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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新たな脅威の調べ
1244/2965

1244. ガーレニーの説得

 

 飛ばして平気、と言われた二頭の龍は速かった。空の直線距離を駆け抜けて、11時過ぎにはスランダハイに着いた。馬車を見つけ、上空から降りることにする。


「最初はオーリンね。それからガーレニーです」



 ガーレニーをミンティンに預け、イーアンは翼を出してオーリンを先に運ぶ。ガルホブラフの背から持ち上げると、オーリンは『戻ってて』と友達に言い、龍はすんなりそのまま空へ上がった。


 二人は停車している馬車に降りて、オーリンは工房の前に立つ。イーアンは戻り、青い龍の背中にいるガーレニーに『信じて下さって大丈夫です』と微笑む。


「信じているが、俺はオーリンより重い」


「だから、大丈夫と」


 気にする職人を見ずに、イーアンは彼の後ろに回って胴体に腕を回し、オーリンと同じように持ち上げる。


「ミンティン。有難うございました。戻って下さい」


 青い龍はじーっと女龍を見てから、自分の腹に(くく)り付けられた木箱を見て『これは良いのか』と目が厳しい。ハッとしたイーアンは『そうでした。それ大事』と頷き、待っていてとお願いしてから、ガーレニーを地上へ運ぶ。



「重くないんだな」


「はい。親方・・・あの、タンクラッドくらいでも大丈夫です。力ではありません。別の働きによります」


「有難う」


 こちらこそ、と会釈し、工房の中に入ったオーリンの背中が見える戸口を見たイーアンは、職人に『ここは剣ですが、見て来てもらえますか』とお願いした。ガーレニーは了解し、すぐに中へ向かった。


 イーアンは人の目が気になり始めたが、青い龍を放っておけないので、すぐに浮上して荷物を解き、龍を帰して、丸める暇なく垂らした綱と木箱を抱えて、工房へ降りた。



 壁の内側に降りたものの、外にいた人々の反応が高まっているので、イーアンはそそくさ走って工房の戸口へ入り込んだ。

 戸口の一番殿(しんがり)は、オーリン。オーリンはイーアンを見て『あ、悪いな』と、木箱を引き取る。


「ガーレニーは」


「すぐに話し合いに参加だ。ここは()だから、タンクラッドが話していたんだ。総長と、バイラたちと。でも苦戦中でさ。見てみな」


 オーリンがイーアンの背中を押して、前に立つ騎士たちの隙間から、工房の中の話し声の中心を見せた。

 ガーレニーは、突然来た印象で、相手に不審に思われているように見えるが、横に立つ伴侶と親方、警護団の二人が黙っているので、剣工房の職人がガーレニーの話を聞いていると分かる。


「どうでしょうね、上手く行くかしら」


「物は試しだ。上手く行けば良いな」


 イーアンはまだ出るなよ、と小さい声で茶化すように言われて、フフッと笑うイーアンも了解する。姿を見られると、きっと話が違う方に流れる。


『龍の女がいる』ことで、持ちかけられた内容に、積極的に心が動くのであれば、それもまた良いだろうけれど。

 イーアンは『(そこ)』で押したくはなかった。時間がなくて大急ぎとか、そんな事態なら『龍の女付き~』紹介もするかも知れない。でも、それは職人が受け入れる内容とは違う。


 彼らの意思が、制作物の内容を認めた上で、やる気に繋がってくれることが一番だと思う。ギールッフはそうだった。最初にイーアンは行かなかったのだ。

 ギールッフに限らず、タンクラッドとミレイオが、常に製造する様子を見せてくれたから、職人は関心を寄せてくれた。


 イーアンはもう、自分がすぐに動ける見た目ではない以上、口添えしたくても見ているしか出来ない立場だが、これもこれで()()なのだと考える。そんな気持ちで、ガーレニーの様子を眺めていた。



「あ。バイラが」


「うん!そうですよ、彼はサンジェイさんの鎖帷子(くさりかたびら)を」


 場の動きが変わり、オーリンとイーアンは緊張する。

 今日、バイラは警護団の服装だったが、ロゼールから受け取った『魔物製鎖帷子』を持っていて、それを剣の並ぶ机に出した。


 鎖帷子は防具だからと、ここでは出さなかったバイラだったが、ガーレニーの応援になるかと思っての行動。

 その登場にガーレニーの目の色が変わり、剣と鎖帷子を見て、ロゼールが渡した資料を広げ、異様に熱が入った状態で話し始めた。


「ガーレニーの()()だから。生き生きしている」


 ちょっと笑うオーリンに、イーアンも嬉しそうに頷く。

 ガーレニーは防具だが、剣を作る工房で『ハイザンジェルで作られた、魔物製の鎖帷子は、テイワグナ人の作品』そのことに感銘を受けた思いを伝えて、魔物を倒した後に使ってやろうと思わないか、と問いかける。



 途中参加のイーアンたちは、どんな話の状況なのかを知らないが、スランダハイも既に魔物の被害はあったことを、職人たちの会話から知った。


 犠牲者が出ていて、つい最近は、井戸から上がった魔物に何人かの女性が命を奪われ、倒しにかかった男性の数十名が負傷した。魔物は井戸へ逃げ、その井戸は封鎖されたばかり。


 その前にも何度かに渡り、通りがかりを襲うように魔物が来て、スランダハイに来る業者の死傷者があったという。町の中に出たのは、最近が初めてのようで、彼らは緊迫してたし、解決策は町で進めている。



「戦える者がスランダハイ(この町)に少ない。業者はここの武器も防具も購入して、護衛や警護団の装備に回す。

 今、受注している分があるのに、それを後回しに、別の素材を使う・・・それも使ったことのない『魔物』で作る試みなんて、すぐに実用する人間が少ない、スランダハイで取り組むのは」


「これだけの工房が揃っていて、そんなことで尻込みするのか」


 工房の職人たちが、話を終わらせようとする雰囲気に、ガーレニーは『聞く耳を持ったなら、動いてみることも出来る』と詰めたが、生産の流れを崩したくないことを理由にする彼らに、少しきつく追う。

スランダハイの職人も言い返す。そこまで言われて、黙りはしない。


「ギールッフと違うぞ。そっちは()()()の町だから、何でも目新しいものは手を付けるだろうが」


()()()()ものに手を付けたくて、魔物製品を受け入れたわけじゃない。

 聞きたいことがある。剣の材料、防具の材料は、いつまで持つんだ。それが切れたら、誰が採石に行くつもりだ。町の外から始まって、魔物は町の中にも現れた。出現の速度を増しているのに」


 この言葉は嫌だったようで、工房の職人たちは一瞬、返す言葉を探した。

 事実、出くわす相手が『魔物』となると、採石に行くだけでも命懸けで、採石の業者は、今月で移動する予定も聞いていた。


「そんなことを考えている暇なんかない。作らないといけないんだ。今、あんた方と話しているだけでも、時間が勿体ないよ」


 職人たちは振り払うように、取り付く島もない態度に変わる。これ以上は、話も無駄と言い切った。その姿勢に、ガーレニーの目が少し怒りを含んだ。


「生産地らしい言葉だ。()()()()()()()()()の領域を出ない。素晴らしい製品だし、それを作ることが必要なのは分かるが、死体の山を見たくなかったら」


「見たいと思っているのか!」


 ガーレニーの言葉を、言い過ぎと判断した職人が、怒鳴って遮る。場が凍り付くように緊張し、旅の一行もここから()()()()と、見守る。

 怒って声を上げた職人に、背の高いガーレニーは見下ろすように一歩近づき、静かに答えた。


「知らないだろう。ギールッフがこの前、()()()()()()()()()ことを。アギルナンの集落が()()()()ことも。俺たちは戦ったぞ。ここと同じで、戦える者が少ないギールッフで、作る俺たちが戦ったんだ」


「壊滅」


「壊滅だ。ギールッフだけで380人の死者が確認された。瓦礫が全撤去されたら、その数はもっと増えるだろう。集落は人々が倒れたまま一週間以上経った後、警護団員が片付けに出て、退団した人数は凄かったと聞いている。

 襲われたままの惨劇の様子と、放置された死体を漁る動物や虫も見ながら、死体を集めて焼却したんだ。作業した警護団員で、心に大きな傷を負った者は立ち直れなかった」


 ガーレニーの静かな声が、工房の空気を止める。

 誰にも答えることが出来ない内容に、工房の職人は顔を背けたり、落ち着かなさそうにしたり。旅の一行は思い出しながら、目を閉じてそれぞれが黙祷した。


「この前、スランダハイ(ここ)が襲われた時。女たちの亡骸を埋葬しただろう」


 一度静まり返った場に、話を続けたギールッフの職人の問いに、スランダハイの職人は頷く。


「当然だ。皆が」


「弔うことさえ出来なかった。俺たちの町は、その日。誰もが狂ったように家族を探した。

 ここに居るハイザンジェルの騎士たちと、職人のタンクラッド、ミレイオ、オーリン・・・そして大いなる力も戦ってくれたのに、それでも、弔う相手が見つからないほど、多くの死が俺たちに降りそそいだ。

 だがギールッフは今、復興に向けて、魂の雄叫びを上げている」


 ガーレニーの言葉は、落ち着いていて震えもないが、呟きのように小さく変わってゆく。


 彼の話を後ろで聞いていたイーアンは涙が浮かぶ。イーアンに気が付いていたミレイオが近くに来て、同じように目に涙を浮かべて、イーアンの肩を抱き寄せた。



「俺はテイワグナの誇り高き、武器や防具の文化を変えろとは言わない。

 だが、ある日突然訪れた、悪意の塊に、おめおめやられて、逃げ隠れするテイワグナの民でいる気もない。

 俺は戦うことを選んだ。俺たち職人が作らなくてどうするんだ。倒した相手を使って、魔物を倒すんだ。


 その方法を、わざわざ、魔物騒動が終わったばかりのハイザンジェルから、こんな遠くまで、命を掛けながら旅をして、運んでくれた彼らがいる。彼らの旅はこの先も続く。

 魔物と戦う方法を伝えるのは、彼らが負けなかったからだ。どうやっても、魔物に勝ちたかった、その想像を絶する過去があるからだ。

 ・・・・・彼らは勝った。俺たちも勝つんだ。これまでの剣や鎖帷子で苦戦する相手を、それ以上の性能で叩きのめす」


「それが。魔物の体?魔物の体で、魔物が切れるのか」


「斬り続けたぞ、彼ら騎士修道会は。一人の職人が勇敢に、誰も触れなかった魔物の死体から、その材料を集め、自分が試して見せた。それを見て、騎士たちは形勢逆転し始めたんだ」


 ガーレニーも分かっていること―― イーアンを紹介したいが、彼女の姿は信仰の対象で、この話の、魂を揺さぶる人間的な底力を違うものにしてしまうから、今ここで紹介は出来ない。



 イーアンを抱き寄せていたミレイオは、そっと女龍の顔を見て、自分を見上げた目が少し微笑んだので、微笑み返した。そして小さな声で『()()()()()()よ』と嬉しそうに呟いた。


 ロゼールだけは。言いたかった(※素)。

 イーアンを振り返り、戸口にいるのを見て、『あそこに』と言い出しかけたのを、タンクラッドの大きな手で口を塞がれて終了。

 驚いて、背後に立った剣職人を見上げると、小さく首を振って『ダメ』を示されたので黙る。


 騎士たちは成り行きを見守る。ドルドレンもフォラヴもザッカリアもロゼールも、ガーレニーの言葉に胸の奥を熱くした。



「あんたたちは、受注をこなすことで、魔物退治に関わっていると思うだろう。だが、その剣で倒せなかったら、その時はどうする気だ。今、すぐここにあるぞ。続きが。『間もなく来る未来』の焦りに、対処できる続きが、あんたたちが見ている物だ。

 立ち上がるなら、たった今だ。彼らは長居できない。一日も早く、協力的で魔物製品の取り組みに応じてくれる工房を探すため、時間を無駄にしない。

 それは、このテイワグナを『民間の力でも守れるように』と、彼らが心底願っているからだ」


 ここまで話すと、ガーレニーは黙っている職人たちを見渡し、彼らの答えがないことに頷いた。


「あんたたちの時間を、こちらが『勿体なく潰した』かどうか。()()()()()()()()()に問え」


 ギールッフの職人はそう言うと、その切り方に驚いた皆を見ずに、箱に剣を仕舞いはじめ、素晴らしい鎖帷子を手にして微笑んだ後、不安そうなバイラにそれを戻し、資料を集めてロゼールに渡した。


「ドルドレン。出よう。別の工房へ」


「いやしかし、答えを聞いていないのだ」


「同じテイワグナ人でも、命と引き換えに何を取るか。一瞬で見つける者とそうでない者がいる。

 今も魔物はどこかを襲っているだろう。時間が無いんだ、行こう」


 ガーレニーは冷たくも聞こえる言い方で、ドルドレンに教えた。


 彼が背を向けた職人たちは、上がった息に、まるで戦慄(わなな)いているようだったが、タンクラッドが見ている限りでは、『誇りを傷つけられて怒っている』のではなく・・・『怖れを想像して怯えている』ように感じた。



 ドルドレンは了解して、スランダハイの職人に『邪魔した』と一言挨拶すると、それ以上言わずに工房を出る。彼に続いて皆も外に出る。

 皆が出て行くのを、戸口に立って見ている女龍に、彼女が何をしようとしているのかを知ったタンクラッドは、ちょっと笑って自分も出て行った。


 皆が出終わった後。一人だけ、開いた扉に佇む逆光の影を見て、スランダハイの職人は目を丸くする。



 イーアンはゆっくり中に入って、短く自己紹介し、驚き慌てる彼らに伝えた。


「ガーレニーが話した、アギルナンの惨劇。あの時、皆が戦いました。彼ら職人も勿論戦いました。私も」


「龍の女が。あなたが。生きてあなたに会えるとは」


「聞いて下さい。今。私はこの姿ですが、半年前までは様々な理由により、一人の人間の女性でしかありませんでした。

 私はただの放浪者で、誰もが私を知りませんでした。ハイザンジェルの騎士修道会に保護され、私は彼らを悩ませる魔物を、使うことが出来ないだろうかと考えました」


 白い角を生やした女の話に、職人たちは、貴重な打ち明け話と気が付いてハッとする。


「私は彼らに住まいを頂き、遠征に連れて行ってもらい、倒した魔物を解体して運びました。小さな手袋から始まり、鎧の修復や、ソカと呼ばれる武器を作りました。そして見様見真似で、原始的な剣も作りました。彼ら騎士たちは、私の行為を恐れず(※恐れてたけど隠す)受け入れて下さったのです」


「あなたが・・・あなたは龍の女で」


「そうです。今は龍。でもそんなこともありました。それが半年前の話です」


 ざわめく工房の職人に、イーアンは一呼吸おいて、最後にもう一つ付け加えた。


「ハイザンジェルの騎士修道会総長ドルドレン・ダヴァートが率いる、あの旅の一行は、少しの期間、スランダハイの町にいます。宿屋に宿泊しています」


「それは」


 気が変わったら、とイーアンは小さく笑ってから、一度俯いて息を吐き出すと、職人たちを見上げて微笑む。



「どこの馬の骨かも分からない、ただの女の言葉を。彼らは信じてくれました。魔物を倒すために」


 そこまで言うと、イーアンは会釈してお別れの挨拶をし、呆然としている職人たちにニコッと笑って、その場を出て行った。

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