1255. 別行動:情報探し ~魔族についての質問
朝一番で向かい、到着してからはずっと本を読み続ける、ヨーマイテスとシャンガマック。
昼を過ぎたところで、ヨーマイテスが食事を気にしたが、シャンガマックは『今は大丈夫』と断り、ひたすら本の上に屈みこんで、真剣に文字を追い続けた。
午後の日が傾き始める時、ヨーマイテスは、魔族の種が仕舞われた箱の、その奥に、くしゃくしゃになったままの紙を見つけ、押されて潰された紙を退けた。この時、紙に文字があるのを見て、広げると。
「バニザット。バニザット、見ろ」
父に呼ばれて急いで立ち上がり、側に行ったシャンガマックは、父の手に広げられた、一枚のしわくちゃの紙に、顔を寄せて驚いた。
「どこだ?地図だろう、これ」
「そうだ。こいつも、どういうつもりだったのか・・・この地図は、この部屋が入っている。つまり」
「ヨーマイテス、これはどこにあった紙」
ここの奥にあった、と箱の後ろを指差し『どうでも良さそうな、扱いだがな』と付け加え、しわしわの紙を摘まんで振る(←どうでも良い印象)。
父がふざけることが珍しいので、ちょっと笑ったシャンガマックは、紙を受け取って地図らしき、その絵をじっくり見つめた。一緒に笑った父も覗き込み、指で場所を教え、『どこに行くかは不明だぞ』長い髪の毛をかき上げ、意味深な言葉を呟いた。
「これ・・・合っているか?『石の先へ進む前に』と書いてあるような。そうだよね」
「そうだな。バニザット、『先』ではなく『続き』だ」
小さい所を指摘して訂正した父に、シャンガマックは頷く(※間違えて読んでいたと知る)。でも、意味は大きくズレていないので、話を続ける。
「この部屋の外から、石の。『魔族の種のある世界へ行く』という意味かな」
「どうだろうな。とりあえず見に行くか。地図の場所自体は、俺たち側の世界だ。
それにな、こんなものを書いてあるってことは、過去のバニザットは間違いなく、これを俺に宛てている」
「え。じゃ、ヨーマイテスがもし、魔族に遭うことがあったらと」
さぁな、と笑った父は、息子の背中に手を添えて、外へ促す。洞窟の中を歩いて、上に開放された隙間が見える、食事をした場所へ出ると、父は息子を抱え上げて周囲を見渡し、影へ進んだ。
「俺は昼の光が無理だ。こっちなら影があるだろう。地図の場所に、影で辿る」
影の中を歩く父に、シャンガマックは『夜になったら、表を歩いてみよう』と提案する。父は少し考えて了解した。
影を辿った目的地は5分程度で到着し、大男は影を上がると息子を腕から下ろし、日の当たる、大きな木の洞を指差して『あれだな』と教える。
「分かった。見て来る」
「待て。結界を張って行け」
あ、そうか、と頷き、シャンガマックは自分の周囲に結界を巡らす。範囲の調整が出来るようになったからこそ、の技。
「気を付けろ。何かあればすぐに呼べ」
「呼ぶけれど。この距離だから、見えていそうだ」
大きな木の洞の前で立ち止まったシャンガマックは、2m先の影の中にいる、父を振り向いた(※父すぐそこ)。大男は、微動のように頷くと『気を抜くな』と、もう一度注意した。
心配性・・・いつも思うけれど。人間の弱さの加減が分からないから、父は何でも心配しているのかもと、少し笑ったシャンガマック。
父がムスッとしているので、『気を付けるよ』と返し、人の背丈の半分ほどの、木の洞を調べ始めた。
しわくちゃの紙を見て、ここなのかなと、それらしいものを探すが、特に何もない。木の洞は、枯葉を溜め込み、土が中で出来ていて、長い年月を放っておかれた一本の木の、洞でしかないように見えた。
中に手を入れるのは躊躇うので、外に落ちている木の枝を使って、洞の中の枯葉を少し分ける。それでも中から、虫がやや出て来ただけで、何といったことはなく、シャンガマックは体を起こして首を傾げる。
「何もないのか」
「そうだね。普通の木の洞だよ。枯葉と虫くらいだ」
ガサゴソしていた息子が体を起こしたので、声をかけて訊ねた答えは『中身を探った』そのものと知り、ヨーマイテスはちょっと黙る(※呆れるともいう)。
「お前。相手が誰だと思っている」
「え?俺の先祖」
「お前の先祖は、俺に場所を教えるために、人間じみた隠し方をすると思うか」
「あ」
それもそうだなと、シャンガマックは『何か魔法に反応するのでは』と思い(※ようやく)右手に精霊の力を集める。それから、父に顔を向け『ヨーマイテスなら、どうするのか』それを訊く。
「俺は魔法じゃないが、その洞の中の物は消し去るだろう」
「でも。虫がいるよ。死なせたくはないかな」
「うー・・・枯葉だけ消せるか。お前の力で枯葉を塵に」
「塵か~。得意じゃないんだ。別のことを考えてみるよ」
それからシャンガマックは、ちょっとだけ枯葉を消すように魔法を使ってみたり、吹き飛ばしたり、何度か試していたが、すぐ『あ、ダメか』とか『ごめん(※虫に)』とか、独り言と一緒に慌てて止める。
それを見ている父は―― 息子は優しい。仕方ないと思うが、洞の前で既に10分近く経つ(※虫いるから)。
これじゃ日が暮れるなと思ったら、本当に日が暮れ始めていることに気が付き、ヨーマイテスは溜息をついた(※そういう時間帯に来たんだけど)。
「バニザット。ここが山影だから、もう光が消え始めている。俺がもう少ししたら変わろう」
「いいよ。俺がやる。ヨーマイテスだと、虫も消すかもしれない」
「枯葉だけ消せばいいんだろ!それくらいするっ」
ああそうだった、と思い出すシャンガマックは、父がいつも『水気だけ』取り除いてくれる(←風呂)ことから、お願いすることにした。
心なし、怒っていそうな父の側へ戻り『気を悪くしないでくれ』と謝り、『自分はどうも、ヨーマイテスが強過ぎる印象が消えない』と添えると、父は表情が穏やかになった(※簡単)。
「まぁ、そうかも知れないな。お前の魔法と違って、俺は生まれ持っての力だから」
「それだけじゃないよ。ヨーマイテスの力の威力は、とんでもない強さだ。毎回、驚くし、毎回、尊敬する。だから小さいことをする印象がなくて」
焦げ茶色の大男は、真面目な顔でそう言う息子を見下ろすと、頭を撫でてあげた(※嬉)。
それから、影に掛かった木を見て、『待ってろ、枯葉だけ消してやる』きちんと宣言し、二人で木の洞の前に立った。
シャンガマックは信用しているものの、ちょっと緊張しながら見守る(※虫)。そんな息子の視線に敏感な大男は、さっと息子を見て『信じてないだろ』とぼやいた。
慌ててシャンガマックが『そんなことは』と言いかけたすぐ、ヨーマイテスは木の洞に息を吹き込み、彼の息が入ったその場所の枯葉が塵と化した。
「あ!」
「何が、『あ!』だっ」
「虫が逃げてる」
逃げるのは良いんだろ?!と怒る父に、シャンガマックも笑って『それは良いこと』と頷く。笑いながら、怒る父の腕に凭れかかって(※笑い過ぎ)素晴らしい能力!と褒めたが、ヨーマイテスはご機嫌斜めだった(※腑に落ちない)。
「虫、虫って。目的が違うだろ。探すぞ、ほら。これだ。こんなことで見つかるのに、何十分使ったんだ」
ヨーマイテスが面白くなさそうに、木の洞の底にある、奇妙な格子を覗き込む。腕にくっ付いていたシャンガマックも覗こうとしたら、ヨーマイテスが放してくれなくて(※頭掴まれてる)上手く見えなかった。
「放してもらって良い?」
「ダメだ。俺を笑った」
見えない!と笑う息子に、ちょっとだけ笑ったけれど、父はもう片手で頭を押さえまま、自分の腕にくっ付けて放さず。その姿勢で『そこにあるのが、昔のバニザットの遺した情報だな』と興味深いことを言う。
「見たい」
「俺が読む。お前は笑った罰だ」
「罰って」
笑い過ぎだと答えてから、ヨーマイテスは、格子状に組まれた木の根っこの升目に浮かぶ、文字の光を読み始める。
笑っていたシャンガマックも真面目な顔になり、聞いたことのない言葉に眉を寄せた。
「それは。ヨーマイテスは、分かる言葉?」
「分かるな。なぜなら、サブパメントゥの言葉だからだ」
驚く息子に、ヨーマイテスは木の洞に突っ込んでいた首を戻し、息子の頭を解放してやった。
『見てみろ』そう言われて、ようやく中を覗き込めた騎士は、浮かんでいる光の文字も知らなければ、どこからどう読むのかも分からなかった。
じっと見てから、シャンガマックも体を起こし、意味を訊ねる。ヨーマイテスは息子を抱え上げると『戻ったら』と呟き、その場では何も言わず、影の中を通って部屋に帰った。
部屋に入り、さっき読んだ内容を話すため、二人は床に座る。
「この部屋の中なら、問題ないだろう。あの場所で教えたら、何が聞いているか分からん」
「誰もいなかった」
「地図に、何て書いてあった?『石の続きに進む前』だろ。あの木の根の格子が外れたら、違う場所かも知れない」
ヨーマイテスはそう言うと、地図を出させて木の洞のあった場所を見つめ、『どこからでも行けるのかもな』と呟いた。
そして話し出す。あの場所に記されたことは、魔族の特性だった。
それは『特性を先に理解してから、行くなら行け』とした、立札のようなものと、シャンガマックは理解した。聞くだけ聞いて、感じていることを言葉にまとめ、褐色の騎士は訊ねる。
「ヨーマイテス。サブパメントゥのヨーマイテスは、あの先へ行ける・・・意味なのだろうか」
「最初の質問がそれか。俺に宛てた地図だからな、そうとも思えるよな。
俺の答えは『過去のバニザットは、俺の死を望んでいない』だ。例え、望んだとしても、死なせるつもりで、ここまで面倒なこともしない男だ」
父の、回想を元にした言葉は、時々分かりにくいが、思うに、父なりの信頼の言い方なのだ。『行けるだろうが、やめておけ』と、先祖の遺したものを解釈している様子。
シャンガマックは頷いて、じっと父を見た。
「心配なのか」
「行かないでほしい。もしも、その必要が出ても」
行かないよと笑って、大男は息子の頭を撫でると、次の質問があれば言うように促す。騎士は不安な気持ちを静め、『倒し方だ』と漆黒の瞳に力強さを宿す。父は口端を少し上げて、フフンと笑った。
「最初が、俺の心配。次は、相手の倒し方。実にお前らしい」
「倒し方・・・条件が少ない」
――種の騒動から始まった、魔族の話。
種を付けている魔族は倒せないと、総長が話していた。
それは、種を付けられてしまった犠牲者が伝えた『消え際』の言葉。だから、間違いないだろう。洞窟の精霊たちも、そう教えてくれたし、種は無敵と捉えても過剰ではない。
種が無ければ、倒せる。魔族は一世一代で、自分が死ぬ時に種で繁殖する。
早い話が、種のある状態の魔族は、最後の姿であって、普通なら、現れる時は種が成長した『成体』。
「種がある時点で、倒せないんだろう?魔族のいる世界へ、押し込まない限り、避けられない」
「そうだ。元々、魔族がこの世界の存在じゃないからだろうな」
「妖精の対立する相手」
「だ、そうだしな。妖精の世界で決着を付ける相手だ。こっちで言う、魔物退治と同じで」
「だから、別の世界で存在が奪われることはない・・・・・ 」
『世界の決まり事』に守られてるんだろ、と父は何てことなさそうに、息子の言葉に繋げた。
シャンガマックは、倒し方が気になる。『種』は、押し返さないと無理な存在で、『成体』は、自分が死ぬと分かれば種を宿しかねないから、即、倒さないとならない。
それに加えて厄介なことに、精霊も龍も妖精も、力の域が魔族には届かないような話。
「俺と総長が倒した、鍾乳洞の魔物は。もしかしたら、魔法使いじみてもいたし、魔物じみてもいたけれど、あれも魔族が憑いた相手だったのか」
「結界のことか。お前の結界に何度もぶつかって。魔法使いの話もしたが」
何が相手なのか分からない・・・シャンガマックは頭を抱える。
新たな敵『魔族』の存在が、流動性があるものと知ったため、本当はどうだったんだろうと悩む。正体がつかめないと、次の対策に続かない。
そんな息子を見つめ、ヨーマイテスは彼の顔を覗き込んで『悩むな』と静かに言う。
「倒せばいいだけの話だ。お前は人間だが、精霊の加護がある。お前の魔法の効きが、そういった相手に心配かも知れないが、全く効かないわけじゃないんだ。
ドルドレンの話じゃ、女龍が側にいたって、魔族は普通だったんだろ?あの龍気を丸ごと、真向かいで受け取れる別種は、そう、いないぞ。
だから魔族は『近寄るだけで崩れる』ことはないかも知れない。
だが、攻撃は別だ。イーアンが攻撃して、魔族が無事でいられるとは思えない。イーアンだけじゃない。男龍もだ。勿論、俺たちサブパメントゥも。精霊もだぞ。
妖精は攻撃向きじゃない分、よほど高位の力でもないと難しいだろうが、そもそも、魔族が妖精の世界の対だから、妖精がどう影響するかは想像出来ないな」
ヨーマイテスの太い腕は、励ましても悩んでいる息子に伸び、ゆっくり抱き寄せて、心配し続ける理由を詳しく聞く。
「お前は何を、そんなに心配するんだ。倒すだけだ」
「ヨーマイテスくらい、強かったら。でも」
「お前は強いんだ。何度も言わせるな。倒せる。おい、こっち見ろ。ドルドレンが倒した雲の魔物。
あれも『変だった』と、言っていただろ?魔族かどうか知らんが、目の前に出てきたら倒す他ない。どっちみち、倒せたんだ」
シャンガマックは静かに息を吐いてから、父の碧の目を見つめ、次の質問を続けた。
お読み頂き有難うございます。




