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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新たな脅威の調べ
1268/2964

1268. 風の歌と鳥使い

 

 野営地の馬車が夕食の片づけを終え、コルステインが親方に、昨晩のロゼールのことを話している頃。


 そして、お空でニヌルタが、丸一日居てしまったガドゥグ・ィッダンから、大急ぎで家に戻る時間。


 イーアンとオーリンは天然遺跡のように見える、不思議な岩の裂け目の中を歩いていた。



 最初は遺跡に見えなかったが、裂け目の間を通ると、両脇に彫刻があり、そこに色が塗られていることに気が付いて、二人はこの場所が、クトゥの住居のある遺跡と繋がっていると知る。


 距離はあるが、恐らくこの場所一帯が、大きな遺跡であると分かった時、イーアンは思い出した。

 クトゥ自体には『ワバンジャのような不思議さ』、それに、場所的には、シャンガマックと親方に訊いた『ノクワボ・サドゥの古代墳墓』の事を。


 クトゥの背中を見ながら歩くそこは、人一人分の幅しかなく、イーアンが真ん中で、後ろがオーリン。はたと、イーアンは立ち止まり、左右を見ながら進んでいたオーリンはイーアンの背中に当たる。


「お。ごめん」


 オーリンのこの声で、クトゥが振り返る。立ち止まった女龍の顔に、何か気にしている様子を見て『何かありますか』と彼は訊ね、女龍はゆっくりと頷きながら、クトゥの向かう先に視線を向けた。


()()入らない方が良いかも」


「何ですって?」


「うん?イーアン、龍気か」


 イーアンは感じる。自分の龍気が、誰かに緊張をさせていることを。オーリンは逸早く気が付き、前に顔を向けて『この奥に、遠慮?』と彼女に確認。イーアンは、そう、と答えた。


「龍気、抑えられるのか?」


「いいえ。これより抑えることは無理です。私が入ると、影響が出る気がします」


 二人の会話に、クトゥは交互に客の顔を見てから、向かおうとしていた、もうすぐそこの部屋をちらりと見た。オーリンは女龍にここに居るように言い、自分が向かうと伝え、クトゥにもそう言った。


「イーアンは?来てもらう場所は、もう、そこですが」


「クトゥは感じないのか。イーアンは龍でも強い龍だ。イーアンが入ると、多分、面白くないことが起こる。俺なら平気だろうから、俺が代わりに行く」


 どうして?と分からなさそうなクトゥ。手短に、イーアンは答えと質問を兼ねて、彼に教える。


「お伺いしますが、空の声とは、相手が龍ではありませんね?」


「はい。違います。空の声、風の歌は龍の姿は見えません」


 オーリンはそれを聞いて女龍に頷き、女龍が『ここに居ます』と止まったので、戸惑うクトゥに進むように伝えた。どうしたのかを知りたそうだったが、クトゥは多くを訊ねず、言われるままに龍の民と一緒に奥へ進んだ。



 二人の背中を見て、小さな溜息をついたイーアン。

 ここまで来たら、中も見たかったと思いつつ、自分と磁石の反発のように反応する相手を、『精霊』と認める。


 そして、今日に限って身に着けていた青い布が、聖なる青の光を明るく放ち始めたのを見つめ、『()()()()私が、平気なのにね』と困ったように笑った。


 青い布が光るのを見たのは、今回で3回目。


 最初は、イーアンを守ってくれた、魔物に襲われた夜(※82話参照)。2回目は、ミンティンを初めて呼んだ日(※147話参照)。『そして今日』3回目まで、随分と間が空いた。

 治癒場に行った時など、少し光っていることはあったが、こうして、辺りまで照らすような光を放つのは少ない。


「それにしても。青い布が反応している、その意味は」


 龍気の強い自分は、この奥に行くことを控えたが、布は青く煌々と光を増やす。まるで喜ぶような、その反応に、イーアンはまたも『男龍に訊いてみよう』と苦笑いするだけだった。



 奥の部屋へ入ったオーリンは、その空間に驚く。どこから風が吹いて来るのかと、亀裂を歩きながら思っていた答えを見た。


 クトゥは入り口を過ぎた場所で、歩みを緩めて驚く龍の民に、少し微笑んでから『オーリン。そこにいて下さい』と伝える。彼は、ゆっくりと顔を向ける龍の民に頷いて、そのまま前に進んだ。


 この空間は、大きなハチの巣のような壁に包まれ、天井がなく、花瓶の内側にいるような具合。ハチの巣的な壁からは、風が吹くたびに音が響き、それは――


「さっき。風は吹いていたが、この音、()()()()()()()ぞ」


「そうです。私たちが入ると、風は歌い始めます」


「何だって?まさか、この風の音が」


「歌です。私たちは風の歌を聴き、歌を繰り返して予言を確認し、受け取るのです」


 目を丸くして、小柄な男を見つめるオーリン。

 四方八方から、細い吹き抜けの天井に向かって舞い上がる風を作る、その無数の穴。穴を潜る風は、それぞれ別の音を出し、『その音の繋がりが()()』と彼は話す。


「これが歌・・・・・ 」


「はい。私は、これから歌を確認します。そうすると・・・見ていて下さい」


 言いかけて言葉を切り、クトゥは腕に乗せた鳥に何かを話すと、鳥は高い天井に向かって飛び、穴から出て行った。



 ここからは、何とも言えない、神秘的な時間がオーリンを驚愕させる。


 鳥の高い声がどこからともなく響いた途端、一斉に壁中の穴が音を立てたように聞こえた。それは楽器を鳴らす如く、荘厳で鳥肌の立つ不思議な音。笛とも違い、弦楽器とも違う。初めて聴く音の波に、オーリンは震えた。


 部屋の真ん中にある、円形の石が積まれた、5段ほどの階段上に立ったクトゥは、風に包まれて、体にまとう紫の布が躍るように舞い、彼の顔が天井の星空を見上げている横顔は、大いなる存在と尊い繋がりを感じさせる。


 その顔が少し動いたと思ったら、オーリンには多くの音が同時に鳴り響いているふうにしか聴こえないのに、クトゥは不思議な音を声に出し始め、音楽でも言葉でもない、人間とは思えない声が歌のように風に重なった。



 部屋の外で聴いている、イーアンもビックリする。

 イーアンはこの音が、手風琴の音に似ている気がした。それは手風琴の合奏のようで、あまりの迫力に、一斉に鳴り響いた瞬間、ビクッとした。


「これが歌!何という美しさ。自然の偉大さよ」


 イーアンの喜びも高まる。音楽は大好きなイーアン。決して、音楽らしい感じがないにしても、重なり合う天然の曲に胸が熱くなる。



 部屋の中のオーリンはもっと感動する。歌を確認するクトゥの声に反応しているのか、風に色が付き始める。最初は目の錯覚かと思ったら、間違いなく色がある。


 その色は、虹を分解したように、暗い室内に柔らかな光の波を揺らがせ、星空の光を吸い込んで踊る。


「すげぇ・・・・・ 」


 唖然としながら、笑顔で呟く龍の民に、視線だけ向けたクトゥは微笑んだ。


 この時間はとても短く感じたのに、実際は30分ほども経っていて、クトゥは最後の方で何度か首を傾げた。それからクトゥの声が静まり、続けて風の音も消える。


 緊張が戻ったオーリンは、風の吹き抜ける中で、自分を見たクトゥに『どうだ?』と訊ねた。小柄な男は階段を下りて側に来ると、龍の民を見上げる。その表情は『問題あり』の様子。


「何か、分かったか?」


「どうしてか。歌が千切れるのです」


 クトゥは、目深にまで巻いてある赤い頭衣の下の目に、怪訝さを浮かべる。


 言われている意味が分からないけれど、問題はあるらしいと判断したオーリンが『分からなかったという意味か』そうか?と訊ねると、彼は頷く。


「分かりにくいです。間が聞き取れないので、何度も繰り返しました。でも、風も乱れているようで」


「すごく良い音だったぞ。あれで乱れてるの?」


 褒めるつもりはなかったが、オーリンが感想を言うと、クトゥは嬉しそうに笑みを浮かべて礼を言い『いつもはもっと、落ち着いている』と教えてくれた。


「もしかして・・・俺がいるからか?」


「いえ。オーリンではなく。()()かも知れません。

 ここには入っていないけれど、先ほど、あなた方が遠慮した理由。私には分からないですが、()()()()かも」


 あ、と声を落としたオーリン。さっと振り返り、イーアンが見えない場所にいるのを確認すると『こんなに離れていてもダメなのか』と眉を寄せた。


 クトゥは、聞こえた内容を伝えるのは不安があると言い『誤解が生じる可能性があるから』今は告げられないと伝える。オーリンも、彼の言いたいことは分かる。中途半端な予言なんて出来ないだろうから。


 では、どうしようかとオーリンが腕組みして呟くと、クトゥは彼に思うことを話した。



「こんなことはなかった。これでは途切れて、抜けているところが多々あります。()()()()だし、もう少し条件を良くしてから、同じ質問をします」


 クトゥは壁を見上げながらそう言うと、腕に巻いた紐を解き、それをひゅっひゅと回す。

 その音で、天井から鳥が入って来て、差し出された腕に戻った。戻った鳥に頭巾を被せると、クトゥはオーリンに向き直る。


「明日。また来れますか。もし来れたら、明るい時間に来て下さい。龍が入れないと分かったから、オーリンだけで。

 私の鳥は夜も飛ぶ。でも明るい時間なら、他の鳥も飛びます。鳥が多い方が、もっとたくさん教えてくれます。風の歌は、()()()()()()だから」


 オーリンは、彼の言っている意味がよく分からないにしても、『出直す』ことだけは理解したので、礼を言って、自分だけでもう一度来ることを約束した。


 やはりここは精霊の遺跡。そして、強過ぎる女龍がいては、いけない場所でもあった。そうだったんだろう、と思う。龍の民の笑わない顔に、クトゥはちょっと遠慮がちに、最後に伝える。


「でも。イーアンに会えて、私は嬉しいです。そう伝えて下さい」


「分かった。有難う」


「帰る時。今来た道を戻り、外に出てすぐ、龍を呼んでも大丈夫だと思います。外は、外ですから」


 彼の案内に了解し、明日また、と挨拶して、オーリンは部屋を出る。それから、待っていた女龍と一緒に外へ出て、ガルホブラフを呼び、二人は馬車へ飛ぶ。



 帰り道で、何があったかを話すと、イーアンは少し寂しそうに笑ったが『それは仕方ない』と理解しているようだった。


「明日。俺だけで行くよ。ごめんな」


「謝らないで下さい。明日、良い情報が得られるように祈ります」


 それからイーアンは。時間を使い過ぎたと呟くと、ガルホブラフに『ミンティン呼びますよ』と言ってから、笛を吹き、青い龍が来たところで『では加速(※超高速目的)』龍たちにGOサインを告げたと同時、来た時と同じようにかっ飛んだ。


 オーリンは大急ぎで龍の首に抱きつくようにしがみ付き、吹っ飛ぶ勢いの帰り道に耐えた。


 馬車に戻るまで、3つの白い流れ星がテイワグナの北の空を翔け抜け、その光の塊の大きさから、夜空を見上げていた旅する馬車たちは『龍かも』と察し良く、微笑み合った。



 こうして、イーアンたちは馬車に20分で到着。


 戻ったのも遅かったので、迎えに出てくれたドルドレンに軽食をもらい(※ミレイオ、地下に帰った)イーアンとオーリンは食べながら報告をし、お疲れ様の労いを受けて、就寝時間へ。


 ベッドに戻ったイーアンは、『もう一つ用事があります』と伴侶に言い、眠る間際まで業務。ささっとファドゥの連絡珠を取り、まだ起きているかなと連絡してみた。すると、待つこともなく応答が。


『ファドゥ。イーアンです。ニヌルタは』


『俺だ。イーアン、明日来い。来たら教えてやろう』


 唐突にニヌルタ(※自由で勝手な人)。ファドゥは優しいから、珠奪われたか!と知る。うぬ、とイーアンは一度引き、げほんと咳をすると『明日って』言い返そうとして、畳まれた。


()()()()で伝えることじゃないぞ。明日だ。俺の子供にも会ってくれ』


 子供を出されたら弱いイーアンは、悩む。もう、ニヌルタ・ベイベも人の形になると言うし、うーん、と唸ると、ニヌルタは止めを刺す。


『子供が、明日はきっと人の形になる。『今日は後少しだった』とファドゥが話していた。だから明日、お前も励ましてくれ』


 うへ~・・・そこまで言われたら、行くしかないじゃないの~ 


 お子タマ励ませ、と命じられて、『明日にはなる』とまで言われたイーアンは、悩みながらも了解する。ニヌルタは喜んだ様子で『明日だぞ。早く来いよ』の一言と共に、あっさり通信を切った。


 仕方なし。急いで行って、急いで戻ろうと決めると、イーアンは今日の話もすることにし、『青い布と自分の関係』それについても、教えてもらう目的を増やした。

お読み頂き有難うございます。

ブックマーク頂きました!有難うございます!とても嬉しいです~




挿絵(By みてみん)



風の歌を歌う、鳥使いの絵を描きました。クトゥと彼の鳥です。


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