1264. 別行動:獅子と老魔法使い
この日も朝から、シャンガマックは遅れを取り戻すために、魔法の扱いを練習する。
随分出来ることが増えた。数が増えたという意味ではなく、一つの覚えに応用が広がっている意味。これは褐色の騎士に、大きな自信を与える。
先祖の言葉―― 『その男が次の魔法使い』それを洞窟の精霊に聞いてから、一日も早く、と頑張る。
『ヨーマイテスは、俺の声を聞く。俺とヨーマイテスの誓い。お前が叶えろ。立ち回れ。知恵を使え。誠実さを失うな。天地を繋げ。善悪を超えろ。
ナシャウニットの加護は、ヨーマイテスの需に応じた。
獅子のあの腕には、天地と縦横を繋ぐ、最も強力な魔術が埋められた。俺が手伝い、獅子は耐えた。
全てを繋ぐために命を差し出し、新たな力を身に付けたヨーマイテスを、お前が支えろ。彼の言葉を叶えるために動け。お前の運命は俺が守っている。世界を変える宿命を、その体に背負え』
先祖と初めて逢った、あの朝の夢(※1054話参照)。
彼の言葉は絶対に忘れない。先祖と父の誓い、俺がここで完結させるんだ、と思うと、何が何でも魔法を自在に操る自分になりたい。
魔法陣で、精霊の力を増幅させて、腕から放つ時に形を変え、動きを操り、落ちた相手に何を引き起こすのか。それを幾つもの仕様で試し、相性と威力の強いものを徹底的に覚える、今。
魔族も・・・出て来た。魔物だけではなく、得体の知れない能力と恐ろしい繁殖方法で、人々を混乱させる相手。そんな相手にも、自分は出来るだけ、立ち向かえるようにならなければ。
練習を繰り返しながら、手応えを毎回集中して感じ、刷り込むように学ぶ。でも。脳裏に、フォラヴのことが過る。
彼は、自分の力を育てる暇もない。アギルナン地区のあの日に、初めて『私は自分を知った』と話していた、妖精の騎士。今、どうしているだろうと思う。
朝、どうも総長から連絡があったようだが、自分は寝ていて、父が代わりに出ていた(※しょっちゅう)。起きてから聞かされた内容は『フォラヴは動いた』だった。
「バニザット」
声をかけられて、ハッとした騎士は、またぼんやりしたかと、慌てて父を見た。父は日陰にいて『休め』と命じた。騎士は側へ行き、まだ続けると言うと、座る獅子は首をゆっくりと動かして、息子を見上げた。
「昼だ」
「え?そう。そうか。もう」
「お前は頑張る。そろそろ3つめの魔法に入っても良いだろう」
「本当!有難う、午後も頑張るよ」
獅子の首に満面の笑みで抱きついて、シャンガマックは喜ぶ。父は表情こそ変わらないが、毎回のように尻尾は心境を表現した(※バッタバッタ振ってる)。
「魚を取ってくる。お前も食べるものを用意しておけ」
獅子はそう言うと、魔法陣に青白い炎を出し、森へ消えた。シャンガマックも昼休憩。バイラに教えてもらって助かった、野草の根茎を探して土を落とし、火に入れて、父を待つ。
火の中の芋的根茎(?)を枝で突いて転がしながら、父に、フォラヴのことをもう少し聞けないかと考えた。
獅子は10分ほどで戻り、銜えていた大きな魚(←ナマズ系)を火に放ると、すぐに身以外を消滅させる。
炎の中で、可食部分の身がチリチリ、脂の焼ける匂いと共に音を立てて、シャンガマックは焼けたところから食べ始める。
最近、獲物が大きくなっているのは、ヨーマイテスも食べるから。一緒に食事をして、会話をする時間は、いつも楽しくて有意義で、シャンガマックは父に切り身をあげてから、聞きたかった質問をした。
「フォラヴのことなんだが」
何だ、と訊き返す獅子に、『彼はどこへ行ったのか、知っている?』どこへ動いたか聞いていないことを言うと、獅子はちょっと考えてから、口をパカッと開ける。
「知らないのか?」
魚を切ってあげて、獅子の口に入れると(※口開けるようになった)モグモグする獅子は首を横に振る。食べ終わるのを待っていると、獅子は『彼は、彼の国だ』と短く答えた。
「彼の・・・それは」
「妖精のいる世界だろうな。そこしか、向かう先がない」
「あ。じゃ、ヨーマイテスも知らないのか」
「ドルドレンは、『彼の国』と言った。ドルドレンもそれ以上は知らないだろう」
「他には?」
「お前に言うのか・・・言わないでおきたいもんだが」
無理はしなくて良いよ、と。シャンガマックは父をちらっと見て、魚を食べる。咀嚼しながら、碧の瞳をちらちら見ていると、獅子は大きな溜息をついて『言う』と音を上げた(※負ける)。
「無理しないでも」
「お前に見られると、黙るのが辛い(※事実)」
じゃあ見ない、と寂しそうに言う騎士を、獅子は大きな手で抱き寄せ『そういうことを言うな』と注意した。
「そうじゃないと分かってるだろう。お前が聞きたそうだから」
「そうだよ。大事なことだ。フォラヴは、いつも一人だ。彼は誰にでも優しいが、誰も彼の内側に入れない」
友達のことを呟く息子の頭に、獅子は大きな肉球をばふっと乗せて、自分を見た息子に教える。
「言っておくが、フォラヴ自身のことじゃない。フォラヴの伝言だ。俺はお前にこれを話すと、お前が気にしそうで嫌だったんだ」
「何て?伝言とは」
「ああ。言うのか(※やっぱイヤ)。フォラヴは、俺たちに馬車の世話を頼んだ。何かあれば、すぐに馬車を助けに行ってくれと」
「それは勿論だ。今までもそうしてきた。連絡があれば、必ず向かう」
獅子、意外な息子の答えに、じーっと見つめる。息子もじーっと見つめ『何』と訊ねる。獅子は小さく首を横に振り、余計なことを言わず、口を開けて魚をもらった。
――なんだ。大丈夫だった。今すぐ行こう、と言いかねないと思えば、息子は『今まで通りだ』と・・・良かった。これで『すぐに行く』なんて言われたら。あ。あ?マズいか。う、忘れてた!――
口を動かしながら黙った父に、シャンガマックも食事を再開し、こっちはこっちで、フォラヴのことを考えて黙る。
表情の変わらない獅子は、食べ続けている間、胸中が穏やかじゃない。息子も忘れているが、自分たちは行くべき場所があったのだ。ガドゥグ・ィッダンの分裂遺跡。老バニザットに『連れて行け』と言われていたまま、行っていない(※かなり前)。
そこへ往復で動けば、その間は馬車に行くことは出来ない。テイワグナの中であっても、まるで反対方向の場所。
息子は、仲間に呼ばれたら行こうとするだろう。だが、あの中に入ってしまったら、連絡も何も消える。
分かっていて連れて行った、と息子に知れたら、俺は何を言われるか(※息子大好きだから)。
次の場所は、本来ならミレイオを連れて行くような相手だが、老バニザットが指定したということは、息子が受け取るものがある・・・絶対に外すわけにいかない(※でも丸々忘れてた)。
――『ヨーマイテス。旅の仲間を消す提案を、俺がすると思うな。バニザット(※騎士)はまだ成長していないが、次のガドゥグ・ィッダンには連れて行け。お前が行っても問題ない、空の力を呼び込んでいない場所だ』(※1137話参照)――
行かなければ。老バニザットは、その場所で息子に力を付けさせる目的だ(※だけど忘れてた×2)。息子のためにも、思い出した今すぐ、動かねばならない。あれから20日近く経っている・・・・・
獅子は、焦る思考で急いで考え、午後、老バニザットに会いに行くことにした。
あいつが、魔族の弱点でも知っていれば、馬車の仲間に教えて、少しくらいは急場凌ぎでも出来るだろうと(※予想で願い)思い、頼らずに済ませたかったが、今回だけは頼ることに決める。
会ったら会ったで、嫌味言われ放題と分かっている。それは想像すると面白くないが、今回ばかりは自分の失態で止むを得ない。
こうして、食後の一言。『バニザット。ちょっと出かけて来る』を告げ、あれ?といった顔で見た息子に『急用だ。3つめの魔法は明日から教える。今日は午後も応用をしっかり学べ』と、さっくり続けた。
理由は聞かないものの、どうしてかなと見つめる息子を、出来るだけ見ないように目を逸らし、獅子はそそくさ影に入った(※目が合うと負ける)。
見送ったシャンガマックは、父が落ち着かない様子でいきなりいなくなったので、仕方なし、3つめの魔法と喜んでいたのは一先ず置いて、小さな溜息と共に、午前同様の練習を始めた。
「きっと。フォラヴのことだ。俺が訊いたから」
優しいシャンガマックは、父の行動が全然違う理由からであることを考えもせず、自分を思ってくれていることに感謝し、練習に励んだ。
影を移動しながら、ヨーマイテスはショショウィのいる森へ向かう。
「いろいろあった。あり過ぎるぐらい、俺の時間に詰め込まれていたんだ(←この20日間の回想)」
だから仕方ない・・・言い訳のように、歩きながら独り言をブツブツ言う獅子。
「バニザットがずっと一緒だからな。毎日、することが多い。魔法も教えてやらないと、育ちもしない。集中して覚えさせる必要が、大いにあった(※強調)。
途中で馬車の手伝いにも行ったし、男龍まで来やがったんだ(※舌打ちしようとしてやめる)・・・長引いて当然だし、魔族なんてのも出てきたら、魔法の練習の時間がどんどん間延びする(※これは願い)。
夜は寝かせないといけないし、3食は絶対だ。風呂も入れてやらないといけない。風呂も食事も寝る時も、俺と一緒じゃないと寂しそうにする(※嬉)。離れると悲しがるだろ(※喜)。時間が掛かって当たり前だ(?)」
どうにもならないな、と納得し、老バニに突かれたら、すぐに言い返せる内容を固めたヨーマイテス。ショショウィのいる森へ上がり、死に損ないの動物を探して捕らえると、地霊を呼び出す。
すぐには出てこない地霊。『あいつらが呼んでいるのか』馬車のタンクラッドが、地霊を昼に呼ぶと知っているので、もう少し待ってみる。
5分ほどして、地霊は薄緑の風と共に形を見せ始め、白い猫が、びょんと獅子の前に現れた。
『う。ヨーマイテス』
近過ぎて毛が抜けかけた地霊は、慌てて離れる。ちょっと笑ったヨーマイテスは、捕まえて来た獲物を放し、いつも通り『魂を呼ぶ』と伝えた。地霊はすぐに用意された獲物に飛び掛かり、その力の命を吸い込む。
獅子は人の姿に一度戻り、赤い布を手にして前に突き出す。ショショウィは受け取ったばかりの力を、布に移し、布がはためき始めるのを見て、ぱっと後ろへ跳んだ。
ショショウィの役目は、これで終わり。
側にいても良い、とは言われているので(※よく分かってないから)白い猫はじーっと、これも毎度のことで少し、離れた場所から見ている。
そして登場する、老魔法使い。はためく布は命を持つように不思議な揺れ方をして、掴む手の持ち主に語り掛ける。
「呼んだか。分かっているぞ。お前は何も行動していないことを」
「俺が『何もしていない』言い方はよせ。やることだらけだ」
「そのやることは、腑抜けの椅子だろ。いつになったらバニザット(※騎士)を連れて行くつもりなんだ」
腑抜けの椅子―― 腑抜けの上に、座って動かない印象。たった一言で、よくここまで、捻じ曲がった言い方が出来るもんだと、ヨーマイテスは歯をギリリと噛む。
はーっ、と大きく息を吐き出し、眉を寄せた大男は、息子と大違いだ!と苛つきながら(※比較=常に息子)怒りで忘れないうちに、目的を伝えた。
「教えろ。次のガドゥグィッダンへ行く前に、魔族の対処を知らんとならない。
もう明日にでも出るが(※強調)馬車の仲間に呼ばれたら、手伝い出来る場所じゃない。
呼ぶ用事があるとすれば、今一番の厄介事、『魔族』以外にない。何か知ってるだろ」
赤い布はバタッと大揺れすると、『そんなことを気にしているのか』と笑う。笑い方が嫌味ったらしい。
何かされる度、真逆の反応が同時に思い浮かぶ。この場合は『誠実な笑顔(※息子)』が浮かび、ヨーマイテスは老バニザットが段々、鬱陶しくなってきた。
「あのな」
目の据わるヨーマイテスが言いかけてすぐ、布は宙に泳いで『教えてやろう』と遮った。
「昔と違うのは、馬車の仲間の質だけじゃなさそうだな。まだるっこしいが、別に間違いでもない。
今のお前もどうやら、あいつらと同じような具合らしい。俺に訊く前に、バニザット(←騎士)をあの部屋に連れて行っただろう。それで見つけたものは、お前に充分じゃないか?」
「俺に充分だとしても、人間向けじゃない。ドルドレンたちは人間だ。フォラヴは調べるために国へ戻ったばかりだ」
ヨーマイテスの情報『フォラヴは国へ戻った』に反応したか、老バニザットは答えを変える。
「魔族の種はどうにもならない。あれは妖精の範囲だ。フォラヴが鍵だろう。
戦うつもりなら『魔族』は魔法の塊だぞ、魔法だけで対処しても埒が明かん」
「何だと?『魔法で勝てない』と言ったのか」
「そうは言っていない。埒が明かないと俺は言ったんだ。俺は魔族を倒す時、魔法を使った武器で応戦した。魔族は憑りついた相手の体を得る。これだけ分かれば、充分だろ?」
ムカッとするが、情報は思いの外、決定的なものを含んでいると知り、ヨーマイテスは頷く。
「充分だ。序にもう一つ、訊いておこう」
深い森の影に差し込む、光の糸の反射に、裸の焦げ茶の筋肉が輝く。片手に掴んだ、赤い布を見つめる碧の瞳は、この質問の答えによって、今後の自分の動きも変わることを訊ねる。
見つめただけの、言葉のない会話の末、布はぶわっと浮き上がって言葉で伝える。
「ヨーマイテス。お前の意思なら、それも可能。
サブパメントゥで唯一、『別の空間』を許された、お前だからこその特権。しかしその時は、誰も連れて行くなよ」
「勿論だ。そうしよう・・・礼を言うぞ、バニザット」
「礼を言う暇があるなら、椅子から立って、さっさとバニザットを連れて行け」
ちっと舌打ちし、赤い布の嫌味を我慢し、裸の腰にぐるっと巻きつける。赤い布は最後に高笑いを残し、そのまま普通の布に戻った。
じーっと見ていた地霊は、ヨーマイテスの機嫌が悪そうな顔に怖くて、ドキドキしていたが、ちらっと見たヨーマイテスが、すぐにもう一頭の死に掛けの獲物をどこからか出したのを見て、ハッとする(※嬉)。
「じゃあな。今日は特別だぞ」
ちょびっと優しくなったサブパメントゥ(※息子効果)に、白い猫は『ありがとう。くれるの、嬉しい』とちゃんとお礼を言い、獲物を受け取って、影に消えたサブパメントゥを見送った。
お読み頂き有難うございます。




