1263. 夜中の語り ~サブパメントゥの送り・男龍の魔族情報
ロゼールは夜空を渡る。イーアンにもらった海龍の皮で、お皿ちゃんをぐるぐるに巻いて突っ込んだ、大きな荷袋を背負い、大きな黒い鳥に乗って、母国ハイザンジェルを目指す。
横には、変わった形の虫や鳥、複合獣(?)が並び、悠々と、しかし異様な速さで、月夜の下を翔け抜ける。
『寒い。無い?』
寒さが何かを知らないはずの、サブパメントゥ。真横にいる、大きなトンボのような翅を広げた、虫とトカゲの中間くらいの姿で飛ぶ、リリューが話しかける。
リリューは思い出している。メーウィックが昔、風を受けたり、水に濡れたりすると『寒い』と言って、笑顔が少なくなったこと。『寒い』は、人間に良くないと分かって、守ってあげていた。
『今は平気ですよ。もっと速いと、寒いかも知れないけど』
『速い。寒い。どう』
黒い鳥が何のことかと訊ねる(※コルステインにそれは分からない)。リリューはすぐに『ロゼール。寒いのダメ。風寒い。動くないから』何となく、それで通じたようで、黒い鳥は了解した様子。
『速い。する。ない。そう?』
『はい。すみません、寒いとちょっと困るんですよ』
『困る。何?寒い。速い。同じ?』
『コルステイン。ロゼールは、寒くなければ速くても平気だ。炎の天井を作れ』
ハッと横を見るロゼール。やたらカッコイイ虫系のメドロッド(※この人大事)。
説明が難しいコルステインに、なぜかどうしてか、彼が言うと通じる。何か別の力が作用しているのかな、と思うくらい、あっさりコルステインは理解し、大きな黒い鳥は、前に向かって嘴を開けた。
すると、前に何か揺らぐ壁のようなものが見え、それは飛び続ける5人を丸ごと覆うように、前方に広がった。不思議なことに、揺らぐ空気に似た壁は、どんなにサブパメントゥが飛んでも、一定の距離を保って真向かいに在り続けた。
『あれ、何ですか』
『ロゼール、コルステインが炎の天井を出した。お前を風から守る』
『あ、そうですね!本当だ、風が。さっきまであったのに、ほとんどない』
ここで気が付く。風が少なくして、寒さを遠ざけてくれたと。優しい人たちだなぁと、ロゼールは嬉しく思う。
同時に、あっさり対処する内容が、想像出来ない範囲であることにも、彼らの力をまざまざ見せつけられている。ロゼールは、こんな凄い彼らでも、本当に知らないのだろうかと・・・訊いてみた。
『コルステイン。タンクラッドさんが訊いたみたいだけど、魔族の事は何も知らないですか?』
『(コ)魔族。何?』
『(リ)魔族?』
『(メ)それは魔物じゃないのか』
『(マ)魔族は何だ』
『(ゴ)いない。魔族は』
皆が反応してくれて、ロゼールは最後に答えたゴールスメィを見た。彼は、魔族はいないと言った。その言い方は、知っている存在なのではと、翼のある獣の彼の答えを待つ。
ゴールスメィは、リリューの横、左外側を飛んでいて、若い騎士と目が合うと、すーっと翼を傾け、リリューとコルステインの間に滑り込む。
『ゴールスメィ。お前。魔族。知る?』
コルステインが先に訊ねると、牙のある口を開けて、ゴールスメィは口から靄を出す。淡い青灰色の靄は、前の壁に貼り付き、飛びながら不思議な絵を真ん前に見る、ロゼール。
そこには、靄が模る生き物らしき形が浮かび、人の姿に似て、しかし体は何か粗雑な印象を与える、千切れたふうな姿があった。
靄がはっきりしないので、これが何かを訊かれても、細かくは伝えられないが、この会話の流れから、ゴールスメィは魔族の様子を見せていると理解する。
『魔族。お前。会う?見た?』
『違う。知った。昔だ。とても昔。妖精が話した。俺は聞いた』
コルステインの質問に答えた内容を聞き、ハッとしたロゼールは急いでゴールスメィに『妖精に聞いたんですか?』と確認した。獣の顔は騎士を見て頷く。
『見ていない。妖精が話した』
『その妖精は、あなたの友達だったんですか?あの、すみません。変なことを聞いて。俺の友達の妖精・・かなぁ?でもその、フォラヴって妖精の友達がいて。彼も』
『友達とは違う』
騎士の説明を遮るゴールスメィの答えは短く、ロゼールは彼にそれ以上、訊き難い。話したくなさそうに感じて、困ったものの、了解してお礼を言った。
『これが魔族か。ゴールスメィ。お前は話だけで知ったのか』
『そうだ。妖精が逃げる時。俺は道を空けた。妖精はこれを俺に話した』
メドロッドが訊いても、同じことを言い、どうも理由は逃がしてあげた手伝いをしたらしく、ロゼールは何だか食い込んで思い出させてしまったようで、ゴールスメィにすまなく思った。
黙った騎士に、メドロッドは話しかける。
『ゴールスメィが話したと呼ぶ時。それはゴールスメィに見えている。ロゼールが話す時、ゴールスメィは頭の中にあるものを見ている』
『え?そうなんですか?じゃ、話しているだけじゃなくて』
『そう。ゴールスメィ。見る。する。でも。違う。目。見る。しない』
とても分かりにくいけれど、コルステインもメドロッドの説明を補足してくれているみたいで、それはゴールスメィの能力の一つなんだ、と理解した。
そしてもう一つ、はっきりしたことは。
『本当に・・・誰も知らないんですね。これまで、魔族は現れなかったってことですよね』
『ない。魔族。知る。ない』
コルステインの短い返答に、ロゼールは情報がないことを認め、一緒に考えてくれたことにお礼を言う。分からずじまいではあるもの、ゴールスメィの見せてくれた絵は、朝に読んだ総長の紙と重なり、魔族の姿は脳裏に残った。
ハイザンジェルはもう近く、5人のサブパメントゥとロゼールは、夜の青白い山脈を越える。
雲の千切れる隙間に見えてくる、ハイザンジェルの景色が目に入った後。
ロゼールの胸中に、これからもこうした時間が訪れる時、自分はどれくらい、総長たちの役に立てるだろうかと、音もなく静かな不安が浮かんだ。
*****
ロゼールたちが月夜の中を飛ぶ、そのずっとずっと、上。
イヌァエル・テレンの夜は、それほど静かでもなかった。場所は、ティグラスの家のある、川の畔。
白赤色の体の男龍は、自分の子供を連れて、友達のティグラスと一緒に、夜も子供の変化を励ます。
ここにビルガメスも来て、理由を訊けば、まぁ来たのも分からないことはないため、話しながらの『子供応援時間』。
「ニヌルタ。子供がもう、眠そうだよ」
「大丈夫だ。俺の子供は、夜も遅くまで遊ぶ。眠れば倒れる(※倒れるまで遊ぶ)」
フラフラしながら頑張る子供に、ティグラスは何となく可哀相で気にする。ニヌルタとしては『こんなもんだ』的な感覚で、ほら頑張れ、もう少しだ、と励ます。
子供と言うには大きな体の、お父さん似の龍は、くらくらしている様子で、時々頭を振って、うーん、うーん唸りながら、光って人の姿を取るが、すぐに戻ってしまう。
その、一瞬の人の姿はとても小さく、ニヌルタはそれを見るたびに、笑顔が深くなる。ティグラスも感動していて『とても小さい。とても可愛い』と喜ぶ。
後ろで見ているビルガメスも、男龍がどんどん増えるのは、楽しいし、嬉しい。
自分の子ではなくても、皆、自分の子のように思う。ピカッと光っては、人の姿が見える一瞬に、『もうちょっとだぞ』と笑いながら応援してやる。
「それで。魔族か」
「そうだ。イーアンが来れなくてな。解決してやらないと嫌がる。どうも、正体が知れん。名前くらいは知っているが、元々、こっちの世界じゃないしな」
次から次へと出て来るな、と笑ったニヌルタに、首を振ったビルガメスも笑って返す。『世界が大急ぎだ』冗談を言い、草原に横に寝そべると、頑張る子供を見つめて『解決だ、ニヌルタ』そう呟く。
白赤色の男龍も、子供に視線を戻して頷く。とりあえず、イーアンが何を話したかを訊ね、彼女たちがどこまで情報を掴んでいるのか、ビルガメスが聞いている範囲を話すように言う。
大きな男龍は小さな溜息をつくと、子供に龍気を注いでやって、変化を手伝いながら、少し考える。
「俺に話したことなんて、僅かだぞ。『魔族の種』を持った『魔物』が出て来て、それを倒したと思って、魔物の体を運んだ人間が、種の犠牲になったようだな」
「犠牲?死んだという意味か」
「さぁな。二人犠牲が出て、一人は魔族になってしまったような言い方だったが、一人は助けた、とかどうとか。死んでないんじゃないか?」
「もうちょっと、ちゃんと聞いておいてくれ」
苦笑いするニヌルタは、おじいちゃんの気にしない加減に『相談にならんぞ』と注意。おじいちゃんは少し首を傾げ『今ので充分だ。答えろ』と流す(※おじいちゃんは自己判断)。
子供に龍気を与える手を休めず、顔を子供に向けたまま、ニヌルタも考える。その内容だと、誰かが情報を与えた様子。
「俺が分かる『魔族』の話は、あくまで、ガドゥグ・ィッダンにある話だけだ」
「予言の階にあったか?俺も前に見たから、覚えていないな」
ビルガメスの問いに、小さく首を振って、ニヌルタは思い出しながら答える。
「予言の階じゃない・・・うーん、そうだな。イーアンは誰かに聞いているだろう。中間の地で、こんな話を出せるのは、妖精か、精霊の一部だろう。
情報の元が妖精なら、そこまで知っているのも分からないでもないが、妖精は、魔族のことなんか、喋る気がしない。
彼らの対として、据えられた永遠の敵だからな。おいそれとは喋るまい。彼らは探られることを嫌う。
精霊だとしたら・・・ナシャウニットか、アンガコックチャック。だろうなぁ。ナシャウニットは、中間の地の精霊にも教えそうだ。アンガコックチャックは、あれは」
「懐かしい名前が出て来たな。全然出てこないから」
ハハハと笑うビルガメスに、ニヌルタも少し笑って『集まる時だけだな』と同意する。
「その二人なら、妖精の世界のことを、中間の地の精霊に伝えると思うか?」
「全くない、とは言い切れない。妖精の世界が不安定な状況は、これまでに数回あった。
その時、一時的にこっちと繋がったとすれば・・・まぁ、俺たちが知るわけもない。ここに関係ないからな。
しかし、そんな時なら『中間の地にいる精霊に、知らせることはあった』と思えなくない」
「中間の地の精霊は、人間の生きる場所に近く、暮らすからだな。そう考えると、ナシャウニットのような気もしてくる。教えてやるとして、イーアンが話したような『種』『増え方』か」
そうかもな、とビルガメスに頷き、ニヌルタは話を戻して質問をする。
「イーアンが見たのは、既に種のある状態ってことか?」
「らしいな。助かった理由までは知らんが、何かの理由で」
「そこが問題だ。助かった人間がいるということは、魔族の世界と繋がったと解釈出来る。つまり、魔族が開けられるという意味だ」
おじいちゃんの金色の瞳が、子供からニヌルタにすっと動き、『あいつか』何ともないことのように呟く。ニヌルタも彼の目を見つめ、『だろうな』と。
「魔物に種を付けて放した奴。あいつくらいだぞ。この時期にそれをするとしたら」
「困ったな。ドルドレンめ、早く倒してくれよ」
ビルガメスの予測に、笑って首を振るニヌルタ。ビルガメスも勇者の名前が出て笑い、『あいつはどうも、遅いんだよなぁ』とぼやく(※ドルドレン、知らない所でぼやかれる)。
「ドルドレンに任せていたら、まだまだ・・・かなり先になるぞ。イーアンが全然来れなくなる。
それは望まんから、どうにかしろ。魔族の世界を繋げる手に出た奴は、俺たちにどうも出来ない。魔族の面倒を軽くしてやるだけで、ドルドレンたちの心配も軽減する。そうしないとイーアンが」
「イーアン、イーアンって。魔族だろ?どうにかするのは」
「来ないじゃないか。魔族の扱い方が楽にならないと」
緊張感がないビルガメスに、ニヌルタは大笑いして、コテッと倒れて眠った子供と、とっくに横で寝ているティグラス(※子供のように純粋な男)を抱え上げる。
まずは、友達を家に入れてやり、それから子供を腕に抱えたまま、ビルガメスとそこを出る。
「今日は待て。俺の子供は明日、ファドゥに預ける。俺は見てこよう」
「そうしてくれ。頼んだぞ」
人任せなおじいちゃんは、さらっとそう言うと、ニヌルタと別の方向へ飛び、家に戻った。ニヌルタも子供を抱えて家に戻り、子供をベッドに寝かせると自分も横になる。
「やれやれ。こんなに頑張っている子供を置いて、俺はガドゥグ・ィッダンとは」
仕方ないか、とちょっと笑った後、翌日に向かう用事を出来るだけ早く済ますため、ニヌルタもすぐに眠りに就いた。
頑張る子供の、ちゃんと人の姿に変わったところを見逃さないために。それをイーアンにも見せたい、そのために。
お読み頂き有難うございます。




