1241. 旅の八十三日目 ~工房訪問と再会
ザッカリアを連れたイーアンが、パタパタ飛びながら降りて来て、ドルドレンが壁の内側に停めた馬車に乗り込み、4人で町の通りに入った頃。
駐在団員一名とバイラの案内で、2つの工房へ行き、そして出て来た、タンクラッドたち。タンクラッド、ミレイオ、フォラヴ、ロゼールの4人は馬車で移動。バイラと駐在団員は各自の馬。
次の工房はこっちですよと、二頭の馬が先導する後に続き、手綱を取っているタンクラッドは、横に座っているミレイオの、機嫌の良くなさそうな横顔を見た。
「顔に出るよな」
「出るわね。態度悪いんだもの」
「俺か」
「あんたって言ってないでしょ。相手よ」
あんたは毎日、と付け加えるミレイオのぶっきら棒な言い方に、親方も目が据わる。『そんなに態度は悪くないだろ』変なこと言うなと注意したら、刺青パンクの明るい金色の瞳がさっと向けられた。
「聞いてはいたけれど。何なの?あれ」
「次もそうかもな。カヤビンジアみたいな感じじゃないから、まだ良いと思うが」
「ギールッフで言われたじゃない。『よそはこんなじゃないぞ』って。でも、消極的っていうかさ」
ミレイオは、訊ねた二軒の工房の態度に首を傾げる。厭味ったらしい傾げ方に、親方はちょっと笑って『町の工房、5~6軒は回るんだぞ』今からそんなで、どうするんだと窘める。
ミレイオは両手で髪を撫でつけて、その手を頭に置いたまま、大きな溜息をつき『面倒ね』とぼやいた。
「バイラたちは、気にしないのかしら」
「違うだろ。俺たちには後ろ向きに感じるってだけで。職人じゃない人間があの態度をされても『そうなんだ』で済むだろう・・・オーリンでもいればな、ふざけて切り込みそうだが」
「あんただって、切り込ませたいんじゃないのよ。私に言ってるわりに」
「俺は、相手の口にした『動く手間を惜しむ理由』に、そいつの力量を見る。目の前に本物がぶら下がっていても、手が出せないのは、そいつが小さいからだろ。何も不利なことはないのに、その判断が出来ない奴は相手にしない」
「答えになってないわよ。切り込ませたいんでしょ?」
「機会をくれてやろう、ってだけだ」
俺にそういう言い回しは合わないんだよ、と親方は鼻で笑い、面白くなさそうなミレイオの顔を見て『お前みたいに自由な感性のやつでもいれば、もう少し話すだろうな』そう言ってやると、ミレイオは少し頷いていた(※認められるの大事)。
「ミレイオ。イーアンも最初は、こんな感じだっただろう。ハイザンジェルで、総長と工房を回った時」
タンクラッドは、自分たちが『訪ねられた側』だから、気持ちが違うことをミレイオに伝える。ミレイオも黙って聞く。
「彼女は顔も違う。どこの出身かも問われ、顔つきや背景のないことも指摘された。俺はその話を少ししか知らないが、この前、ギールッフで話していたよな」
「私、聞いたことあるわ。鎧工房で、ドルドレンが怒鳴ったんだって。イーアンを馬鹿にされて、一旦は外に出たけれど、『言い返さないと気が済まない』って戻ってさ」
「お。ドルドレンも大した男だ。言われてみれば、俺もそんな話は聞いたかもな。いや、知らないか(※記憶曖昧)」
『俺が知っているのはコンブラー弓工房』(※381話、387話参照)と、そこでイーアンが持ち込んだものも見てもらえなかった話をすると、ミレイオはかんかんになって怒った。
キーキー喚くので、前の二人が驚いて振り向き、親方は慌てて『何でもない』と、二人の警護団員に言い、ミレイオに『だからオーリンなんだよ』と続け、落ち着かせた。
とにかく――
タンクラッドは、次の工房の壁が見えてきた辺りで、眉を寄せるしかめっ面のミレイオに『俺たちも今、その状態』と、それが言いたかったことで話を終える。
「俺もお前も、営業なんかしないだろ?待ってて、相手が来ないなら、食いっぱぐれ。相手が来れば、そこそこ貰う。そういう職人に、こんな事は向かない、って分かってりゃ良いんだ」
「ちっ。何よ、こっちが何も分かってないみたいな態度でさ。お前なんかより、全然、範囲デカいっての」
「それは俺に言って」
「あんたじゃないってば!」
苛々しているミレイオは、親方の鈍さにも引っ掛かり、そんなミレイオに親方は『ここで待ってろ』と、到着した工房で、馬車の番をさせることにした(※面倒だから)。
何だか機嫌の悪そうなミレイオを、少し気にするバイラ。
早くイーアンが戻れば良いのに、と思う。イーアンがいれば、ミレイオはいつも落ち着いている気がする。
馬を下りながら、青い午前の空を見上げて『まだかなぁ』と呟く。
昨日。総長たちと夕食時にかわした情報交換で、ふと、宿の娘さんが話していた『宿泊人数7名』の話を思い出し、それを訊ねてみたら、総長は『イーアンが戻る気がしている』と。
結局、戻ってこなかったけれど、総長は彼女が夜に戻っても良いように、宿にはイーアン分のお金も払っていた。
「皆、待っていますよ。ロゼールも、もうすぐ経つと思うし・・・どうしたかな」
親方が剣の入った箱を出してきて、祈るように空を見ているバイラの横を通り『行くんだろ』と声を掛けたので、バイラは頷き、駐在団員と騎士の二人を連れて、工房に入った。
この工房は弓工房。
剣が二軒続いて、道なりに近い場所がここだったので、弓を運ぶ。だが、親方としては、弓職人もいない状況での訪問に、ここは最初から脈ナシかと感じているところ。
そんな親方の顔を見た、中で仕事をしている職人のおじさんが来て、『いらっしゃい。何の用』と挨拶。親方と並んで警護団員がすぐに横につき、自己紹介して訪問の理由を告げる。
弓職人は他に3人いて、奥の部屋で仕事をしている手を止め、こちらを見た。挨拶したおじさんは、タンクラッドを見てから、警護団の二人に視線を戻し『警護団で使う?』その確認をもう一度した。
「そうです。テイワグナの魔物退治が、益を生むようにの意味もありますが、まずは私たちの装備も」
「でもさ。例え作ったとしてもだよ。魔物製のものなんか使って、あとから何かあっても責任取れないよ」
「何もないから、紹介に来たんだ」
タンクラッドは滑り込むように一言添える。口を利いた、背の高い目つき鋭い男に『あんた、職人か』とおじさんは訊ね、そうだなと答えると、おじさんは『弓じゃないだろ』の質問。
「俺は」
「はい。彼は剣職人。私は弓引きです。私は職人ではありませんが、母国で弓を一から作る地域に育ち、今からお見せしたくて持ちました、弓の説明は間に合うと思います」
驚くタンクラッドと警護団員の顔を見もせずに、後ろから涼しい笑顔で、フォラヴがするっと前に出て来た。
いつもそう話しているかのような、つっかえもせず流れる紹介に感心しながら、親方は『こいつで足りるだろうか』と、助け船に感謝しつつも、少々不安がある。
でも、その心配は不要―― それをあっさり知るに至る。
親方の持っていた箱を置かせてもらえる場所を訊ね、丁寧で微笑みながらの問いかけに、おじさんは何かにとり憑かれたように、フォラヴを見ながら頷くと、作業する場所の手前にある長い机に案内した。
フォラヴは親方に箱をそこに運んでもらい、蓋を開けると中から弓を取り出す。すぐさま、その見慣れない色にギョッとした反応をしたおじさんは、ハッとした顔で『これ』と呟く。
微笑む博愛の人(※フォラヴ)はおじさんの伸ばした手に、そっと弓を置くと『こちらの国の昔、活躍した弓はこれ』意味深な言い方で囁き、目を丸くして頷いたおじさんに、一層笑みを深め『そのものでしょう?』静かに確認。
「そうだよ・・・本当に?どこかで見たのか?これを作ったのはハイザンジェルの職人だろ」
「その通りです。こちらに来ていた弓職人の一人が、資料館で遺物の弓矢を知り、彼はそれを母国で再現したのです。その材料は」
「これ、魔物か」
思わず、弓を受け取った手の、片手の平を確認したおじさんに、フォラヴは『何ともないのです。倒したのだから』そう言って、箱の中の矢も取り出す。
「ご覧下さい。この鏃。これも倒した魔物。私たちが死に物狂いで、国民と仲間の命を守るため勝ち取った、搔きむしる儚さと、猛火の如き猛る魂がもたらした、勝利の戦利品」
「おお・・・あんた。そんな綺麗な顔をしているのに、あんたが戦ったのか」
「そこに立つ彼も(※ロゼール)。私も。私の仲間たちは皆、誰もが魔物に剣を抜き、流れる血の中で、前に突き進む毎日を越えて、冷たい風と雨に身を縮ませ、灼熱の太陽に焼かれ・・・苦渋のままで終わらせない誓いの元に立ち上がり、そびえる山脈を越え、乾き切った砂漠の大地を通り、今。ここに今、立っています」
空色の澄んだ瞳を向けられたおじさんは、物語のような調べに聞き惚れたか、うん、と頷いて促す。寂し気な顔で、白金の睫毛を少し伏せた妖精の騎士は、小さく息を吸い込むと続けた。
「あなたの工房・・・洞窟地区の『戦う精霊たち』の知恵と技術を受け継いだ、スランダハイの町。この誇り高き町の、あなたの工房に。私たちはハイザンジェルから、今日、辿り着いたのです」
「そうだったのか(※丸め込まれる人)」
感動するおじさんに、博愛の人は優しく微笑み、続いて鏃の箱を開けて見せ、同じように抒情詩にさえ思える言い回しをして、まんまとおじさんのハートを掌握した。
気が付けば、手を休めていた他の職人も来て、フォラヴと挨拶し、弓の質問をしては、彼の流麗な詩吟に胸打たれていた。
「すごいな」
目の前で、職人でもない一人の騎士が、あっさりと人を虜にした(※違う)様子に、ボーっと見ていたタンクラッドは呟く。バイラも駐在団員も黙って頷く。
ロゼールも同意したが、フォラヴなら不思議じゃないなと思う(※この人こういう人って知ってる)。ぽろっと、一言。
「さっきも。フォラヴに話してもらえば、良かったですね」
「俺じゃダメってことか」
そうじゃないですよ、と慌てるロゼールに、背の高い親方はイヤそうな顔を向けた。
『お前のそういう性格が怖いもの知らずって言うんだぞ』ちょっと嫌味を言うと、苦笑いしたロゼールに『有難うございます』とお礼を言われた(※嫌味通じない)。
「まるで『ここが目的地』みたいな言い方だよな」
「良いじゃないですか。職人さん、見てくれているんだし」
フォラヴが楽しそうに営業しているので、ぼそりと落とした呟きを、ロゼールに笑顔で突き刺され、親方は黙る。
そして、フォラヴ対応30分後。何と、おじさんたちは『再現させた弓職人にも会えたら』と言い始めた。
「その職人が行った工程の資料があれば、やってみても良いよ。一からは無理があるけれど、もう先駆者がいるなら、テイワグナのために、この工房も頑張ろうかと思える」
「何て心強いのでしょうか!有難うございます。弓職人は出かけており、戻っていませんが。今日、明日には戻られるでしょうから、そのお話を伝えましょう」
妖精の騎士の微笑みに、おじさんたちは笑顔を返す。それを、据わった目で見続ける剣職人と、ただただ感心する警護団員と、友達の性質を知っている騎士は、外野として見守り、契約手前まで待った。
「タンクラッド!」
フォラヴとおじさんたちが、次回の約束をしながら、弓矢を箱に戻していると、外からミレイオが大声で呼んだ。何かと思って、タンクラッドが外へ出ると、馬車がもう一台。
「おお、戻ったか!」
ボーっとしていて気が付かなかったぞ、と笑いながら、親方は馬車の荷台にいるイーアンに駆け寄り、笑うイーアンの両脇をひょっと持って下ろす。
「長かったな。やっと帰って来たか」
「はい。いろんなことを知りました」
イーアンはふと思った。親方の喜び方は、お父さん的なんだなと。これまでそう思ったことがないのに、今そう思えることに、ちょっと可笑しくなり、自分を見ている『お父さん的』な親方を驚かせようと、尻尾を出した。
「うん?お!尻尾か?お前、こんなことが出来るように」
「もっとたくさん覚えました。後で皆さんにご紹介します」
親方の胴に白い長い、フカフカの毛に包まれた尻尾が巻きつき、同じ荷台にいたザッカリアも驚いて喜ぶ。馬車を下りたザッカリアに、イーアンは尻尾を巻き『ジェーナイもこれ大好きです』と笑った。
「俺も好き!早く見せてくれたら良いのに」
「忘れていました」
「俺には思い出したんだな」
満足そうな親方の一言に、ザッカリアは『偶々だよ』と釘刺し、くるくる巻き毛の白い尻尾を襟巻のように楽しむ。
「戻ったのを喜ぶのは、もうちょっと後にして、工房は?」
ドルドレンが来て、タンクラッドに状況を訊く。話しかけてすぐ、尻尾のある奥さんに魂消て、ドルドレンは言いに来たのも構わず、イーアンの尻尾に巻いてもらって喜ぶ(※そして忘れる)。
そんな総長に、親方は簡潔に話し、『丁度、ここを出るところだった』と言うと、オーリンを見て『ここの職人は、丁度お前に用だ』と伝えた。
「上手く行くもんだな。繋がる時は、どんどん繋がる」
オーリンは弓工房の看板を見て、『行ってくるよ』と笑顔で答えると、飄々と中へ入って行った。
残った皆は、馬車で待ち、イーアンはこの工房では最後の最後、挨拶に出て行って(※そうじゃないと話が飛ぶ)職人たちに拝まれて馬車へ戻った。
弓の件は、オーリンとフォラヴの話で、大方、契約までの流れが出来上がり、続きはまた明日と決まる。馬車の一行は、気分も上々で、賑やかに次の工房へ向かった。
お読み頂き有難うございます。




