感覚的な気配に進んだ。
柔らかな明かりは、まるで壁や天井に光るコケでも付着しているかのように、全てを包む。
薄暗いというより、薄明るいと感じる、穏やかな光に包まれて、時々小さな光がスーッと飛ぶのを目で追いながら、ヨーマイテスと一緒に入った、幾つかの廊下と広間を抜けた、最後の部屋。
入って少し歩き、二人は立ち止まる。部屋の中はゆっくりと明度を上げ、その変化に何かが動き出したと感じた二人は、少し警戒する。だがその警戒は無用であると、すぐに知った。
「バニザット。相手は、存在がない」
「難しい表現だが、それが正解と分かる。確かにそうだ」
その部屋は天井が一際高く、中央に白い石で円形に囲まれた大きな木が立ち、梢は部屋の天井に張り巡らされ、まだ伸びる先は、どういう造りなのか、天井を突き抜けて自然体でさらに外へ続いている様子。
この大きな木の向こう、つまり二人と反対側の奥には、揺らぐ幾つもの影が見え、それらは翅を持つ人々の姿を現し、動いてはいるけれど、そこに居ないと感じる。大樹は青い美しい光を、穏やかに湛えて周囲を照らす。
呆然として見ている二人は、大樹の向こうに見え隠れする、人々の影を近くで見るため、少し進んで再び足を止めた。
影とは言うものの、逆の状態で、それらは暗さのある部屋に薄っすらと光を持っている。
大樹の横まで進んだ、シャンガマックとヨーマイテスに気が付いたように、その薄ら白い影は振り向き、一人が手招きをした。
「バニザット」
「俺だろうか。俺?」
ヨーマイテスもこの展開にどう対応するべきか、急いで考える。しかし、自分と一緒にいる息子が精霊の類と相手も分かっていそうだし、何より存在 ――命―― のないそれらに、何の目的があるのかと勘繰る。
だが、ヨーマイテスが勘繰っている間に、シャンガマックは頷くと、歩き出した。驚いて『待て』と止めたものの、息子は振り向いて微笑み『大丈夫だ。きっと』と信頼している様子で進んでしまった。
ヨーマイテスは自分も行くべきかどうか、分からなかった。手招きした相手は、本当に息子に用でもあるように待っている。何かあれば、すぐに攻撃に移るつもりで、ヨーマイテスは見守る。
近づくシャンガマックは、彼らの一番手前にいる光の影から、ほんの1mほどの場所で止まると、顔が分かりにくい柔らかな光の塊を見つめた。
「妖精?」
『妖精。あなたは精霊の導き』
「通じた。俺はシャンガマック。精霊ナシャウニットの力を得た人間だ」
『シャンガマック。用を言いなさい。精霊の寄越した男』
「ああ、教えてほしいことがある。友達が妖精の血を引くのだ。俺は友達が心配で、今どうしているのかと。手伝えることがあれば知りたくて。
彼は・・・その、驚かないでほしいのだが、魔族のことを調べに、妖精の国へ」
そこまで言うと、光の人々がざわっと揺れる。あっという間に消えかける人々に、シャンガマックは、魔族の言葉に反応したと分かり、慌てて『もう言わない、すまない』と謝った。
一度は揺れて消えかけたそれらは静かに戻り、一人がシャンガマックの前に立ち、片手をそっとあげて、空間に円を描く。
『心の優しいシャンガマック。あなたの友を知っています。勇敢なドーナル。古の愛に守られた妖精の子。
これを持ちなさい。あなたの求めを一度は叶えてくれるでしょう』
光の指が描いた円から、何かがふんわりと落ち、それはシャンガマックの頭に被った。騎士はそれを両手で持ち上げ『これは?』と訊ねる。妖精の持ち物だとしたら、どうして自分が触れるんだろうとも思う。
相手は風に揺れる水面のように光を震わせ、騎士に伝える。
『それを着なさい。この大樹と同じくらい生きている樹を見つけなさい。樹はあなたを通し、あなたの求めを見せるでしょう。しかし、そこを出るまでは脱いではなりません。脱げば二度と帰れない。戻った後、それは消えます』
褐色の騎士は、両手に持った布の様子が、暗くてよく見えないが、それはすべやかで、ひんやりとして、持つ手を慈しんでくれるようだった。
「有難う。俺が手伝えることを探す」
『気を付けなさい。あなたの父も連れて。彼は、彼だけでも行き来出来る・・・・・ 』
シャンガマックがもう一度お礼を言おうとすると、白い影の人々は、鈴のような音を立てて、大樹の枝に次々に吸い込まれて消えた。
「バニザット」
父の声が響き、シャンガマックは振り向く。父は寄って来ないまま、息子が来るのを待っているので、シャンガマックはすぐに父の元へ戻った。
「行くぞ。次に向かう場所があるんだ」
「うん・・・ヨーマイテス、聞こえていた?」
「全部」
「俺と一緒に、行ってくれるか」
「当たり前だ。一人で行くなんて許さん」
えへへと笑ったシャンガマックは頷いて、受け取った贈り物を両手に抱えながら、父の大きな手を背中に添えてもらい、遺跡の来た道を戻り、外へ出た。
この間、ヨーマイテスの中で、遺跡の印象が変わっていたことは、多少気になっていたが、自分の思っていたより、ずっと有意義な結果を得たので良しとした。
この遺跡、ヨーマイテスの記憶では、妖精の国にあった出来事が絵と文字で遺されていたのだ。奥の部屋とは限らず、入ったその時で変わる不規則で奇妙な力の働く場所だった。
まさか、先ほどのような状況が待っているとは、ヨーマイテス自身も想像していなかった。
外に出て、スフレトゥリ・クラトリを呼び出し、二人は乗り込む。
この時、ヨーマイテスは気にしていなかったし、シャンガマックも別のことで、意識を持って行かれていたので気が付かなかったが、時間はとうに真夜中を越えていた。
お読み頂き有難うございます。




