1237. バイラのささやかな緊張
旅の一行が宿屋を探して、大通りの立て看板を見ている時。
駐在所を探し当てて、逃げるように入ったバイラ。
大通りを進んだ先を何度か曲がって、役場関係の通りに出るまで、青毛の馬は速歩。
馬も『何でだろう』みたいな目でチラチラ見ていたが、バイラは馬の足を休めず、的確な手綱捌きで人々を避け、道行く馬車の合間をすり抜け、後ろを決して振り返らず、目指した駐在所へ到着した。
「こんにちは。どうかしましたか?」
駐在所の警護団員が、飛び込むように入ってきた男に、ちょっと驚いた顔で声を掛ける。
駐在所は小さい一戸建てで、扉を開けたすぐの部屋は広く、人が10人ほど座れる長椅子がある。向かいに机が2つ並んでいて、そこに団員がいて、奥は彼らの仕事部屋に続く様子。
声を掛けられ、席を立ちあがった団員に、バイラもすぐに頭を下げる。バイラの衣服に目を留めた団員は、近づきながら首を傾げた。
「あれ。あなたは・・・警護団?」
「はい。突然入ってしまいました。すみません。私はジェディ・バイラ。ハイザンジェルの魔物資源活用機構から派遣され」
「ああ~!知ってる!知っていますよ、ハイザンジェルの騎士ですよね?龍に乗るという噂の」
「はい、そうです。彼らの道案内兼」
「世話焼きね!テイワグナは広いから、教えてあげないと分からないですものね」
バイラの言葉を遮る団員は、嬉しそうに握手を求め、笑顔を向けたバイラにイスを勧める。『報告書を各地で提出されているから、全部目を通しています。ここで書きますか』と、空いている椅子を机に並べてくれた。
もう一人の団員は、今は食事に出ているという。戻ったら挨拶をしてもらうから、ここに居て、と頼まれ、バイラは大きく頷く『了解』の意思を示す(※ここ出たくない)。
駐在団員は、珍客でもあり、警護団の有名人(※バイラ自身は知らない)に会えたので、いそいそと茶を出したり、買ってあった軽食を渡したり、バイラをもてなして話を聞かせてもらいたがる。
「ムバナの町の報告書は、今朝届いたんですよ。近いから。魔物がいたんですね」
「ええ、でもムバナの手前の魔物で。詳細は、私も分からないんです。総長が・・・騎士修道会の総長が倒したのが、地下でした。私は待機だったので、話を聞かせてもらって書いたんですよ」
「強いんですね。騎士修道会。全然、知ることもない、隣国の警備態勢だから」
「そうですね。本当に強いです。腕は勿論ですが、心意気が違うというか。若くても度胸があります。
ハイザンジェルは、魔物で打ちのめされた国ですから、彼らも場慣れして・・・なんて、言い方は失礼か。でも、さんざん戦ってきた経験が、あの強さだ!と、いつも思わされます」
私は役立たずで、と困ったように笑うバイラに、駐在団員も苦笑いで『私なら、震えるだけ』と本音を呟いていた。
もう一人が帰ってくるまでに、報告書を書いてしまうことにして、書き上げたら、旅の話をする時間をもらった。駐在団員は喜んで承諾し、報告書類の無記入用紙を出してくれ、バイラは最近の魔物『雲の魔物』の報告を綴り始めた。
でも。胸中はざわめく。真面目に集中して、カリカリカリカリ、ペンを紙に走らせてはインクを付け、ペン先を細かく動かしている指先と、真逆の心境。そわそわして落ち着かず、気持ちが散らかる。
間違えないように、懸命に文字を書き続ける指と、全く別のことを考えている頭。
バイラは思い出している。護衛の仕事をしていた若かりし頃。この町に来た時、何があったのか。
途中まで忘れていて、総長の馬車歌を聴いて浸っていた時は、気にもしていなかった。でも、町が近づくにつれ、馬車歌と共に蘇った記憶は――
『まさか。こんな絶妙な時機で』
心の中の呟きと同時に、眉をぐっと寄せ、バイラはぶんぶん、頭を振る。
横で仕事をしていた駐在団員が驚いて、どうしたのかと訊き、バイラは急いで『何でもないです。ちょっと眠くて』と苦しい言い訳をした。
「眠いんですか?少し休んでも。でも、具合が悪そうですよ。汗かいているから」
「いえ、暑くて。あの、最近ちょっと体の調子が」
「更年期の年じゃないですよねぇ?まだバイラさんは若いし」
脂汗が浮かんでいるバイラを、じーっと見る駐在団員(※50代)。『男はあんまり、更年期も見かけないけど』と首を捻り、とりあえず暑がっている(※らしい)バイラに水を渡す。
お礼を言って、バイラは『旅の疲れかも』と、適当なことを言ってはぐらかした。
そうしていると、もう一人の団員が戻って来て、来客と挨拶。彼はバイラと同じくらいの年で、最初の団員と同じように歓迎し、二人が揃ったところで、時間を見て『旅の話』を始めることにした。
――話が盛り上がり、気が付けば2時間が過ぎた頃。
バイラは傾いた日を見て『もう、こんな時間か』と話を切り上げる。二人の駐在団員は、楽しかった時間にお礼を言い、バイラと翌日の話に移った。
「明日も町にいますか?」
「はい。ハイザンジェルの一行は、スランダハイで魔物製品の話を聞きます。恐らく数日間はいるでしょう」
「それは凄い!私たちも見に行って良いですか?良かったら」
「あ、そうですよ。私も馬車に積みっぱなしだったな。明日、魔物製品を持ってきます。ハイザンジェルから届いたのを、紹介するために」
「是非見せて下さい!それじゃ、明日は朝にここへ来てもらって良いですか?私たちと一緒に工房へ行きましょう。工房の案内も出来ます」
50代の団員は、話を遮る癖が定着している。バイラはちょっと笑って了解し、バイラの笑顔に、更に嬉しそうな顔の二人の団員は『明日が楽しみ』と言い、旅の警護団員と握手して、送り出す。
「宿屋が集まっているところは、この通りの右へ行って、最初の角を左に曲がると宿屋や、食事処が集まる通りです。すぐですよ」
安くてお風呂があって、旅人の評判が良い宿も地図で見せてもらい、バイラはお礼を言って、見送る彼らを背に、宿の通りへ向かった。
「で。ここからだな。あんまりうろつかないようにしなければ」
総長たちは、いつも最初に宿を押さえてから出かける。馬車で出かける用事は、町役場と食材の買い出し。昼食を食べてからだと、そこまで時間もないから、工房は明日だろう・・・・・
「町役場も明日かな。食材買い出しも出発前だし。となると、宿にいるか、近くを回っているか、だな」
まずは宿を探すかと、宿泊客で変わった馬車がいないかどうか、宿屋の通りを進み、バイラは注意深く様子を見る。
過ぎて行く宿屋は、値が張りそうな店構え。総長はそうした場所を素通りする。
自分が逃げてから(※自覚あり)4時間近い。彼らは壁の外の馬車の家族と、どれくらい一緒だったのか。もしかすると、まだ話しているかも知れないけれど・・・宿屋の裏庭に続く路地は、奥の馬車の並びが見える。
スランダハイの町は宿が多くて、職人の作った製品を運び出す業者がたくさん来るから、どこも人が入っていそうに見えた。
「泊まる場所。見つかったのかな」
少し心配になる。この通りで、6人が泊まれないとなったら、総長は別の通りへ行くだろうし、そうすると宿が他のどこにあるのか。
「仕方ないな。聞き込みするか」
あまり馬を下りたくないが、バイラは呟いてすぐ、馬を止めて下り、左側にある宿屋に入った。それほど高そうに見えない、その宿には、禿げたおじさんがカウンターにいて、娘さんが一階の机を拭いている。
「すみません。旅人が多い宿を探しているんですが」
「どこも多いよ。意味は?安いってこと?それとも人数?」
「両方です」
「うーん。最近はね、泊り客も波が不安定なんだよ。魔物が出るでしょ?あなた。警護団?」
「はい。知人の馬車を警護する業務で。彼らは派手な馬車に」
バイラが言いかけると、おじさんはちょっと娘を見た。娘も、人のいない夕方前のホールに立って、振り向いている。何かと思ったら、おじさんはバイラを見て『馬車の家族っぽい?』と訊いた。
「あ。え、いや。あの、壁の外の馬車の家族ではなくて」
「そうか。でもさ、馬車は似ていないけど。普通の馬車じゃないのは来たよ。なあ、そうだよな。あれ」
「そうね。テイワグナの人じゃないと思うけど」
娘の答えにハッとして、バイラは彼らがそうかも、と言うと、娘さんは胸に垂れていた長い三つ編みを、背中にぽいと押しやって、手を拭きながら近づいて来た。
「ええとね。2時間くらい前かしら。私が休憩の時だったから。外に出たら、見慣れない馬車が通ってね」
その馬車は、ゆっくり動いていて、宿を探している様子だったから『空いている』と声を掛けたそうだ。バイラは理解する。娘さん20代。恐らく総長だな(←イケメン)と頷くと、娘さんも真顔で頷く(?)。
「でも。馬車は二台だったの。人数を聞いたら7人だと言うし、部屋は6つしか空いてなかったから。惜しいことしたわ(※逃した)」
「そうでしたか・・・私の探している人たちだ。惜しかったですね(※自分また探すから)」
娘さんは馬車が向かった方向を教えてくれ、うちと同じくらいの金額で、風呂のある宿はどこどこ、と詳しく説明してくれたので、バイラはお礼を言って次へ向かう。
「しかし。7人?どうしてだろう・・・オーリンでも来たのかな。俺を入れても6人だよな。俺と、総長、タンクラッドさん、ミレイオ。フォラヴ、ロゼール。イーアンが戻れば、ザッカリアも一緒だろうし」
シャンガマックは戻るにしても、お父さん付き(※皆がそう思う)だしなぁと、首を捻りながら、とにかく次々に宿屋を巡り、情報を聞いて、バイラはとうとう、宿屋通りの最後の『安宿』に到着。
「ここでいなければ。まぁ。別の通りの宿か」
夕方も日が落ち始める中、早くしなきゃな、と最後の安宿に入ったら、聞き慣れた声が耳に入る。低い落ち着いた声で、宿の人に話しかけた背の高い男。ランタンの灯る前の廊下で、暗がりに目を凝らせば。
「風呂はもう良いか?そうか」
「タンクラッドさん!」
「うん?おお、バイラ。お疲れさん。連絡珠で場所を聞いたのか」
「え?」
うっかりバイラ。連絡珠を持っていたことを、たった今思い出した。ともあれ、タンクラッドが一階にいたから良かったということで、彼も宿泊客として案内される。
タンクラッドは一緒に部屋へ来てくれて、皆が今、町を散策していると教えてくれた。
「ドルドレンと連絡を取ったのかと思ったぞ」
「いえ。忘れていました。使い慣れないとダメですね」
「ハハハ。でもな、ドルドレンも忘れていそうだ(※当)。あいつも、言えば思い出すから」
タンクラッドは、風呂が入れそうだから一緒に入るか、と誘い、バイラも馬車へ着替えを取りに行き、親方と一緒に風呂に入ることにした。
風呂に入りながら、夕食時まで自由行動だと親方に聞き、親方は、明日向かう工房のある場所まで、出かけた話をしてくれた。
ミレイオも一緒だったが、帰りに『買い物だとさ』とのことで、さっさと先に宿に戻ってきたと親方は笑う。
バイラは、少し考えてから、自分が先にいなくなったことを謝った。
「何かあったか」
急ぎの用だったのか、と訊ねられて、バイラは少し躊躇したが、タンクラッドは口が堅そうに思い、彼には打ち明ける。話を聞いていた親方は、少し意外そうに眉を引き上げ『お前にも、そんなことがあるんだな』とちょっとだけ笑った。
湯船に入り、打ち明け話。
男二人の湯船で、他の客はまだ外なので、親方は自分の知っていることを教えてやった。バイラが少し安心するかな、と思って。
思った通り、警護団員は口を開けたまま、何度か頷き『そうでしたか』と答え、はーっと大きく安堵の息を吐き出した。親方は笑って彼の肩を叩き『良かったな』と徒労をねぎらった。
「他のやつに聞かれても。まぁ、適当に『忘れていた仕事があった』と言っておけ。俺は、誰にも言わん」
「すみません。ありがとうございます」
「しかしな。バイラのその話。ちょっと引っ掛かる」
親方は湯船の湯をざばっと顔に掛けると、『馬車の家族。他の家族がここに来る時期ってことだ』と呟いた。
バイラの顔が不安そうに曇ったのを見て少し笑うと、親方は続けた。
「お前は隠れていろ。馬は馬車と並べて歩かせるから。
今回出会った、馬車の家族はな。歌の『3部』だそうだ。過去にお前の会った馬車の家族は、ジャスールの家族じゃないってことだろ?」
ちょっと馬車歌が盛り返してきたな、と呟いた親方は、面白そうにニヤッと笑った。
バイラはニヤッと笑うタンクラッドを見つめ、自分はちっとも嬉しくない、と思った。
何年も前に―― 勘違いされて夜通し一緒だった女性と、近々会いそうな気がして。
お読み頂き有難うございます。




