1259. スランダハイ鉱山の魔物回収
変な話だが。テイワグナに来てから、これまでの経験が、あまり活きていた気がしなかった分、今回は若干、ホッとしたと言えなくもない。
現れた魔物全てを倒したドルドレンは、小さく息を吐くと、剣を鞘にしまう。
振り向いて『どうだ』と、ロゼールたちに声をかけると、彼らも体を起こして『あと数頭です』と答えた。
「毒はありそうか?」
「どうでしょうね。総長に切られる方が早かった。こいつらも毒持ちかも知れないけど、使う暇はなかったのかな」
ちょっと笑ったドルドレンは、上空を見上げて『イーアン』と奥さんを呼ぶ。イーアンと龍たちは、その声に応じてすぐに降りて来た。
「素晴らしいですよ、ドルドレン」
ぎゅーっと抱き締めて、イーアンは伴侶を褒める。ドルドレンも抱き返して『やっと勇者らしくなってきたよ』と笑った。
「さて、イーアン。見てくれ。これ、どうだろう。使えるところがあるか」
「んまー。随分手っ取り早く倒しましたこと。お腹もちゃんと裂いて。優秀ですよ、さすが騎士修道会」
余裕が喜びに変わると、次は喜びを分かち合う方へ気持ちは動く。
イーアンは魔物の体にしゃがみ、大きな魔物の腹の中を見て、ちょっと開いて(※騎士は見ない)『あ、ヤバい』と一言。ドルドレンは側へ行き、一緒にしゃがんで体内を見た。
「どうしたの」
「不便です~ 私が触ると崩れてしまう」
「ああ。そうか。イーアンは龍気が強くなったから。どうなの、毒とかあるの」
これ、そうですよと、イーアンは腹の奥の袋状の部分を指差す。ドルドレンの思うことは、イーアンも分かっているらしく、二人は目を見合わせて『後で回収』と頷き合う。
「俺が触っても、平気だろうか」
「大丈夫でしょう。私、触るわけに行きませんけれど、聖別は出来ます。それなら、誰でも触れるから、この魔物の分だけでも集めたら」
イーアンは自分がいる間だけは、聖別も問題ないと言い、自分がいなくなったら、倒した魔物はまず『魔性を消す』のを先にしてもらった方が、安全だろうと伝えた。
今日はこの後、ナイフ製作もある。ナイフを使えば、普通の人も触れるし、魔物は崩れて消えもしない。魔性が消える工程は確実に組み込むよう、人々に教えたいところ。
ナイフで魔性を消した魔物は、金属部分に限らず、使い道があることを知ってもらいたいと、イーアンはドルドレンたちに話す。騎士たちも『そうした感覚が育つと、また違う』と頷く。
とりあえず、この場はこれらを放置しておくことにし、次は鉱山を調べる。
ドルドレンが、バイラから来た内容を短く伝えると、目をパッと開いたイーアンは『それなら』と、可能性が高く思える推測を伝えた。
「魔物がこうした相手ばかりだと、まだ・・・まだ、普通の人たちにも手が打てる気がします」
「そうだな。俺もそう思う」
4人は龍を一度帰し、鉱山の中へ入る。今し方、倒した魔物の話をしながら、白くぼわ~っと光るイーアンを先頭に、鉱山の暗い通路を、奥へ奥へと進む4人。
「(ロ)魔物、今みたいなやつって少ないんですか」
「(イ)そうですねぇ・・・魔物自体も質が違う気がするけれど、テイワグナに入ってからは、やたら数が多い印象です。今も数はあったけれど」
「(ド)あんなものじゃないぞ。山全部、森全部埋まるくらいの量で、飛び出してくるのだ」
「(ロ)本当ですか?!これまで、よく生きてましたね(※皆が、って意味)」
「(ザ)イーアンがいるもの。コルステインもいるし」
ざっくり『総長や自分たちじゃないよ』と言い切った子供に、イーアンは苦笑い。ドルドレンも目が据わる(※言い返せない)。ロゼールは、発光している女龍を見て『ですよね』と頷く。
「(ロ)イーアン、支部で光ってなかった気がします」
「(イ)はい。最近、光ってます(?)」
「(ロ)光るし、何食べても腹痛もないし、飛ぶし。普通に戦ったって強かったのに、龍になって魔物も倒すんですものね。こりゃ、イーアンいなかったら、総長たちも危なったですよ」
「(イ)ロゼール・・・あなたは」
笑うに笑えないけど、笑っちゃうイーアンは、横を歩く若い騎士の肩を、ポンと叩いて『皆さんもすごく強い』ことを、ちゃんと教えておく。そうしないと、戻って何を言うやら、と心配になる(※想像通り)。
ちらっと後ろを見ると、ザッカリアは何とも思っていなさそうだが、ドルドレンがムスッとしていた。
そのムスッとした総長は、軽く咳払いして『お前の言うことは、尤もである』と、感想は認めてあげる。
「大量に大群(?)だと、一頭ずつ切っている時間がない。はみ出た魔物は剣の範囲で済むが、相手が何百何千と見える状況、一度の攻撃でどれくらい倒せるか。それに必死になる。
イーアンがいてくれること。夜はコルステインが来てくれることで、俺たちはどれほど救われているか。
このテイワグナの魔物の出方で、一般人に『剣を持って戦え』とだけ煽るのは、危険どころか無責任である。そう思うくらい、まるで違う状態だ。
だが、イーアンやコルステインが、動けない時もあるのは事実だ。お前が飛び込んだ雲の魔物。あの時は正しくその状況だ。俺たちしかいない場合、それでもどうにか進まなければならない」
ロゼールは総長を見上げ、少し同情するように『ハイザンジェルと違うことが、こんなにはっきりしているなんて』と呟く。頷く総長は『数だけではなく、魔物の質によって倒し方も違う』と、これまでのテイワグナでの戦闘を話した。
歩き続ける鉱山の道、4人の話し声が静かに響き、ロゼールは総長や同じ隊の3人が、心境的にいかほど悩まされたかと感じた。
彼の正直な顔にその思いは浮かび、イーアンはロゼールが理解してくれたと分かる。
ドルドレンもザッカリアも、ロゼールが理解を深めてくれたことで、少し安心した。彼もこの先・・・そうした場面に、出くわすこともあると思えば。
「イーアン」
「はい。私はどうしましょう」
ふと、ドルドレンが会話を断って、イーアンの名を呼ぶ。立ち止まった女龍も、前を向いたまま指示を仰ぐ。ドルドレンは先に、部下二人に、ちょっと下がるように言い『もし、後ろや横から出たら倒せ』と命じた。
この言葉で、ロゼールとザッカリアにサッと緊張が走り、頷いた二人は総長たちから、剣の2倍ほどの距離に下がった。
「イーアン。親玉かな」
「さー・・・ちょっと大きい魔物の気配ですが、まとまっているのか、単体か。どうかしら」
「イーアンが消すか」
はい、と頷いて、イーアンはドルドレンの顔を見上げ『龍気を使いますのでね』とだけ伝える。
その意味が分かったドルドレンは、ちょっと笑い『じゃ、俺は君を愛そう』と答えた。
イーアンは笑顔で前に向き直り『いつも愛されていますが、頼みますよ』と言うと、龍気をふわーっと見える形に光らせる。
後ろで見ているロゼール、目が真ん丸。暗い坑道が朝の大地のように明るく変わり、イーアンは角も体も真っ白い光の中にいて、黒いクロークは、風もないのに浮かびはためく。
「カッコイイ!」
「カッコイイでしょ!俺のお母さんだからっ」
知ってるよ、と答えるロゼールは、横のザッカリアの自慢そうな顔に笑い、またイーアンを見て『凄い』と褒める。
「俺の評価も。カッコ良くなれると良いが」
背後の二人の声に、頬が緩む総長(※こっちも自慢の奥さん)は、少し首を傾げて剣を抜くと、切っ先を上に向けて片手に持ち、勇者の愛の力を剣に注ぐ。
剣は、太陽の輝きを光の風となってまとい、橙色の暖かな煌めきが長剣を包み上る。
イーアンの白い龍気に、剣から流れ移る勇者の力が、坑道を一層明るくし、向かう先のずっと奥まで照らす。その見えた場所で動いた相手――
「全部ですよ」
呟いたイーアンは、先に見えた魔物が、群れと親玉と知り、一気に攻撃に入る。
イーアンの腰から一瞬で伸びた、真っ白で大きな長い尻尾が、坑道の壁をなぞるように駆け抜けて、奥へ突き刺さった。飛び出しかけた魔物は一頭残らず消える。
間髪入れず、女龍の腕は、人の形から龍の手に変わり、両腕が付き出された瞬間に、奥の魔物はカッと一瞬だけ光り、そのまま消えた。
白い龍気をゆらゆらと放ちながら、イーアンは振り向く。薄紫色がかる白い肌は金粉でもまぶしたように輝き、龍の両腕と白い尾を揺らす女龍は、にっこり笑って『片付きました』と報告。
ドルドレンは剣を静かにしまい(※勇者力もしまう)そーっと奥さんの頭を撫でて『有難う』とお礼を言った(※畏怖)。
「うわー!凄い!」
ぽかーんと見ていたザッカリアが我に返り、走って抱きつく。イーアンは笑って彼を抱き留め(※身長はザッカリアのがある)『初お目見え』と龍の腕を見せた。
「カッコイイ!カッコいいよ!触っていい?」
訊いてる側からイーアンの腕を触りまくる子供に、イーアンも騎士二人も笑い、近づいたロゼールも『無敵ですね』と認める。イーアンは笑顔のまま首を振って『そうでもないのですよ』条件付き、と教えた。
「そんなことないですよ。一瞬じゃないですか」
「消すだけならここまでしなくても、一瞬で消せます。条件・・・ちょっと頑張って遠慮したのですが、無理だった」
「その意味は?」
ドルドレンは、部下と奥さんの会話に入って、理由を訊く。見上げた奥さん曰く『消しちゃったもの』と言う。ああ~・・・何となく理解したドルドレン。
「そうか。残したかったのか」
「そうです。折角、表にも倒した魔物があるし、見れば、この中の魔物も同じ種類でしたから、たくさん集めた方が良いと思いました。でも残念。消えてしまいました」
「タムズの攻撃は、形が残るね」
「彼の攻撃と、私の攻撃の質が異なるからです。あっちが良かった(←タムズ)」
女龍は強過ぎて、力の加減が出来ないと、何もかも消してしまうのだ、と分かったドルドレン。
ビルガメスと似ている力だから・・・と思い、すぐ気が付く。違う、ビルガメスが女龍に近い力なんだ、と思い直す。そう思うと、やはり彼もまた最強の座にいた理由が分かる。
つくづく、龍族はすごいなと、実感する。そんな感心した眼差しの伴侶に、イーアンは少々困り気味で『材料、勿体ないことした』と伝えた(※本音)。
とにかく、女龍がいっぺんに倒した魔物はどうなったかと、皆は奥へ行って調べる。
見事に何もなくなっていたが、おかげで見えやすくなった場所に、『穴があるよ』ザッカリアが奇妙な穴を教えた。巣穴の奥には、何か所か穴があり、それは、鉱山を持っていた業者たちが作った穴ではなさそうだった。
相談した結果、イーアンが聖別することにして、ここは封じる。何やら、穴に鱗を置いては、白く光ることを繰り返し、見える範囲の穴は全部聖別した後、イーアンは終了を告げる。
皆は一緒に坑道を戻り、イーアンはドルドレンたちに『町役場へ行って、この話をして』と頼んだ。
了解したドルドレンは、自分たちが行った行動を伝えると約束し、出て来てすぐに回収に入った。
袋は持っていなかったものの、鉱山の入り口に、幾らも空き袋が放置されていたので『借用』として、使わせてもらう。
イーアンが聖別した後、ドルドレンたちは、イーアンが教えられた部分を回収するため、分担して作業。そしてここで、イーアンは気が付く。
「あら。そうですよ。聖別してしまえば、私、触れるではありませんか(※今更)」
袋の口を広げて手伝っていたイーアンは、はたとそれに気づき、目の合ったドルドレンに『そうじゃないかと思っていた』と真顔で言われて、笑った。
「早く言って下さい」
「イーアンに、何か理由があるのかと」
二人で笑ったが、イーアンはしみじみ『私は鈍い』と認めざるを得なかった(※いろいろ鈍い)。
結局、自分が聖別してしまえば作業できると分かったので、そこからはイーアンもせっせと加わって、回収を済ませた。4人は、沢山回収した袋をまとめ上げると、龍を呼び、工房区へ直に運ぶことを数回繰り返して、全ての袋を運び終えた。
イーアンは工房区に残り、ドルドレンたちは町役場へ向かった。
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