1234. 戦う精霊の溢れる情報② ~治癒場と時の剣と戦う理由・聖物の発祥
――【フォラヴと精霊】の会話。 ~テーマ:『妖精の造った庭』
総長とミレイオの間の席に着いた、フォラヴ。
ご馳走に野菜が多くて助かり、さして空腹ではないけれど、ここは食べておこうと、少しずつ取り分けて食べていた。
同じように、野菜が好きなミレイオにもと、話しかけようとしたら、横のミレイオは、既に精霊と会話中だったので、フォラヴは総長をちらりと見た。彼も、向かい合うウェシャーガファスと話している。
賑やかなのは、後ろに立っている精霊たちも喋っているから。彼らも何かを飲んでいるので、雰囲気は歓迎会のよう。でも精霊たちは、飲み物だけの様子。ふと見渡せば、彼らは何も食べていない。
フォラヴも自分の国 ――妖精の国―― へ戻れば、食べない妖精たちを見るから、特に不思議には思わなかった。
少しすると、後ろに立つ精霊の一人が、フォラヴの話題を出しているのが聞こえ、質問はされていないので、そちらを見ずに過ごしていると、背中をトントン叩かれた。
返事をして振り向くと、二人のおじいちゃん精霊が、フォラヴの顔を見つめ『やっぱり妖精だ』と頷き合う。
その判断が、少し嬉しかったので、フォラヴが微笑んでお礼を言うと、体つきはがっしりして頑な印象なのに、おじいちゃん精霊は優しそうな笑顔で、『久しぶりに見た』と口々に伝えた。
「お前を見ていると、女王みたいに見えるよ」
「女王。妖精の女王をご存じでいらっしゃいますか」
「知ってるよ。ずっと前に見ただけだ。お前も笑顔が似ているな」
「私は妖精の・・・妖精なのですが、体は人間ですから、女王とは違うので」
フォラヴが遠慮がちに言うと、二人の精霊は頷いて『だからここに居られる』と教える。笑顔は真面目な顔に変わり、二人は何を思ったか、フォラヴに諭し始めた。
内容は、何と、過去の旅の一行に付き添った妖精の話。
驚いたフォラヴは、椅子をずらして二人に向き合う形で座り、身を入れて話を聴いた。
その妖精も人間のように過ごし、必要な時以外は妖精と分からないくらい静かだった、と言う。旅の仲間の妖精の一人かどうか、そこまでは分からないみたいだが、過去にズィーリーたちと一緒に、ここへ来た一人でもある。
「大変、貴重なお話です。有難うございます」
「お前は、自分が妖精らしくない、それを気にした。女王と似ていると言われて、自分が違うと言い切ってしまった。何が違うもんか。精霊の俺たちから見れば、お前は妖精だ。
過去の妖精の男は、お前のように静かだったが、威厳を持っていたぞ。自分の存在の意味を理解していたんだ」
はい、と頷きながら、初めて聞いた過去の精霊の話と、自分の状態を比べて、恥ずかしく思うフォラヴ。
ちょっと切なそうに白金の睫毛を伏せた騎士に、二人のおじいちゃんは気の毒に思ったか、『自分で確認したことはあるか』と訊いてきた。
『いいえ』と答え、何のことかと彼らを見ると、おじいちゃんたちは少し小声で『妖精の造った庭だよ』と言う。
驚いて首を振り『どこの庭ですか。そこへ行くと、この存在の意味を確認が出来るのでしょうか』そう質問を返すと、彼らは意外そうな顔をしてお互いを見た。それから騎士に『知らない?』と訊ねる。
「知りません。有名なのですか」
「どこから来た」
「ハイザンジェルです」
「あれは、ハイザンジェルじゃなかったか・・・あ、今はアイエラダハッドか。お前、アイエラダハッドに行ったことはあるか?ない?そうか。
お前の質問の答え。有名ではないだろう。しかし、動く妖精は知っていると思う」
動く妖精の意味も知らないし、アイエラダハッドの何かも分からない、妖精の騎士は、二人にもう少し詳しく教えて下さいとお願いする。
彼らは、『テイワグナからも、行ける場所がある』と謎めいたことを先に言い、話してくれたのは治癒場の存在。その言葉を聞いて、ハッとしたフォラヴは『治癒場は知っています。ハイザンジェルにありました』自分も行ったことがあると話した。
「あの場所は、俺たちが造った」
「何ですって。治癒場を造ったのはあなた方?妖精が造ったような話も、聞いていますが」
「それも間違ってない。お前に似ている女王の指示だ。
前の女龍。彼女は、魔物のせいで傷ついた人々を治したくて、世界中にそうした場所を求めた。
妖精の女王はそれを聞き入れ、偉大な精霊の選択から、俺たちがその場所を作った。精霊はそこに力を与え、魔物に傷つけられた者は癒されるんだ」
治癒場はもっと前から存在するような話が、ハイザンジェル・馬車歌の中にあった気がして、それも少し訊いてみると、精霊のおじいちゃんたちは顔を見合わせ『知らん』と一言(※だと思う)。
「作った当事者が言ってるんだ。こっちが本当だぞ。どこの歌か知らんが、それは人間がいくらも変えるだろ?」
「そうですね。しかし何と・・・素晴らしい話を聴きました。イーアンにも教えてあげましょう。きっと喜びます。
そして、その治癒場のどこかでしょうか。『妖精の造った庭』があるのは」
「違うよ。治癒場にあるわけじゃない。治癒場から動くんだ。どの治癒場でも行けるわけじゃない。アイエラダハッドと、テイワグナもあったか?」
「あるな。だがここからは遠い」
フォラヴは信じられない情報をもらい、地名を教えてもらい、必ずそこへ行くと言った。
「そこに私の、私がこの状態である確認出来るものが」
「あまり大きい声で言うな。誰でも行って良いんじゃ、ないんだ。お前は勿論良いが、他のやつらは一緒に行かせるな。その場所から行けることも知らせるな」
ハッとして、急いで頷くとフォラヴは『約束します。私一人で向かいます』と答えた。おじいちゃん二人は、騎士を見て,まるで孫相手のように微笑み『自信持て』と励ましてくれた。
「過去の妖精の方も・・・そこへ」
「分からない。でも威厳があったし、自分が誰かを知っていた。お前も知っているだろうが、疑問があるだろう?彼にそれはなかった。貴重な妖精だぞ、お前は」
フォラヴの空色の瞳に薄っすら涙が浮かび、しんみり微笑むと『有難うございます』とお礼を伝える。
おじいちゃん二人は、良いことをしたように嬉しそうで、この後もフォラヴの側で、自分たちの造った、他の遺跡の話を幾つも教えてあげた。
――【タンクラッドと妖精】の会話。 ~テーマ:『時の剣』
タンクラッドは、並ぶご馳走をせっせと食べていた。
バイラが立った後、彼の前に残っている(※まだ食べる予定のはず)皿も引き寄せ、バイラが戻らないから食べようと(※戻ったら無くて驚く)それらもてきぱき口に入れていると、バイラの椅子が引かれた。
バイラかなと思えば、細身のおじいちゃん(※皆がそうだけど)精霊が座り、タンクラッドを見つめる。
見られながらだと食べにくいので『食べるか』と訊くと、おじいちゃんは『お前が食べて良い』と言う。
「そうか。有難う。だが、そう見られては、食べにくいぞ」
「お前は、何だっけ。名前」
「俺か。タンクラッド・ジョズリン」
「そうかそうか。前の男はなんとかドフだった(※テキトー)。顔はよく似ているが、お前は少し若いかな」
親方は食べる手を少しゆっくりにし、精霊に『ヘルレンドフと話したことが?』と訊ねた。精霊はのんびり頷いて『あいつにも教えた』ことを、タンクラッドに話し出す。
「お前の使う剣のことだ。聞きたいだろう」
「聞きたい。時の剣のことを・・・何でも教えてくれ。まだまだ知らないことだらけで」
「その前に訊くぞ。この前、アギルナンであの化け物が空から来たのは、お前のためか」
ドキッとしたタンクラッド。ザハージャングのことだ、とすぐ分かり、それが顔に出たのか、精霊は『お前のため?』と二度目の質問。ハッとして、『そうだ』と急いで答えると、精霊は知っているようだった。
「お前の剣にいるな」
「いる。イーアンが教えてくれた。ああっと、『イーアン』とは女龍だ。彼女が」
「何か言っていたか、龍は」
「いや。ザハージャングを、嘗て、この剣が倒したことは教えてもらえたが」
「恐ろしい相手よ。ザハージャングは悲運。あの姿は龍ではないが、忍び込まれて使われた卵たちの行く末。
お前の剣は、龍が倒せなかった相手を斬った剣。空は、あの化け物が消滅する前に、罰した。そのためにまだ、ああして存在している」
タンクラッドは引き込まれる。突然、始まった昔語りは、ザハージャングの話が出だし。それも龍族が倒せなかったとは。忍び込まれた?頭に、いつかのビルガメスの話が過った(※721話参照)。
「龍族が倒せなかった理由は、強弱ではない。誤解するなよ。
最初の龍の時。ザハージャングは創られた。だが、完成する前に、当時のお前の立場にいた男が倒した。倒した後、ザハージャングの力は剣に封じられた。お前の剣は、今もなお生きている。その剣に罰の鎖が付いている」
「何だって・・・時の剣が、ザハージャングの・・・まるで魂でも」
「似たようなもんだな。だが、禍々しいものはない。お前の振るう『時の剣』は、とうに、龍族と精霊がその存在を正した。ん?おお、戻ってきたか。じゃあな、タンクラッド」
「え」
細身のおじいちゃん精霊は、驚いたタンクラッドの大きな肩をポンと叩くと、話も途中で席を立つ。待ってくれと、慌てて声を掛けたが、おじいちゃんは流れるような動きで消えた。
そして、入れ替わりでバイラが座り、『タンクラッドさん。見て下さい、これ!』すごく喜びながら、腰の剣を見せたので、タンクラッドのモヤモヤする気持ちは無理やり押し込まれ、紹介された匠の剣を一緒に見ることになった(※不完全燃焼)。
――【ドルドレンと妖精】の会話。 ~テーマ:『力の範囲』
ウェシャーガファスは、座って旅人たちが食べ始めるなり、ドルドレンに話しかけた。
クスドの鱗をなぜ持っていたのかを訊ねられて、ドルドレンは『奇妙な魔物』に囚われたクスドを助けたと話した。
「そうか。クスドが犠牲に。クスドに会いに行こう」
「きっと喜ぶ。あなたに会うために、鱗をくれたのだ。俺の怪我も治してくれた、優しい精霊だ」
「治してもらった?お前は怪我をしたのか。勇者の力はどうした(※微妙にドルは傷つく)」
ドルドレンは机の下の足を指差し、魔物に虫を入れられた話、そして勇者の冠の力は、最近、シャンガマックに誘導してもらって使えるようになってきた(※遠慮がち)と答えた。精霊は意外そうに、太い眉を引き上げる。
「前のな。お前の先祖の勇者。どうしようもないような男だったが、とりあえず強かったぞ。旅に関係なさそうな女連れだったから、女は外に置いてこさせたが」
ここでも嫌なことを聞き、ドルドレンは何となく、本能で謝る(※子孫が謝る)。また笑った精霊は、ドルドレンの凹み具合に、ようやく気が付いたか(※鈍い)咳払いして『お前は違うな』と言ってくれた。
「ドルドレン。お前の先祖は、性格に問題があったが、強さはそこそこだった(※一応)。お前は最近、冠を手に入れたか?」
「違う。今から、2~3ヵ月前の地震の時に手に入れた。使い方が分かりにくかった」
「愛だろ。お前の力は」
「その愛が分かりにくい。シャンガマックが説明してくれて、理解し始めた」
「お前は単純じゃないからかもな。お前の先祖は『バカ』が付くほど単純だった(※誰もが言う)。よく、あんな男が勇者だったもんだ。ドルドレン、お前じゃない。泣くな」
「でも。泣きたくなるのだ。どこへ行っても、そんな話ばかりで」
戦う精霊は、涙ぐむ勇者にちょっとだけ同情(※ちょっと)。話を変えて、クスドに教えてもらってまで訊ねた理由を訊いた。
「クスドが『戦わない精霊』と『戦う精霊』がいると教えてくれた。
俺はクスドに会う前に、数回、戦わない精霊の願いに関わったから、精霊がそうした立場であれば、旅路で積極的に助けたり手伝ったりしたいと思ったのだ」
「ドルドレンは、頭がまともだ(※誰と比べて~は言わない)。クスドに確認したという意味か」
そう、と答えたドルドレンに、屈強な老人は背凭れに体を預け、ふむ、と頷いた。
「戦う精霊に、何を聞きたかった」
「精霊は皆、戦おうと思えば、充分に強い気がする。だが、俺が手助けに関わった精霊たちは、魔物と戦おうとしなかった。追い払うことや、閉じ込めることを選ぶような具合だ。
戦う精霊は、なぜ戦うのか。そうではない精霊との、違いがあるのかを知りたかった」
「『戦わない精霊』は、何かを倒す為にそこに居るわけではないからだ。
精霊が存在する理由に基づく。その精霊たちは、持って生まれた理由がそうなんだ。
俺たちは戦うことが、存在する理由。戦うために、仕事もする。武器を作り、防具を作り、教えを請う者に知恵を授ける」
石畳の道は―― 本気で鉱物や武器・防具について、知恵を求めた人々のために、用意された道だった。そうではない者には、目に映らない。見せることもない道。
「ウェシャーガファスたちは、戦う精霊そのものだったのか。他にもいるだろうか?他の地域にも」
いるな、と強そうな老人は、白い髭を撫でながら頷く。それから少し黙って、ドルドレンが食べている顔を見つめ、彼の灰色の瞳を見て『そう言えばな』と話してくれた、過去の一行の事。
「勇者やヘルレンドフ、女龍が来たと言っただろう?彼らが来た理由も、『作る』ためだった」
「え。彼らは、何かを作りたかったのか」
「近いな。女龍が来たのは『癒しの力を剣にしたい』と。おかしな相談で、聞き直した。
本気で言っていたな。剣は倒すためにあるのに、癒しに使いたいと言うんだ。詳しく話は聞いてやった」
「どうしてそんなことを」
ドルドレンも不思議なので、ズィーリーが求めた内容を訊ねると『魔性を消して、悩める人を助ける力を剣に欲しい』と言い直した、ウェシャーガファスの言葉でピンときた。
「あのナイフ・・・白いナイフ。イーアンが、女龍だ。俺の奥さん。彼女が持っているナイフ」
「それだな。俺は入れ物を作っただけ。力を込めたのは、妖精の女王と偉大な精霊。そのナイフで触れたものは、邪気が消える。相手が生きていても、生きていなくても、関係なく」
そうだったんだ、とドルドレンは目を丸くした。
ズィーリーらしい、慈愛に満ちた願いの産物とは。しかし『魔性を消すためのナイフ』となれば、救済の意味で、相手を傷つけることでもあっただろう。
ズィーリーは、厳しくも強い愛を持った人だったことを、改めて感じた。
それに、ナイフはもっと古いものかと思っていたが、作り手が古風なこの精霊だからと、それも納得。
「そのナイフは、生きた力が通う。妖精の女王の力は、あの中に生きている。誰でも触れる代物ではないな」
「分かるのだ。イーアンが触ったら、光が動いた。俺もだけど」
屈強な精霊が言うには、そうした産物はこれからも、時々出会うらしかった。だから、聖物は注意して手に入れておけと。
お礼を言ってから、ドルドレンは『勇者は何を求めて?』これも一応、訊いてみた。ウェシャーガファスは可笑しそうに鼻で笑ってから、ドルドレンの顔を指差す。
「それだよ」
『冠だ』と教えられて、冠もその時代に作ったのかと驚くと、精霊は首を振って『使いやすくしろと強請りやがった』そう憎々し気に言い放った。
昔はもっと、あれこれ装飾が付いていた様子で、被るたびに頭が痛いとか・・・『どうでも良いことでここに来たんだ』と言われ、子孫はまた謝った。
*****
こうして、旅の一行はそれぞれの役に立つ情報を得て、お腹もいっぱいにしてもらい、洞窟の精霊たちにお礼を言って、洞窟を後にした。
洞窟を出ると、既に夕方も中頃。『野営するなら、出てもう少し先に、川がある』と教えてもらった場所へ向かう。
シャンガマックは石畳を上がるなり、待っていた仔牛ちゃんに『帰るぞ』と渋い声で引き留められ、笑いながら『待っていてくれて有難う』そう言って仔牛を撫でると、皆に『また』と挨拶(※あっさり)。
ロゼールにも微笑み『また会おう』少し意味深な言葉を掛けて、ボーっとしてる皆さんに見送られ、仔牛ちゃんに乗り込み、影に消える。
ドルドレンたちも、洞窟の精霊に教えてもらった場所に30分後に到着し、溢れるほどの情報を話し合いながら、少しゆっくりした夕食の時間を過ごした。




