1239. 夜明けはオーリンと
昨晩―― 男龍に挨拶して、少し話をしたら地上へ戻ろうと思っていたのが、男龍に質問をされ続け『出来ることを見せろ』と頼まれ(※芸)そんなのに答えていたら、もう真夜中になってしまった、イーアンの夜。
「ふむ。この時間に戻ってもな。ドルドレンたちも都合が良くないな。寝ているから(※知ってて)」
強制的に、ビルガメスのお宅に宿泊することが決定し、ビルガメスは嬉しそうだった。が、それは束の間の喜び。
ジェーナイが起きていて、イーアンと一緒に居たがった。そのため、ジェーナイとファドゥも一緒にお泊り。
小さなジェーナイはイーアンの尻尾が大好きで、お気に入りになってしまった。
なので、イーアンは長~いフサフサの尻尾で、くるくるっとジェーナイを巻いてあげて、ジェーナイを尻尾で揺らしながら(※意外と使える尻尾)寝かしつけた。
「これ。便利ですよ。両手が空いています。お母さん、楽勝です」
家事も楽そう、と呟くイーアンは、眠ってクターっとしているジェーナイを、尻尾に巻いたままベッドに移動(※尻尾強い)。
そんな様子を見守る、ファドゥとビルガメスは、何とも言えない幸せで穏やかな喜びに浸る。
女龍が、力強く成長してゆくことも嬉しければ、自分たちの未来も明るいと確信する。子供と遊ぶイーアンは、子供を寝かしつけるために尻尾も使う(※出しっぱなしだった)。
おじいちゃんとしては、イーアンを泊めて、母の力を身に着けた彼女を眺めながら、夜を過ごそうと思っていたのだが(※ビルガメスは成長を眺めて満足する)。そんな気持ちを見透かすように、銀色の男龍は彼を見上げ『私たちも一緒』と、念には念を入れて伝えた。
「知っている。ここに居るから」
「ジェーナイは、イーアンと一緒に寝かせてあげてほしい。ベッドを使っても良い?」
「俺のベッドだぞ。俺も寝る」
「そうか。でも私も泊まるから、長椅子をベッドに寄せるよ。私は長椅子で。ベッドのこちら側には、ジェーナイとイーアンを。ビルガメスは向こう側」
ファドゥの意見は、お父さんとしては尤もなので、ビルガメスは不服にも、若い男龍に従うことになった。
だから、ビルガメスとファドゥが両脇で、イーアンとジェーナイが内側の図。ビルガメスの心境は全く以て嬉しくなかった。でもジェーナイが、女龍と一緒の構図は微笑ましいため、文句は止めた。
こうしたことでベッドに3名。寄せられた長椅子にファドゥが横になり、皆は就寝時間。
イーアンは、ファドゥとビルガメスに、小さな声で『明日。夜明けに出ます』と伝えた。オーリンと話したいと言うと、二人とも少し気にしたようで『オーリンを呼ぶのか』と訊き返す。
「オーリンには、いつもこうした変化の時。話すことにしています。彼は私の兄弟のように思うから」
「兄弟・・・そうか。イーアンは二人で来たから」
長椅子に横になったまま、ファドゥは理解を示す。二人で一緒に、アムハールの空を抜けて来た。最初に彼らと話したのは自分だった。ファドゥは微笑んで『そうすると良い』と頷く。
イーアンがビルガメスを見ると、大きな男龍は面白そうに口端を少し上げている。ゆっくりと女龍の角を撫でて『お前は龍族の皆を大切にする』それはそれで、イーアンらしいんだろうと囁き、了解した。
こうして女龍と男龍は、静かなイヌァエル・テレンの、穏やかな風に吹かれて眠った。
翌明け方―― イーアンは目を覚ます。外はまだ暗く、空には星が見えた。
ジェーナイを起こさないよう、そーっと体を起こし、そーっと尻尾を消して(※尻尾布団)。ここで背中に指が当たる。大きな男龍の人差し指の先は、イーアンの手の平くらいある。振り向くとビルガメスの金色の目が見えた。
「また、すぐに来い」
「そうしましょう。でも今日明日ではありません」
「早めだ、早め(※おじいちゃんは自分のペース)」
笑うのを抑えて、イーアンは頷き、その顔に少し笑ったビルガメスは『ここから浮かべるか』と訊いた。このまま浮遊・・・出来るかなぁと思いつつ、『落ちたら困るから』とジェーナイを見た。すると、反対側で銀色の男龍も目を覚ましていた。
「おいで。私が出してあげる」
上半身を起こしたイーアンの両脇を支え、ファドゥはそっとイーアンを持ち上げると、不満そうな顔のビルガメスにちょっと笑って『こうしないと出られない』そう言って、イーアンを床に下ろした。
「浮かんだかもしれないのに」
「浮かべばいいが、もし落ちたらジェーナイが起きるよ」
浮遊しそうだから見たかった様子のビルガメスに、二人で声を出さずに笑いながら、イーアンは表へ出る。ファドゥが見送り『また来てあげて。ジェーナイが喜ぶ』最初にそれを伝えすぐ『私たちも喜ぶよ、タムズは特にね』と言い添えた。
ニコッと笑ったイーアンは『もちろんです。数日したら来ます』ちゃんと約束。
翼を出して、また尻尾も出して、部屋の中の眠るジェーナイとビルガメスをちらっと見てから、静かに飛び立った。夜明け前の星のある空に、女龍の長い白い尻尾が揺られるのを、ファドゥは満足げに見送った。
そして飛びながら、オーリンを呼ぶ。連絡珠はあるけれど、今は使わない。
「この方法で。始祖の龍が呼びかけた、この方法」
イーアンは男龍たちがそうするように、目を閉じてオーリンを考える。彼の名を呼びながら、彼の顔を動きを感じる。オーリンの応答は頭に響かないが、彼が反応したことは分かった。
「よし。女龍っぽくなってきましたよ。頑張りましょう、せっかく教わったんですもの。うむ。忘れたら、即行、聞きに行って(※覚えたこと多過ぎる)」
忘れないうちに、試さなきゃ~と呟きながら、イーアンは夜明けの前の空をパタパタ飛ぶ。
綺麗なイヌァエル・テレンの空に、馴染んだ龍気が空気を伝うのを感じる。その方向へ顔を向けると、龍の背に乗った男が来るのが分かった。
イーアンは彼に近づき、おはようと挨拶。オーリンは目を見開いて『尻尾あるぞ』と笑う。ガルホブラフも目が据わっている(※『まただよ』みたいな)。
「君に呼び出されているだけでも、驚いたのに。尻尾まで付いたか」
「元から付いていますよ。この姿でも出せるようになっただけ」
アハハと笑うイーアンに、オーリンも一緒になって笑い『毎回驚かされる』と女龍の肩を叩いた。
「どうするんだ。今日、このまま戻るの?それか、あの場所で話すのか」
ちゃんと気が付いている龍の民に微笑み、イーアンは頷く。
「あの場所です。こんなふうに何か物事が変わった時は、オーリンに最初に話したくなります」
「嬉しいね。いいよ、行こう・・・俺さ、今、彼女いないんだぜ(※自慢げ)」
「何、藪から棒に言っているんですか」
「だから。ちゃんと『真面目に待っていた』って言いたいんだ。ザッカリアにも串刺しにされたし」
ザッカリアからの串刺しに、イーアンは大笑いする。オーリンも笑いながら、『ちょっとは単身で頑張ろうって思ってる』と話していた。
二人と一頭は、夜明け前に話す場所へ飛び、そこで、明け行く空に包まれて、思うところを話し続けた。
「イーアンはあっという間に変わった」
「そうですか?私も次から次の印象はありますが」
「見た目が変わったり、能力が増えると、最初に会った頃が昔みたいだ」
うん、と頷く女龍。人間としてこの世界に入ったのは、半年以上前。でもまだ、一年経っていない。あれよあれよという間に、体も力も変化した。居場所も変わり、知らなかったことを毎日見つける。
「オーリンは、私と会うまで」
「あのまんまだ。山奥で一人でさ、木を切っては弓を作って。20年くらいそうして過ごしていたな。
君に会わなかったら、死ぬまでそうして生きただろう」
「私が会うことになりましたが、ここまで来ると、全てがそうなるように動かされている感じです」
「俺もそう思う。それでも、現実、君に出会ってから。一変したっていう意識は残る」
ニッコリ笑った龍の民に、自分と同じくらいの年齢であることを、イーアンはじんわり感じる。
一つ違いだから当然なのだか、顔の表情や皮膚の皺、年齢が現れる手の甲など、見て分かる年の取り方にしみじみする。
40代も半ばで突然、人生が方向転換した。いい加減、世の中に期待もしなくなった年齢で、ある日、子供のような好奇心と勢いを掘り返されるような、踊る運命の輪の内に、吸い寄せられ、飛び込んだ自分たち。
――若くもないのに。この年で何が出来るの。今から新しいことを。
戸惑いながら、受け取りたいものも、受け取りたくないものも、自分を変えながら、腕の内に抱えて進んだ変化。
これまでの自分が積み上げた、自分への評価も、自分を理解した視線も、他者や世界を自分なりに受け止めてきた、嫌でも何でも馴れさせた感覚も、自分が自分らしく生きられるように、少しずつ築いた居場所も、まっさらかなぐり捨てる、そんな速度で――
「気が付けば、今は空の上」
「そうだね。俺も空の上で『角の生えた尻尾付きの女』と話しているなんてな」
二人は、明け方の金色の光の中で笑う。
「イーアン。学んだことは、力の使い方とここの過去と、男龍たちの未来について?」
「そうですね。もっと細かく聞いていると思いますが、大きく分けると」
「この旅の続きは?」
オーリンの黄色い瞳には、朝の光が透き通る。イーアンは彼の目を見つめ『分からない』と首を振った。
「男龍たちの未来については、先ほども話しましたが『こうすると、こうなるでしょう』といった話だったのです。
でも、私たちの未来については、彼女も話しませんでした。それは、彼女が知っているとしても、話すことではないのかも」
「深追いしない方が良いんだな。俺たちは勝つ気で行くから」
「勿論です」
オーリンは理解した様子で頷くと、女龍の肩を組んで、顔を覗き込む。じっと鳶色の瞳と、その目を縁取る黒い睫毛、黒い螺旋の髪、紫がかった半透明のような白い肌を、注意深く見つめる。
「どこも、似ていないんだ。だけど、俺と君はいつも」
「はい。兄弟のよう。私もそう思うのですよ」
ニコッと笑ったオーリンは、女龍の頬にちょっと顔を寄せてから『角が良いか』と笑って、角に軽くキスをした。笑うイーアンは『それなら安全』と答えて、頬は止めた方が良いとも教えた。
「何で。総長が怒るから?君も嫌そうだけど」
「ビルガメス達がそうして口付けしますとね、この辺ぜーんぶ埋まるの。よだれ、ぶちゅって感じです」
「ああ、あの大きさだから」
イーアンは自分の頬を指差してぐるっと円を描き、よだれ付くんだ、と言う。真顔で言うから可笑しくて、オーリンは『拭けば』と返したが、『拭くと怒られる』の答えが戻り、ゲラゲラ笑った。
「だから。止めておいた方が良いです。乾燥して、膜張ってるから(※いつも)」
「そうか。総長は、男龍大好きだからな。全く問題なさそうだ」
うん、と無表情で頷くイーアンに、いつまでもオーリンは笑い、笑い過ぎて腕を叩かれた。
「じゃ、そろそろ行くか。ミレイオが食事作り始める頃だ」
「そうですね。さて、ザッカリアがどこかにいそうなのですが。知りませんか」
ザッカリア?オーリンも分からないので、何のことかと訊き返す。イーアンは首を傾げ『このイヌァエル・テレンのどこかに、彼がいる気がする』と教えた。
「今は分かるのです。イヌァエル・テレン限定かも知れませんが、この空の龍気に、彼のいる感じがあります」
「鈍かったのに・・・怒るなよ。凄いな、そうかよ。じゃ、俺を呼んだみたいに、呼んでみたらどうだ?
君は、ルガルバンダが俺を呼ぶ時みたいにしたぞ。ザッカリアにも通じるんじゃないの」
うーんと唸って、イーアンは試みる。
方向は分からないが、どうしても『ザッカリアがいる』ようにしか思えない。オーリンを呼んだように、目を閉じて、ザッカリアの名を呼びながら彼を思う。彼の動き、彼の顔、彼の存在。
反応を待ちながら、少し間を開け、十秒ほどで繰り返すこと5回目。頭の中に、ザッカリアの『うん?』イーアンはハッとする。
「どうした。応答あったか」
「あの子。龍ですよ、呼応がありました。あれ?え?龍だったの?」
「違うだろ、龍じゃないぞ。『龍と混ざった』ことがあるが」
それだ!叫んだイーアンは、驚いた顔でオーリンを見る。呼応は龍でしか出来ないはずなので、それが戻ったことは即ち。
「龍の島ですよ。彼は、龍の島にいるんだわ」
「本当かよ。ガルホブラフ、いたか?」
二人に寄りかかられているガルホブラフは、友達を見て、軽く頷く。早く言えよ、とオーリンが眉を寄せると、無視した。
「いつから龍だったんだろう。でもとりあえず、迎えに行かなきゃな」
「そうしましょう。誰か、男龍も呼びます。もし龍だったら、私に扱い方分かりません」
二人は腰を上げて、オーリンは龍に乗り、イーアンは翼を出す。そして龍の島へ向かう間に、イーアンは一番近くにいる男龍(※誰でも良いから)に『龍の島へ来てほしい』と呼びかけた。
お読み頂き有難うございます。
本日は、朝1度の投稿です。仕事の都合により、夕方の投稿がありません。
度々ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い致します。




