1235. 馬車の夜・別行動:帰り道での教え
旅の一行は、就寝時間前。焚火の片づけもし、そろそろ休もうと、挨拶を交わす。
「シャンガマックは、何の話を聞いたんでしょうね」
調理器具を荷馬車に運ぶロゼールが、ドルドレンに訊ねる。ドルドレンは、自分の話に集中していたから、聞こえなかったと答えた。
「彼の横は、バイラだ。バイラはでも」
「私は途中で席を立っているんですよ。だから知らないですね」
側を通ったバイラは、二人にそう言うと『タンクラッドさんも、私の椅子に座った精霊と話していたから、知らないかも』と教えた。挨拶を交わし、バイラは寝台馬車へ。ロゼールも馬車に戻ろうとして、一度、総長を振り向く。
「お休みなさい、総長。あの。俺」
「お休み。ロゼール。話があるのか」
「いえ。話ってほどじゃ。あのう、俺はたまに手伝いに来たい、と思っています。コルステインたちが呼ぶ用事を、自分なりに選ぼうと考えています」
ドルドレンは彼の気持ちを聞き、静かに『分かった』とだけ、答えた。誰かと話して、考えがまとまったのか。ロゼールの『たまに』の表現は、恐らく言葉通りに感じた。
「じゃ。おやすみなさい」
うん、と答えた総長に、ロゼールはニコッと笑うと、寝台馬車へ入った。ドルドレンも荷馬車に上がり、扉を閉める。
ロゼールを、支部に戻す日―― 次のスランダハイの町で、と決めている。
スランダハイで工房を巡ってから、生きた情報を持って帰路に・・・そろそろ、イーアンも戻るのではないかと、ベッドに並べた枕を撫でるドルドレン。
イーアンが戻る時、オーリンも来てもらって。そうしたら、オーリンにロゼールを送り届けてもらう。
スランダハイの町で数泊する間に、もしもイーアンが帰らなかったら、その時はタムズを呼ぼうと考えていた。
「タムズにお願いして。伝言を届けてもらう。オーリンに、ロゼールを送ってもらうのだ」
でも、本当は君に戻ってきてほしいんだよ、と枕をナデナデしながら、ドルドレンはベッドに横になった。
イーアンが留守をして、明日で一週間。勉強が、一体どんな内容か分からないけれど。明日はスランダハイの町に着くから、イーアンにも工房を見せてあげたいと思う。
早く戻りなさい・・・独り言を呟いて、ドルドレンは、今日も多くの出来事を得た疲れで、すぐに眠りに就いた。
*****
同じ頃。仔牛に揺られて、そろそろ魔法陣に着く、その手前。
シャンガマックも窓の外を見て、一人静かに考え事に耽っていた。今日、父に送ってもらい、洞窟の精霊たちと出会い、彼らに聞いた驚くべき情報。それを父に話していた、さっき。
自分の道のりが、どんどんはっきりと姿を現している気がする。馬車の旅に出た頃は、そんなに前ではない。それなのにもう、数年も前のように思うほど、その時と今は違う。
――俺がこの、運命の旅の一員であることに、どんな意味を持つのだろうと、ハイザンジェルにいた時は考えていた。
自分には、特出する才能はない。役立てることとして、思いつくのは『言語能力』と『占術』『結界』、後は植物で薬を調合する・・・そのくらいだった。
戦うことは出来るから、旅路は戦うことが主体で、時々、占術で導くような立場だろうな、と捉えていた。
それが――
父に会ってから、自分の立場が想像もしていなかった方向へ流れ始め、見る見るうちに決定した気がする。それまで塞いでいた石が退いた、川の流れのように。
壁に寄りかかり(←肋骨)ぼんやりと窓の外の暗い様子を眺めて、今日の話も交えて、自分の立ち位置を少しずつ確認しているシャンガマックだが。
「バニザット」
振り向くと、お父さんがじーっと見ている。名前を呼ばれたので、何かあるのかなと思い、眉を引き上げて首を少し傾げると、父は何も言わず、無表情のまま。こんな時、獅子の方が分かりやすいのにと思う(※尻尾)。
「どうかした?」
「何を気にしている」
ああ、と少し笑って、父の気遣いに頷き、シャンガマックは腰を上げて、父の側に移動。気にしているわけじゃないよ、と座りながら言うと、大男は息子の顔を見て『そう見えない』と言う。
「気にしていない。俺の立場を考えていた。ヨーマイテスに会ってから、物事が急展開したようで」
「さっきの話か?お前も『魔法使い』という、精霊の」
「うん・・・それもあるけど。『ヨーマイテスに会ってから』これまでの、この期間というか。重大な転機の訪れだったのかと、思い起こしていた」
ヨーマイテスは、息子の以前の状態を何も気にしないが、彼が度々、口にするこうした内容に、少し意識を留める。そんなにかけ離れた生活だったのかを訊ねると、息子は複雑そうな笑顔で『うーん』と唸った。
「騎士だったから。『魔法』は、俺も子供の頃から身近だったし、部族も精霊のいる生活はしていたが。
騎士の生活で11年、いや12年目か。この12年間は、比率では騎士の仕事の方が長い。魔法を追求する時間も少なかったし、精霊と対話するのも特別な事態で」
「12年。お前は、自分の本来から離れていたのか」
「俺の本来。そうなのか?でも、騎士の生活は嫌いではなかった。自分で望んで、騎士修道会に入ったんだ」
ヨーマイテスは、彼の言葉に少し理解出来るものがあり、息子を抱き上げて膝に乗せる(※サブパメントゥの愛情表現その②)。淡い茶色の髪を撫でてやって『お前の本来は、爆発的な魔力』そう教えた。
驚いている顔の息子に、本当に何でこんなに自分を知らないのかと、ヨーマイテスから見れば、そこが気になる。自分と出会わなかったら、無駄にドルドレンたちと戦っていたのかと(※無駄じゃない)思う。
「よーく考えてみろ。お前が結界のみを使っていた時。結界の範囲を広げるために、ナシャウニットに意識を丸ごと預けただろう」
「そうだよ。俺は一人では戻れない。ナシャウニットが」
「ナシャウニットが、ただの人間に乗り移って、その人間がナシャウニットの媒体で力を放出する。それは異常な事態だ」
異常と聞いて、寂しそうに目を伏せる息子に慌て、ヨーマイテスは言葉を変える。
「言い方が悪かった。泣くなよ。そういう意味じゃない。覚えれば誰でも出来るわけじゃない、と俺は言いたかった。それが最初の魔法なんて、そんなのナシャウニットが選ばないと何度も繰り返せない」
「選ぶ?ナシャウニットが・・・俺が呼びだしたから」
泣く手前で(※復活)褐色の騎士は『選ぶ』の意味を問う。精霊は、自分に応答してくれたのだと思っていた。大男は力強く頷いて見せ(※助かった)『選んでいる』ことに念を押す。
「お前の使っていた資料を、俺に見せろ。呼び出し方だけがあったのか?」
「資料には書いていない。ナシャウニットを呼ぶのは、部族の方法だ。俺はそれを紙に書いたが、元々、それは書き記されていない」
「部族の末裔か。それで現れる。だが、お前も知っているだろう。同じように部族の誰かが呼んでも、精霊の奇跡が起きないことを」
あ、と声に出し、すぐに頷いた騎士に、ヨーマイテスは『精霊も選んで現れる』初歩的なことを今更ながら教える。
ヨーマイテスの、息子への理解。
それは、『彼に教えた相手がいない』事実。彼は一人で学んだと、何度も話していた。息子の正直さから、本当にたった一人でいつも試行錯誤して、身に着けた『結界』と知った。
息子は、魔法を自力で覚えて、使えたのが偶々、部族の誰かが呼び出していた時の様子を真似たものだ。それがナシャウニットに『頼む』形で、『結界』という大型の魔法を覚えることに繋がる。
結界自体は段階で言えば、3段階目。最初に要らないものを取り除き、次に必要なものを詰め込み、3回目の仕上げに『結界』を張るのだ。要は、単体で使う魔法の類でもない。
だが、息子は。何かを守りたい場合、全てをすっ飛ばしていきなり『結界』を張る。だから、良くも悪くも・・・魔物まで内包する『結界』の使い方も出来る。
「ティティダックの空にあった、あの金色の結界はお前だろう」
そう、と頷く息子に『お前の力は、龍族が、中で動き回れる結界なんだぞ』と、丁寧に伝える。
「普通に考えたら、そんなこと出来ない。反発し合う。あれだけの大きさで、中に魔物がいて、女龍も龍もいただろう。青い奴(←ミンティン)」
「うん。俺はあの中でさらに、精霊の力に守られていた」
「バニザット。旅の初っ端から、お前の力は相当だ。何か別のものがあるとか、手伝われているとか、魔法を他に併用しているのかと、そう思うほどの大きさだ。
俺はお前に何回も言った。お前は、容量が既にあるんだ。後は詰め込むだけ」
ヨーマイテスに言われて、シャンガマックは少しずつ自覚する。いつもそうして、父は教えてくれる。
自分は一人で調べ、学び、試して、力を使えるようにしてきたから。自分以外の声を聞くことはなかった。
今、こうしてヨーマイテスが教えてくれること。小さなことも、初歩のことも、全てが貴重に感じる。
今日は精霊に会うことも出来た。『彼らに会って、情報を得て来るように』と、父は送り出してくれた。
それは叶い、洞窟の精霊たちは思いがけないことをたくさん教えてくれ、シャンガマックを励まし、洞窟を出た時は、一回り大きくなれた気さえした。
「着いたぞ」
会話している間に、魔法陣に出て来たウシのお腹が開き、二人はウシを降りる。
鎧のウシは魔法陣の中に沈んで消え、ヨーマイテスはシャンガマックを片腕に抱えると、洞窟の向こうへ走り『寝ないの?』と訊ねた息子に『風呂だろう』と律儀な目的を伝えた。
有難く。思い遣り深い父にお礼を言って、ちょっと笑いながらシャンガマックは、到着した風呂に入る(※夜露天風呂)。父もすぐ、ちゃんと入ってくれた。
熱い風呂の中で、シャンガマックは今日の精霊たちの様子を話し、ヨーマイテスは彼らを知らないものの、『精霊別』で同じような相手を見たことがあることと、この先も、そうした精霊に会うことを話してくれた。
シャンガマックが、洞窟の精霊たちに聞いたこと。
――【シャンガマックと精霊】 ~テーマ:『封印』
① シャンガマックはナシャウニットの加護を持つため、来賓扱い。突然『バニザット』と親し気に声を掛けられ、振り向くと数人のおじいちゃんに拍手をもらった。
② ナシャウニットの力は、精霊たちには見えていて、腕と首の加護に生きている。
③ 精霊たちは触らなかったが、『大顎の剣』には、生きている力がない。龍気はある。
④ ここまでの話から、生きている力が宿っている物品は、どのくらいあるのか。また、誰が力を宿せるのか、を教わる。
・龍族も精霊も妖精もそれが出来る。サブパメントゥは出来ない。
・魔物は出来ないが、魔性は残る。魔物の場合は、生命や力とは異なる。
・別の次元の魔族にもそれが出来る。魔族は種で増えるから、種は生きている。
⑤ 『魔族はこの世界にいるか』の質問に、『魔族は見ないが、魔族の力を感じる場所や、そうした時はある』。
⑥ 思い出し序、彫刻の鷲の羽を取り出して見せると『生きていない。魔性を消す道具』で、これがテイワグナの治癒場にあったと話したところ、『精霊たちが造った』と話していた。
⑦ 『生きている力』は、物に押し込んでいる状態。別物質に変化されないまま宿るため、管理をする立場の者は、その力に順応していないと難しい。
⑧ ここで魔族の話が補足。魔族の種は、出現を封じられて、別の次元に押し込まれている(※種の中=別次元)ため、種を潰しても倒せない。種の状態で防ぐには、別次元に戻すこと。魔族が現れたら倒すしかない。種が割れる時は、側に『宿主』がいる場合。
⑨ シャンガマックは魔族を倒せるだろうと、褒め称えられた(※ご加護のおかげで)。この時『お前は魔法使いの運命』と言われる。
⑩ 場の残り時間僅か。急いで理由を訊ねると、『昔、ここに女龍と来た魔法使い』が、『次にここへ来る時、俺の名前を呼んでくれ』と言ったという。『その名前に振り向いたら、その男は、次の魔法使い』と。
一日の話に花を咲かせ、風呂を上がった二人は、洞窟の寝床へ戻り、眠る時間を迎える。
獅子の姿に変わったヨーマイテスに寄りかかって、シャンガマックは、外の星空に顔を向けた。
『その男は、次の魔法使い』
まるで。称号のようにも感じる、その言葉に浸り、様々な想いを抱えて、褐色の騎士はすぐに眠り始める。
眠る息子を見つめる獅子は、息子のため、今日あの場所へ連れて行ってやって良かったと、自分の行いに満足だった。
お読み頂き有難うございます。




