1240. 空組帰還
オーリンとイーアンが龍の島に着いて、ザッカリアの名前を呼びながら、彼の龍気がある場所へ向かうと、やはりそこに彼の龍・ソスルコの縞柄版の龍がいた。
小柄な龍も、二人が来たのを知っていたようで、トコトコ小走りに近づくと、ガルホブラフに乗ったオーリンと、翼のイーアンに顔をすり寄せた。
「ザッカリア。この姿でずっと」
「どれくらい、ここに居たんだろうな」
二人は小柄な龍の顔を撫でながら、物言えぬ彼を気にする。ザッカリアの龍は後ろを振り向いて、そちらをじっと見ているので、二人もその方向を見ると、青い龍がこっちを見ていた。
「あら。ミンティン」
「ミンティンと一緒だったのか」
ミンティンが面倒見ててくれたの、と訊くと、ザッカリアは頷いたので、彼はいつからいたのか分からないにしても、孤独ではなかったのだと安心した。
「この姿であるということは、地上でこの姿を取ったのでしょうから、うーむ。私が一週間留守だったと聞いていますし、もし直後だとしても、彼も長くて一週間」
「そうか。俺は・・・あ、そうだよ。俺、ロゼール連れて来たんだぜ」
え!話が逸れて、一瞬そっちに意識が向いたが、撫でている最中のザッカリアが、オーリンに目で訴えているので(※話違うぞって)龍の民は脱線を戻す。
「後で話すよ。その時はザッカリア、いたんだ。そうそう、いたな。ロゼールを届けた翌朝、俺はこっちに来たから、その後は」
そこまで教えて、二人は空を振り返る。ザッカリアも空を見つめ、近づいて来た男龍を待った。
やって来たのはルガルバンダ。イーアンを見て微笑むと、横のオーリンに何故か笑った。
オーリンは笑われた理由を訊ねたが、男龍は『お前がここに居ることが珍しい』と、嫌味のつもりはないけれど、嫌味のような答えを伝えた。オーリンは、質問しなければ良かったと思った。
「ザッカリアか」
パっと見て事情を理解したようで、ルガルバンダは小柄な龍を少し見下ろす。
ガルホブラフと同じくらいの大きさでも、ソスルコ自体が翼のない四肢を持つ龍なので、ちょっと小さ目に見える。ソスルコと同化しているザッカリアは、男龍の顔を見上げて首を揺らした。
「そうだな。ここじゃ難しい。よし、一緒に行ってやろう」
「あれ?移動しますか。どこへ」
「ミンティン、一緒に来い」
ルガルバンダは、イーアンの質問を無視して青い龍を呼び、目の据わる女龍に笑うと『ここで待っていろ』と伝える。イーアンは眉を寄せ、一緒に行きますと言ったが、男龍はニコッと笑って『まだ早いんだ』と断った。
「またそれですか。私もう、始祖の龍のお墨付きなのに」
「覚えたことが沢山ある。進む道はまだ途中。イーアン、一つずつ進むんだ」
ルガルバンダに諭され、むすっとした女龍は角を撫でられ、お留守番で龍の島。オーリンも同じく。
男龍はザッカリアを連れ、ミンティンを伴って、どこかへ飛んで行ってしまった。
「嫌な感じ~」
「まぁ。一度に覚えきれないこともあるだろ。そう捉えておけよ」
ブツブツ言うイーアンと、仕方なし一緒に待つオーリンは、朝の龍の島で降りてからの予定を話し、ちょっとは建設的な話題で待ち時間を過ごす。
待つこと30分。彼らは戻って来て、ザッカリアはソスルコに乗っていた。
ザッカリアに訊いて教えてもらっちゃダメなのかしら、と。
ふと思ったイーアンに釘を刺すように、男龍はザッカリアの頭を撫でて『質問されても答えることはない』それを先に告げる。子供は嬉しそうな顔で頷くと『言わないよ』と答えていた(※イーアン完敗)。
こうして、無事にザッカリアを連れて戻る2人。
ルガルバンダにお礼を言って見送ってもらい、3人は出発。ミンティンも途中まで来てくれたが、特に用事はないと分かっていたようで、イヌァエル・テレンの空の境目で帰って行った。
オーリンは、ずっと気になっていたことを訊ねる。イーアンが居ないとはいえ、自分も留守をした期間、ザッカリアが龍と同化する事態があったと思うと、何となく後ろめたかった。
「ザッカリア。いつからあの姿だった」
「俺もちゃんと覚えていないんだ。でもね、総長たちが戦った時だから・・・何日前だっけ」
「あら。ドルドレン、戦いましたの。皆無事かしら」
それは大丈夫、とザッカリアが答えて安心させると、イーアンとオーリンは、ホッとした顔を見せた。戻ったら情報交換の時間が要ると話し合い、馬車のある方へ降りて――
「えーっと。えー・・・どうしましょうね」
「そうだな。歩く?」
「町に入ったんだ。あれ?何だっけ、洞窟ばっかりあるところは終わったのかな」
龍族の二人が子供を見ると、子供は行き先の予定地を教える。3人の眼下には、白い地面と木々があり、木々の合間に道、その道の続きに町。反対方向は森があって、旅の馬車は森を抜けたのまでは分かった。
森のもっと向こうに、白い奇妙な凹んだ地形があったことで『多分、あれが洞窟ばかりの場所』と見当を付けると、進行方向からこちらと。
「まぁいいや。それは良いんだけどさ。あれ、馬車だろ?壁の外の。馬車の民じゃないのか」
「私もそうかなと思っていました。テイワグナの馬車の家族ですよ。ジャスールの馬車と違うような」
「ジャスール、いるかな」
いないかもね、とイーアンが笑顔で答えると、ザッカリアは『新しい馬車の家族も関わるんでしょ』と訊ねた。
間違いなく、そうなる。イーアンはここでまた、少しの間、離れていた馬車歌が、頭を擡げたことに、見えないタイミングの意味を感じる。
「とりあえず、浮かんでいても困るよ。見られない場所に下りて、歩きで行こう」
オーリンは龍を手前に戻し、二人もそれに続いて、皆は町から1㎞ほど離れた場所に降りると、龍を帰して徒歩で町へ向かった。
歩いている最中、イーアンが目立つだろうねと、男二人で話していたが、イーアンは開き直ったか『どうせ見られる』と男らしいことを言っていた。
ザッカリアは、イーアンに何があったのかは知らない。『空で勉強中』だけは知っているけれど、内容は知らないので、彼女はいつも人目を気にしていたのにと、少し不思議に感じた。
そして、案の定。町の壁の近くまで来ると、馬車の民が声を上げ始めた。
彼らからは離れているが、朝の出発で動く業者の馬車の列を避けた3人は、馬車の民がいる方を歩いていたので、彼らはすぐに寄って来た。
イーアンの頭にある長い太い二本の角に驚き、次に皮膚の色で騒ぎ、オーリンとザッカリアが両脇にいるのに取り囲んだ。
「こうなると思っていた」
「いつかはなるのよ。早いか遅いかってだけ」
「イーアン、変わったな」
「慣れたの」
笑うオーリンに、イーアンも苦笑い。始祖の龍は『自分が誰かを決して隠すな』と言っていた。それは『自分を疑うだけでなく、龍に祈る、多くの祈りを無視するのに等しいんだ』と。
その言葉をしっかり胸に。イーアンは、どれほど仲間の皆さんに迷惑かけるか知らないけれど(※考えないように頑張る)始祖の龍の教えに従う。
少年と30~40代くらいの男性とおばさん、男女7人の馬車の民は、イーアンに触ろうとする。イーアンは言葉が分からないので、微笑むだけで体を逸らして、触れようとする手を避けた。
「よせ。知らない相手に、いきなり触っていいはずないだろ」
オーリンはしつこい男の手を掴んだ。男は睨み、何かを口走ったが、すぐに後ろから聞こえた声に振り向いた。その声は、イーアンたちも知っている声。でも、言葉が違う。
男の振り向いた方へ、3人も顔を向けると、手前2台目の馬車から、背の高い黒髪の男が出て来た。
「総長」
「ドルドレン」
「あ、イーアン!おかえり、イーアン。良かった、ザッカリアもオーリンも一緒か!」
3人が驚いていると、彼らを取り巻いていた馬車の家族は、こちらに足早に近づくドルドレンに、何かを大声で訴える。
ドルドレンはすぐに答え、皆の顔を見ながら短く何か説明し、さっとイーアンの肩を引き寄せた。
見上げるイーアンに、ドルドレンはニコッと笑って『大丈夫だ』と教え、空いている片腕でザッカリアを引き寄せる。
「イーアンと、ザッカリアだな。危険なのは」
「え、俺は」
「オーリンはそのままで宜しい。二人は俺から離れるな。でも良かった、お帰り」
「ただいま戻りました。一週間?」
そうだよ、と笑顔を見せるドルドレンは、イーアンをぎゅっと片腕で抱き締めて『長かった~』と本音を言うと、ハハハと笑った。イーアンも伴侶の胴体にぎゅっと抱き付き『お待たせしました~』の返事。
「抱き合いたいのは分かるんだけど。どうするの、この人たち。総長はどうしたの?一人かよ」
ん、と総長が顔を戻すと、オーリンの示した指先の人々(※馬車の民7名)が、目つきもあまり良くない状態で、じーっと見ている。
「そうだな。俺たちは昨日の昼にここへ着いた。馬車の家族を見つけ、挨拶して今日は朝から馬車歌を聴きに来たのだ。俺一人である。皆はバイラと駐在団員の案内で、工房へ向かうから」
「待て。総長、工房?ここの?」
「そう。まぁとにかく。そうだ、イーアン。ロゼールもいるのだ。でも今はとりあえず、彼らに挨拶しよう」
そう言うと、ドルドレンは彼らに話しかけ、一緒に馬車へ戻り、ドルドレンが現れた馬車の前で立ち止まる。中からヒゲの生えた男が顔を出し、ドルドレンと彼の腕に収まる二人、連れの男を見て笑顔を向けた。
彼はポンと荷台を降りて、同じように笑顔のドルドレンに、龍の女を指差して『彼女だな』と訊ねた。ドルドレンは頷き、イーアンを見る。
「彼は、この家族の歌い手。アンブレイという」
「俺はアンブレイ。ドルドレンが昨日、ここを訊ねた。さっきまで、歌を少し聴かせていたところだよ。あなたが龍の女か」
「はじめまして。私はイーアンです」
握手を求められて、イーアンは手を握る。アンブレイはしっかり握って『生きていて良かった』と呟いた。彼の笑顔や雰囲気は、顔つきこそ違うけれど、イーアンにもベルを思い出させた。
「素敵な角だ。立派な龍の角。真っ白な肌。あなたは白い龍?」
「そうです。私は白い龍。アンブレイのご家族は私に触ろうとしましたが、それはなぜでしょうか」
「龍の女に会えたから、仲良くしたいだけだよ」
ハハハと笑ったアンブレイに、イーアンも笑う。そうでしたか、と頷いて『分からないから避けた』と言うと、馬車の男は微笑みながら『握手はしてやってくれ』と頼んだ。
イーアンは安全を確保(?)出来たので、しばし、イーアンは馬車の家族たちに握手会状態で動き回っていた。が、ザッカリアはドルドレンの保護下。
「俺は何で危険なの」
「お前と同じくらいの年齢で、女の子供たちがいる」
「そうか」
ザッカリアは了解して、ちょっと総長のわき腹に顔を隠しつつ、じっとしていた(※狙われる恐れ)。
そんなザッカリアに笑いながら、オーリンもザッカリアを挟むように横に立っていてやり、イーアンの挨拶が終わったくらいで、『歌の続き』とアンブレイに促されて馬車の中へ入った。
自分たちの馬車よりも少し長いせいか、中は広く感じる。4人は示された長椅子と低い腰掛けに座り、アンブレイが楽器を弾きながら歌うのを聴いた。この間、他の家族は近寄ってこなかった。
アンブレイは何度か手を止めて、意味を説明し、ジャスールの歌った部分との繋がりは丁寧に教えてくれた。
一時間も経つ頃、アンブレイは最初から通して最後まで歌い上げた。4人は歌が終わった後に拍手して褒め、お礼を言って馬車を出る。
「まだ居るから、聞きたいことがあれば来てくれ」
親切な馬車の男にお礼を言い、ドルドレンが今日か明日、また来るかもと話していると、遠くから待ち構えていたように、女の子が3人走ってきたので、ザッカリアは怯えた(※自分目掛けていると分かる)。
さっとオーリンの背中に回って隠れ、それをオーリンは笑ったが、走ってきた女の子たちの顔が真剣で、笑顔も固まる。
「逃げろ、ザッカリア」
「どこ行けばいいの!」
「空ですよ」
ハハハと笑ったイーアンは、翼を出してザッカリアを背中からひょいと持ち上げると、わっとざわめく馬車の家族と、目を丸くする女の子たちに『また会いましょう』と言い、喜ぶザッカリア(※助かった)と共に浮上した。
「イーアン、近くにいろよ」
オーリンに叫ばれて、イーアンは頷く。浮上して相当高い場所まで上がると、ザッカリアは振り向いて『有難う』のお礼を言う。
「あなたも飛べると良いのにね」
イーアンが笑って答えると、ザッカリアは笑顔をちょっと戻して『そのうち』と微笑んだ。
その答えに、ハッとしたイーアンだが、すぐに下から『イーアン、あっちへ飛んでくれ』と伴侶に示されて、慌てて移動し、ザッカリアの『そのうち』の言葉の質問はそのまま消えた。




