1250. 犠牲者オロノゴ・カンガ
歩きで行ける範囲の剣工房は、本当に2分くらいの距離で、急ぎ足で敷地に入った3人は、入ったところで職人その人と出くわした。
髪を一つにまとめた60代の男性は、背の高い二人と、警護団員の、急な訪問に少し驚いたようで『何か作りますか』と挨拶代りの一言で、訪問理由を訊ねた。
「作ってほしいものはあるのだが。今は、あなたに聞きたいことがある。俺は」
「総長。私が説明しましょう」
バイラは、急ぐ総長を止めて、簡潔に自己紹介を済ませ、訪問理由を告げた。職人は大人しく聞いていてくれて、バイラの理由の最後で『そうなんだよ』と大真面目な顔で皆を見る。
「その男。あれ、変だったんですよ。憑き物でもあったみたいに」
「見たか?何を持ち込んだのかを」
「見ましたね。気持ち悪かったな。魔物はこの町にも出ましたが、魔物ってあんなのもいるのかな」
持ち込まれたものを説明し、『それが金属に変わると思えなかった』と職人は言う。しかし、そうした話は聞いていたし、やってみようかと、思えたそうだった。
「あなた方が、この話の直後に来るの、運命的だよね」
「そう思うだろうな。俺たちも、彼らを探してた。魔物の遺した体を手に、加工する場所を探し求める人物がいるとは、大したものだと思った」
親方は、そう思っていた事を口にして、間髪入れずに『彼は』と行き先を訊ねた。職人は首を振る。
「何も分からないですね。一緒に来た仲間が、道中で魔物に襲われて死んだことを聞きました。
彼は一人でここまで辿り着いたから、思い出して泣いたんです。私は気の毒で、お茶を出そうと思って、彼をそこの軒先で待たせました」
「そこから」
お茶を淹れて戻ったら、もういなかったと職人は続けた。黙る3人は、その男の風貌を訊ねる。
「風貌。見た目ですか?背はこのくらい・・・特徴って感じじゃないんですけど・・・テイワグナでも、一部地域の人の顔ですよ。集落から出たことがなさそうな。名前?ええとね。『オロノゴ』と言っていたかな」
バイラがちょっと反応する。『姓でしょうか』そっと尋ねると、職人は首を傾げて考え『いや』と呟き、思い出すように目を閉じてから『オロノゴ・カンガ』だな、と呟いた。
「カンガ。そうですか」
バイラは、総長と親方を見て『イスカン地域にある苗字です。限定じゃないですが』と知っていることを伝える。職人は、『ああ、そうだよね』と相槌を打ち、顔つきをもう少し詳しく話す。
「平たい眉間に大きな目でさ。テイワグナ人は皆、目はギョロっとしている感じあるけど、そうじゃなくて。たまにいるよね、あなたはテイワグナ人でしょ?」
職人はバイラに話を振って訊ね、バイラが頷くと『そうだよね』と頷き、ハイザンジェルから来た二人に『でも私たちとも、違う顔』と教えた。総長は、男の移動手段を次に訊ねる。
「その。オロノゴ・カンガは。馬で」
「え?いや。言われてみれば、馬はいなかったよ。少なくとも、うちには馬で来ていないと思う」
「具合は悪そうだったとか」
総長の続ける質問に、タンクラッドとバイラがさっと彼を見た。灰色の瞳は確信したように、視線を返す。
「どうだろうな。さっきも言いましたが、憑き物でもあるみたいな、怯えた感じは見えました。それに、疲れていたと思う。でも旅の疲れか、仲間を殺された気持ちから来るものか、私には分からないから」
「どこか、目立っておかしいなどの印象は」
「いや?ないよ。服装は少し汚れていたけれど、旅をしたらああなるしね」
神殿の妖精が変えた、魔物の残留物を持ち込んだ男――
彼の消息は途絶えているが、ここへ来て非常に衝撃的な話を聞き、ドルドレンとタンクラッドは『宿にいる男』がそうではないかと、無言で頷き合う。バイラもそれは感じた。
バイラは、とりあえずこの話を終え、剣の工房の職人にお礼を言い、その話とは別に、魔物製の武器防具の紹介で訪問していることも伝えた。
気持ちは落ち着かないものの、目的はそこなので、ドルドレンも気持ちを入れ替え、業務に徹する。親方は剣の話は出来るから、職人が呟く小さな疑問は全部拾い、全てに答えてやった。
ここの剣職人は、魔物に抵抗がない様子で『どれが安全か分からないけれど』その危険さえ超えられれば、やってやれないことはないと、意欲を見せる。
「魔物を解体する際。危ないとかね。今回みたいなの見ちゃうと、あれ動き出しそうで。あんなの相手だと、不安はある」
「それに関しては、魔物の体を解体する時、無害化する道具がある。それを使えば大丈夫だろう」
魔物の体、無害化=イーアンが作ったナイフ。
ギールッフで作ったナイフを、親方は売る気だったが、ロゼールが『機構でお金を出す』話を、戻ったら本部に持って行くそうで、ナイフを契約時に渡してやって~・・・とのことだった。
無害化と言っても、毒やら何やらは消えないことも教え、『魔性が消える』それが大事だと伝えたら、剣職人は、その珍しナイフに食いついて『自分もこのスランダハイで、魔物製品を手掛けても良い』と言い始めた(※ゲンキン)。
昨日の苦痛は何だったのかと思うほど、親方はあっさりと契約に漕ぎ付け、資料ウンタラの話も『別に面倒はない』と先に言うと、職人は二つ返事で引き受けた(※ナイフ欲しい)。
この後、とうに20分を過ぎてから、明日また来ることを職人に約束し、3人は、仲間と馬車のある工房へ戻った。
駐在団員の親戚の工房でも、ガーレニーとオーリンが残ってくれていたことから、そちらも前向きな話でまとまっており、嬉しいことに『この界隈に居る職人にも、伝えておいてあげますよ』と、協力も貰えることになった。
一行は、夕方の帰り道、今日の展開に感謝しながら、一日でも早い、製品の完成とその普及を願った。
戻る道で、ドルドレンは一人考え込む。
馬車歌。魔物の残骸を持ち込んだ人物。魔物製品の工房開拓。
この町・スランダハイでは、一度に内容の濃いことが重なっている。これも何かあるのだろうかと、夕焼け空を見上げて、その意味を考えた。
今日。午前中に、シャンガマックの連絡で知ったことも、思えばここに重なる。
シャンガマックは、洞窟地区を出てすぐ帰ったから、彼が精霊たちから聞いた話を伝えたかったらしく、連絡してくれた。内容は『魔物ではない相手』のことだった。
『もし。俺の話で分からないことがあれば、連絡を下さい。イーアンは戻っていますか?戻っていたら、彼女にも伝えてほしいです。
彼女は細かいことに勘づきますから、教えておけば、異変を未然に防いでくれるはずです』
勇敢で知恵者の、奥さんの背中を見て育った、部下たち・・・俺よりも、彼女を信頼している気がしたが(※有)そこは突っ込まずに了解した。
そしてシャンガマックは続けて、自分に連絡をする時間帯を指定した。
『朝は大体、7時くらいからです。でも7時から8時の間は食事をしていますから、ヨー・・・ええと、ホーミットが気にします。昼も、11時半から13時半くらいまでは、彼が気にするので避けて下さい。
夕方は、日が暮れる頃から食事です。でもその後1時間くらい、俺は風呂ですし・・・うーんと、そうだな。風呂の後は、父が特に一緒に居たがる時間ですので、夜は止めた方が良いですね』
妙に細かい指定と、お父さん思いも行き過ぎに感じるくらいの気遣いに、総長は黙って了解する(※お父さんがこじれると怖い)。そして毎度『ヨー』が気になるが、質問しなかった。
部下との通信内容は、非常に重大な情報だった。そして、それ同等に印象的な、部下とお父さんが密着している雰囲気が気になった(※妄想)。
とにかく。この町に入ってから、これから動く方向に、新しい行き先が見えてくるような、そんな風向きを感じる。
いろいろと思い巡らせながら、ドルドレンは、前を進むバイラの背中を見た。
駐在団員と話している彼の、初日の奇妙な行動(※黒事情)・・・『それも気になるのである』何だったのかと呟くと、バイラが偶然振り向き、目が合って微笑んだ。
聞くに聞けない、バイラが自ら話そうとしない、あの行動。ドルドレンは知りたかった(※バイラは隠す)。
それぞれ、今日一日のことを話したり、考えたりしながらの、宿にたどり着くまでの間。馬車の誰も、気づかなかった。物陰に揺れては消える、何かがついて来ていることを。
*****
「気分はいかがですか」
妖精の騎士は、お茶を持って部屋へ入る。イーアンは男に付きっ切り。ミレイオとフォラヴは、交代で付き添うのを繰り返し、この日は夕方を迎えた。
男は妖精の騎士が来ると、必ず、少しの間、見つめる。それから『あの妖精のようです』と最初に呟く。
フォラヴは微笑み、会釈して、イーアンの横にイスを引いて座る。
男の視線は頼るように縋るように、フォラヴを通して、消えた妖精の面影を見ていると分かるので、フォラヴはそれを受け入れていた。彼に今、自分が出来ることは、彼の救いだった『妖精』への思いを受け止めてあげること。
ずっと側にいるイーアンは、この男の人の何が不安なのか、その正体を考え続けていた。
彼の話は、朝に彼が目覚めてから、大方のことは聞けた。その場にいたミレイオも自分もフォラヴも、同情するしか出来ない上、話の中、一番の危険で厄介と思われた『残留物』が消えていることに恐れた。
だが、今は何となく。残留物の行方が分かる。
彼の体だ。イーアンはそう感じている。残留物は、彼の体にとり憑いたのだ。入れ物だった袋や、残り物は見えなくても、一番恐れのあるものは、彼の体にある。
そうと知らず、聖別をしたことで、彼は自分の意識を取り戻し、『体の痛みや熱があった』状態からは解放されている様子だが、聖別が効いているのは、その範囲を出ていない。それも分かった。
目を離したら、彼の身に何が起こるのか。
イーアンはそれを思うと、気が気じゃない。彼自身も危ないだろうし、また、彼が望まない状況を引き起こしかねない予感もあった。
ここまで危険を感じていても、イーアンにその正体が全く見えてこない以上、とにかく席を立たないよう、彼を一人にさせないように、側に陣取るだけだった。
「オロノゴ。あなたの状況を改善するため、私たちの仲間が戻ったら、皆にもあなたの話をして頂けますか」
フォラヴは、何度も辛い話をさせることが気の毒で、本当はそうしたくない。
だが、フォラヴも感じている『異様さ』は、仲間全員で取り組む対象のようにも思う。頭の中に、子供の頃のおとぎ話が巡る。
確定しない時点で話せる内容ではないし、皆の意見を聞いて次の行動が決まったら、その時、と考える。
男は瘤のある顔を向けて、頷く。
「私は思います。私は長くない。だけど、私たちが持ち込んだものが、危険を生むもののような気がして、それを野放しにして死ねません」
「死ぬなんて仰ってはいけません。あなた方が、勇気をもって、感謝と共に、魔物の体の一部を運んだこと。例え、その続きに何があるとしても、ご自身たちを責めてはなりません」
二人の会話を聞きながら、イーアンはこんな時、ビルガメスたちに聞きに行きたくなる。知らないかもしれないけれど、知っているかもと思うと。
その知恵で、一刻も早く、この人の苦しい状態を助けてあげたかった。
この人は、体も苦しく、心は張り裂けんばかりに辛く、そこへ、自分に起こった恐ろしい出来事から、何かを予感しているのだ。
ここにミレイオが来て、様子を訊ねる。特別変わりがないことを聞き、ミレイオも『そう』とだけ言うと、気を遣うように微笑んだ。
ミレイオも心配が別にある。彼に話を聞いた時、親父の『つけている奴がいる』忠告が過り、この人だろうかと訊ねたのだ。
すると彼は『食事処で』と答えるだけ。
親父が言っていたのは、洞窟地区から誰かがついて来ている・・・という話だったが、何度確認しても、オロノゴが『食事処から』と答えるため、『別の誰かがまだいる』そのことが頭から離れなかった。
オロノゴの状態は、保留状態。
彼の体の瘤は、見て分かる異常さがある。しかし、それに伴っていたと思われる、痛みや熱は今のところない。オロノゴは起き上がれないけれど、お茶も飲むし、話すことも出来る。食事は摂れないが、イーアンは彼に龍気を注ぐので、彼の体が精気を失うほど弱ることはない。
この状態で、いつまで持つんだろうと、イーアンもフォラヴも心配が募る。
「ドルドレンたちはまだ帰らないのかしら」
「戻って来たら、すぐにこちらへ来て下さると思います。ミレイオ、廊下を見て下さい」
「気配がないのよ、見ても無駄よ」
ちょっと笑ったミレイオは、焦りが生まれる二人に『もう帰ってくるわよ』と言ったが、話はそこでまた止まった。
話しが続かない。彼から聞けることは、ほとんど聞いたのだ。後は、彼のこの危険な状態を、どう解決するか。ドルドレンたちが戻れば、動きが出ると分かっているために、3人の中に『早く』の思いが膨らむ。
時間はもう夕方で、空は橙色に輝きながら、部屋に一日の最後の光を差し込ませ、静かに夜の色を添え始めていた。
*****
馬車が宿に入る手前の、壁の影。
その影をバイラの馬が通過した後、ドルドレンが馬車を進めたほんの1m程度の所で、荷台から大声が響いた。
「ドルドレン!動くな!」
ハッとしたドルドレンが急いで手綱を引くと、止まった馬車から親方が飛び降り、馬車の前に走って剣を抜いた。
夕方の町に、人はそこそこ見えたし、この時も同じ曲がり角を、他の馬も人も通行していたが、どういうわけか、壁沿いの影の掛かった馬車と、剣を抜いた親方に、誰も目を留めなかった。
ドルドレンは剣に驚き、親方に問うため、名を呼ぶ。
「タンクラッド」
総長に答えず、親方は、抜いた金色の剣を壁に向け、『お前か』低い声で、相手を突き止めるように短く呟く。
ドルドレンは、タンクラッドが誰に向かって何をしているのか、分からない。もう一度、彼の名を呼ぶと、タンクラッドは振り向かないまま答えた。
「いるんだよ。ここに。この奥に。ここから先は違う世界だ」
金色の剣の切っ先が、ぼうっと水色の柔らかい光と共に、金の粒子を増やし始める。その切っ先の真向かいの壁に、粒子に照らされ、奇妙な渦巻きが見えた。そして、渦巻きから声が。
「待て。まだ人間なんだ」
お読み頂き有難うございます。
仕事の都合により、本日12日(土)と、明日13日(日)は朝一度の投稿です。夕方の投稿がありません。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、どうぞ宜しくお願い致します。
寒くなってきました。どうぞ暖かくして、良い週末をお過ごしください。




