125. 近所遠征再び
午後。イーアンはドルドレンを送り出してから、工房で楽しんで骨を割っていた。
骨を割るのが楽しいのではなく、骨を割ると歯が取れるのが嬉しい。歯を使いたいと思っていたので、ばんばん取れる作業は楽しくて仕方なかった。
途中、3時くらいにアティクが来て表の皮の状態から、今夜は屋内に取り込むよう提案したので、皮を集めて地下室へ運んだ。
アティクは『また明日来て、もう少し毛皮を柔らかくする手伝いをする』と話した。今日の状態はなかなか良い出来だ、と彼が言ったので、イーアンは『普通の生物じゃないからかもしれない』と自分の感想を伝えると、アティクは興味深そうに頷いた。
「仕上げる時には煙をかけますか」
毛皮にそれをするか分からなかったので、イーアンが質問すると、アティクはそのつもりだと答え『お前は本当にどこから来たのか』と少し笑った。その言葉は質問ではなく、アティクは戻って行った。
アティクやダビだったら、ハルテッドの友達になってくれるのじゃないか・・・と、イーアンはアティクの後姿を見送りながら考えた。中身で判断してくれる人たちが友達なら、ハルテッドは生きやすい気がした。
最後の骨を割って、歯を全部取り出したので、歯を集めて容器に入れた。
一つ取り出して、強度を確認するために、叩いたり潰したり暖炉の炎の中に入れたりと、あれこれ試した。それらは問題なく、歯の状態は変化なかった。
イオライの酸には若干耐性が少ない。10分も浸すと、表面が曇った。削れたり破損したりと目に見える変化ではないが、このまま浸したら脆くなる可能性はあると思った。
記録を付けてから、あの手強い白い虹の皮を出す。
それに歯を当てて上から固定し、鉄鎚で力をこめて叩いた。凄いことに、歯が勝った。虹色の皮に穴は開かないが、歯は1cmほどめり込んでいた。
「上には上が」
こんな歯で噛まれていたら、と思うと背筋が凍る。
ただ、一回ではめり込みもしないし、ちゃんと固定した上で叩かないと傷も付かないので、白い虹の皮と、牙の勝負はとんとんという感じかもしれない。思ったことも記録に付けた。
イーアンが工房で夕暮れを迎える頃。ドルドレンが来て『ドルドレンだ』と予め声をかけてから、ノックした。
丁寧な警戒振りに、イーアンはちょっと笑いながら扉を開けた。ドルドレンも笑いを抑えた笑顔で『風呂へ行こう』と工房へ入って、暖炉の火を消してくれた。そしてイーアンをじっと見て『うん。いつものイーアンの顔だ』と微笑んだ。
つまりそれは。夕食は広間で食べるという意味。
イーアンがじっとドルドレンを見つめると、言葉に出さず、ドルドレンはイーアンを見つめ返して『いや?』と頭を振って質問した。イーアンは笑って、ドルドレンと腕を組んだ。
「お風呂から出たら、夕食は広間で頂きます」
その返事にドルドレンは少し嬉しそうだった。彼は『トゥートリクスが心配している』と言った。ああ、それは会いに行かなければ、とイーアンは思った。
着替えを取りに行き、綺麗な服を手に風呂へ向かった。風呂をささっと済ませ、イーアンは着替えて出てきた。ドルドレンの一連の動作を毎度のように受けてから、ドルドレンがお風呂の間、イーアンは鍛錬所に預けられた。
オシーンはいつも通りで、特に何も聞かず、特に何も喋らず、一日使った道具の手入れをしていた。イーアンは側の長椅子でそれを見ていた。この黙っている時間。オシーンと自分の関係が心地よく思えた。
「良い服だ。だが着る者を選ぶ」
短く誉めてくれたオシーンに、イーアンは微笑んでお礼を言った。お父さんに誉められているみたい、と思う。
長袖で鎖骨までが出る襟の広い、裾が広がる長いミストブルーのワンピースに、胸から腰骨全体までを覆う編込み革のコルセット。ワンピースは下半身の膝くらいまで裏地が当てられているが、生地は全て、細かい花柄を編んだ透かし生地(要はレース)で上半身と膝下は透けているため、上半身だけはコルセットや上着で隠す必要有。
下手するとイヤらしいが、生地が品があるので、上手に隠せればとても綺麗な服だ、とイーアンは眺めた。本当、コルセット重宝。
ドルドレンが来て、オシーンにお礼を言ってから食堂へ。
食堂で夕食を受け取って広間に入ると、目ざとく見つけたトゥートリクスが手を振ったので、そちらへ行って食事にすることにした。
イーアンがトゥートリクスと並んで座ると、ドルドレンもイーアンの横に座る。トゥートリクスとスウィーニーが一緒で、スウィーニーは向いの席にいた。
イーアンが元気になった、とトゥートリクスが喜んでいた。
スウィーニーも、イーアンに『寒い冬に、春のような素敵なイーアンの姿を見れて嬉しい』と上品な誉め言葉を掛けてくれた。
ドルドレンは黙って食事をしていたが、気にしないようにしてくれているのは伝わる。イーアンは『有難う』と耳打ちした。ドルドレンは微笑んだが、若干悩ましそうに眉を寄せていた。
食事が終わる頃。クローハルが来た。全員警戒態勢に入るが、クローハルの表情がいつもと違うので、ちょっと受け入れた。
「用は」
ドルドレンが短く質問すると、クローハルはドルドレンを見てからイーアンに目を移し、『明日、魔物退治だ』と答えた。
「イーアン。何て君は綺麗なんだ。見ているだけで幸せだ。ずっとそうした格好でいて欲しい」
『だが』と続ける。大きく溜息をついて『チュニックなんかを着せたくないが、同行してほしい』と頼んだ。ドルドレンは報告書を思い出しながら、『どれのことだ』と確認する。
この前、クローハルの調査した魔物が、北西支部の管轄地域で確認されたという。西からの報告でも、北西方面から出没、とあったので、それがこちらで出始めたのかと思う、と。
確認頭数の数は2頭と少ないが、初めて会う魔物で、調べたところ『飛行系』が確実なことから、クローハルの隊だけでは嫌そうだった。
「イーアンも一緒に来てほしい」
「ここから近いですか」
ドルドレンに訊くと、『うーん』と考えている。クローハルが見当をつけている場所は、この前進んだ森沿いから下がった辺りにある洞窟だろう・・・というので『多分ここから2時間か3時間くらいだろう』と答えた。
イーアンには作業を続けたい気持ちもあった。明日は毛皮の煙がけと、鎧制作の開始・・・・・
だが。クローハルの懸念も分かる。確かに、飛行系となると2頭でも・・・飛ぶだけで、心理的には苦手意識が働くと思う。イオライを思い出すが、分かっている情報では奇声も炎もない。
日帰りだし、手伝えるかもしれないから一緒に行こう、と決めて『私がお役に立てれば良いのですが。ご一緒して役立てますよう頑張ります』と返事をした。
この言葉に打たれたクローハルが、イーアンに『蕩け激甘笑み口説き』技を発しながら、手を握ろうと伸ばしたが、横にいるスウィーニーに肘を押さえられ、ドルドレンに手の甲をはたかれ、トゥートリクスがイーアンの前に片手を伸ばした。
『護衛が神経質すぎる』けッと吐き捨ててクローハルは立ち上がり、イーアンを振り返って『明日が楽しみだよ』と往生際悪く微笑んだ。笑ってはいけないが、ギャグみたいで・・・イーアンは可笑しくて笑いそうだった。
「私も同行しましょう」
スウィーニーがドルドレンに許可を求める。ドルドレンは『宜しい』とすんなり了承した。トゥートリクスも一緒に行きたがったが、彼は若いので、まだ授業を受ける必要があり、大型遠征ではない今回は残らせた。
「俺ももちろん一緒だ。安心しろ」
イーアンの肩を抱き寄せ、ドルドレンは微笑んだ。場所が近いため翌朝の出発が7時と決まり、その場は解散した。
イーアンは、急な予定変更を告げにアティクとダビを探した。アティクはすぐ近くにいたので、すぐ了解を得られた。
ダビはどこにいるのか探すと、シャンガマックと一緒に暖炉近くで、食事をしながら話していた。
「すみません。明日、と思っていたのですけれど。明日中に戻りますから、夕方にでも工房へ来てもらって良いでしょうか」
イーアンがダビに事情を話すと、ダビは『飛行系』と繰り返してドルドレンを見た。
「弓、要ります?」
ああ・・・とドルドレンは頷き、『ダビは来れそうか』と訊いた。ダビは問題ないと答え、その場でダビも同行が決定した。
イーアンの格好を眺めていたシャンガマックは、ダビが同行すると聞いて『自分も』と言いかけたが『鎧がまだだ』と総長に宥められた。
「それにお前はもう少し休む必要がある」 「シャンガマック。早めに鎧を作ります。ごめんなさい」
総長とイーアンに言われて、シャンガマックは寂しそうに首を振った。この後、ドルドレンはダビに明日の出発は7時と告げ、それぞれが自室へ下がった。
『部屋に戻る前に、魔物の本を読みたい』とイーアンが廊下で話したので、工房から本を持ち、二人は部屋へ帰った。
寝巻きに着替えたイーアンが本をベッドに置いたので、ドルドレンも上だけ脱いで、イーアンの横に腰かけた。
読み終わったら早めに寝ようと決め、本は少しだけ読むつもりでいた。
「神話の魔物、とフォラヴが選んだ本です。よく思っていたのですが、私が出会った魔物もいるかもしれないと」
「イオライの魔物は載っていなかったな」
似ているのがいれば、とイーアンはページを捲った。『ちょっと見せてごらん』とドルドレンは本を受け取って、目次を調べた。
ドルドレンの横顔をじっと見る。艶のある白い毛が混じる黒い髪の奥に光る灰色の瞳や、絵画のように端正な顔立ち。どんなに見ても慣れない。ああ・・・とイーアンは吐息を漏らす。ドルドレンがページを捲る手を止め、振り向いて『どうした』と訊いた。
「ドルドレンがあまりに格好良いので。いつも思いますが、見つめると・・・本当に素敵な人だから動けなくなります」
イーアンのうっとりした表情に、ドルドレンは妙に恥ずかしくなって赤くなりながら『そうか』と俯いて、またページを捲った。
飛ぶ魔物のページまで来たドルドレンだったが、誉められた言葉が気になって落ち着かないので、本に紙を挟んで閉じた。イーアンが『あれ?』といった顔で見た。
「駄目だ。集中できない」
イーアンを抱き寄せてキスをして。『早めに眠るんでしょ』と言われながら、抱き寄せたままベッドに入った。
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