1245. 昼の会話 ~ロゼール遺跡情報・消極的理由の推察
昼も過ぎていた時間だったので、旅の仲間は昼食を摂る。バイラは一緒で、付き添いの駐在団員は、交代に戻った。
久しぶりの大人数。ドルドレンたち騎士が4人、職人は合計で5人、そして警護団のバイラで、10名様。
席のありそうな、大きい食事処へ入った。
馬車から下りてイーアン付きだと、色んな所で騒がれる。イーアンは、歓迎されている分には有難いと思うことにし、多少、大袈裟な騒がれ方(※拝まれる)でもお礼を言って受け入れた。
食事処も大賑わい。それが良いのか悪いのか。従業員には悪かった、と思うイーアン(※若い頃のウェイトレス経験⇒多忙で失態⇒クビ)。慌ただしい昼時、さらに客入りが増えて、お店は大変そうだった。
「あんたたちの顔で落ち着かない食事は、毎度のことだけど。今回は顔の良い男共も後回しで、この子の角ね」
笑うミレイオが、運ばれてきた食事を取り分けて皿に乗せ、イーアンに渡す。
「私までお世話かけます。私、美貌でもないのに。角生えてるだけで」
やや、自虐が入った寂しそうな言葉に、ハッとしたミレイオは、顔のこと言っちゃった!と気づき、ぶんぶん首を振って『そうじゃないのよ!』と慌てる。
ドルドレンやタンクラッドも『イーアンはもとから綺麗である』とか『お前が綺麗だって何度も言ってる』と励ます。フォラヴも丁寧に褒め称え(※長い)ザッカリアもちゃんと『イーアンの顔好きだよ(?)』と伝えてあげた。
ガーレニーも言いたいことがあったが、何となく止めておく方が良さそうで黙っていた。そんなガーレニーの横で、オーリンは彼の分かりにくい一挙一動の微動が面白く、じっと観察していた。
ロゼールは食事をしながら、皆に励まされるイーアンを見つめて『俺も』と言いかけたが、さっと皆の視線を受けて黙った(※ロゼール注意報)。
「何ですか。俺だってちゃんと、イーアンは良い顔してると思いますよ。美貌とかじゃなくて」
「お前!」
ドルドレンがすぐに遮って、ハッとイーアンを見ると、奥さんは弱々しく頷いていた。キッと、灰色の瞳に睨まれたロゼールは驚き『最後まで言わせて下さいよ』なんて、恐ろしい要望を出す。
「タンクラッド。耳打ちで聞いてくれ」
ドルドレンは発言を未然に防ぐため、ロゼールの横の親方に頼み、親方は困ったように笑いながら、ロゼールに言いたいことを聞く。そして、目を丸くした。
「どこで」
「ハイザンジェルですよ。でも、執務室の地図で確認したら、昔はアイエラダハッドだったみたいです」
何の話かと、急な親方の驚きに皆も注目する。親方はロゼールを見つめてから、皆を見て、イーアンと目が合う。若干、寂し気な女龍を見て、少し笑ったが『遺跡だ』と教えると、女龍も目が大きくなった。
「ロゼールは、『イーアンの顔が崇高だ』と言いたかったんだ。美貌云々ではなく、気高い存在の顔と。
それは、彼がお皿ちゃんで動いた先に見つけた遺跡に、イーアンとそっくりな彫刻を見たからだと」
「そうです。グジュラ防具工房に出かけた日。夏の間しか行けないと思って、もっと北へ向かいました。そうしたら、森の中に建物が見えて。山脈の始まりですから、その一部みたいな場所でした」
時間があったから出かけた先で、ロゼールは古い建造物に出会い、翼のない龍の姿と、向かい合うように彫られた女性の顔は、イーアンそのものだったらしかった。
「道ですか?分からないです。昔はあったかも知れないけれど、山脈の始まっている地域だし、近くに人家もない場所だし。今は道もない気がしますよ」
イーアンは、神殿にも描かれるような顔つきなんですよ、とロゼールは朗らかな笑顔で言い放ち、女龍は、うん、と頷いた(※遺跡向きの顔の自覚はある)。
「神殿だと思います。祭壇もあったし、壊れているけれど、彫刻も立派だったんだろうなと、分かる細かさで。奥までは入りませんでした。後で、地図に印をつけておきますよ」
ロゼールの、遺跡の話を聞いた後。一度途切れた会話は、別の話題で始まる。
「不思議なもんだよな。洞窟地区の精霊に肖っている町だろ?それでこれか、と思うと」
肉を切りながら、タンクラッドは気になっていたことを呟く。この呟きは、洞窟地区へ行った皆が少なからず感じていたので、頷いた。彼らの話が分からないイーアンとオーリン、ガーレニーは聞きに回る。
「洞窟地区の精霊は、ここの話をしていましたか?」
バイラが徐に訊ねて、タンクラッドは首を横に振る。『俺が話していた内容は関係ないことだった』そう言うと、ミレイオもドルドレンも、フォラヴもバイラもロゼールも、お互いを見て『ここの話はしていない』そのことに今、気が付く。
「私は、この町の名前を出したんです。でも精霊の返事はあっさり終わりました」
皆が確認した後で、バイラは自分だけが『スランダハイの町』の名前を出したと分かり、それを教えると、タンクラッドは『何て言っていた』と内容を知りたがった。
「はい。この剣。精霊が与えてくれた剣を受け取る前です。
精霊は、私の持っていた剣を『剣の本場じゃない』と見下しました。
私はこの剣が、ニアメガボの町で作られたことで、そう言われたのかと思い、『スランダハイの町だったら良かったのか』と訊き返したんです。
彼は『スランダハイなら、マシと言うだけ』と詰りました。しかし、その続きの正解は言いませんでした」
「高飛車なジジイだな」
親方の発言にびっくりしたバイラは『そんなこと思っていません』と、眉寄せて不機嫌そうな親方に、自分は大丈夫ですと伝え、それから自分が言いたかったことを繋げる。
「この町は、洞窟地区の管理もしているし、肖ってもいるでしょうが、精霊はそう感じている様子はありません。もしかすると、彼ら精霊が関わった時期は、ずっと昔なのかもしれないですね」
バイラが思うに、今のスランダハイは、ずっと平和な時代を過ごしているから、代替わりもあって、昔の気概がないかもと。
「それは思うわよ。あのおじいちゃんたち、すごい逞しかったでしょ?強そうだし、武器も防具も種類豊富で、質も最高だったじゃない。
最初のおじいちゃん何て、鎧の下に鎖帷子付けてさ、斧も戦斧でしょ。いつでも戦えるみたいな恰好だったのよ」
ミレイオも意外に思ったという部分が、午前に回った剣工房の剣は『普通よね』としたところ。
「ムバナの町で見た剣。あれも金属は良かったが、形も一辺倒だったな」
普通の剣に、普通の人たちの感じに見えて、壁に精霊を模した人形があったり、洞窟群を思わせるような、柄の細工などはあったが、剣の質を高めようとする雰囲気は感じられなかった。
「洞窟の精霊も、特にこの町の話し出さなかったわけだし、頼って知恵をもらってまで、腕を磨こうとする、向上心のある感じじゃ・・・ないのかもね」
「やり続けている作業に伝統や誇りが感じられるだけで、満足なのかもな。
でもその剣で、魔物が切れなかったら、本当にどうする気なんだろうな。ガーレニーも言ったが、鉱石一つ、採りに行けなくなるのは、時間の問題なのに」
タンクラッドは、分からなさそうに小さな溜息をつくと、別の皿を引き寄せて、野菜料理を食べる。
スランダハイに、剣工房はまだまだあるが、最初の反応は決して望ましいものではなかったことで、タンクラッドとしては、やる気が失せる。
営業回りは性に合わない。そんなの重々承知の上だとしても、町にいる間に、これを何軒繰り返すのかと思うと、嫌になった(※人には言うけど自分イヤ)。
ミレイオもタンクラッドの表情を見つめ、その気持ちはよく理解出来るので、何も言わずにおいた。
ガーレニーは彼らの様子に、分かっていた事とはいえ、少し気の毒な印象もある。外国人だから、余計に相手にされない。だから自分が来たのだが、どこまで役に立てるか、それは推測出来なかった。
賑わう店内の騒々しさと反対に、一行の食卓はまた少し、沈黙が流れ、ガーレニーは話を変えた。
「イーアン。さっき。工房で彼らに、何を話したのか。その姿は彼らが尊ぶ」
話を切り出したガーレニーは、自分が彼女を紹介しなかった理由を、伝えておくべきだったか、と思ったらしい。オーリンも同じで、残ったイーアンに『あれ?』とは思った。皆も、イーアンが少しだけ残った、工房の職人たちとの会話を知りたがった。
「ガーレニーが、話すだけ話して下さった後。彼らは動けませんでした」
その質問に、食べていたイーアンは水を飲んで、ごくっと飲み干すと答える。
「もしかすると、彼らも越えるべき線を跨ぎたかったのか、と思って」
――『越えるべき線』。こちらに説明された内容に理解は示すものの、すぐに頷くほど信じる必要があるのか。それに値するのか。
『魔物』の怖れに、びくびくしながら生活する日々。立ち向かえる提案を受け、受け入れる時かと感じても、おいそれと手を出すわけにいかない誇りが、決断を阻む人達。
本当は『受け入れようと思えていた』のかもしれない、とイーアンは補足した。ガーレニーは無表情に、少しだけ首を傾げる。
「違うかも知れない」
「そうですね。でも、私が言っておきたかったことは伝えました。『騎士修道会は、どこの馬の骨とも分からない、ただの女の言葉を信じてくれた。魔物に倒すために』と」
ドルドレンがイーアンを見て、目が合う。鳶色の瞳がニコッと笑って『あなたが、一番最初に信じて下さった』と頷く。嬉しいドルドレン。うん、と笑顔で頷く。
「それを言ったのか。じゃ、イーアンが作り手であることも」
「話しました。かなり端折りましたが・・・自分が人間だったことも、放浪者の状態だったことも(※直後発見されてるけど)。助けてくれた騎士修道会が悩む、魔物をどうにか使えないかと考えたことも」
「イーアンが頑張ってくれたのだ」
「ドルドレンが支えてくれたのです」
何やら気分がホワホワしているらしい二人が、ニコニコ見つめ合い始めたので、親方が咳払いし止める。こっちを見た二人に『ガーレニーの質問への問いは』と確認(※邪魔する)。
イーアンが一人で何を話そうとしたのか、タンクラッドには大体分かっていたが、今のイーアンの返答では、皆には全て伝わらないだろうとも思う。説明が足りないと感じるので、促す親方。
「お前の姿を見たら、協力する形になる・・・とは思っていなかった。そういう意味か」
「何となく、意地悪な言い方ですよ、タンクラッド。
私だってそれは懸念でしたが、私が伝えたかったのは、目的のために何を選ぶかを、最初に行動に移してくれた『騎士修道会』のことでした」
あなたですよ、と笑顔を向けるイーアンに、黒髪の騎士も嬉しくて頷く。ミレイオが笑って、二人に『後でね』と止めると、ムスッとしているタンクラッドの代わりに続けた。
「大丈夫なの?そうは言うけど、結局、『龍がいるなら手伝う』って、動きになりそうじゃないの。それじゃ、困ると思うわよ」
「私は、彼らがそこまで簡単ではない気がするのです。彼らは誇りがあります。
ギールッフの職人と、ハイザンジェルの訪問者のいる前で、あれだけの話をされた後。『龍の女がいると分かれば協力』・・・とはならない気がして」
「だから、話をしても大丈夫と思ったのね?」
はい、と答えたイーアンは『ガーレニーの話が終わったから、話そうと思った』ことを添える。
「宿の場所は教えていません。でも、気が変わったら訪れるかも。
その時、彼らは恥をかくのを覚悟で来るはずです。私の存在を知った後、協力する決定を出すとなれば、こちらにどう思われるか。
誇り高い人たちが、それを気にしないわけないです。それでも来てくれるなら、もう一度、話をしても良い、と思うのです」
皆は、イーアンらしいなと思うところ。そうなのね、そうだったのか、と納得した様子で、昼食を終える。
一行は、イーアンも人気モノ対象(※珍獣)イケメンも人気モノ対象で(※正当)、混雑する店に煩わされつつ、お代を支払って、ベタベタ触られて(※主にイーアン)やっとのことで店を出た。
『やっぱり、もっとこじんまりした店に』夕食の選択肢を、真剣に話しながら馬車に乗り込み、一行は次の工房へ出発した。
あまりにも人が多かった店―― 彼らを、店に入るところから出るところまで、ずっと見ている一人に、気が付くこともないまま。
お読み頂き有難うございます。
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