1254. 旅の八十五日目 ~町役場・契約とナイフ製作案・馬車歌
この日は、朝食後から慌ただしく変わり、ドルドレンたちは分担して動くことにした。
昨日の状態から、今日の行動の予定は大方決めていたが、そこに更に、二つの出来事が加わり、大急ぎで予定を変える。
町役場=ドルドレン、バイラ、フォラヴ、ザッカリア、ロゼール
町の奥の工房区=タンクラッド、ミレイオ、オーリン、イーアン、ガーレニー
これが最初の予定。
職人組(※中年組ともいう)と、騎士組(※若手組ともいう)が二手に分かれ、用が済み次第、騎士組が工房区へ向かうとした話だった。
朝食を終えて、二人分の朝食を運んだドルドレンが、カンガに話を聞いた後、彼とフォラヴが町役場へ行くことも知り『カンガも同行させよう』となる。そこまでは特に問題もない。
しかし、出発前に裏の通りから声がかかり、馬車に馬を繋いだところで、壁の向こうから『おはよう』と挨拶。ここから成り行きが変わる。
誰かと思えば、テイワグナ馬車歌の3部を持つ、馬車の家族のアンブレイ。
彼は『今日の午後には、スランダハイを出る』ことを教えに来てくれ、ドルドレンは焦った。
そうだった、と思い出すことが一気に溢れる。あれこれ立て続けに起こったため、馬車の家族の滞在日数を忘れていたのだ。
ここで予定の練り直し。『自分が行かないと、町長に挨拶が』皆を振り向くと、ロゼールと目が合う。
「俺で良ければ、機構のお遣いですし、代わりに挨拶しておきます」
「ロ。ロゼールが」
「だって、魔物退治の話は、バイラさんだってフォラヴだって、ザッカリア(←子供)でも出来るじゃないですか。
機構の活動については、俺はそのために来ているんだし、説明出来ます」
イーアンは、ロゼールの話し方が板に付いて来たな、と感心。さすが営業慣れ。素晴らしい変化と頷く(※不在だけど上司)。
総長は何となく、自分の役割が薄れる気がして(※度々)頷くに頷けなかったが、アンブレイが『どうする?』と畳みかけて来たので、気持ちは微妙なものの、ロゼールに託した。
「良かったな。ロゼールが来ていて」
親方がポンと肩に手を置き、寂しそうな総長の気持ちを察して笑う。
「イーアンは来るか?」
アンブレイは『イーアンも』と誘ったが、親方が、がっちり断った(※『彼女は仕事がある』⇒ナイフ製作)。お仕事優先、民の安全第一・・・イーアンは丁寧にお誘いにお礼を言い、時間があったら、後で会いに行くと伝えた。アンブレイはそれで了解した。
「ドルドレン。俺は馬で来た。乗れ」
「アンブレイは、どうやってここの宿を知ったのだ」
流れで馬に乗せられながら、ドルドレンが訊ねると、アンブレイはちらと龍の女を見て『龍はどこって聞いたよ』と笑った(※目印イーアン)。
笑う馬車の家族に連れて行かれる総長の背中を見送り、皆はこれで出発。とは行かず。
「カンガの用事を聞いたら、ちょっと、お前たちだけってわけに、いかないぞ」
親方は、町役場にカンガが向かう理由を聞いて、眉を寄せる。
騎士たちとバイラだけで、万が一。万が一、魔族の種を相手にするとなれば。
彼らに龍が、間に合わなかったら―― 若い騎士たちの面子に、不安が残る中年たち。ということで、人間じゃない味方・ミレイオは移動。
「仕方ないわね。私が一緒に行ってあげるわ。相手があれじゃ、私で、どうにかなる気もしないけど」
ミレイオが寝台馬車の御者台に移り、側へ行ったイーアンは『マズかったらすぐに呼んで下さい』と頼む。
ミレイオもそれは素直に頷き『そんなことが起こらないよう願うわ』と苦笑いする。女龍の角を撫でると、寝台馬車は出発した。
「よし。じゃ、俺たちも出るか」
タンクラッドは御者台に乗り、ちょっとイーアンを見たが、さすがにイーアンを横に乗せて町中を進むと、前に進まなさそうで(※人気者=非効率的)一緒に御者台で話すのは諦めた。
イーアンは親方と目が合って、残念そうな親方に、うん、と頷く(※それで正解、の意味)。そして荷台へ乗り込み、親方の望んでいない『ガーレニー+オーリン+イーアン』状態。
何で俺は御者台にいるんだろうと、ぶつぶつ言いながら、親方も馬車を出す。荷馬車は、昨日の工房区へ向かった。
*****
町役場へ向かった寝台馬車。バイラの案内と一緒に、素っ気ない建物に入り、愛想の少ない職員に『昨日、話を通してある』ことを伝えると、職員は曖昧な返事で、見るからに外国人の若者を連れた、警護団員をじろじろ見ながら、町長室へ取り次いだ。
町長室はすぐに開かれ、中に痩せた若そうな男性がいた。バイラは挨拶し、連れを紹介する。若く見える痩せた男性は近くへ来て、皆を見渡し『君たちが魔物退治?』とちょっと驚いたように笑った。
「そうね。私もよ」
馬車を停めて、後から来た刺青のオカマに、町長はビックリする。真面目そうなカワイイ顔の騎士たちと真反対!
全身刺青で派手なオカマは『話せるの?どうなの?立って話す気?』と強気な発言をするので、町長は急いで着席を促す。座った皆に、町長は少し固まった笑顔を向け、とりあえず、違和感のあるオカマに質問。
「ヨライデの方ですか?」
「私?そうね。でもハイザンジェルに住んで長いから、ヨライデ出身ってだけよ」
刺青の様子に訊ねた町長の言葉。騎士の皆は、どうして町長がすぐ、ミレイオに『ヨライデ』と聞いたのかと気になった。バイラはさっと小声で『ヨライデの人は、体に模様を描く習慣がある』と教えた。
豆知識だが、ここで騎士たちは『ヨライデの人=ミレイオ的な人』と記憶した(※シャンガマックは知っているけど、他の人知らなかった)。
ミレイオの登場でギャップがあったか、町長は若い騎士たちに対して、少し軽く見た気持ちが、一気に重くなり(※緊張)ロゼールの話とバイラの説明を、ふざけることなくしっかり聞き、質問に答え、彼らの行動を了解し、それからミレイオの横に座っている、テイワグナ人を見た。
「あなたは」
「はい。ここに同席させてもらったものです。オロノゴ・カンガといいます」
そこからはバイラが続け、彼の状況と確認要望を受けた町長は、『魔物絡み』と不安そうに呟いた。
「そうですか。分かりました。カンガさんが、スランダハイに来てから日数が経っているようだから、焼却所は、もう通過していると思いますが。今、調べさせます」
「すみません。宜しくお願いします」
町長は、スランダハイの町の魔物の状況を伝えて、非常に頭を悩ませていることと、近隣の村にも偵察で出向いた時の被害状況から、『警護団の増加を考える』『武器や防具の原材料の安定』が急がないといけない対処であると話した。
「総長が御用ということだから。伝えて頂きたいです。
ここから先、北の山へ抜ける道をずっと右手に向かうと、鉱山があります。洞窟地区と似ている地質で、道もあるから、採石はそこからです。
鉱山には魔物が多く出るようになり、採石業者は別の町へ住所を移して、様子を見るという話も。
無理は言えないですが、もし、そちらを通ることがあれば、魔物を倒してもらえると、とても助かります。『作る』ことは歴史がある町でも、『戦う者』がいる町ではないので」
思わぬ依頼に似た言葉を受け取り、騎士たちとバイラ、カンガ、ミレイオは顔を見合わせる。
「引き受けることは出来ないかも知れませんが、魔物に遭遇すれば戦うでしょう」
バイラは控えめに『約束はできない』と含める。町長は理解しているようで、困った顔をそのままに頷き、『その時は、宜しくお願いします』と頭を下げた。
*****
荷馬車で出かけた職人4人は、町の奥にようやく到着し、昨日のおばちゃんの家に最初に寄る。
ここはガーレニーが出て、契約方法は、一応『機構の人間(※だった)』イーアンが担当。
そう、『騎士修道会所属』は、この4名の中でイーアンのみ。そして、機構の『副理事(※知らない間に)』でもある、龍の女。やること一杯。仕事はしないといけない身(※給料出てる)。
「イーアンは偉い立場だったんだな。龍の女というだけでも充分、偉い立場だが」
おばちゃんたちは、龍の女が登場しただけで大喜び。握手して名前を書いてもらって(←記念サイン)『ん?字が読めない』と、紙を見ながら首を傾げる。
親方はイーアンに笑い『お前の字、お前の国のか』と訊ねると、イーアンは無表情で頷く(※それしか書けない)。
オーリンも可笑しいが、出逢った時の最初から、イーアンが筆記を嫌がっているのを知っているし、笑わないで我慢した。
「イーアンは優しいよな」
この世界の字が書けなくても、『頼まれたら一応書いてくれる姿勢は、さすが龍(?)』と、オーリンは褒めた。イーアンは寂しそうに微笑んだ(※おばちゃんが喜ぶから書いた)。
こんなことで。契約書の代筆は親方が行い、ロゼールから預かった資料をイーアンは配り、おばちゃん夫婦の鎖帷子工房にも『このナイフを』魔性が消える道具を渡す。
ここで、昨晩の懸念から、ガーレニーと親方が注意事項を伝える。
「誰かが魔物を倒したとして。その体を解体した後、このナイフで触っても色が変わらなかったら、それは別のものだ」
その時はすぐに離れるように教え、無理はしなくて良いことを念を押した。不安そうな夫婦に、親方はハイザンジェルの魔物の状態を説明した。
「テイワグナと少し違う。ハイザンジェルも実に様々な魔物が出た。だが、多くはこのナイフと同じもので、魔物の体は問題ない状態に出来たんだ。それは、このナイフが、龍によるものだからだ」
親方はドラマチックな言い方をするので、ここで夫婦は驚き、『おお』と、龍の女を見る。イーアン、何となく落ち着かない。
ともあれ。親方のドラマチック解説で、鎖帷子工房の契約は無事に終了し、おばちゃんは『昨日、話せる人には話しておいた』と、区の中の工房で、話を聞いてもらえるところを教えてくれた。
4人はお礼を言って馬車に乗り、次の剣工房(※昨日の人)へ向かい、ナイフを渡し(※彼はこれが欲しかった)、龍の女は握手とサインをして、業務説明もして、契約書を交わし、次へ移動。
変わり者が多いと聞いていた通り、変わった旅人の、変わった話に、身を入れて聴く工房が殆どで、年齢的に難しいとか、職種が違う以外の職人は、隣国の旅人の『魔物製品』の話を楽しみ、また、協力的であった。
親方はこの日、剣工房を7軒と契約出来て、昨日の凹みはどこ吹く風。
自信満々を取り戻し、最後の剣工房では『龍の女に作業してもらえる』売込みまでし(※営業イヤだったはず)、え~・・・と悩むイーアンを放って、翌日のナイフ製作場も押さえた。
*****
午前は朝から、昼も頂戴し、皆の様子が気にはなるものの。
馬車の荷台に掛かる階段に腰かけながら、ドルドレンはアンブレイに、歌の解釈を手伝ってもらった。
昼をもらいながら、昼食後に立つ彼らの忙しない動きに焦りつつ、出来るだけ覚えておこうと、何度も繰り返し、何度も確認した。
ふと、目端に映った見慣れた黒い馬に、視線が留まる。それはバイラの馬で、『あ』と小さく声にしたら、馬の背の男は目一杯、首を振った(※やめて!の意味)。慌てて頷き、アンブレイに『ちょっと待っていてくれ』と声をかけ、ドルドレンはすぐに壁沿いの馬へ急いだ。
「バイラ!来てくれたのか」
「はい。帰りが一人だからと思いました」
「有難う。もうそろそろだ。おいで!紹介しよう」
「う、いや。あの。私はここで」
「どうして!彼らは良い人間だ。俺と同じ」
そうですが、と目を瞑る、辛そうな警護団員の男の顔に、ドルドレンは思い出す。
彼は、この町に入る手前で・・・『バイラ。何かあったのか?』訊ねながら、馬車の家族を振り返るドルドレンに、バイラは『彼らじゃないんですが』と言い難そうに、彼らは何でもない、と急いで伝えた。
「話せるか?馬車の民が、本当は好きじゃないとか」
「違いますよ!そんなことじゃないです。私は差別もしないし、彼らの生き方も歌も好きですよ。そうじゃなくて」
よくある話だから、ドルドレンは気にしない。もし、馬車の家族が嫌いでも、差別はどこでもあるしと、理解を示したつもりだった。だが、ドルドレンとしても、この正直な男が今更『馬車の民がイヤで』と言うとは思えなかったが。
全否定するバイラの態度に、ドルドレンは頭を掻いて『無理に話すことはないが』と呟き、じーっと見つめる(※待ってる)。
そんな総長の、澄んだ灰色の瞳に負けたバイラ。
言い難いジレンマに呻きつつ、愛馬の首に凭れかかるようにして、苦痛の過去を打ち明けた。
聞いて目を丸くするドルドレン。総長の表情に、チラ見をして苦しむバイラ。
「そうだったのか・・・それは。まぁ。バイラの性格では、うむ。そうか。よく話してくれた。バイラもそういう目に遭うのだな」
「私は何もしていませんよ!」
「分かってる。分かってるのだ。興奮してはいけない。うーむ。うん、後でまた話そう。
ええと。バイラ。しかし、その話はこの状況で滑り込みである。非常に大切な情報だ。今、聞けて良かった。では、バイラ。ここで待っていてくれ」
そう言うと、ドルドレンは警護団員を待たせて、馬車へ戻り、アンブレイに早速質問した。
アンブレイは意外な質問に、ふむふむ聞いた後、少し考えて『親父が知っているかも』と奥の馬車のおじいちゃんに訊ね、ドルドレンの質問への答えは、ある程度、正確に得られた。
そして、もう出発すると、他の家族が言いに来たのもあり、ドルドレンはアンブレイを抱き締め『無事を祈る』出会えて良かった、と挨拶。アンブレイも総長を抱き締め『勇者に会えたことで、人生の歌が増えた』と笑った。
ドルドレンは、馬車の皆に挨拶し、彼らの馬車が動き出したのを見送り、手を振ってお別れした。
それから、壁際で待っていてくれた正直な男(←バイラ)に向かって歩き、彼の馬の後ろに乗せてもらった。
「あの。総長」
「うむ。ちょっと待ってくれ。イーアンに、馬車の家族が出発したと連絡を」
「あ。はい」
連絡珠で奥さんに連絡し『出来たら、飛んで送り出してやって』と頼み(※気軽)通信を終えたドルドレンは、バイラに『もう良いよ』と促した。
「はい。その。誰にも言わないで下さいね」
「バイラ、他の誰かに話したか」
「タンクラッドさんに偶然・・・あの、彼の目に負け」
「そうだな。タンクラッドの目つきは、モノを言わせる目つきである。それは仕方ない。俺は言わない」
「イーアンにもですよ」
ドルドレンは黙った。振り向いたままのバイラは総長の答えを待ち、ドルドレンは止む無く頷いた(※奥さんには話そうかと思っていた)。
二人は、町の奥の工房区へ向かい、バイラは話を変えて、午前の町役場のことを報告して1時間の道のりを過ぎる。
ドルドレンは、バイラと約束したから、もう誰にも言えなかったが、バイラが安心したのも束の間で、結局は、バイラ自ら・・・自分の黒事情を後に伝えることになるとは、この時、想像もしなかった。
お読み頂き有難うございます。




