1261. するべきことを終えて
イーアンと親方は、オーリンが戻ってくる前に別のお客さんを迎える。
工房区入り口でイーアンが話した『防具職人のおじさん』。彼もお昼を済ませてから、裏庭の作業に参加した。
親方は、二人きりの時間が短くなったことには不満があったが、おじさんが天真爛漫な様子で喜ぶので、教えてあげる気持ちに切り替わり、獲れたての魔物(?)の翅から金属を作る流れを見せ、説明する。
「これ、町の中に出た魔物と同じかな」
そう呟いたおじさんは、事件にそこまでショックを受けている感じは見えないが、イーアンが見た魔物の話をすると、目を見開いて『そいつだ』と眉を寄せた。
「町に入る一本道でも、業者が襲われたんだよ。そいつらなのか」
「きっとそうだと思います。全滅させてはいないだろうけれど、大元は倒しました。今後、もし魔物が出ても、数は少ないと思います」
その代わり、別の魔物がまた出る可能性もある―― それはイーアンには言えない。
少しの間だけでも、安心している町の人の顔を見たら。言わなくても分かっていることを、わざわざ注意のように、告げる気になれなかった。
おじさんは『良かった』と目を閉じてから、龍の女にお礼を言い、騎士たちにも宜しく伝えてほしいと頼んだ。イーアンとタンクラッドは了解し、作業を続行する。
おじさんのいろいろと訊ねる質問に、二人で答えていると、ミレイオとガーレニーが用を終えて戻り、『魔物の翅、加工中』に笑みを浮かべた。
倒してきたばかりの魔物だと教えられて、ガーレニーも状態を見ながら、親方とイーアンに質問する。
このすぐ後、オーリンも弓工房のお兄ちゃんを連れて、ニパックさんと共に戻って来て、ニパックさんの剣工房は、人数がワサッと増えた状態で、にぎやかに、夕方まで実演指導が続いた。
弓工房のお兄ちゃんは、女龍を見て感動し、女龍はここでも、握手とサインをしてあげた(※誰も読めない)。
「今回の魔物は、これが丸ごと金属に変化する。切ってみないと、どれくらいの代物か、はっきりは言えないが、無駄はなさそうだ。
魔物には、資料にあるように、熔かして出て来る金属質の物もある。試しで渡した魔物の体がそうだ。
かなりの高温が必要なものもあれば、あっさり流れて出るものもある。その辺は、やりながら覚えるだけだ」
タンクラッドは、馬車に積んであった試し用の欠片を何種類か、契約した工房に渡して、こうして教える。
新しく加わった、今日の魔物との違いも、見せながら教えられたことで、その場にいた職人は、皆が興味深そうに学んでいた。ミレイオは工房区の職人に『他の人にも教えてあげて』と付け加えた。
「ナイフの刃だけは作った。柄や鞘は任せる。魔物を解体する時、これで最初に触るようにしろ。
少しだが見て分かる変化がある。色や雰囲気に、暗さがなくなる。このナイフで触っても、何も変化しない場合は近づくな」
教えるタンクラッドの言葉に緊張しながら、弓工房のお兄ちゃんは『ナイフはそういう役目?』と確認する。これにはイーアンが答えて『それだけではないです』と続けた。
「魔物は放置しておくと、ハイザンジェルでは1週間ほどで、灰になって消えました。
それはどの魔物でもそうだったのです。テイワグナで倒した魔物は、移動してしまう旅のため、一週間後まで、確認出来ないことが多かったのですが、恐らく同じです。
このナイフで変化をした魔物は、倒れた後も崩れません。魔性が消えるからだと思います」
ガーレニーはここに加えて『ギールッフで倒した魔物は、そうだった』ことを教え、やはり、イーアンたちが滞在中に、加工のためのナイフを作ってもらった話を出した。
ということで。親方は、配るためのナイフの本数を数えて、契約した工房に一つずつ持たせ、多めに作った今回のナイフを、荷馬車に積んだ。
金属の変化と、ナイフの説明が済んだので、夕方近い時間、イーアンは急ぎで毒袋も教える。
毒袋と毒腺が繋がっている、両端をくるっと結んである内臓を見せ、お兄ちゃんがイヤそうな顔をしたのを『危なくないです』と違う方向で安心させる(?)と、オーリンとお兄ちゃん相手に『ああで、こうで』と説明。
金容器を一つ荷馬車からだして、容器の質も大切であることを伝えると、『これは、ハイザンジェルのイオライセオダの容器』とご紹介。後ろで、タンクラッドが少し自慢げに微笑む(※地元)。
「毒が時々。対象物を溶かしたり、変形させることもあります。だから、耐久性のある容器を探して下さい。毒を入れてみて、数日無事であれば、その容器の種類で保管が可能です」
イーアンは、容器を一つ、差し上げることにした。弓職人のお兄ちゃんは、貰った容器をしげしげ見てから『同じようなものを探す』と言い、毒袋の荷物を引き取ってくれた(※大量)。
「今日の魔物は・・・毒と金属くらい、だと思います。他に使えるとすれば、金属にしなくても、防具に貼るとか」
袋開けて、中を確認するイーアンがそう言うと、ミレイオが前に出て、防具職人のおじさんとガーレニーに『こういうの。こういった部分とか。魔物製のナイフって、凄い切れるの多いから、切り取って使うのよ』指差しながら教え、荷馬車にある盾を一つ出し、簡単に説明した。
「これ、あなたが作ったの?」
盾を見て驚く防具職人のおじさんは、芸術的な盾に笑って『ヨライデの博物館みたい』とミレイオに伝え、ちょっと嬉しそうに微笑んだミレイオに、続きの説明を聞く。
この間、オーリンは毒矢の扱いを弓工房の職人と話し、『鏃も問題ないか、気を付けて』と、魔物の毒を扱うに当たり、常に試すように教える。毒の効能は、イーアンが何回か出会った毒の種類と、その効果を聞かせ、お兄ちゃんは責任を感じたか、大真面目な顔で頷いて引き受けた。
こうして、夕方も中頃。
炉を貸してくれた二パックさんにお礼を言い、弓工房と防具工房の職人にも挨拶し、イーアンを含む5人は馬車に乗り、工房区の職人に見送られて、さよならする。
帰り道、ガーレニーは『今夜で最後』とイーアンたちに話し、イーアンとオーリンは、彼に助けられたことを、心から感謝して伝えた。
御者台にいるタンクラッドとミレイオも、後からそれを聞き、ガーレニ―が来てくれたことで、状況が変わった流れに、とても有難かったとお礼を言った。
荷馬車が宿に着くと、ドルドレンたちが宿屋のホールにいるのが見え、声をかけると、彼らはすぐに裏庭へ来た。
「お帰り。お疲れ様だな」
「あんたたちは、どうしてたの。来るかと思ってたのよ」
ドルドレンは、ロゼールとザッカリアを振り返り、少し笑って『彼らも疲れて』と一言。二人の若い騎士は、笑みは浮かぶものの、すぐに答えないくらい疲れているようだった。
「何かあったか」
御者台から下りて、馬の綱を外すタンクラッドが二人を見て訊ねると、ザッカリアがふらふら寄って来て、タンクラッドの腕に寄りかかる。
甘え方がカワイイので、タンクラッドも笑って頭を撫でてやる。『疲れた』苦笑いする子供に『どうした』ともう一度訊くと、向かいで笑ったままの顔の総長とロゼールが、代わりに答えた。
「魔物を倒しただろう?イーアンに言われて、町長にそれを伝えに行ったのだ。
俺たちとイーアンが、親玉までは倒したこと。まだ残党はいるだろうが、とそこまで話したら、ここからが長かった」
「駐在警護団の人数が増えるまで、町に居てほしいって言うんです。戦う人がいないから。一日に、これだけ倒すなんて思いもしなかったみたいで、本気で引き留めるんですよ」
お腹いっぱいです、というロゼールに、荷台から下りて来たイーアンたちが挨拶し、何が起こったか、その続きを待つ。ドルドレンもお腹を擦る。
「昼食をご馳走になった。帰ろうとして、ザッカリアがうっかり『お菓子』が好きだと言ったら、次は菓子だ。
町長は、機構の話と契約のことをロゼールに、細かく確認しながら、俺にも『倒した報告書を書いてほしい』とその場で魔物対応の説明を求めた。ザッカリアはその間、菓子や茶や果汁で押さえ込まれた」
話を聞いた職人組は笑って、『夕食、見てるだけでも良い』と騎士を労う。
「食べ切れないんだよ。だから、ロゼールと総長に食べてもらったの」
親方に寄りかかるザッカリアの告白に、親方は笑いながら抱き寄せて『今日は夜、食べなくて良い』と許可してあげた。
皆が集まって、裏庭から宿屋に入り、風呂へ入ろうかと話している時、ホールで立ち止まったガーレニー。
あ、とイーアンが顔を向けると、彼は小さく頷いた。職人組は『今夜』と短く訊ね、彼がまた頷いたので、総長を見た。ドルドレンもハッとした顔をして、ギールッフの職人に近寄る。
「もう。そうか。本当に有難う。どれほど助けられたか」
「役に立てて良かった。バイラの鎖帷子をもう一度見たかったが、自分で作ることにしよう」
ガーレニーは、自分もここへ来て新しく学んだことがあって良かった、と言う。ザッカリアが側に来て、彼の手を握って見上げる。
「帰っちゃうの」
「仲間が心配する。ザッカリア、バーウィーに会いに来てくれ。いつでも彼は待っている」
「絶対行くよ。まだだと思うけど」
ガーレニーは、細い子供を抱き寄せてお別れを言う。ザッカリアもぎゅっと抱き締めて『有難う』とお礼を伝えた。
オーリンが来て、道具の提供に感謝し、ギールッフでの活躍を祈り、挨拶する。
「イェライドに宜しく言ってくれ。ええと、総長。金くれ」
「え。金」
鎖帷子職人に挨拶したオーリンは、代金がまだだと思い出し、振り向いて総長に手を伸ばす。
いきなり請求を受けたドルドレンは、びっくりしながらも『そうか、代金だな』と、急いで馬車にお金を取りに行った。
単刀直入なオーリンに笑いながら、ミレイオもガーレニーの肩を抱き寄せて『本当に有難うね』と別れを惜しむ。
「次に会う時、素晴らしい鎖帷子が見れることを楽しみにしているわ」
「任せてくれ。ロゼールに資料を見せてもらった。契約云々は面倒だからしないが、見て、大体は理解で来た」
新しい魔物製の鎖帷子を作ってみせよう、と静かに約束した職人は、ふと視線を外に向けた。皆もつられて見ると、総長と一緒にバイラが戻ったところだった。
バイラは、ガーレニーが帰ることを聞いたばかりで、すぐに挨拶をし『またギールッフに行きます』と微笑むと握手。それからカバンを探り、ガーレニーに封筒を一つ渡した。
「これは」
「必死になって写したんですよ。何度も間違えてしまったから、時間が掛かりました。これは鎖帷子の資料の写しです。ロゼールが警護団用に写させてくれたので、ガーレニーさんが持って帰って下さい」
「俺が?契約は」
驚いた職人の問いに、バイラは微笑み『警護団の鎖帷子を作ってくれているので、警護団契約です』と、ギールッフの職人に答えた。目を丸くするガーレニー。
「ガーレニーさんは、鎖帷子を、あの地域と周辺域の警護団に卸していますから。
私が『ハイザンジェル魔物資源活用機構の担当警護団員』です。この契約書に関しては、私が責任を持っています。大丈夫」
ガーレニーの無表情な顔に、微妙な喜びが浮かぶ。オーリンとイーアンは、彼の微表情を見守る(※気が付く人たち)。
「有難う」
「いいえ。間に合って良かったですよ!どうぞ、これからも皆さんで力を合わせて、頑張って下さい。どこにいても、応援しています」
ガーレニーはバイラとしっかり握手して、封筒を荷物にしまう。親方も総長も、バイラは良い男だなぁとしみじみ眺めた(※二人は彼の黒事情を知っている)。
そして――
「俺も。今回は戻ります」
ロゼールが続けて伝える。ロゼールも荷造りはしてある。今夜か明日に出ようと思っていたらしく『皆が風呂に入る前に動けたら』と、オーリンを見た。
ハイザンジェルを出た時、オーリンとロゼールは夕暮れ時に出発して、真夜中に着いている。同じくらい掛かるだろうと思うと、ロゼールとしては『この時間が良いですよね?』と考えてのことだった。
「この時間?」
「はい。コルステインが来るじゃないですか。ガーレニーさんを送るのは、イーアンですから・・・その」
言い難そうだが、若い騎士の言いたいことは、総長にしっかり伝わる。ロゼールなりに、今日の戦闘も見て、この前の戦闘も経験したことからの配慮。
大型の力、イーアンとコルステインが、昼夜を分担していると知った彼は『どちらかが動ける状態』を考えてくれている。ドルドレンは少し寂しい気持ちもあるけれど、それが事実であるため、頷いて承諾する。
「そうだな。明るい時間、イーアンが馬車に残って、オーリンがお前を送ることは出来るだろうが」
「でも。もし戦うとなったら、龍気とか・・・何か、複雑なんですよね?ないと困るって。それでオーリンが一緒だと、聞いてますから」
言い難さが満ちたのか、ロゼールはそこで黙り、微笑んだまま俯いた。
総長だけではなく。親方もミレイオも、ザッカリアも、バイラも。
自分たちが、大きな力の守護にあることを感謝すると同時に、どこか情けない感覚も胸の中に動く。
でもそれは、毎度感じることであって、テイワグナの大地では、魔物が大量出現するため、どうになることでもない。天地の力を頼らずには、勝てないことも多い。
黙った静かな場に、オーリンが『じゃ。行くか』小さな声で切り出す。イーアンはガーレニーを見て『龍を呼びます』と伝えた。
ロゼールの申し出に、有難く乗ることにして、急ではあるけれど、この夕べ、二人の同行者は宿を後にする。
外はもう暗く、夕暮れは夜の始まりに変わっていた。
オーリンは、龍を呼ぶ前にロゼールの荷物の確認を手伝ってやり、忘れ物がないか、持ち帰る資料が揃っているか、もう一度馬車で確かめると、ロゼールの飛び入り参加に改めて礼を言い、龍を呼ぶために馬車を下りた。
真横に動く、大きな影に気が付いたのは、オーリンが下りた直後だった。
お読み頂き有難うございます。




