1269. お遣いオーリン・鳥使いと風の精霊
翌朝。ミレイオは地下から戻って来て、いつも同様に洗濯物を荷馬車に置き、調理器具と食材を出して、焚火を熾す。
じーっと見つめる、食材。『少ないわ』ふーっと息を吐き出して、首を振りながら、次の町まで持つかしら?と眉を寄せる。
焚き火のはぜる音がし、火が安定したので、朝は汁物にしよう・・・と(←具少なくても水分あり)調理を始めると、イーアンが起きて来て、朝の挨拶を交わす。
「寝過ごしました。ごめんなさい」
手伝いながら謝るイーアンに、ミレイオは『昨日何時に帰ったの』と昨晩の話を促す。イーアンは、朝食を作りながら、行くまでの道のりと、到着後の話をし、帰りは急いだところまで伝える。
「ちょっと遅くなりました。何のかんの言って、3時間近く」
「今日は、オーリンだけでしょ?もっと掛かるわよね。あんた抜きで、高速移動しないだろうし」
「どうでしょう。一度、空に上がってから下りるかも知れません。
その方が近いから、そうすれば、オーリンもそこまで時間は遣わないような・・・ただ、向こうでどのくらい過ごすかは」
説明しつつ、イーアンは気が付く。ミレイオの目が、ずっと鍋に注がれていることに。どうしたのかな、と顔を覗き込むと目が合い、溜息をついたミレイオは『食料少なくて』昼は微妙よ、と言う。
「オーリンに頼もうかな、と思ったんだけど。彼が来た昨日の夕方は、そこまで気にしていなかったの。でも夕食作ったら、残りが結構少なくて驚いたわ。頼まなきゃいけないかなって」
ああ~・・・イーアンも頷く。オーリンの出番だったのか、と分かる(※お手伝いさんは便利)。
ミレイオは煮込み始めた鍋をかき混ぜ、お玉をひょいと持ち上げて見せ『ほら。具、ほぼないでしょ』誤魔化しよ、と暴露。
「私やあんたはまだしも。他、人間だからさ(※大食いに限って人間)。食べさせないと、うるさいじゃない。やれ、腹減ったとか、力が出ないとか」
「ドルドレンは、よく食べるけれど。でも彼は遠征などで鍛えている分、食べる量が減るのは慣れていると思います」
イーアンはそう言って、ちらっと馬車の間に視線を動かす。ミレイオも同じ方を見て『あいつよね』とぼやいた(※親方)。
「タンクラッドも少しの間なら、ほぼ食べない、採石期間と同じで、我慢出来そうですけれど」
「最近、甘やかしてるからさぁ。毎食がつがつ食べちゃって、絶対何か言うわよ」
ミレイオの言い方が可笑しくて、イーアンがちょっと笑うと、ミレイオも少し笑って『でも。ザッカリアには我慢させたくないの』と、子供には食べさせたいことを伝える。それはイーアンも同じ。大人は良くても。
二人が、冒険の裏舞台・意外と重要な『食料』について話していると、オーリンが起きて来る。二人は挨拶し、側に来て座ったオーリンに、今日は何時に出るのかを訊ねた。
「指定されたのは『明るい時間』ってだけだからな。別に日中なら、良いんじゃないの」
どうして?と訊き返し、事情を教えてもらうと、オーリンは少し考えて『いいよ』と頷いた。
「スランダハイに戻って、買ってきてやるよ。次の町までの分で良いんだろ?先に買い物して、それから行くよ」
「本当?有難う、助かるわ。ごめんね、用事増やして」
ミレイオはお礼を言うと、ササッと立ち上がって荷馬車に戻り、用意していたお金をオーリンに持たせ『少しなら、あんたの食べたいものも買って良いわよ』と、子供をお遣いに出す、お母さんみたいなことを言っていた(※お遣いオーリン45才)。
こうして。水増し朝食(※文字通り)を起きてきた皆で分けて食べ、予想通り、親方が『これじゃ足りないかもな』と聞こえるように呟くのを、皆で無視して(※目が合うと取られる)静かに食事を終える。
ザッカリアだけは、量を気にするミレイオから『これお食べ』と、芋やら肉やらを分けてもらっていた。
優しいミレイオにザッカリアはお礼を言って、『オーリンが食料買ったら、俺のあげるからね』と約束。気にしないの、と笑ったミレイオの、親っぽい感じに、見ている仲間は心が温かかったが、一人だけ『子供は、そんなに食べないよな』と思っている人もいた(※親方腹ペコ)。
そして馬車は出発する。店が開く時間は早かったのを思い出し、オーリンは龍を呼んで買い物へ出た。
スランダハイから近い場所なので、飛んだらあっさり到着する。オーリンは、龍を一旦戻して、歩きで町に入り、朝早くから開いている食品店の並びへ向かった。
持たされた書き付けを見ながら、店の主人に用意してもらっている間。通りから声をかけられ、振り向くと見覚えのある職人がいた。彼は、最初の弓工房で話した職人と思い出し、オーリンも笑顔で挨拶。
「どうしたの。まだ町にいるわけじゃないよね?」
「もう、馬車は進んだよ。食料買い忘れたから、俺だけ戻った。運ぶ時、ここに龍を呼ぶから、見ててよ」
え~、龍~! 嬉しそうに頷く職人は『もう、弓を作り始めている』と報告し、オーリンもその報告に喜ぶ。職人のおじさんは、『それとね』とハッとしたように違うことも話す。
「あんたたち、剣工房にも行ったよね?」
何かと思えば、ガーレニーとイーアンが説得しようとした、剣工房の話。そこの剣工房は、数日後にドルドレンたちの宿を訪ねていたようだが、すれ違いで出発した後。
「悩んで、気持ちを決めてから、行ったんだって。『でも遅かった』と悔やんでいたよ」
「そうか・・・あのな。伝言じゃないけどさ。もし次に、その剣工房の職人と、顔合わせることがあれば。工房区の剣職人には、契約出来たんだ。そっちで聞いてもらえば、きっと教えてくれる」
「あのナイフ、特別なナイフはないよね?」
弓職人のおじさんは、すぐその『安全さ』に眉を寄せる。オーリンは頷いて『それはないけれど』と続け、聖別したナイフで、誰かが解体した魔物を使えば、と教えた。おじさんは了解し、次にその人に会ったら伝える、と言ってくれた。
話していると、食料を大荷袋4つに入れてくれた店の主人に呼ばれ、オーリンは弓職人のおじさんに『元気で、無事でな』と挨拶し、龍を呼んで荷物を積み、拍手で見送られてスランダハイの町を後にした(※龍人気者)。
仏頂面の機嫌悪い友達に『すぐだよ』と宥めながら、オーリンはさっきの話に嬉しく浸っていた。
馬車に戻って、ミレイオやイーアンにお礼の笑顔をもらいながら、荷解きして食料を積み込む。それを寝台馬車の御者台から、じーっと無表情で見守る親方に(←腹ペコ)ちょっと笑ったオーリンは『良い話がある』と、町で聞いた話を伝えた。
「そうなのか。俺たちを訪ねて」
驚く顔を見せた親方は、すぐにニコッと笑う。オーリンも笑顔で頷き『工房区の剣職人に頼るように、伝言をした』と言うと、親方はオーリンの腕をポンと叩いて『有難う』とお礼を言った。
「良かったな。心が動かされたんだ」
「俺の力じゃないけれどな。ガーレニーの効果だ。それと、龍の女」
「私でもありませんよ。皆さんの真剣な声に、彼らは胸を打たれたのですよ」
荷馬車に積み込んだ食料を仕舞い、二人の会話にイーアンも微笑む。ミレイオも荷台に乗り込んで、聞こえていたその話に『良かった』と嬉しそうに笑みを浮かべた。
馬車は再び出発し、オーリンは待たせていたガルホブラフに乗り、今度はアリンダオ集落へ向かう。
「気を付けて!」
「良い情報、待っていてくれ!」
送り出されて、手を振りながら空へ上がる。イヌァエル・テレン経由で、山岳地帯へ飛ぶ、龍の民。
晴れた空を突き抜けて、馬車のあるテイワグナ夏後半の気温から、どんどん涼しさが増す、山の連なりの上を通過する。
「標高が高いから・・・涼しいな。こっちは、テイワグナじゃないみたいだ」
昨日の夜も思ったことだが、本当に涼しさが違う。山岳地帯の涼しさは、ハイザンジェルに似ている。平地や、ちょっと上がった程度のテイワグナの大地とは、まるで別の気候だった。
「お。もう見えて来たな。イヌァエル・テレン経由が断然、早い」
それにしたって、昨晩の帰り道のような20分とはいかなかったが、30分そこそこでアリンダオ集落が視界に入ることに、龍の民は満足。
『昨日は死にそうだったよ』笑いながら、山頂近い斜面に貼り付く集落へ降りた。
ガルホブラフが下降し始めてすぐ、集落と自分たちの間に動いていた、小さな黒い影がさっと消えたのは気が付いていたが、それらが全て、鳥使いの鳥たちと知った時、オーリンはさすがに驚いた。
明るい時間に降りると一層、その景色の神秘さに感動する。
彫刻された壁や石畳は、色が塗り直されて鮮やかで、龍ではなく、またコルステインたちとも違う『翼のある何か』のために造られた遺跡だった、と見て分かる。
龍が舞い降りると、鳥たちも、僅かに見えていた人影も一度消えたが、石畳に降りて間もなく、遠くから『オーリン』と名を呼ばれ、振り向くと、クトゥが急いで来てくれた。
「クトゥ。昨日は急でも、世話してくれて有難うな」
「いいえ。何も。あの部屋へ行く前に、ここであなたを・・・皆に紹介します」
紹介と聞いて『いいよ、別に』と断ったオーリンに、クトゥは『龍の民が来たことを知らせたい』と言う。
紹介と言ったって、用が済んだら、もう来ない場所。オーリンは無駄な付き合いは望まない。
やんわり『そんなに重宝でもないよ。見た目は人間だしね』と、苦笑いして遠慮したが、来客の声は相手にされず、クトゥが前を歩き始めたので、少しは付き合うかと仕方なし、ガルホブラフを空に帰し、彼と一緒に歩いた。
色の付いた両脇の壁と、長く続く石畳は、山頂の傾斜に貼り付いて伸び、晴れた午前の空に続いているように思える。
特に会話もなく歩いていると、クトゥの鳥が下りて来て、頭上を舞った。
歩きながらぼんやりと見上げ、ふと、山頂に向かって斜めに上がる片側に、畑に似た場所を見つけた。畑?と一瞬思うが、そこは狭く、大した作物もない様子。本当に、どうやって生活してるんだと首を傾げるオーリン。
「質問がありますか?」
「え?ああ、そうだね。立ち入ったことかも知れないけれど。あれは畑だな」
「そうです。私たちの薬を作ります」
「野菜じゃないのか?」
言われてみれば、野菜にしては個人的な量しか、栽培は出来なさそうである。でも、食べ物ではなく、薬と聞いて、何も言わずに頷いた。クトゥはちょっと笑い、龍の民の気持ちを見透かす。
「不思議なのですか。私たちがどうやって生きているのか」
「まぁ、そんなところだね」
「ここでの食材は、鳥たちが運んできてくれます。水は上から流れて来る水を使っています」
鳥が運ぶのも、水の道も感心して頷くオーリンに、見上げた小柄の男は、進む先にいる人影に挨拶する。
また気が付かなかったが、人影は2~3人と思いきや、もっとたくさんいた。クトゥの言葉は、最初だけは公用語だが、すぐに彼らの言葉に変わる。
オーリンは彼らに紹介され、皆のことも簡単に紹介してもらってから、龍の民と幻の集落の人々は、曲がり角を通る。曲がり角を抜けると、同じような通路の脇にある壁に、くり抜いた窓のような形が並んでいた。
「見てみますか」
オーリンの横にいた女性に、公用語で話しかけられ、『この場所から外を見て』と窓を指で示される。立ち止まったオーリンが窓を覗き込むと、下の方に流れる雲の隙間に動くものが見える。それは、山岳の斜面を走る動物に、今まさに襲いかからんとする鳥、と分かって驚いた。
「あれは」
「狩りをしています。終わると、他の鳥と一緒に運んでくれます」
へぇ!と驚く龍の民に、彼女ではない、別の女性が来て『反対側を見ると分かります』と言うので、オーリンは逆側の壁に開いた窓の向こうを見た。
「何だ?絵。もしかして、あの絵の通りに」
びっくりして質問した客人に、前を歩いていたクトゥも笑って側に来ると、龍の民が目を皿にしている窓を横から覗く。
「オーリン。私も含む、ここの者は、このアリンダオから出ることはありません。見て分かりましたか」
反対側の山向こうには、山の斜面に巨大な遺跡の名残があり、むき出しの床はこちらに面しており、そこには絵が描かれていた。
絵は、鳥と人が共に生活をする、助け合いにも見える様子が幾つもあり、それをじっと見つめるオーリンは、クトゥの言葉に頷いた。
「鳥が。ここの生活を守っているのか」
「そうです。私たちは鳥のおかげで生きているし、鳥も私たちと一緒に生きることで、益を受け取っています」
それからクトゥは、昨日の場所に下りる坂道に誘導し、離れたその場所に顔を向けると、やけに派手な紐がたくさん、風に揺れている一画を示し『あそこで鳥を捕まえ、また、鳥を返すのです』と儀式の話もした。
クトゥの言葉に続き、龍の民と話したい様子でいた後ろの人たちも、オーリンに『ここでの生活は』と、細かなことも説明してくれた。
そうしながら着いた場所は、昨日の天然遺跡のまだ上の方。クトゥは来客を見上げて、龍を呼ぶように言う。
「あの場所へ。あなたは龍で、先に動いて下さい」
指差して示した場所は、午前の光に照らされて、大自然に溶け込むような遺跡が幻想的に佇む。
控えめに言っても『凄い』光景に、一々驚きながらも、オーリンは了解して龍を呼んで乗り、昨夜の部屋の手前で降りた。
それから龍を戻し、クトゥたちを待つ―― のだが、意外な移動手段を持つ彼らに、笑い出した。
「本当かよ」
笑って首を振るオーリンの見ているもの。
彼らは、自分たちの鳥が垂らす、長い紐の先を掴んで、綿毛の種のように飛ぶ。彼らの鳥は、前腕そこそこ分くらいの大きさしかないのに、全員がそうして移動していた。
「重いんじゃないの?よく、こんな小さな鳥が運べるな」
着いたクトゥと、彼の民族に笑いながら訊ねると、クトゥは微笑んで答える。
「鳥と私たちを繋ぐ力が、これを可能にします。他の人間には出来ないことでも」
昨晩もこうして動いたこと、オーリンたちに鳥の影だけが見えていた時に、下に自分がいたことも、クトゥは教えた。
深くは聞かないが、そうなのか、と頷くオーリン。
男女問わず、自分より頭一つ分、背の低い皆が同じ民族であることや、彼らが平地のテイワグナ人と異なることに、彼らも精霊の恩恵と生きる、一風変わった人々なんだろうと、解釈した。
クトゥの案内で、オーリンは昨日の裂け目を歩く。自分の後ろには、小柄な男女の列が出来ていて、皆が腕に鳥を止まらせていた。すぐ後ろの女性はクトゥと少し似ていて、彼女の鳥をちらちら見ていると、彼女が少し微笑んだので、オーリンも微笑む。
見た感じ、皆、年齢も分からない。ふと気が付けば、彼らは20代とも40代とも言えそうな、顔つき。何だか不思議な民族だな、と思う。
そして昨日の部屋に入る。かなりの人数が一緒に入ったが、中央にある円形の石板を積んだ階段には、一人だけが上がった。風の音は鳴り始めていて、昨日よりも音に情緒が感じられる。
「オーリン。私の横にいて下さい」
横に並んだクトゥはそう言うと、頷いた龍の民に『あなたの求めに、答えが得られますように』と祈り囁いた。
今日はクトゥではなく、彼よりも少し年齢が高い男で、彼の腕の鳥は灰色に輝き、男の合図で腕を離れ、高い天井の穴から外へ飛ぶ。その一羽が羽ばたくのにつられるように、他の鳥たちも一斉に飛翔する。
全員の鳥が外に出た後、鳥の声が響く。高い声が木霊した途端、壁中の穴から『風の歌』が流れ込んだ。
昨日とは全然違う、大きなうねりを持つ滑らかな音の重なりに、龍の民の目が丸くなる。音はどんどん増えて、風の色が付き始め、気が付けば、階段の上にいる男が声とも音とも違う、『歌』を絡ませていた。
「何でこんな現象が起こるんだ」
呟きは、横のクトゥに聞こえ、彼は黄色い瞳の男に微笑み『龍の民がいることも、私たちには不思議です』と答えた。ゆっくり自分を見下ろす顔に頷く、クトゥ。
「お互いを知らないから、そう思う。それだけなのでしょうね」
「そうだな。クトゥ、今。歌の中身は分かっているのか?」
分かりますよ、と答えるクトゥは、歌い続ける階段の上の人を見つめ『彼は確認しています』と教えた。そのすぐ後、クトゥの体がゆらっと揺れ、目端に映ったオーリンはさっと見た。クトゥの表情に驚きが現れている。
「どうした」
「オーリン。オーリンがいるからか」
「え?」
オーリンが訊き返すのと重なり、後ろに並んでいる人々も少しざわめく。風の歌の方が音が大きくて、気にならない程度の声だが、皆が何か話し始めたことに、オーリンも後ろを見ながら『何かあるのか』と訊ねた。
空から何十羽もの鳥の声が降り注ぎ、風の音が高らかに変わる。部屋の中を巡る風は温もりを持ち、色は光の布のように透けて重なりながら、円形の部屋の壁を包む。
何か変だ、とオーリンが思った時――
「おお・・・・・ !」
皆が一度に驚きの声を上げる。オーリンも仰天。風の歌は大いなる声に、風の色は本来の姿を取った。
高い天井までの空間に、大きな鳥の翼を広げた人の姿。上半身は人で、翼と足は鳥。その顔は人とも鳥ともつかず、大きな目は真下にいる人々を見据えた。
「風が。風が姿を」
荒くなる息で、顔に笑みを浮かばせる、クトゥの目が輝く。オーリンは理解する。彼らも初めて見たんだ、と。後ろの人たちも、胸の布をぎゅっと握り、感激して食い入るように見つめている。壇上の男も、現れた巨大な姿に跪いた。
『遥かな空の、龍の民。教えよう。私はアンガコックチャック。風と空気の精霊』
「風と空気の・・・精霊」
鳥肌がワーッと立った体をぶるっと震わせ、話しかけられた龍の民は、黄色い瞳をキラキラさせて『俺はオーリン』と、上ずる声で名乗った。




