1253. 魔族の種その情報 ~急ぐ対策
夕食の席で、人の少ない店内。タンクラッドは小さな咳払いをして、声の大きさに気を付けて話し出す。
「昨日の夜。倒れたカンガを、部屋に運んでいる間だ、俺も手伝っただろ?
あの時、コルステインは、外がまだ気になっていた。それで彼女は裏庭に降りて、異物を見つけた。袋から出ているそれは、魔性があったから、コルステインは消滅させたらしい」
ここでイーアン、質問したいが、親方にちらっと見られて黙る(※見透かされている)。
「まだ続くぞ。この話は、昨日の夜も今朝も聞いていなかったんだ。俺はコルステインに、倒れた瘤のある男の話をしたが、コルステインもよく分かっていなさそうで、『違う』とだけしか言わなかった。
何かが違う、という意味だろう。彼女が片付けた異物については、片付けたことを『見た。調べる。消す。した』と」
「それで、通じないですよね」
ぼそっと独り言を呟いた隣のロゼールに、親方はちょっと笑って『分かりにくいには違いない』と答えて、続ける。
「一応、彼女としては報告してくれていたんだ。俺も間違えて捉えたから、その報告に『何かおかしな気配を消したんだな』くらいにしか思ってなかった。
だが、さっきカンガの状況を教えて、俺が持ち込まれた残骸の行方を心配したら、コルステインは『それ。昨日。消す。した』とまた言ったんだ。詳しく聞けば、最初に言った通り。あれは魔物だったと言う。
魔物じゃないぞ、魔族だ、と訂正しても、コルステインは、俺が間違えていると言い切る。
丁寧に話を進めて分かったが、コルステインが消した物体は『魔物』で、カンガの昨晩の状態は『魔物じゃない』ことが理解出来た。
ここからは、俺の推測だ。
思うに。魔物に魔族が取り憑いたんだ。なぜかは知るわけもないが、そうとしか思えない。
シャンガマックの情報では、『種』で増える種族のようだし、近くに宿主がいれば『種』は割れる。
それと、別の所で知った話では、魔族は一世一代限りの存在のようだ。『種』はその魔族単体の要素を保有していて、取り憑いた相手を、その『種』の要素で変えるんだろう」
タンクラッドがここまで話すと、イーアンが続きを言いたそうに、目を見開いて見ているので、『いいぞ』と許可する。
「それじゃ。魔物に宿って種を付けた魔族が、魔族の状態で動き回って、人間の宿主に種を移して・・・最初の、その、神殿で妖精が倒しそびれてしまった魔物は、もう」
「ただの魔物に戻ったかどうかが、分からんが。魔族の体であったとしても、どこかで倒れているだろうな。一世一代なんだから。
次の媒体の宿主が出来た以上、いなくなるって・・・思いたいところだが。情報通りであれば、そういうことだ」
「生き続けていることは変、ってことか?」
オーリンの質問に、タンクラッドは首を傾げる。『そう思いたい、としか言えん』俺も情報だけだと、答えた。
この夕食時。話声は大きくなることなく、それぞれの中に生まれた不安と、新たな懸念が話題を統一した。
来客のガーレニーも、衝撃的な出来事と話の中で、『魔物製品を作るにあたって、回収時』それを見極めることが出来ないと、おいそれと手が出せないのでは、と意見を述べ、彼の意見は尤もと、皆も思う。
「この町で、魔性を消すナイフ(※Byイーアン)を作らせてもらうか」
とにかくナイフはどんどん作って、引き受けた工房に渡し、同時進行で『魔物と魔族の見分け方』を探すのが先決とした。
この夜。
フォラヴはカンガに付き添うと言い、もう大丈夫だろうが、一人で居させることを心配し、休むカンガの部屋に入って、寝ずの番をした。
妖精の騎士の頭の中には、遠い昔の物語が一晩中はびこり、嫌でも・・・自分の立ち向かうべき場面が近づいているような気がしていた。それが早かろうが遅かろうが、向かい合うには、不利な点が多過ぎる気もして、落ち着かない気持ちと共に、彼の夜は過ぎた。
同じように夕食後。部屋に戻ったドルドレンは、今回の話を、シャンガマックにも伝えておこうと、連絡珠を取って、ベッド横に奥さんを座らせ『ドキドキするのだ』と、叱られるかもしれない(←お父さんに)覚悟を伝える。
目の据わった奥さんは『あいつのせいで(←ホーミット)』ちっ、と舌打ち。大事な用でも遠慮させるなんて、とぼやく。
「すぐ済むと思う。でも俺が傷ついたら、イーアン」
「はい。やり返します」
「そうじゃないよ。慰めてくれ」
ああ、と頷くイーアンに、奥さんが攻撃的で頼もしいと苦笑いするドルドレンは、意を決して、重要事項を伝えるため、部下の応答を待った(※総長だから普通の行動なのに)。
待つこと1分半。嫌な予感がする中、シャンガマックが応答して一安心。
『はい。総長、どうしたんですか(※よせと言った夜ですよ、と遠回しに)』
『お前が教えてくれた情報が役立った。今日は正にその相手と対面したのだ。大切なことだから、伝えたいと思った』
『本当ですか!魔族・・・そんな。どう』
『急いで伝える(※予感ビシバシ)。人間が取り憑かれていた。そして彼は死にかけたが、彼を助けた者がいて、その者は既に』
『あ、ちょっと。ちょっと、待ってくれ!待って』
む、と固まるドルドレン。慌てた部下の様子に危機を感じる(※怒られる)。じーっと緊迫して待っていると、数十秒後にシャンガマックが再び応じた。
『すみません。良いですよ、それで』
『やはり別の時間にするか。まだ彼は回復を待っていて、助けた男は魔族と』
『ダメだよ!もう少し待ってくれ。大事なことだ、後でゆっくり話すから・・・あの。総長、待っていて下さい・・・もう少しだよ、取り上げないでくれ。
大丈夫だ、俺は一緒だ。行かないから。わ、引っ張らないでくれ。ハハハ、くすぐったい。そこ掴まないで。話せないよ』
何やら、興奮しかける内容が脳内に流れ込むので、ドルドレンは段々、赤くなってくる(※妄想)。でも、待つように言われたので、聞き耳立てている後ろめたさはあるものの、そのまま聞く(※聞きたい)。
『げほん。後1分、待っていてくれ。え?途中。そうだね、途中だったけど。話し終わったら、また、するから。そのままでいて。
うん?冷えていないよ。そりゃ裸だけど、充分温かい。もうちょっとだけ待ってくれ・・・それで、ええと、まだ繋がっているかな。総長。総長』
『うん。繋がっている』
『すみません。父が気にするので』
いいよ、と答えて、ドルドレンはモワモワする頭で、どうにかこうにか簡潔に重要な話を伝え、きちんと1分後、強制的にお父さんに代わられた。
『ドルドレン。済んだ話なら、明日にしろ』
『ホーミットはそう言うけれど、とても大事なことだったのだ』
『じゃあな』
あっという間に切られた、一方通行なお父さんで締めくくった通話。
その様子を、横で見ていたイーアンは、伴侶が何やら恥ずかしそうだったり、赤くなったり、最後に青ざめたりで、一体何が起こったのかと訊ねた。
ドルドレンが会話の流れだけを話すと、イーアンは眉を寄せて『あの野郎』とぼやく。ドルドレンは、待たされた間のことも、一応、オマケに付け加えてみる。
「シャンガマックは、連絡珠を握ったまま、お父さんと会話していたのだ。だから丸聞こえである」
内容を教えられたイーアンの表情にテレが入り、ドルドレンとイーアンは、その話で少しの間、盛り上がった(※妄想夫婦)が。
二人はハッと意識を戻し、『こんなこと話している事態ではなかった』と自粛し、明日からの行動を真面目に相談した。
*****
「何かと思えば。片付けた後じゃないか」
温泉で、髪の毛を洗い直してもらうヨーマイテスは不機嫌。『途中でやめたから、毛が絡まったぞ』長い金茶色の髪を、手で梳いてあげるシャンガマックも、苦笑いで『そうだね』とは答えるものの。
「でも、魔族と対面したとは。聞いておいて良かったと思う」
「お前の腕が冷たい。湯から出していたからだ」
冷えただろ(※今は夏)と、仏頂面を見せるお父さんの顔を覗き込んで笑い、『大丈夫だよ』と心配され過ぎていることを伝え、ムスッとしているヨーマイテスの長い髪を洗い上げる。
「最近。ヨーマイテスも風呂に入るから、獅子になった時に鬣がもっとフカフカだ」
「前からだ(※違い分からない)」
そうだけど、と笑うシャンガマック。自分も頭を洗って、腕を伸ばす父の側に行き、横に座る。
父に湯をざぶざぶかけられる中(※父なりの気遣い)褐色の騎士は『魔族の種』その話が妙に意識に残る。知らないことが多い相手の登場に、どう対応するべきなのか。
「行きたいか」
「え?いや。魔法の練習があるから、馬車には」
「そうじゃない。過去のバニザットの部屋だ。情報を集めておきたいんだろ」
意外なことを言う父を見上げると、碧の目が自分を見下ろしていて『あの部屋の中に、確実に情報はある。あいつの持ち物であった以上』記録に残さないわけがない、と呟いた。
にこーっとした息子に、大男は、自分が良い提案をしたと満足し『明日、連れて行ってやる』と約束した。
嬉しいシャンガマックは、お礼にこの後、ヨーマイテスに『獅子の姿になって』と頼み、温泉で獅子状態の父も洗ってあげた(※全身毛=洗う範囲拾い)。
*****
翌朝。
皆が朝食で集まる時間より早く、ドルドレンとイーアンは、カンガの部屋を訪れ、彼の具合を見た。
一緒に居たフォラヴは、眠ることなく考え続けていたようだが、睡眠不足ではなく、気疲れの方が顔に出ており、彼の白い肌に影が差していた。
カンガは起きていて、ベッドに横になっていた体は、普通の人間のまま。ホッとした二人は、フォラヴを労い、カンガにも『治った様子に嬉しい』と伝える。カンガも微笑み、お礼を言うと、ゆっくり体を起こした。
「起きなくて良い。休んでいてくれ。食事を運ぶ」
「もう。起きるくらいなら。本当に有難うございました。私はあなた方に会わなかったら、もう」
カンガは、フォラヴに感謝を込めて笑顔を向け、ドルドレンと、龍の女に深く頭を下げた。二人は『助けたかった』ことと『あなたが助かったのは、私たちの力ではない』ことをきちんと聞かせた。
「後で、少し時間をもらいたい。聞きたいことがある」
「何でも聞いて下さい。私が知っていることは何でも話します。役に立つなら」
ドルドレンは頷き、朝食はどうするかを部下に訊ね、妖精の騎士が首を振って微笑んだ顔に『運ぶから待っていて』と伝えると、イーアンと一緒に先に朝食を済ませることにして、部屋を出た。
部屋に残ったフォラヴに、カンガは『私ならもう大丈夫です』と、朝食へ行ってほしい気持ちを伝えたが、フォラヴは微笑みながら『私も大丈夫』と答えた。
「私たちがこの町に居る時間は、そう長くありません。あなたがここから、お住まいの場所へ戻られる時、私たちは出発しているかも。それまではご一緒しましょう」
「フォラヴ。そのことですが。私はここで確認を済ませたら、戻るつもりです。
一人では怖いから、町を出る同じ方面の馬車に頼みます。幸い、路銀はまだあるので、どうにか無事に戻れるよう試みるつもりです」
「あなたの確認とは。伺っても?ご一緒する必要があれば、今日明日の間で、私は付き添えるでしょう」
「そこまでご迷惑かけません。確認は、町役場です」
町役場?訊き返した妖精の騎士に、カンガはベッドに起こした体の向きを変えて、床に足を付き、ベッドに腰かける形で、騎士に向き直る。その顔にも首にも腕にも、無論、体にも、昨日のような違和感は一つも見えない。それだけでも、フォラヴには嬉しかった。
カンガの求める確認は、自分と一緒に町へ入った仲間のことだった。
彼はこの町の、別の宿で息を引き取り、宿屋に話してすぐ、町役場の保健課に引き渡された。身元は分かっていたし、カンガは旅の間の魔物襲撃も伝えたから、町役場としては『犠牲者の死体』扱いで、宿から運ばれた。
「まさか」
「分からないから、知りたいのです。ちゃんと・・・彼が人間の状態で葬られていることが分かれば。それで良いのです。でも。もし、そうでなければ、とっくにいないでしょう」
「あなたは、その時。どうするつもりですか」
「魔物ではない、違う恐れの存在があることを、知らせないといけません。もう、あんな恐ろしい死は、見たくないです。魔物に殺されるだけでも、とんでもないのに」
『殺されるだけで済まず、自分が死んだ後、人間じゃない状態に変えられて、誰かを殺す側に回るなんて、嫌だ』と訴えた、カンガの目が涙を溜める。
フォラヴにその気持ちは伝わる。しっかり頷いて『勿論、いけません』彼に同意し、自分も協力すると答えた。
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