1246. 午後の工房巡りで
防具工房へ向かう間で駐在所へ寄り、午後は、もう一人の駐在団員に付き添ってもらい、彼に案内されて、防具工房ばかりの区に到着。
通りの片方が全部、防具工房。向かいの通りは、防具に使う布物や仕立て屋、運送会社や、運搬用の木箱売り場があった。
進む馬車の後ろから、通りを眺める荷台の皆は、徹底しているふうにも見える、この『防具通り』に驚く。
剣工房や斧の工房は、近い場所に点々と距離を置かずにあったけれど、一つの通りを占めている感じではなかった。
寝台馬車の御者は、タンクラッド。寝台馬車には、騎士が3人。荷馬車の荷台は4人だが、いっぱいいっぱいに見える。
イーアンとオーリン、ミレイオ。そこにガーレニー・・・『あいつデカいから(※自分もだけど)』いやに狭く見えるな、と呟く親方。
小さめサイズがイーアンだけ。ミレイオは細身。オーリンもそこそこしっかりした体つきだが、タンクラッドやドルドレンに比べると、そう厚みはない。が、あの鎖帷子職人は。
「あの中にいるからか。ガーレニーは分厚いよな」
ぼそっと落とす親方は、他の3人が引き立てになっているのかと思うような、ガーレニーの肩や胸の厚さ、広い肩幅などに眉を寄せている。何となし。自分と良い勝負のような(※勝手に敵)。
行き先が鎖帷子と盾の工房のため、ミレイオとガーレニーが動く午後。
午前、敗退続きの親方は、良いところを見せることなく、一日目の点数を、ガーレニーに奪われそうな気がしている(※小さいことにこだわる)。
まさか、弓工房でフォラヴがあんな行動を取るとは思わなかったし、意外にも、フォラヴだけで明日の約束まで行き着いてしまった上、オーリンも加わって、前向きな契約間近『弓』。
「弓に負けて(※負けてない)。ここで鎖帷子に負けたら(※負けてない×2)。俺の立場がない(※あるはず)」
親方は変な所で気にし出して、顔つきもホーミットにちょっと似た、大柄な鎖帷子職人の登場にやきもきしていた。
「着いたぞ。ミレイオ、ガーレニー。イーアンは馬車で、ちょっと待っていなさい」
荷馬車が停まり、御者のドルドレンが後ろに声を掛ける。手綱を置いて、荷台へ回り『イーアンは目立たない場所に』と伝え了解した奥さんの側に、ザッカリアを用意。
「イーアンが一人だと暇だから」
「いいよ。俺、尻尾で遊ぶ」
「尻尾、見えないようにしなさい。見えたらここでは『袋のネズミ』である」
ドルドレンは奥さんとザッカリアに、尻尾も良いけど気を付けてと注意し、タンクラッドに向き、同行を訊ねる。
「行くか?」
「うーん。俺はいい」
「そうか。では、馬車を見ていてくれ。日中で暑い。荷台に入っていても」
親方があまり乗り気ではなさそうなので、何となく察したドルドレンは、彼に馬車番をお願いし、職人2人とロゼール、警護団員と一緒に工房へ入った。
荷台の戸を閉めるわけにいかない暑さなので、馬車の扉は片方が半開きで、片方は全開。
ザッカリアは、フカフカ尻尾を首に巻いてもらって、イーアンに『暑くない?』と心配されているが、彼は『ひんやりしている(※鱗ある)』らしく、放さなかった。
オーリンは、ドルドレンたち用に受け取って来た『イェライドの道具』を分配し、調合中。
この作業はイーアンも手伝うはずだったが、『私も知っておきたい』と、立候補したフォラヴが、手伝うことになり、二人は寝台馬車の荷台で作業している。
親方は、荷馬車の荷台に移動して、日陰で休む。
ザッカリアがイーアン尻尾を楽しんでいるのを見て、自分もショショウィをどこかで呼ばないとなと(※お昼だから)考えていた。
と思っていたら――
ロゼールが小走りで戻って来て、荷台に乗り込み、盾を持ってまた戻った。その素早い動きに無駄はなく、イーアンとザッカリア、親方は、彼が来たのを見て、出て行ったのを見送り『今のは』と笑った。
そしてここから10分後。どういうわけか、ミレイオとロゼールが一緒に先に戻る。
話を聞くと『明日また来るのよ』と、親方がぴくっと反応する答え。ロゼールの盾を見せて、ウンタラカンタラ。
「ちょっと待て、ミレイオ。お前はガーレニーたちと」
「やぁね。私は盾だもの。別行動よ。私とロゼールと、警護団の駐在団員の人」
何だと?寄っかかっていた背中を起こし、親方が『盾の資料はなかっただろ』と訊ねる。ミレイオは肩をすくめて『この子、カバンにいつも入れてるのよ。それで説明出来たわ』だそうで、ロゼールも笑顔で頷く。
「話を聞いてもらえた、ってことか?明日も?」
「そうね。ドルドレンが別の工房だから、詳しいことは私、分からないじゃないのよ。だから続きは、明日にしたの」
親方は無表情だったが、内心穏やかではなかった。
イーアンとザッカリアは拍手して無邪気に喜び、それに気を良くしたミレイオは『職人。堅物のおっさんだけど、昔気質でさ』と、彼が国のために立ち上がってくれそうな様子を話していた。
「ミレイオの見た感じもあるんですよ。こんなに派手だけど、大真面目じゃないですか。だから職人さんも、自分も頑張らないとって」
「あんたって、可愛い顔して、おっかないこと平気で言うわよね」
ちょっと、素に戻った感じのミレイオの遮りに、ロゼールはエヘッと笑って『タンクラッドさんにも、怖いもの知らずと褒められた』と喜んでいた(※気にしない)。
イーアンとザッカリアは笑うに笑えず、ロゼールの歯に布着せぬダイナミックな発言に頷くだけに留める。
そうこうしていると、表から声がして、立ったまま外にいたミレイオが、さっと前を見る。親方、嫌な予感。
「あ。終わった?早かったわね!」
「ミレイオたちも終わっていたか。よし、では次へ行こう」
すぐにドルドレンが来て『次へ行くよ』と荷台に教える。この鎖帷子の工房は、協力的だったことを聞いた皆は、ミレイオたちの話に続き、一安心する。
「契約の話が出るまで行きました?」
ロゼールの質問に、総長は首を振って『とりあえず、工房でどんなものか、試してからの返事』と話す。
ガーレニーが今、加工の仕方を伝えて、端材を何種類か渡しているようで、熱の入り方や加工状態を見てから、やるかやらないかの話に進むようだった。
「それじゃ。次はいつなんだ。そいつらが確認してからだろ?」
親方はいつまで期間を持つのかを訊ねると、ドルドレンはニコッと笑って『今日、これかららしい』嬉しそうに頷いた。
「だから、明日また来る。弓工房も行くし、ここも来るから」
「私の方も。あんたがいなかったから、話が進まないの。明日来るって伝えておいたわ」
「そうか!ミレイオも。有難う、良かった。では明日は盾もだな」
話していると、ガーレニーも戻る。表情の大変少ない人だが、心なしか嬉しそうに感じる気配は漂っていた(※感じる人にしか分からない微弱な気配)。
お昼下がりに回ってすぐ、2軒も成果が出たので、ドルドレンたちは午前の苦労が報われたと、笑顔で次へ移動。とはいえ、ここは通りに工房が並んでいるため、ちょっと進んでは紹介し、それを繰り返した。
この午後。親方が、げんなりするくらい、防具職人の成績は良かった(※人は人、自分は自分って思っているけど凹んだ)。
工房に入り、話を聞いてもらえそうな職人に、生産状況や魔物用の対策を尋ねるところは、警護団の仕事。
団体で入ってくる来客に、訝しい目を向けるのはどこも同じでも、『ハイザンジェルに移住した、テイワグナ人の作品・鎖帷子』と、それを紹介する、わざわざギールッフから訪れた職人の話は、ここでは共感してもらえた。
剣工房と異なった点は、彼らが攻撃の品物を作ることに対し、防具は身を守るための品物を作るので、『まずは命を守りたい』とした意識が、スランダハイの防具職人には強かった。
応じることに、戸惑った工房も勿論あったが、そうした工房でも『出来ることはしてやりたい』と話していた。
それはこの前、井戸で魔物に、呆気なく殺された女性たちの身に、少しでも防具があったら、と思う願いからだった。
「逃げる間。体を守れる防具が必要です。戦えなくても、逃げれば助かるかも知れない」
相手が魔物だと、どうすれば良いのか分からないが、倒した魔物を使って、もっと強い防具が出来るなら、やっても良い・・・そう、頷いてくれた工房は多かった。
4時近くまで動いて、午後の成果は、盾の工房3軒と、鎖帷子工房4軒が『明日また来て』との姿勢を、見せてくれるところまで漕ぎ付けた。
「良かったですね~。駐在所でうちのもう一人に、午前の話を聞いた時は、老舗が多くて頑なだからと、心配だったんですよ」
付き添ってくれた警護団員が、馬車に乗り込んだ皆を見てから、御者台に座った総長を労う。総長は、彼にお礼を言い『俺もどうなるかと思った』と疲れた笑顔を見せた。
「午後は防具工房のこの一帯。反応は様々ですが、悪い反応ではなかった気がします。明日も話をしますが、他の通りにある防具工房も行きますか?」
他の通りは、組合に入っていても『組んでいない』という話。ドルドレンは馬車を出してから、駐在団員に、そこはどんな様子なのかと質問した。
「はい。地図で最初に見て頂いたように、この町の奥なんですね。仕事を回し合う『分配・分担の組合制度』と関係なく、やっている工房ばかりあります」
町に籍がある以上は、組合のお金は払っていても、仕事内容は個人向けらしく、ドルドレンは興味を引かれた。
「もっと。その、断られる可能性が高い気もするが」
「だけど、人目を気にして作らない人たちだから、こだわりは強いだろうにしても、自由な製作に対しては、聞く耳を持ってくれるかも知れません」
と、私は思う・・・駐在団員は、バイラを見てちょっと笑うと『行くだけ行ってみても』と促した。
「そうか。では、明日の用が済んだら、行ってみよう」
「はい。ご一緒しますよ。あの、町長のことですが、多分、明後日には戻ると思います」
駐在団員は、初日にバイラが来た時、町役場で町長に現状を聞きたい旨も知り、町長が所用で留守であることを教えてあげていた。
ただ、近隣の村に出かけているだけだから、予定通りであれば数日で戻る。
特に知らせもないので、恐らく、明後日には戻ると思われることを、騎士修道会総長にも話し、総長が了解したので『町役場には、警護団から面会を伝えておく』と約束してくれた。
旅の馬車は、夕方の帰り道を進む。寝台馬車の御者台で、親方はつくづく・・・『ショショウィと遊んでりゃ良かった』と思った(※分がワルイ)。
打ちのめされた親方が『帰ったら即行、ショショウィだな!(※癒し)』と、胸に決めている時。
その横に座るミレイオは、別のことを考えていた。
今日。ミレイオは行く先々の工房で、『数日前くらいだと思うけれど、変な材質の物、持ち込んだ人いない?』の質問をしていた。答えは『知らない』のみ。
隠している様子もなく、何のことかといった反応だったので、ミレイオもそれ以上、訊ねはしなかった。
――あの。妖精が倒しそびれた、魔物の欠片――
どこなのかしら・・・気にはなっていても、そればかり追うわけにも行かなかったので、仲間内でも今日、この話は出さなかった。
ちらと見てみれば、横のタンクラッドはいつにも増して、機嫌が悪そうな顔をしているし、話しても進展がない以上は、会話にならない気もして、黙るミレイオ。
ハディファ・イスカン神殿から、この町へ向かった、あの地域の住民たちの安否も気になる。
もう、この辺りは魔物が結構出ているようだし、もしかすれば、辿り着いていない可能性もある。どうか、無事でね、と思うしか出来ないが、とにかく早く答えは知りたかった。
荷馬車の荷台は、ガーレニーとイーアンと、ザッカリア。ザッカリアは、ガーレニーに『バーウィーが会いたがっていた』話を聞いて、とても切なそうに、自分の気持ちを一生懸命、話している。
イーアンはミレイオと目が合って、ニコッと微笑むと、腰袋から黒い鍵を少し出して見せ、頷いたので、ミレイオも微笑んで頷き返した。
そう―― 地下の鍵も、親父に渡さないといけない。イーアンに話したらすぐ『分かりました』と言ってくれたので、あとで受け取って・・・あいつの側に行くのかと思うと気が重いが、今夜は親父を辿って移動する予定。
寝台馬車の荷台では、オーリンがフォラヴを相手に説明が続いていて、フォラヴは学ぶことを楽しむので、丁寧に質問し、丁寧に教わる良い受講生として、オーリンを喜ばせていた。
皆が宿に着く頃には、夕日も空を染め上げる時間で、駐在団員にお礼を言い、旅の一行は宿へ戻る。
彼らが宿へ入ってから、少し遅く―― カウンターで宿泊手続する、一人の男がいた。
部屋の鍵をもらい、男は無言で部屋へ上がる。彼の相手をしていた宿の女性は、後ろで様子を見ていた同僚に『あの人、暑くないのかしら?』と小さい声で茶化した。
「あんなに分厚いもの羽織って。汗臭くなかった?」
笑う同僚に『臭いはしなかった』と笑って答えた女性は、もう一度、先ほどの男の名前を書いた台帳に、視線を落として、首を傾げる。
「この辺の名前じゃないわよね。ヨライデの人でもなさそうだし」
宿の従業員の女性たちは、少しの間、厚着の客の話をしながら仕事に戻った。
お読み頂き有難うございます。




