1243. テイワグナ職人の誇り
「総長。寂しそうだったなぁ」
「でもですよ。『あの時、動いておけば良かった』と思うの。この場合はシャレになりません」
イーアンはオーリンと一緒に、ギールッフへ向かう。
一人で飛べるけれど、スランダハイを出る時にミンティンを呼んだ。
最初に笛を吹く⇒ミンティンとガルホブラフが来る⇒見えた時点で、イーアンがオーリンを支えて、真上へ急上昇⇒あまり人に見られないうちに、空で龍に乗る。
こうして二人は、それぞれ龍に乗って、ギールッフへ飛んでいる空の道。
「笛。なくても、龍を呼べそうだな」
「呼べるかもしれません。でも笛があるんだから、使います」
すぐ脱線するオーリンに、それでね、と話を戻すイーアンは、見えてきたアギルナン地区の様子に、悲しそうな顔をする。オーリンもそれは同じで、二人は会話を少し止めて黙祷した。
「うん。それで」
「はい。ドルドレンが金属粉を使ったのは、ちゃんと何をしたいかを知っていたからですが、自分が使うにあたって、『どのくらい・どうすれば』まで理解出来ていませんでした。
かといって、急いで教えたって、タンクラッドの指摘や注意事項を、別の状況で応用したりは、出来ませんでしょう」
「まぁ、そうだよね」
「それでは困るのです。全く同じことが起こるなら、まだしも。それも困るけれど。
私もこうして、思いがけずお空に数泊することも稀ではないし、あなたも空に戻るでしょう?タンクラッドたちと別行動中・・・例えば、馬車が別で買い物とか役場とか。町に寄れば、よくある行動です。その時に」
「イーアンの心配は理解出来る。俺もそれは思う。腕が吹っ飛ぶくらいで済まない」
「そうです。知恵を使い始めると、そうした怖れも同時発生します。私はだから、知恵を広げることに慎重でありたいし、こうした展開には素早く対処して、出来る限り安全を守りたいのです」
責任を取る立場にいる・・・その言い方を聞いて、オーリンはつくづく、イーアンは龍だけど、人間育ちで良かったな、と思う。
これが他の龍族なら、放っておく気がする。『我関せず』の性格は、龍族共通に感じる。
それは、区別がはっきりしているからだろうが、イーアンがどんどん変化していく現在、彼女の精神的な感覚に、人間らしい寄り添いがあることに有難く思う。
「でも総長は悲しそうだったよ。早く戻ろう」
「そうですね。テキパキこなして、テキパキ帰ります」
フフッと笑ったイーアン。自分だって伴侶に折角会えたのに、こうしてすぐに出てきたことを、喜んでいるわけもない。
伴侶の勇敢な行動と、彼の指示を信じて動く、ロゼールの話を聞けば。その時、そこに親方がいてくれたことは、本当に感謝ばかりだった。
伴侶とロゼールは、『科学的な方法』で対応しようと試みたのだ。それは、私が教えたから。私が見せ、実際に使い、魔物を倒してきた姿を見ていたから。遠征報告でも講習でも、話したことだから。
でも、量や、使う際の物質の特徴を、彼らはまだよく知らない。
『身近な物質は退治に使える』ことを学んだ彼らに、親方が『情報』を与えたことで、彼らは目的を果たし、また無事であったけれど、その細かな『情報』が抜けていたら・・・とんでもないことが起こっていたのだ。
「こういったことは、放っておけません。私が教えたのです。私が守らなければ」
ぐっと顎を引いて、低い声で力強く自分に言うイーアンを、横から見ているオーリンは『君は頼もしい』と褒めた。
「ギールッフだ。炉場へ降りよう」
二人は、町の上まで飛び、そこから炉場を見つけて下りる。ミンティンは補助だけれど、ミンティンも一緒に。
午前の10時過ぎ。炉場は煙突から煙が出ていて、馬車が数台停まっていた。炉場の扉は開け放してあり、馬車も近い場所に停まっていることから『何か来ているのかも』と二人は話し合う。
ガルホブラフとミンティンを降りた二人は、炉場の扉から100mほどの場所で、少し待とうかどうしようか相談した。
「忙しいのかな」
「元気な人たちです。忙しいのは常日頃」
でも、行くだけ行っちゃうかと笑ったオーリンの声に、中から誰かが顔出して外を見た。イーアンとオーリンの後ろには龍。
それを見た、施設の中の人は『あ!イーアン!』すぐに名前を呼んで、すぐに駆け出した。
「ディモ!」
イーアンが手を振ると、ディモは笑顔で駆け寄って真ん前で止まり、二人の手を交互に握って挨拶する。
「よく来たな。どうしたの。皆はいるよ、会っていく?ドルドレンたちは?ミレイオは」
「私たち二人です。龍はここに居ても良いですか」
「大歓迎だよ!何なら、置いて行っても良い」
それは無理、と笑う二人はお礼を言って、心なしか不愉快そうな二頭の龍に『すぐ戻るから』と待たせると、ディモと一緒に炉場へ入った。
訪ねて来た龍族の二人に、忙しそうな炉場は一気に空気が変わり、皆は二人を歓迎してくれた。ディモは自慢のように『外に龍もいる(※自分のことみたい)』と言うと、何人かは走って見に行った。
どうしたんだ、と訊ねる笑顔の皆さんに嬉しく、イーアンとオーリンは、ガーレニーとイェライドを頼りたいことを伝える。
「何かあった?今はどこなんだ」
横に立つフィリッカが、イェライドと目を見合わせて訊ね、イェライドは『あの道具か』と察してくれたので、二人はそのことを簡潔に話し、まずはイェライドの道具の進行状況を教えてもらう。
「現在地はスランダハイ」
「スランダハイ!また、随分離れたな。そうか、あの町じゃ・・・ちょっとそっとで動かないぞ」
イーアンが町の名前を言った途端、白髪の白い髭キーガンが首を傾げて、『それはガーレニーだな』と呟く。話が早い皆さんに、イーアンは本当に助かる。
「どうする。道具のことだったら、良いところに来たぞ。今、原材料が到着した。ヒンキラから取り寄せて、ようやく今日だよ。昨日も来たけれど、今日でとりあえず最初の分だ」
イェライドは、雲の魔物相手にドルドレンが頑張った話に、とても感心し『これから材料は届くから、馬車で使う分を言ってくれたら、調整する』と協力を引き受けてくれた。
オーリンは感謝して、『話が通じればスランダハイでも買うと思う』ことは付け加えたが、すぐ『スランダハイは何日居るんだ』と訊き返され、イーアンと目を見合わせたオーリンは『多分、4~5日』と答えた。
「4~5日で、あの町の職人が、よその人間に何かしてくれる気がしないな」
「良いよ、オーリン。総長たちが実践しようと頑張ったんだろ。危なくないようにしたいのは、誰でも一緒だ。皆でテイワグナを魔物から守るんだから、持って行ってくれ」
「代金、あとからでも良いか?馬車を急いで出て来たんだ。また近いうちに届けに来る」
また来てくれるなら、それで良いよと、イェライドは笑顔で承諾してくれて、オーリンとイェライドは、早速、届いたばかりの木箱のある部屋へ入った。
イーアンは、キーガンとその他諸々の職人たちに、スランダハイの町について情報を聞く。
この間。話を聞いていたイーアンは気が付かなかったが、真横に、知らない間にガーレニーがいた(※イーアン、横見て驚く)。
「あなたはいつも、知らない間に近くにいますね。素晴らしい静寂」
「褒めているのか。分かりにくいな」
ちょっと笑ったガーレニーは、顔がホーミットに少し似ているので、いつも何となく緊張はするのだが、良い人には違いないので、イーアンもとりあえず笑っておく(※『あなたの方が分かりにくい』とは言えない)。
「売る時に交渉、といった話だったが。工房に訪問している最中か。それはイーアンたちじゃ、苦労する」
「イーアンが頼んでも、難しいかもな」
「龍の女が来たら、どこの工房も嬉しいだろうが、それとこれは別だからなぁ」
「タンクラッドもミレイオも、苦戦しているのは分かる。彼らは腕は良いが、残念なことに見て分かる外国人だ」
「私なんて、人じゃありません」
ハッハッハ、と場が笑いに包まれて、真面目な顔で、真面目な意見を言ったはずのイーアンは、そのままじーっとしていた(※どうして、と思う)。
「イーアン。イーアンは龍だから。それは一緒にするな。
俺たちが言いたいことは、イーアンたちがここを出発する前にも、話したことだ。
他の地域の工房は、有名・老舗なら、そうなるほどに、誇り高い。ハイザンジェルと比べたら・・・気を悪くしないでくれよ。
総長たちの前では言わなかったが、ハイザンジェルに比べたら、テイワグナは何度も戦争に見舞われた過去のある国だ。戦争は何を使うか分かるだろ?」
キーガンに顔を見つめられて、イーアンは悲しくなる。頷くと、キーガンも頷いた。
「そうだよ。武器も防具も、ひっきりなしだ。スランダハイはヨライデが近いから、ヨライデからの侵攻を防ぐために、作り続けた武器防具の生産地だ。
イーアンが作った剣、イーアンが作った鎧で、誰かが死んだらどう思う」
「もっと良いものを作らなければ、と」
そう、と真剣な顔に少しだけ理解のある笑みを浮かべた、白い髭の職人は、『そういうことなんだよ』と続ける。
「その歴史がある。先祖代々、また見習いで入った熱意のある人間も、受け継いで。数えきれない同胞の血肉と命のために、作り続けた誇りがあるんだ。
スランダハイで、材料を変えるように説得するのは、『よその人間』じゃ受け付けられないだろう」
「キーガン。あなた方は、私たちの話を聞いて下さったのに」
「事情が違う。俺たちも勿論、誇り高く作っているが、俺たちの場合は、外から入って来た先祖が住みついたから、ここでやっていくために、もっと良いものを作ろうと切磋琢磨する。ギールッフとスランダハイは、成り立ちが違う」
理解したイーアンは、小さく頷いて『そうだったのですね』と呟き、ここへ来て教えてもらえて良かったとお礼を言う。ガーレニーは仲間を見てから、イーアンの肩に手を置いて、自分を見た女龍に伝えた。
「一緒に行こう。俺の今手掛けている仕事は、キーガンが引き受けてくれる。スランダハイに4~5日と言っていたが、その間に戻れるなら」
「はい。戻せますとも。工房巡りは大切だけれど、魔物退治がある以上は移動しなければいけません。私たちも動きます」
イーアンの返事に、皆はガーレニーに『手伝ってやれ』と承諾する。
この話の間、バーウィーが黙っていたが、最後の方で『ザッカリアは元気にしているか』と訊ねて、イーアンに『彼は元気です』の答えをもらい、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ザッカリアによろしく伝えて」
「はい。バーウィーも元気であることを伝えます」
「巡回で側に来たら、また来てくれ。俺はいつでも朝でも夜でも仕事でも、待っている」
優しい斧職人の言葉に、イーアンは深々お辞儀して、ちゃんと伝えますと約束した。
お辞儀した時のイーアンの大きな角を見て。ガーレニーが撫でる。え、と思って振り向いたイーアン。横にした頭を、フィリッカも見ていて角を撫でた。
「あら」
フィリッカを見ると、ディモが後ろに立っていて、角をナデナデ。
笑うイーアンは諦めて、『触りたければどうぞ』と許可し、皆も可笑しそうに笑って、立ち上がると順番に撫でて『触り心地が良い』と褒めていた。
こうしてイーアンが、皆さんに角を撫でられていると、イェライドとオーリンが木箱と一緒に戻る。
「何だよ、皆でご利益か」
変なことを言うイェライドに笑ったイーアンは、イェライドにも角を撫でられて『もういい?』と終了を訊ねる。皆さんにお礼を言われ、イーアンは立ち上がり、木箱を小脇に抱えたオーリンと一緒に炉場を出た。
ガーレニーは用意しているようで、それを待ち、彼がいくらかの用意が済んで出てきたところで『龍に乗って下さい』とミンティンにご案内。
ミンティンは、ガーレニーを見て、あまり気にしないようだった。ガーレニーは表情が変わらないが、内心とても緊張していた。
職人仲間に見送られ『また来て』『早く来て』と手を振られ、イーアンとオーリンは龍を浮上させながら、大声でお礼を言って空へ飛び立つ。ガーレニーは初の龍飛行で、しっかりと背鰭にしがみつく(※慎重)。
「宿代その他食事、滞在に必要なお代はこちらが用意しますから、ガーレニーは気にされないで下さい。後は、日給で宜しいですか」
「イーアンは業務的だな。日給まで気にするとは」
「皆さん、よく仰いますが。お金大事」
ハハハと笑った職人は『日給は要らない』ことを伝え、イーアンの後ろに乗っている空の旅を楽しんだ。
スランダハイへ戻るまでの間、鎖帷子の話を続ける彼の様子を見ながら、オーリンは、ガーレニーは無害な範囲でイーアンが好きなんだと分かった(※無害=横恋慕レベルの危険なし)。
お読み頂き有難うございます。




