1258. 旅の八十六日目 ~鉱山の魔物
イーアンとドルドレン、ロゼールとザッカリアは、町の外へ出るために、徒歩で移動。
宿からだと30分ほど。鎧は着用しないが、剣は持つ。ロゼールは盾付き。イーアンも一応、剣はある(※使わない)。
目立つイーアンは、朝の町で何度も『おはようございます』の挨拶を町民と交わし、時々、果物やお菓子をもらい(※お供え)、皆で分けて食べながら、重い気持ちも少し軽く、壁の外へ出た。
ドルドレンとザッカリアは、人目のない木々の中へ寄って、龍を呼ぶ。
「昨日、『龍に乗る』って話しておいたんで」
ロゼールはイーアンと一緒に空を見上げ、町長に必要なことを話したと教える。『知っていたみたいですけれどね』と笑う若い騎士に、イーアンは『バイラが、報告書を出してくれている』と答えた。
「イーアン。俺は、今日か明日には帰ると思います。でも、コルステインが呼ぶ時。俺も行った方が良いと判断したら、その時はまた来ます」
バイラの同行している状態を見続けて、ロゼールは、自分も役に立ちたいと思ったと話す。
「バイラさんは人間の状態で、馬で移動して。でも、運命が重なったから、イーアンたちと一緒じゃないですか。
俺もここで重なったことは、運命だと思っていたいんです。だけど、バイラさんほど経験があるわけじゃないし、俺の動きは限られています。
だから。コルステインたちが俺を呼んでくれたら・・それが本当に必要に思えたなら。『運命だから行こう』と、自分に納得出来る気がして」
イーアンは微笑む。少し離れた場所に立つドルドレンも、声が聞こえていて、微笑んでいた。
「その時は、どうぞ気を付けるんですよ。迎え、私を呼んでも構いません。もし動ける状況なら、私やオーリンが迎えに行きましょう」
そばかすのある笑顔で、若い騎士は頷く。ここで、ドルドレンの龍が来た。
ロゼールは総長の龍に乗せてもらう。ザッカリアも自分の龍に乗り、イーアンは翼を出して、皆は龍たちと移動した。
*****
同じ頃。バイラは駐在所で、ロゼールによる工房契約の状況と、取り交わし内容を書いていた。
テイワグナに来て初めて。形だけとはいえ、スランダハイの町で、工房に契約が起こったため、警護団でも地域で頼っている工房に、同じ条件で契約が出来るであろうことを書き、これを回してもらう。
それと、ロゼールは限られた部数しか、魔物加工について記された資料を持っていなかったので、これも写させてもらう許可を得て、剣・盾・弓・鎖帷子の資料を・・・『ああ、俺じゃ難しい』書き写しながら、バイラは早々、音を上げる。
駐在団員は二人とも、朝の巡回に出ているため、今はバイラだけ。20分もすれば一度戻る話で、留守番も兼ねて、机を使う時間、どうにかやる気を起こして書き続ける。
で、間違える。
ああ~と嫌がりつつも、滲んだインクのために、書き直しの箇所だけ、紙を切り取り(※地味な対処)別の紙を貼り付けた。
この時、バイラは別の紙が、『不要な書類』と言われていたので使ったのだが、つい最近の報告書を切ったと分かり、ちょっと慌てた。
他地域から回って来た書類は、回覧みたいなもので、3ヶ月分は取っておく。古くなると廃棄束にされるのだが、この紙は数日前の日付で、同じ束に入っていた。
「何で、こんな束に入っているんだ。まだ4日前じゃないか・・・これ、ここの報告書か?」
よく見てみると、担当地域はスランダハイ。書き損じた書類と分かり、切ってしまっても問題ないとホッとする。
それから、何の気なしに目を通し、バイラは、紙の切った残り部分に吸い寄せられる。
「そこか?そこの鉱山だ。総長たちが見に行った場所なのか・・・そうだよな。ここの魔物は、あれ?もしかして、同じ種類じゃないか」
昨日、町を出たカンガの話を思い出したバイラ。
彼は仲間とここへ来る途中で、『虫と獣が混ざったような魔物に襲われた』と話していた。鉱山の報告書も、同じような体の魔物の話が載っている。
ハッとしたバイラは、他の書き損じもないか、探してみた。原本は本部へ送るので、その手前で練習に使った紙は、と束の中を注意深く見ていると、井戸から出てきた魔物の話が見つかった。
水を汲みに来ていた女性を、何人も殺した魔物は倒されていない。そして井戸は封じられた。
ここへ来て、その井戸の場所を聞いたら、駐在団員は『町の人が嫌がるから行かないで』と顔をしかめた。
昨日の町長の話でも『酷く衝撃を受けていて、この件について、訊かれたり調べられることを、皆が嫌がるだろう』と言われている。
初めて町の中で襲われた人間の、その衝撃は大きく、彼らは傷を触られることを避けた。
だから、ほとんど内容をきちんと理解出来ていないのだ。総長たちも『それは仕方ない』と引き下がった。それが、こんな形で、資料を得るとは・・・・・
「警護団は、実際に見ていないのか。どっちも」
鉱山の話も、井戸の話も、警護団員は被害者に聞いた話を書いているだけ、と知り、それでもどんなものか、丁寧に読み調べてみると、井戸から出て来た魔物に見当を付けることが出来た。
「同じなんだ。多分・・・この魔物の親玉なんじゃないのか。井戸から出ているやつは一匹だし、大きさも形も違うが、『虫のようで、動物の足』とあるから」
ふと、洞窟地区や鍾乳洞の話を思い出す。地下で繋がっている場所が、この地域は特に多い。もしかすると、鉱山と町が地下で大きく繋がっているかも知れない。
「鉱山だけじゃないかもな」
独り言を落とし、バイラは時間を見て、一応、知らせようと連絡珠を持った。
*****
龍で飛んで間もなく、ロゼールとザッカリアは『あそこがそう』と、鉱山を教えた。
ドルドレンとイーアンは、彼らが町長の話で聞いた魔物と、犠牲者の状態を話してもらっていたので、鉱山付近に降りて、まずは魔物退治をしようと決めた。
「しかし、情報が少ない」
龍を降りて、ドルドレンはロゼールと目が合い、そう言うと、ロゼールも頷いた。
「どんな具合で『切られた』んですか?と何度か訊きました。
でも町長は、自分が見ていないからなのか、『即死するほどの切られ方』としか。町の中で怪我をした男性たちは、数十名と言っていましたが、彼らは『切った人もいる』し、『叩き飛ばされた人もいる』と。こんな具合ですよ」
「言いたくなさそうだったね。怖いのかも」
ロゼールが総長に『情報が大雑把』と呟いた後、ザッカリアは『町の人たちの怖さが分かる』と付け加えた。
「とにかく。切るタイプの攻撃なのは分かります。それと、人が吹っ飛ぶくらいの力で叩くことも」
イーアンは少ない情報でも、無いよりは良いと少し笑って、龍を待たせ、鉱山の入り口手前を調べ始めた。
「オロノゴは、友達を『虫のような顔の魔物に殺された』と話していましたね」
離れ離れにならないよう、近い距離で4人は茂みの中へ進む。鉱山には放置されたままの荷車や、手押し車、工具や綱などが入り口付近にあり、状態が古くないことから、最近まで人が来ていたと分かる。
「イーアン。どう思う?魔物は」
「私が気になっているのは、鉱山の中です。洞窟が近くにあるのでしょう?」
そうだよ、と答えるドルドレンに、イーアンは『地下で繋がっていたら、そこかしこに出口がありそう』と困ったように呟いた。
「今、魔物が近くにいると感じるか?」
「います。でも近寄りません。私も龍たちもいるからでしょう」
茂みをかき分け、女龍は立ち止まると『私は一旦、上に行きましょうか』と伴侶たちに相談。
「いるのは魔物ですよ。魔族じゃありません。ここに居るのは魔物だし、それに私に遠慮して出てこない以上、そう、強い気がしません。親玉は側にいないです」
奥さんにそう言われると、それもそうだなと思うドルドレン。
冠付きの自分も、気配を感じることは出来るが、奥さんのように、相手の強弱や印象まではピンと来ない。魔物、と断定も出来ない。
「では。私、上から見ています。出てきたら呼んで下さい。一度に出たら、私が片付けます」
「『調査』だから、その方が良さそうですね。もう少し奥も、調べないといけないし」
時間の使い方も大事、と頷いたロゼールに、白い女龍は、うん、と頷き返す。
ドルドレンとザッカリアは『イーアンとロゼールは、上司と部下なんだ』と、改めて似ていることを理解した(※業務的な二人)。
『後でね』と、イーアンと龍二頭が、空へビューンと上がった後。
ドルドレンは腰袋に連絡が入ったと気が付き、すぐに連絡珠を取り出す。『バイラ』彼の珠か、と手に持ち応答すると、バイラからの連絡に、総長は少し笑みが浮かぶ。
お礼を言って通信を終え、待っていたロゼールとザッカリアに『バイラが魔物の詳細を教えてくれた』と伝える。
それからロゼールを見て、ドルドレンはフフンと笑った。何かと思った若い騎士に、総長は言う。
「覚えているか?ツィーレインの森」
「え・・・ああ。あの、イーアンと北へ行った道」
「そうだ。あそこでトゥートリクスと俺、お前たちが戦った魔物がいただろう(※52話参照)」
「そうなんですか?ここも同じ魔物ってことですか?」
ザッカリアには分からない話。ロゼールは『イーアンが毒を集めた魔物ですよね』と確認。総長はちょっと笑って『そうだ』と答えると、周囲を振り向いた。
「来るぞ。イーアンたちがいなくなったから、出て来た」
ロゼールは盾のベルトをぐっと締め、『あのくらいだったら、俺でも平気ですよ』と余裕そうな顔をした。
「何か分かってるの」
ザッカリアは少し心配そうで、剣を抜く。ロゼールは彼を見て『剣は、待っていて』と頼んだ。不思議そうなザッカリアに、ロゼールは微笑む。
「俺が頼んだら、ザッカリアも剣を使ってくれ。総長、最初に足の付け根を切って下さい」
「そうしようか」
全く同じ魔物が出るわけではないにしても―― 経験があると、こういう時は助かるなと思う。
ドルドレンの長剣が抜かれ、その音と同時に、茂みの上の方にかかる枝が揺れる。揺れた枝が影を見せたすぐ、馬くらいの大きさの魔物が飛び出した。
ぼんやりと黄土色に発光する体は、ドルドレンの剣が振り上げられた上を掠め、跳び上がったドルドレンより、長い距離を飛んで着地する。着地した振動で、前足の一本がグラッと傾き、落ちた。
「一本」
「はい。来ましたよ、群れかな」
目の前にいるのは体を揺らす虫のような魔物で、手足が動物に似ていた。ウシや馬の足が思い浮かぶ、骨ばった関節と蹄、切られた場所から体液が落ちているが、血も痛みもない様子。
顔には大きな左右に開く口と、何本か並んだ触覚、小さい半円球の目のようなものがある。頭部は黒っぽく扁平で、そのまま背中の板と、長い胴体を覆う黒い羽根に続いていた。
「ロゼール。テイワグナの魔物の特徴は、量が多い」
「あんまり多ければ、イーアンですよ(※あっさり)」
ロゼールが冗談を言った一秒後、茂み全部が揺れて、一斉に魔物が飛び出してきた。ザッカリアもロゼールも、目玉が落ちそうなくらい驚く。
「下がっていろ。懐かしんでる場合でもない」
大声で命じると、総長は剣に冠の力を一瞬で移し、風をまとってグォッと一線に振った。
ドルドレンの長剣に、太陽のような橙色の柔らかい光が弾け、上下何段にも重なって飛び掛かった魔物を切り裂く。
「凄い!総長もそんなこと出来るんですか!」
「この前覚えた(※素直)」
背後のロゼールに質問され、急いで答えたドルドレンは、次の冠の力を動かし、間髪入れずに飛び掛かる魔物に走り、橙色の光に範囲を広げられた剣を振りながら、倒れる魔物を足場に、どんどん切り倒す。
ドルドレンの剣に切られた魔物は、切られた箇所が溶けるように解け、落ちた地面から起き上がれなくなる。
「ロゼール、腹を裂け!」
「はい。ザッカリア、仰向けのやつの腹を切るんだ。思いっきり真ん中を」
うん、と了解したザッカリアは、ロゼールと共に、倒れて動きが遅くなる魔物に走り、片っ端から腹を裂く。
気持ち悪いが、切り裂くとそのまま動かなくなり、ロゼールは『以前と違う』と感じながら、少し楽な作業に感謝して、宙を跳ねまわる総長の落とした魔物を、次々に片付けた。
これを上空から見ているイーアンは、目を細め(←遠方見えない)腕組みしながら、二頭の龍に話しかける。
「ショレイヤ。ソスルコ。ご覧下さい。ドルドレンったら、愛ですよ。愛!」
愛って素晴らしい~! 首を振り振り、伴侶の美しい輝く力に、惚れ惚れするイーアン。暢気な人だなくらいの目で見つめる龍たちに、『あれぞ勇者』と頷く。
「見事な、勇者の力。一人でも出せるようになりました。ドルドレンはあれで無敵ですよ」
そう言いながら、せっせと動き回る二人の若い騎士に微笑み、『彼らも優秀』とイーアンは満足そうに呟いた。
「私が出て行くのは、野暮ですね。私は、洞窟に入ってからにしましょう」
伴侶が、部下二人と共に、彼らを囲むほどの数で出て来る魔物を、猛烈な勢いで倒す様子。イーアンはクロークを風にはためかせ、腕組みしながら見守り続けた(※女龍エラそう)。
お読み頂き有難うございます。




