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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新たな脅威の調べ
1251/2964

1251. 差し伸ばされた助けの手

 

 夕方の、黒く長い影に染まる壁の前。

 ドルドレンたちの馬車と、馬車を下りたタンクラッドは、すぐ真横を通る人々の視線を受けることもなく、緊迫した状況に引き込まれた。



「違う世界?」


 後ろの寝台馬車の御者をしていたガーレニーが呟く。寝台馬車も、荷馬車に続いて斜めに入ったばかりの角に停車し、荷馬車の側面とタンクラッドが見えている。


 ガーレニーも妙な雰囲気に気が付き、右手の壁と、その壁の影が落ちる下にいる自分たちを見つめてから、左側の通行人や町の馬車の反応に、眉を寄せた。『誰も気にしていない』呟きは、前の荷馬車にいるオーリンが拾い、オーリンも荷台から下りて、左右を見比べる。


「どうしたんだ」


 オーリンが呟いた時、金色の粒子が目端に移り、さっとタンクラッドと、彼の剣を突き付けた壁の影を見ると、壁が凹んで中に何かが見えた。


 横から見ているオーリンは目を丸くし『こいつ、()()()()()()』と、思わず口にした。それと同時に相手の声『まだ人間だ』が耳に入った。




()()?人間じゃないって意味だろ」


 声に答えたタンクラッドの剣は一度、ぐっと後ろに引かれ、その勢いで壁を切り付けた。


 壁の歪みは一瞬戻り、剣は壁を切って瓦礫が落ち、それを見たタンクラッドの足が反射的にさっと後ろに飛んだ。ドルドレンの真横に付き、ちらと彼を見る親方。


「壁に問題があるわけじゃなさそうだな」


「あれは何だ?何がいたのだ」


「待ってろ。また出て来るぞ」


 剣職人はそう言うと、一度下ろした腕をゆっくり上げて、歪み始めた影の壁に狙いを定める。


「待ってくれ、と言ったのに!()()()()()()カンガは死ぬぞ」


 剣を構えかけた親方の腕を、さっと触ったドルドレンと、親方はハッとして目を合わせる。『今、名前が』ドルドレンの声で、壁の渦巻きが慎重に広がり始めた。


「いるだろ、()()()だ。魔物の体を持って、この町へ来た。あんたたちと一緒にいるはずだ」


「お前は誰だ。そんな場所で、覗いている時点で」


「もうすぐ、()は消えるだろう。もう時間がないんだ。カンガも、俺と同じ運命を辿る」


 何を、と眉を寄せたが、タンクラッドは剣をしまわないまま、ドルドレンに視線を投げる。黒髪の騎士も彼の目に頷いて『俺が訊こう』と続きを引き取る。


「お前は誰なんだ。カンガを助けるとは」


「彼と一緒に来た。途中で俺が倒れた。俺が()()()()()()はカンガが持った。俺はあの袋の()を体に受けてしまった。カンガも今、受けている」


 時間がないんだ、と言い続ける、影の壁の中から聞こえる声。『種』の言葉に、顔色がさっと変わったドルドレン。まさかと思うが、会話を続ける。



「ここには連れてこれないぞ。カンガは動けない」


「カンガを、影のある外に運べ。彼の()を引き取る」


「お前は()()だ。お前は『もう人間じゃなくなる』と言いたいのか」


「俺の名前なんか知らない。もうじき、彼に選択の時が来る。人の体が死ぬ手前。カンガは」


 信じて良いのか分からない、怪しいにも程がある相手に、剣職人も騎士も目を見合わせて、即答に躊躇う。


「魔物じゃないんだ。魔物の体なんかじゃない。もっと・・・カンガを早く運べ」


 躊躇う二人を待たず、壁の影は何かに焦るように、そう言ってスッと渦が沈み、声も消える。


 驚いたタンクラッドは、すぐに剣を鞘に戻し、バッと後ろを振り向くと、自分たちに無関心だった町の人たちが、立ち往生している様子の二台の馬車を見ていた。


 ドルドレンもビックリしたものの、すぐに御者台に乗ったタンクラッドに、『宿に戻ろう』と馬車を出した。寝台馬車にいた皆とオーリンも、一部始終見ていたので、前に続く。

 通り過ぎた壁には、何もなくなり、ただ、タンクラッドの剣が落とした、切り跡だけが残っていた。




「戻った。戻りましたよ!」


 イーアンが宿の部屋で、大きい声を出した。立ち上がったミレイオは、窓の外を見る。『どこら辺?』いないので訊ねると、イーアンは少し考えてから『あとちょっとです』と答えた。


「タンクラッドが近いです。オーリンも・・・ドルドレンも、皆、ちゃんといますね。良かった」


「あんたって。自分の旦那より、タンクラッドとオーリンの方が『感じる』のね」


「えー・・・その言い方、非常に()()()()()()()が漂います。そうではありませんよ、ミレイオ」


 困ったように返す女龍に、ちょっと笑ったミレイオは、この席にフォラヴがいなくて良かったわ、と独り言を言い、ベッド脇の椅子に戻る。それから間もなく、一階にお茶を取りに行った騎士が戻って来た。


「総長たちが戻りました。今、馬車を入れています」


「良かったわ。とりあえず、彼の話を聞いてもらわないと」


「オロノゴは眠っていますか?」


 フォラヴは、馬車の戻りを伝え、ミレイオの言葉にベッドを見た。オロノゴは目を閉じている。さっきも度々、言葉が途切れがちになっていた。疲れたのかと思い、お茶を運んだのだ。


「うーん、どうなのかしら。ちょっと前よ、瞬き遅くなったなと思ったら。でも、落ち着いているみたいだし。イーアンも特に、何かしてないでしょ?」


 していませんと、首を振るイーアンは、オロノゴが目を瞑ってから5分程度だと、フォラヴに伝える。


 こうして話している間に、徐々に廊下に足音が聞こえ始めて、イーアンは扉に目を向ける。フォラヴは扉を開け、戻った皆に挨拶をした。



 ドルドレンたち全員は、部屋に入りきらないので、危なそうなザッカリアやロゼール、来客のガーレニーには『部屋で待っていて』と頼む。

 バイラは今、階下で『裏庭に少しの間、()()()()()()()ほしい』ことを交渉している。


 ドルドレンとタンクラッド、オーリンが部屋に入り、オロノゴの眠る様子を見つめた。

 彼はベッドに仰向けになったまま、顔も首も、腕にも、妙な瘤が出来ていて、その瘤の、一番盛り上がった箇所は、黒ずんだ色が付いていた。


「あれが『種』」


 ぼそっと呟いたオーリンは、身震いする。『怖いな』小さな呟きに、イーアンとミレイオは何のことかと、彼を見た。


 フォラヴはこの時、ゾッとした顔を思わずオーリンに向ける。



 妖精の騎士の過剰にも見えた反応に、タンクラッドはパッと彼を覗き込み『何か知っているのか』と訊ねた。空色の瞳に怯えが浮かんでいる。何か知っている、と判断した親方は、彼の腕を引き寄せた。


「恐れるな、フォラヴ。教えてくれ。俺たちは彼を助けるために、信じて良いか、マズイのか。これから、その賭けに出なきゃいけない。お前が何かを知っているなら、今すぐ聞かせてくれ」


 タンクラッドの問いに、皆が妖精の騎士を見た。


 フォラヴは急がされていると知っているので、自分の腕を掴むタンクラッドの手に手を重ね『ここではない場所で』と頼む。

 理由にベッドを見た騎士の頼み、タンクラッドは察して頷く。二人で廊下に出て、部屋の中の皆は待った。


 この間に、ドルドレンは先ほどの話を、イーアンとミレイオに小さい声で伝え、オーリンはベッドの男を見つめたまま、気の毒そうに黙っていた。



 廊下に出たタンクラッド。搔い摘んで聞かされた『おとぎ話』に愕然とする。


「本当か」


「おとぎ話です」


「俺が訊いているのは、行方不明者だ」


「ああ、聞かないで下さい。私たち妖精の心にも痛みがあります」


 本当なのかと了解した親方は頷く。辛そうなフォラヴは、おとぎ話の裏付けがあった話も伝えていた。そこまでは、ザッカリアには話していなかった(※1206話参照)。

 ハディファ・イスカン神殿の帰りにも(※1219話参照)『魔族だったのでは』と思ったことを、自分が知っている特徴と重ねた見解で話すと、タンクラッドは大きく息を吸った。


「なぜ、言わなかった。その懸念があるなら」


「タンクラッド。私の話を聞いていましたか?妖精の国のおとぎ話なのです。この世界に()()()()()の存在です」


 タンクラッドは目を閉じて首を振ると、閉じた扉に顔を向け『彼を()()()来る者がいる』と教えた。空色の目に緊張が走る。


「誰です」


「そいつは、自分が『まだ人間だ』と言った。そしてカンガを助けられるのは自分だけ、と。

 裏庭の影にカンガを下ろせば、そいつが『種を引き取る』と俺たちに言った。さもないと、カンガも()()()()()()と」


「魔族・・・その方は、魔族では」


 そうかもな、とタンクラッドも呟く。それからフォラヴの怯えたような顔をちょっと見つめ、白金の髪を撫でて顔を覗き込む。空色の瞳に焦りと怖れが見え、彼が別の何かによって、そこまで不安を抱えていると見当を付けた。


「フォラヴ。お前は近くに来るな。見なくて良い。だが、妖精(お前)の力で、カンガの状態を回復するかも知れない。今はイーアンの龍気で保っているが、龍気は活力みたいなもんだ。()()とはまた異なる」


「私は側にいれば・・・馬車の中でも?」


「そうしてくれ。出来るか?怖かったら」


「出来ます」


 明らかに動揺している、騎士の頭を抱き寄せて自分の胸に付けると、親方は妖精の騎士に『俺が話すから、お前は話さなくて良い』と言った。フォラヴはすまなそうに頷き、それをお願いする。親方の大きな手の平と、胸に、騎士の小さな震えが伝わっていた。


 何か嫌な記憶を呼び起こしたんだろうなと、親方は感じる。フォラヴの頭を一撫でし、扉を開けて部屋に入り、暗くなり始めた窓の向こうを見た。


 総長は親方に『運ぶか』と訊ねる。頷くタンクラッドは、フォラヴをミレイオに預け『一緒に馬車に居てやってくれ』と頼み、次に、自分を見上げているイーアンに思うことを伝える。


「あのな。もしかすると」


「そうですね」


 動じずに即答した女龍に、少なからず驚いたが、タンクラッドは了解した。イーアンは自分の役目を知っている。

 それをドルドレンも理解しているのかと、ちらっと見ると、彼は知らなそうだった。オーリンは何となく想像を付けている様子だった。黄色い瞳と目が合うと、オーリンは寂しそうに微笑んだ。



「よし。運ぶ。カンガに直に触れるのは、俺とイーアンだ」


「タンクラッド、クロークを羽織って下さい」


 イーアンは、朝も彼にそうしてもらった。自分が補助で守り、タンクラッドに海龍のクロークを羽織らせて、オロノゴをここまで運んだのだ。

 オロノゴの体に危険を感じたから、というのと、女龍(自分)だと龍気が強過ぎるかもと、何に反応するか知れない懸念を持ったからだった。


「聖別を()()()います。でも、いつどうなるか分かりません」


 イーアンが、自分のクロークを親方に掛け、前できちっと閉じた時、バイラが戻り『裏庭を少しの時間、借りました』と報告する。



「外に下ろすぞ。窓から出るだろ?」


 窓を開けてから、親方は裏庭を見る。馬車が停まっていて、宿泊客の馬車は全部そこにある。誰の出入りもないと確認してから、イーアンが最初に翼を出して窓の外で待つ。


 親方はオロノゴを抱え上げると、背中を窓に向け、イーアンが親方ごと持ち上げて地面へ下ろした。他の者は、急いで部屋を出て、階段で裏庭へ。フォラヴは、ミレイオと一緒に馬車へ入った。

お読み頂き有難うございます。


本日も、朝の投稿です。夕方の投稿がありません。

仕事・所用による、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、どうぞ宜しくお願い致します。


寒い日ですから、どうぞ暖かくしてお過ごし下さい。

皆様に良い週末でありますように!

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