1247. 追跡者
イーアンの空での話。今日の工房の話。ギールッフの現状の話。ドルドレンの魔物退治二話。洞窟の精霊の話。
一週間の出来事が、皆の口から飛び交って入り混じる、夕食の時間。
ミレイオは一人、暗い影の中を進んでいた。
地下の鍵を返したら、とっとと戻るつもりで、親父のいる場所を探す、サブパメントゥの移動中。広い広いサブパメントゥを歩くわけもなく『足』と呼ぶ大蛇を出して、あちこち移動すること数十分(※体感)。
「この辺か」
ここでいいわよ、と足元の大蛇を止めて、そこで降りると、親父の気配がする付近で地上に上がる。
「同じテイワグナだとは思っていたけれど、案外、遠かったわね」
どこなのかは、地名も知らないので見当も付かないが、サブパメントゥの方向で確認出来る範囲では、馬車からずっと南に来た様子。
目的の気配はするが、出てきた場所は山の中で、鬱蒼とした森があるため、ここから探すのも面倒臭いと、ミレイオは呼び出すことにした。
何度か親父の名前を呼び、地下の鍵があることを併せて伝える。何度目かで頭の中に『そこにいろ』とだけ聞こえ、ケッと吐き捨てて呼ぶのを止めた。
「いきなり返事が『そこにいろ』って。何よ、ホント。挨拶も出来ないのよね、やだやだ」
未だに謎。なんであんな親父に、シャンガマックみたいな『イイコ』がくっ付いているのやら。
分からないわ~と首を傾げ、誰もいない森で待たされているミレイオは、親父が来るまで、ブツブツ文句を言い続けた。
片や、呼び出された獅子。すぐに行く気になれず、イライラし出しても動かずにいた。
見て分かるくらい、仏頂面に変わった父の表情に(※獅子だけど)気が付いたシャンガマックは、食事中の手を止めて『もう食べない?』と訊ねた。獅子は息子の問いに、ぱかっと口を開けたので、シャンガマックは肉を食べさせる。
「どうかしたか。何か・・・急に顔つきが変わったような」
そっと尻尾を見ると、尻尾も苛ついているように箒状態(※バシバシ床掃いている)。
獅子の碧の目が息子を見て『何でもない』と答えるが、シャンガマックは自分が何かをしたのかと黙り、手に持った肉を見つめる(※肉が生だから?とか)。
「バニザット。お前じゃない。う~・・・言い難いが。仕方ない。俺はちょっとだけ出かける。用事を済ませる」
「うん。そうか。急だな。食べ終わってしまうかも知れないが、ゆっくり食べて待っているよ」
「お前だけで食べて良い。早めに戻る」
獅子はさっと立ち上がると、シャンガマックの手にある、切り取った肉の生焼け部分をぱくっと食べてから、森の中へ消えた(※父なりの配慮)。見送った騎士は、少し不安で『俺が何か・・・していなければ良いが』と困ったように呟いた。
待たされること10分。やーっと来た獅子の気配に、ミレイオは振り向いて『遅い』の第一声を放つ。早く帰りたいのに、こいつ何やってんだ、と睨むと、獅子も睨み続けている(※『俺の時間、邪魔しやがって』の意味)。
「あんたが言ったんでしょ。ほら。鍵よ」
「バニザットが食事中に呼び出すな」
「知らないわよ!私だって、食事しないで来てやったのよ!わざわざ来てやったんだから、礼ぐらい言えっ」
「喚くな!煩い奴だ」
ミレイオは、夕食も後回しに約束通り来た手前、親父のこの言い方が許せない(※だと思う)。
ギリギリ、歯を食いしばって、地下の鍵を地面に投げつけると『来るんじゃなかった!』と怒鳴って地下へ滑り込んだが――
「げっ!ちょっとぉ!何すんのよ、放しなさいっ」
なぜか襟首を噛まれて捕まったミレイオは、ビックリして怒り、放せこの野郎!と喚く。イライラが爆発しそうなヨーマイテスも、唸りながらポイと放り、『忠告してやるんだ!黙れ』と怒鳴る。
「あんたさぁ!ちょっとはまともな態度で動けないの?!」
「黙れって言ってるだろうが!忠告してやるんだ、聞けよ!」
がなり合う二人は、お互い奥歯を噛み締めて睨み合う。むかむかして仕方ないミレイオは、『さっさと言え』と返す。獅子は盛大な舌打ちをして(※舌大きいから余計盛大)不愉快さを増幅。
「本当にお前は、何がどうなるとそんなになるのか。おい、まだ黙ってろよ。すぐに終わらせてやる。
忠告だ。お前たちの馬車、洞窟地区を出たところから誰かつけていたぞ。見つけたのか」
獅子の『忠告』に、ミレイオはさっと顔を戻す。『何ですって』そんな気配はなかった。洞窟地区を出た後の晩も、翌日も・・・え、今も?ハッとして唾を飲むと、獅子は面倒そうに鬣を振る。
「夜はコルステインが来ているが、コルステインは実害がないと判断すると動かない。お前たちをなぜ、つけているのか、コルステインは気にしない。自分がいる以上、安全だからだ。
町に入ったかどうか分からんが、町に入ると面倒だぞ。相手が人間なのかどうかも」
「ちょっと待ちなさいよ、人間?人間じゃない可能性があるの?」
「俺に言えるのはここまでだ。俺は奇妙なものを感じたから、覚えていてやっただけだ。魔物じゃないが、何か変だくらいはな。やはり、お前たちは知らなかったのか。どいつも気が付かないなんて、暢気な奴らめ」
「うるさいっ!同行しないくせに、好き勝手言いやがって」
「用は済んだぞ、さっさと帰れ。帰りたいんだろ」
獅子は喧しく怒るミレイオに、めいっぱい大きな溜息を吐いてから、くるっと背中を向けて、地面に落ちている鍵をパっと銜えると『せめて、手薄は気を付けとけよ』そう言って、森の薮に飛び込んで消えた。
頭に来るわ、驚くわ。言いたい放題言われ、残されたミレイオは戦慄く拳を握り締める。
「この、非常識野郎!お前なんかに、言われたくないっ!」
最後に大声(※裏声)で怒鳴ると、ザッと影に滑り込み、荒々しくサブパメントゥを駆け抜けて帰った(←お怒り)。
「お帰り」
魔法陣に戻った獅子の、機嫌が物凄く悪そうな顔に驚きつつも、シャンガマックは挨拶をする。獅子は頷いたが答えず、息子の真横にバターっと寝そべった(※ふてる)。
「ミレイオ。来ていたのか」
心配そうに自分を覗き込んだ息子の質問に、獅子は目を丸くして『どうして知った』と訊ね返す。シャンガマックは少し微笑んで『声がしたから(※響く)』結構、聞こえたと教えた。
「ああ、もう!あいつが煩いから。内容も聞こえたのか」
「いや。内容までは。でもミレイオの声だと分かって、来ていたのかなと思った」
ふーっと息を吐き出した獅子は、大きな手で、座る息子を抱き寄せると、バフッと自分の鬣に寄りかからせた(※騎士無抵抗)。じっと見ている漆黒の瞳に、物問いたげな様子を見て唸る。
「言わなくても良い。いつもそう言っている。でも、機嫌が悪そうだから」
「お前といれば治る(※怪我のように)・・・地下の鍵をな。受け取っただけだ。イーアンが戻ったんだろ。届けに来たが、お前が食事中なのに呼び出されて、苛ついた」
シャンガマックの目が少し大きくなり、自分のために怒っていたのかと驚いた。ムスッとしている獅子を見つめ、目が合ったので、聞こうとしたら止められる。
「何も言うな。お前のせいじゃないぞ」
ちょっと笑ったシャンガマックは、ミレイオに申し訳なかったな、と心の中で謝りつつ。腕を伸ばして、獅子の首を抱き締め『そんなに思ってくれて、本当に嬉しい』有難う、とお礼を伝える。
獅子は息子をじーっと見つめ、小さく頷く。いつものように、尻尾は大きく左右に、バッタバッタ振られていたので(※喜)シャンガマックは父の機嫌が直ったと分かった。
ヨーマイテスとしては。誰かが馬車を追っていたことまで、息子に話したくなかったので、聞こえなかったことに安心し、そのまま、この話を終える。
そんなことを聞かれたら、息子は必ず『行かなきゃ』と言い始めると分かっている。やっと二人なんだから、そんな小さいことで煩わされるのは嫌だった(※父は独り占めが好き)。
それに、人間と断定できないにしても、『人間の枠を超えない』相手に、馬車の連中がやられるわけもない。面倒ごとになる前に教えてやっただけ――
「風呂。入るか」
「そうだね」
気持ちの落ち着いた獅子は、食事の終わった息子を風呂に入れるため、背中に乗せて、足取りも軽く温泉へ向かった(※いつも『二人』が良い)。
*****
一方、ミレイオ。むしゃくしゃしながら、一度サブパメントゥの自宅へ戻り、わぁわぁ言いながら、宝のある寝室へ入り、そこでちょっと鎮まる(※宝効果)。
「すぐに戻らなきゃいけないの、分かってるけど。このまま戻ったら、私、八つ当たりしそうだわ」
積み上げたお宝を触って、煮えくり返った腸を落ち着かせ(※効果絶大)、大きく深呼吸。そしてちょっと冷静になる。
「考えてみたら。もう、イーアンも戻っているし。タンクラッドもイーアンがいれば、気配に過敏だから・・・何よ、嫌な焦らせ方してさ。コルステインだって、この時間ならいるじゃないのよ。
夜なんだから、そんなに焦らなくたって良かったんだわ!く~~・・・むっかつく~ 私ったら、こんな年でもまだ、苦手意識があるのねっ」
ミレイオの馬鹿、と自分を叱咤し(※お疲れ)ムカつく親父のことを頭から振り払う。
「ああ、疲れたわ。宿に帰って風呂入るか。とりあえず、何時か分からないし。まぁ、ドルドレンたちに知らせといた方が良いもんね」
うんうん、頷きつつ。なぜ自分が全く気が付かなったのか、ミレイオは少しそこに引っかかるものの、とりあえず自宅を出て、地上へ向かった。
*****
ミレイオが、宿に戻る直前の事。
ドルドレンたちの宿の一室で、暗い部屋の中、自分の腕を見つめる男がいた。その腕には奇妙は膨らみがいくつも出来、膨らみの中はぼんやりと赤黒く光る。
「助けてくれ」
男の声は、狭い部屋に二重に響く。
「どうすれば良いんだ」
呟く声は、一人分の声のはずなのに、別の声が重なり、その音に苦しむ男は黙った。男の体は厚い布に包まれたまま、その布の下で、所々が暗い赤に点々と光る。
男は立ち上がり、体の熱にうなされるように、窓の外へ出る。二階の窓は男を支える場所もないのに、男はそのまま空気を踏み、よろよろと宙を歩き、倒れるように裏庭に落ちた。
ミレイオが戻ったのは、そのちょっと前。
宿の影から上がり、宿屋に入って部屋の鍵を受け取ったのと同時くらいに、裏庭に――
「触ってはダメだ」
二重の声が、誰かへの最後の伝言のように、小さく夜闇に一瞬浮かび、その後、消えた。
お読み頂き有難うございます。




