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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新たな脅威の調べ
1248/2964

1248. 旅の八十四日目 ~『その欠片』を胸に

 

 コルステインが気が付いたのは、すぐではなかったが、イーアンは先に感じ取った。


 訴えかける『助けてほしい』誰かの声が聞こえた丁度その時、イーアンはのんびり部屋にいて、ドルドレンにがっちり抱き締められていたが、伴侶の腕をさっと解き、驚く伴侶に『誰かが困っている』と伝えた。



「俺が今。やっと奥さんを」


「ええ。私もやっと、旦那さんとほのぼのしていましたが。でも救助が先」


「それはそうだ。でもね、イーアン」


「ドルドレン。服着て下さい」


 ええ~~~・・・『せっかく脱ごうとしてたのに』と嫌がる伴侶に、さぁ服を着ろと、女龍は容赦なく上着を伴侶に被せ、『表へ行きます。どこだ?どこだろう』100%業務に思考が切り替わって、気配を掴もうと真顔モード(※イーアンはそういう人)。


 奥さんがこうなると無理(←夜)と誰より知っているドルドレンは、仕方なし『俺も勇者だからね(※渋々)』服を着て、猟犬のように目をギラつかせる奥さんの後に続いて、部屋を出る。



「イーアン。()()困っているって?そうしたことは分かるの」


「そこまで分からないのです。でも、この『困っている』は、死ぬか生きるかの状態、とは分かります」


「そんなことに?!魔物か」


「いえ・・・でもちょっと、怪しいですよ。魔物ではなさそうなのに」


 私もはっきりしていないと、伴侶を振り返り、イーアンは宿の外に出る。ドルドレンは丸腰なのだが、とりあえず奥さんが強いから、大丈夫かなと任せることにして(※これ助かる)。


 夜にぼんやりと白く光る女龍の後に続いて、宿屋の庭を調べ、それから裏に回った時、ドルドレンもイーアンも立ち止まる。一気に緊迫した意識は、ドルドレンを間髪入れずに動かし、倒れている人間に駆けよらせる衝動をもたらしたが、イーアンはすんでの所で、伴侶を引っ張って止めた。


「イーアン!」


「変です。()()()()()()()()


「何?でも、倒れて」


「いけません。()()()()触らないで。触るなら()()



 イーアンとドルドレンの夜は、思いもしなかった急な事態に変わり、イーアンはドルドレンに誰かを呼ぶように言い、この時、親方と一緒にいたコルステインも、さっと眉を寄せて『あれ。違う』と呟いたところだった。



 *****



『これはどう、病気ではありませんでしょう』


『違います。フォラヴ、神殿の妖精が魔物をどうしたのか、もう少し詳しいことは分かりますか』


『いいえ。私もあの子に聞いただけですから。それが全てです』


『ねぇ、魔物ではない感じだけど。でも魔物的よね、これ。イーアンはどう感じる?』


『私も同じ意見です。魔性ではないけれど・・・何か、この中に知らない存在があるような。安全ではないものです』


『イーアン。それでは頼んだよ。出かけるけれど』


『ミレイオ、何かあれば教えに来てくれ。今日回る場所は、さっき持たせた地図に印がある』


『分かってる。大丈夫よ。気を付けて。私は行けないけど、職人に宜しくね』


医者は・・・? 医者じゃ無理だ、ガーレニー・・・ コルステインは何て言っていました・・・? 駐在所に一応知らせて・・・ あの人大丈夫なの・・・・・




 ――誰かが。側で話し続けている。一人、三人、五人・・・もっと。誰だろう。目が開かない。体が重い。体・・・あるのか。俺の体は、どうなった?――


 側にいる人間たちが話し合っている内容は、少しずつ耳に入り、朦朧とする意識に呼びかけるように残る。ここはどこなのか。声は誰なのか・・・・・ 意識は再び、熱の疼く体に連れて行かれる。


 体中に熱が溜まる。所々に瘤のように膨らんだ部分は、更に熱く、自分の体の内側を何かが掻きむしっている気がする。その何かは、ずっと、ずっと遠くから幾重にも聞こえる、ざわめきを止めない。



 あの日。


 妖精が消えた後の神殿は揺らぎ、風景が一度変わった。そこは昔の風景で、殺伐とした草一本生えない岩場に見え、しかしまたすぐに、風景が戻ったことで、()()()()は『妖精がいなくなる』前兆と知った。


 神殿に集まっていた自分たちは、妖精が守ってくれたことを感謝した。


 そして、海に()()()魔物のいた場所に、千切れた一部が残っていたのを見て、しばしそこで相談し、一人が、馬に積んでいた空き袋を広げ『これを、()()()()()として祀ろう』と提案した。


 魔物の一部は、湾曲した板のような形に、ボコボコと半円の凹凸が表面を覆っている物だった。


 色は汚れた緑色の藻に似て、魔物の体の背中辺りだろうと、皆で話した。襲った魔物の形は、人と言うには粗末な物体で、雑に作り上げた肉の塊のそれだった。


 分厚い体は、全てが覆われているわけではなく、背中や腹、腕と足の一部に、拾い上げた板状のものが付いていたが、後はむき出しの筋肉や、そこからぶら下がる、血のない血管が揺れていた。


 顔も頭もないような、はっきりしない頭部は肩辺りにめり込んでいて、頭頂部に見えた赤い光が気味悪かった。

 その魔物自体は生きているふうにさえ見えない、()()のような具合なのに、赤い光だけは・・・妙に生々しい、憎悪を感じさせた。



 そして自分たちは集落に戻り、ハディファ・イスカン神殿で起こった出来事と、持ち帰った魔物の残骸を加工しようと決めたこと、ひいては、ムバナの町へ行くことを他の者に伝え、その日のうちに出発した。


 加工出来る話は、最近の警護団から聞いて知った。隣の国から来た騎士たちが、テイワグナを魔物退治で回っているという話。

 その話の中に、最初こそ信じられなかったが、『倒した魔物を、武器や防具に変える方法も教えている』という内容があった。


 魔物に勝ち続けていることだけでも驚いたのに、更に触ったり、加工してしまうのかと、皆の間でその話持ちきりになった。

 他人事のように聞いていたが、魔物の出現が増える中、とうとう神殿も襲われて、妖精も消えてしまった。


 遺された魔物の残骸は、触れる気になどならないくらい、醜悪で嫌な感覚を覚えさせるものだったが、加工出来る話を聞いていたから、これを町のどこかに相談すれば、違う形で祀る品に変わるのではと考えた。それは、これまで長い間、皆を癒してくれた妖精を称えるため。


 ムバナへ着いた自分たちは、それを町役場で相談した。


 すると、ここでは出来ないから、スランダハイへ行けと言われた。スランダハイの方が、ありとあらゆる武器防具に長けた職人がいる。『持ち込めば、希望は叶うだろう』と答えが戻り、紹介状をもらって、北へ向かったのだ。


 だが。


 町へ着くまでの道のりで、魔物に襲われ、5人で出発した仲間の内、3人は死んでしまった。


 虫の顔をした獣のような魔物は昼夜関係なく現れ、引き返すことも出来ない距離で、自分たちは仲間を一人ずつ失いながら、助けることが出来ようはずもなく、ひたすら逃げて隠れて、どうにか町へ着いた時、既に自分ともう一人だけだった。


 そのもう一人も、町へ着くなり、宿屋に入ったその日。高熱で息を引き取った。

 逃げている間に負った傷だったのか、胸から腹にかけて大きな引っ掛けたような傷があり、それは血も少なく、深さもないものの、腫れ上がっていた。きっとそこから、熱が出たのだろうと、悔しい涙を流した。


 残った自分は、魔物の体を包んだ袋を持ち、工房を訪ねたが、工房が多く集まる通りでは、『個人は相手にしない』と門前払いで、人に聞きながら奥の工房へ進んだ。


 町の奥にある、雰囲気の違う工房の幾つかを見て、一軒の工房に入り、話をしたところ、その職人はすぐに『見たい』と言ってくれた。

 見せてから、失った仲間のことも思い出して泣いた。自分の恐ろしい旅に同情してくれた職人は、茶を出そうと一旦、席を外した。


 その時、体の中から叩きつけるような苦しさを覚え、自分は驚き、胸を押さえた。急な体の異変は続き、息苦しさと怖れに見舞われた時、袋から出ている魔物の体が()()()光っているのを見て、怯えた。


 もしや、最後の仲間が死んでしまった理由は、これでは、と察した時、逃げ出しそうになったが、しかし、置いて行くわけにいかないと、混乱する思考を抑えて荷袋を掴むと、自分はその工房を離れた。


 工房を離れ、その日も、次の日も、自分は町外れの人のない茂みで倒れて過ごした。


 どのくらいそうしていたか。

 熱と苦しみが引き始め、思考が戻り、死にかけたと思ったものが生き延びたと分かった。ようやく体を起こし、荷袋から覗いた魔物の体を見た時、異様な赤い光が消えているのを確認する。


 それと同時に、自分の体に、気持ち悪い瘤が、沢山出てきたことも――


 瘤は、握りこぶしくらいの大きさがあり、丸く盛り上がった中心は、皮膚が角質化している。慌てて体中を見ると、胴体も手足も瘤だらけで、気がおかしくなりかけた。大雨に備えた布を荷物から引っ張り出して体を包むと、動転する気持ちを抱え、一先ず、町の中に戻ることにした。


 痛みや熱はなかった。腹が減って仕方なく、喉が渇いていた。


 町の中へ出て、食事処に入り、腰袋にあった金を使って食事と水を摂った。体は瘤があるだけで、普段と変わらない状態に戻った気がした。



 食事をした場所は、人が多く、自分の厚手の布を巻いた姿は気にされないかもと、そこを選んだ。


 すると。表が騒がしくなり、『龍』の声が聞こえた。少しして店に入った団体は、テイワグナ人ではなく、ハイザンジェルの男たちとすぐに分かった。そして一人、白い肌の女には、何と()があった。あれが龍の女か、と驚いたものの、本当に驚いたのはその続きで。


 彼らは、自分の席の近くに座り、会話の様子から、彼らこそ警護団が話した『旅する魔物退治』の一行と知った。

 その場で話しかけようとしたが、彼らは『スランダハイの工房に断られたばかり』のような内容を話しており、様子を見ることにした。


 体は言うことを聞いたので、彼らが向かった先の工房にも、後をつけ、宿に戻るまで追い続けた。


 どこで、いつ、話し出せばいいのか。自分には分からなかったが、人目がない方が良いと思った。


 機会が出来たら。妖精の倒した魔物の欠片、それを祀りものに変えたい相談。そして、自分の()()()()は、魔物の影響で生じているのかどうか。治せるのか、どうか。百戦錬磨の彼らなら答えてくれる――

 

 それで、同じ宿で機会を待つつもりだったのが、部屋に入った途端、力が抜けて熱が上がり、体が重くなった。それが、昨晩・・・・・



 なぜか今は、一度は途切れた意識が、妙にはっきりとし始めた。体の熱が、異様な恐れが、何か強い力でねじ伏せられたような。


 ――もう、死ぬのかも知れない。ふと、そう思う。死ぬ間際、鮮明になると聞いたことがある。今がそうなのではないか――



『イーアン。助かりますか』


 先ほどの声がまた聞こえた。澄んだ声で、男なのか女なのか。思い出すのは、神殿の妖精の声。


『分かりません。でも聖別しました。私の聖別で何が起こっているかまでは。しかし、おかしい。魔性ではありませんから、聖別も別の作用をしているのかしら。なぜこの、変な心配が消えないのか』


 この声も、男女の別が分かりにくい。でも、この声の主が、自分に何かを施したのかと感じる。


『動いたわ。何か喋ろうとしてる!』


 男の声で女の話し方。その声に、ハッとした自分は瞼が開いた。


「起きた!」


「大丈夫ですか」


 そこは、朝の光が入る部屋の中。自分を覗き込む三人は、一人が妖精のあの人にそっくりで、一人は刺青だらけ。そしてもう一人は『角・・・龍の女』呟いた声に、白い肌の女は微笑んだ。


「あなたを助けます。話せますか」

お読み頂き有難うございます。

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