126. 洞窟の魔物
朝の空気は冷えるので、吐く息が白くなる。6時半頃。山脈の向こうから日が昇り始め、辺り一体の草原は朝日に照らされてきらきらと光っていた。
馬に2食分だけ積んで、一行はきっちり7時に出発した。
クローハルと、クローハルの部下8名。そこにスウィーニーとダビが加わり、ドルドレンとイーアンがいるので、13名出向。
「たった2頭に、13人か」
誰かがボソッと呟いた。ドルドレンの隊はそれを無視した。クローハルも無視した。
クローハルの部下は弱くないが、ドルドレンの部隊と比べると少し甘い者が揃っている印象で、恐らくそれは隊長の影響ではないか、と支部では囁かれている。
呟きが聞こえたイーアンは、その意味がちょっと分かる気もした。きっとクローハルの部下は、自分たちが信用されていない気がしたのでは、と思った。
――ダビは戦力としてだけど、ドルドレンとスウィーニーは、イーアンの無事をクローハルから守る護衛役である。それを伝えるわけには行かないが、もし知ったら少しは気が楽かな、とイーアンは思っていた。
クローハルの隊には、新入りのハルテッドがいる。ハルテッドは長い髪を一本の三つ編にまとめ、男性用の鎧とクロークを着用していた。
鎧の胸部分は盛り上がりがあるので、多分胸が大きくても入る。作り胸が、手術か取り外し可能か、それは知らないが、ハルテッドは鎧を普通に着こなしていた。美形の多い北西支部なので、ハルテッドも浮いたりはしないが、それでも女性的と言うか。そうした意味で目立つ。
朝食は馬上なので、いつものように、ドルドレンに食べさせるイーアン。
間近でそれを見るのが初めてのクローハル隊は、チラチラ見ながら自分たちも食事を摂っていた。クローハルは相変わらず『女性に失礼だ』とケチを付けていた。ダビもスウィーニーも慣れているので、別に気にならない。
ハルテッドは、興味深そうにドルドレンとイーアンを見ていた。
一切の周囲を無視できるという、凄い集中力を持っているドルドレンなので、ひたすらイーアンに差し出してもらうブレズと肉を美味しそうに食べていた。
「イーアンはそういうの、嫌じゃないの?」
馬を少し寄せたハルテッドが、ちょっと気になって質問した。周囲もそれは知りたかったので、聞き耳を立てる。ドルドレンは嫌そうな顔をしたが、黙っている。
「嫌、と思ったことはないです。私は手綱を取れないから」
ん?ドルドレンの中で疑問が生じる。――手綱を取れたら、止めちゃうの?つまり、手綱をイーアンが取れたら、俺は自分で食えってこと?
「そうなんだ。じゃあ、食べさせてあげるのは、何とも思っていないの」
「そうですね。ドルドレンは手が塞がっています」
「でも。それ言っちゃうと、私たちも手は塞がっているでしょ」
あ、とイーアンが反応したので、ドルドレンは遮った。『あっち行ってろ。邪魔するな』しっしっ、と手で追い払うドルドレン。周囲は『言いにくいこと言える人だ』と、どうでも良い場面で感心していた。
「イーアン。何も気にしてはいけない。何も聞かなかった。いいね」
半ば強引に洗脳するドルドレンに、イーアンは一応頷く。でもハルテッドの突っ込みは最もで、少し考えた。
「他の方の食べるのも、お手伝いした方が良いのでしょうか」
ドルドレンに小声で訊ねるが、『だから。イーアンは何も聞かなかったんだよ』と圧力多めで頭上から答えが降ってきた。イーアンは黙った。
「ではイーアン。肉をもらって良いか」 「はい」
肉を割いて食べさせる。満足そうな総長を見て、ハルテッドは『ふうん』と何やら面白くなさそうに呟いて、
「ねぇイーアン。私にもくれない?」
間近に来てすぐ、笑顔でイーアンに口を開けて見せた。イーアンが反応するより早く、ドルドレンが一喝して追い払う。ぶーぶー言うハルテッドは『総長だからって偉そうに』と、新入りとは思えない発言をかましていた。
クローハルは何も言わなかったが、内心でハルテッドを応援した。
――頑張れ。その男からイーアンを取り上げるんだ。お前なら何か、出来る気がする。ハルテッドは扱いにくいが、こういう任務に就かせる事も出来るのか。これ専任でも良いかもしれない。
この時。ダビとスウィーニー以外は、全員が同じようにハルテッドを応援していた。
今回の一行は、2時間強の片道を行く間に、若干打ち解けていた。これはハルテッド効果。
総長相手に誰もが疑問に思うことを、この風変わりな新人は昔からの誼みというだけでホイホイこなす。
女装した男性、という面でも、出発時はどう接したら良いかと、たどたどしいものが部隊にあった。
しかし喋っている事を聞けば、わりと気さくに話せそうなことが分かる。ちょっとした冗談や質問などは自然に飛び交うようになっていた。
それになぜか、ハルテッドはやけにイーアンに絡みたがる。それも面白い部分に映った。
「イーアンはどうして総長の馬なの?自分で乗れないの?」
「そうです。ウィアドは賢いので、私が一人の時はウィアドが自分で判断しています」
「何か決まり事でもある?例えばね、私と一緒に乗るのは駄目なのかしら」
「駄目だ」
黙っててよ、とハルテッドが怒る。『お話しをしているだけですから』とイーアンも言う。渋々ドルドレンは黙る。イーアンは、ハルテッドが友達がほしいんだ、と思っているので、自分は良い友達になりたかった。
「この人、面倒くさいから、私のところに乗ったら?私も二人乗りは平気よ」
「あっち行け。面倒とは何だ」 「ドルドレン。話しているだけって」 「ぬぅ」
――お前は凄い。頑張れッ―― 周囲は笑いを堪えながら、心の中で応援を続ける。先頭のクローハルも、なかなか痛快だな、と面白がって聞いていた。
「何かあった時に迷惑をかけるといけないので、一緒には乗れないです」
「迷惑なんか、かかるわけないでしょ。こう見えても私、結構強いのよ。ちゃんと守るわ」
「ハルテッドは、頼もしくて優しいですね」
気を遣いながら自分と仲良くなろうとするハルテッドの思いやりに、イーアンは嬉しそうに笑う。ハルテッドはきょとんとして、イーアンの笑顔を見つめた。ああ、うん、と真顔になり、言葉は止まった。
ドルドレンは嫌な予感がした。ハルテッドをじろっと一睨みして、イーアンに声をかける。
「イーアン。もうすぐ着くから、ウィアドから降りるな」
そう言うと、先頭のクローハルの側に馬を進めた。『もうじき洞窟か。洞窟にいるという保証は』ドルドレンの質問に、『保証はないが。被害報告は夜だけで、魔物がいつも明るくなる前に飛ぶのが洞窟付近と聞いている』とクローハルは答えた。
「ということは。もういるかも知れないな」
洞窟のある陰に入った時、その一言共に大きな影が頭上を過ぎった。一行が見上げると、影は洞窟へ入っていった。
「あれか」
ドルドレンが呟いた。
一瞬見えた大きな影に、イーアンは『どうしてこう。ここは何でもかんでも皆でかいの・・・』と溜息交じりにこぼした。
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