1232. 洞窟の精霊ウェシャーガファス
ミレイオとタンクラッド、ドルドレンが、せっせと岩石の弾を落としている間。
後ろのロゼールとフォラヴは待機。『出るなと言われていますから』待つよりありません、と妖精の騎士は寂しそうに呟く。
「俺も手伝えたら良いんだけど」
「ダメですよ。あなたは来客なのです。怪我をしてはなりません」
「フォラヴ。俺はこれから関わるかも知れないんだ。でも。まだ分からないと言えば、そうだけど」
空色の瞳と目が合い、その視線を逸らすロゼールは、外をちらりと見ると『やっぱり役立てそうな気はしないな』と、諦めがちな独り言を呟く。
「ロゼール。あなたは仕事があります。それは優先して下さい。この旅に、あなたも巻き込まれたのは運命でしょう。ですが、運命には『強引な範囲』において、応じれば良いでしょう」
静かな友達の声に、ロゼールは彼を見て『強引?』と訊き返す。外はガンガン、ボンボン、音がけたたましいが、荷台の中で妖精の騎士が話している間は、無関係のように静かに感じる。
妖精の騎士は、小さくゆっくりと頷くと、友達の戸惑いを含んだ顔をじっと見て、思うことを説明した。
「あなたが、コルステインたちと連絡を取るとしても。どうしても、という以外は応じなくて良いと考えたら?」
「でも」
「いいえ。『どうしても』の時は、どうやっても逃げられないものです。常に、逃げ口上をお探し下さい。呼び出された時の『あなたの心』の中にも、コルステインたちの『要望』にも。
それでも逃げられない時。その時はお出かけなさい。ロゼールは選べるのです」
「フォラヴ」
そんなことを言ってもらえるとは、思っていなかったロゼールは、迷いの中に光が差した気がして、友達を見つめ『そうするよ』と素直に答えた。彼は微笑み、『そうなさって下さい』と頷いた。
馬車の荷台で話し合う二人の、静かな時間は、中間に挟まる職人二人と総長には真逆。そして、彼らを遠くに見るバイラと仔牛は、同じ頃、洞窟の一つへ入り込んでいた。
「私が入って大丈夫ですか」
「気にするな。お前が人間だから、都合は良いかもな」
「それなら、シャンガマックも人間ですから、彼」
「バニザットはダメだ。俺が安全と判断するまで出さん」
バイラ、ここでまた苦笑。俺は良いのか(←犠牲者)と笑いつつ、渋い声の仔牛の後について、馬を進める。
――総長に、『逃げろ』という意味も含まれた指示に従った、走る馬の背中で。ふと、後ろに聞こえる蹄の音に振り返ったら、仔牛も一緒に付いて来たので、どうして?と驚いたのだが。
仔牛は、せっせと走って付いて来て、気が付けば追い抜かされ、そして前を誘導される形で、バイラはここに入った――
「暗いですが、どこからか明かりが」
「そうだ。巧みなもんだな。器用の範囲は越えている」
「えーっと。ホーミット」
「何だ」
「ここをご存じだったんですか」
「いや。知らんな」
答えが食い違うので、先ほどから会話はしているものの、バイラは質問の急な終わりに戸惑いつつ、別の言い方を探しては、仔牛ホーミットに話しかけ、情報を得ていた。
「あのう。この。その、奥へ進んでいますが」
「進まないと、攻撃を止められんぞ。お前がどうにか出来るか?」
「いや、それは」
「そんな風に言わないでくれ。彼は知らないのに!」
仔牛ホーミットと会話中、黙って聞いているであろうシャンガマックは、父の行き過ぎる言い方に、釘を刺すこと度々。その都度、仔牛が黙るので、バイラは可笑しくて仕方ないが、シャンガマックに感謝して。どうにか、笑わずに堪えて過ごす。
本当に、シャンガマックにだけは言い返しもしないんだな、と思う。こんなに威圧的で誰も寄せ付ける気がない雰囲気の、強いサブパメントゥが。たった一人の騎士には弱いのだと思うと・・・そんな場面を知ることが出来て、それだけで貴重に感じる。
「バイラ。出て来たぞ。お前が説得しろよ。馬車の奴らのためにな。俺はこのウシと、息子と共に、ここで待つ」
「はい?え?(素)ワタシ?」
「俺はサブパメントゥだ。精霊に近づかない方が良い(※遠慮)。バニザットは、『安全と分かってから』下ろす」
「う・・・そう、そうですか。知らない間に大役だったのか」
ほれ行け、と命じられ、バイラは自分が人身御供と知った(※覚悟が間に合わない)。言われて、前の柔らかい暗がりを見ると、そこには人影。
もう、逃げられもしないし、進むしかない。
間違いなく・・・自分に何かあっても、シャンガマックが助けてくれる前に、ホーミットが彼を止める気がする(※当)。
「いくぞ、進んでくれ」
話しかけられるのは、愛馬のみ。でも、馬はちょっと考えているのか動かない。『進むんだ』わき腹を軽く蹴ると、馬も渋々歩き出す。人影まで10mほど。ドキドキしながら(※覚悟)バイラは相手をよく見ようと目を凝らす。
「ここまで来るお前は、誰なんだ。あいつらは仲間か」
「は。はい。あ、私はジェディ・バイラ。洞窟地区の精霊にお話を聞きに」
「『お前は誰だ』と聞いた。その答えは受け取った。だが『あいつらは仲間か』。その答えはまだだ」
「すみません。仲間です」
「どうやって入ってきた。穴も水もあった道を、馬車で通ったな?この場所にも入った。それに、人間じゃないやつがいるぞ」
この質問に、バイラはすぐ答えることを躊躇った。人間じゃない誰かがいると、入れないのかと過る。
相手は数秒の沈黙に、暗い影の姿で、首を少し傾げたように見せた。
「二度までだ。同じ質問をして二度で答えないなら、お前は」
「うわ、言います。待って下さい。馬車が通った道は、仲間が直しました。ここに入ってきたのは、石畳が見えたからです。人間じゃない仲間もいます。え~っと、妖精とサブパメントゥと勇者・・・あ、総長は人間だ」
「勇者?勇者だと?」
うっかり間違えて職種(=勇者は職業)も入れてしまった返答に、影の誰かは反応し、勇者の意味を問われた。バイラはもう必死で、頭が動かず、下手に隠せないので『伝説の旅人です』と言い切る。
その途端。辺りはパッと明るく変わり、どこからか光が差し込んでいた洞窟は、日差しの下のように輝いた。
目を丸くするバイラの見たものは、素晴らしい彫刻が並ぶ通路と、敷き詰められた、隙間一つない石の壁。
「おお・・・何と荘厳な」
「お前は人間だろう?石畳の道を見つけたのは、誰だ」
周囲の素晴らしさに、驚いたのも束の間。続けられた質問に、あ、はい、と振り向いた前に、小柄な老人が立っていた。
しかし、老人に見える要素が、限りなく少ない相手。
禿げた頭部に金の輪を被り、白い長い豊かな髭を蓄えた老人は、鎧を着けて武装し、クロークを羽織り、むき出しの腕は力強く膨れた筋肉を見せ、鷲鼻の左右の目は勇ましい。
大きく、豪華な装飾を施した斧を担ぐその姿―― 『戦う精霊・・・』あなたか、と呟いたバイラ。
「質問は、二度しか」
「わー!はい、はい!答えます、待って下さい!えーっと、私は人間です。それで石畳を見つけたのは、サブパメントゥの仲間で、そこに」
後ろを振り向くと、誰もいなかった(※仔牛はさっさと消える)。『あの・・・いや、いたんですよ。さっきまで一緒で』いないことに固まりながら、どうしよう、嘘じゃないのに!とバイラは焦る。
「ふん。いたな。お前だけじゃない。それくらい分かる。良いだろう。サブパメントゥでも、石畳の道を見破れるのか。こんな明るい時間に。
どうもお前の話は本当だな。『勇者がいる伝説の旅』が、ここにも来たのか」
老人は可笑しそうに少し笑うと、『勇者か』ともう一度呟き、何かを考えているような視線を、外へ向ける。
バイラは、彼の沈黙の間に、攻撃を止めてもらうことを思い出し、質問した。
「まだ攻撃していますか?音が止みましたが」
「終わった。仲間を呼んで来い。馬車を下まで引いて停めたら、ここに連れて来い」
「はい!有難うございます!」
急に『呼べ』と返事が戻り、ハッとしたバイラはようやく安堵。急いでお礼を言うと、馬を返して外へ走った。外へ出ると、馬車の前にいた3人は、もう乗り込んだらしく、馬車が丁度動こうとしているところ。
急いで石畳を駆け上がり、総長たちに大声で『付いて来て下さい!精霊が呼んでいます』と伝えた。
「何?バイラ、精霊に会ったのか?」
「はい。馬車を下に停めて、下りて中へ来るよう言われています」
「攻撃は?急に終わったが」
「理由は分かりません。でも『勇者がいる、伝説の旅人』と伝えたら、攻撃をやめました」
「そうか・・・良かった」
勇敢にも、精霊と会話し、攻撃をやめてもらうキッカケを作ったバイラに礼を言い、ドルドレンたちは馬車を出す。
広い石畳をゴトゴト進み、徐々に下へ近づくにつれ、すり鉢の中心に当たる底部分は、洞窟の穴が均等に、円を描いて並んでいることに気が付いた。
「よく見ると。何だか人工的にも見える」
「正しいかも知れません。中はもっと驚きますよ」
総長の不思議そうな呟きに、バイラは少し笑って答えてから、大切なことを教えた。聞いてびっくり、ドルドレン。
「二度?」
「はい。言われると思いますが、先に伝えます。同じ質問は、二度しかしないそうです。
だから、余計なことを付け加えることが出来ません。彼が質問したら、まずそれにすぐ答えて」
「もし、二度でこちらが返事をしなければ」
「いえ。返事をする気になる相手です」
苦笑いのバイラがそこまで答えた時、馬車も馬も石畳の最後を下りて、白い地面の底に着いた。
最初に見た時、ただの地面にしか見えなかったその場所は、白い不定形な敷石が、驚くほど正確に精密に組み合わされて、隙間が見えないほどの業を成された所だった。
そこで馬車と馬を置き、皆に自分の後を付いてくるように言い、バイラが先頭で中へ入ると、中は明るいままの状態で、入ってすぐ旅の一行は、驚嘆の声を上げた。
静かめに驚き続ける一行を引き連れ、先ほど精霊がいた場所まで行くと。
「あ。シャンガマック」
「はい。ここで待ちました」
精霊の代わりに褐色の騎士がいて、微笑んでいた。どうもバイラが出て行った後、お父さんに下ろしてもらったようで、彼が言うには『俺はもう、自己紹介が済みました』だそうだった。
バイラの胸中は複雑だったが、別にシャンガマックに非はないので、苦しい笑顔で頷いておいた(※ホーミットめ、と思う)。
「精霊は、この先にいます。部屋があるようだから、そこまでの案内を引き受けました」
ここからは、シャンガマック。褐色の騎士の後ろを、ぞろぞろと付いて行く、皆の思うことは一緒。
彼は、お父さんに抵抗がなさ過ぎる・・・お父さんの言葉にも動きにも、全く動じない『普通のシャンガマック』に、皆は、彼の別の力を感じるようになった(※貴重な存在認識)。
しかし、見事な細工のされた洞窟の通路。
職人二人は、あちこちに顔を向けては観察しつつ、二人でぼそぼそ意見を言い合う。感想も含めて『人間業じゃ出来ないな』が二人の共通意見だった。
フォラヴも美しい通路に驚きつつ、楽しみつつ。精霊の住まいに立ち入ったことは、少し気になるけれど、こうした時、完全な妖精の状態ではなかった体に感謝する。
ロゼールも貴重な体験続き。嬉しさや喜びや、素晴らしい光景に出会うと、心のわだかまりが小さくなる。揺れる気持ちも胸に感じる状態で、華々しいほどの細工の通路を堪能した。
ドルドレンは少々、気持ちが違う。さっきは忘れていたが『勇者に反応した様子』の精霊のことで、ふと『勇者って・・・まさか』ギデオンじゃないの?と思ってしまったら、おちおち、感動していられなかった。
皆を連れて歩いたシャンガマックは、すぐ後ろのバイラに『ここです』と大きな扉の前に立った。
扉は閉ざされていて、その大きさは男龍たちの背丈と同じくらい。見上げるような2枚の扉に、皆が『開けて良いのか』と話していると、扉は静かに、内側へ向かって動く。
「開いた」
「お前か、勇者よ。お前だろう?冠の」
開いたと呟いたドルドレン。背が高いドルドレンは、皆の後ろからでも、部屋の中の声の主が見える。広い室内は、通路の何倍も手が込んでいて、浮き彫りにされた彫刻群は生き物のように、室内に張り出している。真ん中に長い机があり、椅子が並び、上から注ぐ光は、いくつもの明り取りの窓の賜物。室内は輝くように佇む。
声の主は、イーアンくらいの背丈の老人で、しかも屈強な風貌。彼と目が合ったので、すぐに頷きドルドレンは『俺がそうだ』と答えた。
「名前を言え」
「ドルドレン・ダヴァート」
「伝説の・・・ふむ。まぁ、そうか。似ているな(※皆がぴくっとする言葉)」
ドルドレンはやっぱりなと思いつつ。寂しそうに俯いて『以前の勇者の子孫であるが、嬉しくはない』と呟いた。その言葉を聞いた老人は、突然大笑いし、驚く皆を無視して、一人呵々大笑。
笑われ過ぎて、ドルドレンは寂しさが溢れる。でも、ふと。笑い声が重なって聞こえることに気が付き、ハッとすると、彼らの周囲にはたくさんの老人が(※老人のみ)いつの間にか集まっていた。
「どうやって来た」
驚く旅人たちに、距離を縮めた一人の老人が訊ねる。ドルドレンはさっと鱗を取り出して『クスドが教えてくれた』と答えると、最初に大笑いした老人は『クスド』と繰り返した。
それから、最初の老人は彼らに着席するように言い、何故か、彼らを取り巻く老人たちも、一緒に着席した。ドルドレンと向かい合うのは、屈強な老人。
「さて。旅の勇者。クスドに聞いて来たのか。お前はドルドレン。合っているな?」
「合っている」
「お前は良さそうだな。前は酷かったからな(※誰もが同感)」
萎れるドルドレンを、横に座った親方が『元気を出せ』と小声で励ます。その親方に視線を動かした老人は『お前は彼と一緒か。ヘルレンドフだろ』と訊ねた。親方もさっと顔を向けて『俺はタンクラッド・ジョズリン。ヘルレンドフと同じ立場』と告げる。
「面白い。しかし、龍がいないのは、以前と同じか。以前は、ヘルレンドフと龍が、一緒に来た。勇者は一人で来た」
笑えない内容に、旅人たちの表情が曇る。その変化に、また老人は大笑いし、すると周囲の老人たち(※100人くらいいて、座ってる人と立っている人がいる)も同時に笑うので、笑われ者になった皆はこの場が耐え難かった(※過去の勇者のせい)。
「龍がいない理由は違うのだ。女龍は今、空で学んでいるのだ」
「うん?学ぶ?そうなのか。仲は悪くない、と言いたいのか」
「そうだ。彼女は学んでいるだけで、俺の奥さんだ」
「お前の女房!時が流れると、腰を抜かしかねんな」
ここでまた笑われ、ドルドレンの目に涙が浮かびかけた時、老人は笑って一息、大きく息を吐き出すと、笑顔をそのままに鋭い目つきで勇者を見た。
「俺の名前は、ウェシャーガファス。人間は、俺たちの仕事を学ぶ。戦う力を付けるために」
そう言うと、ウェシャーガファスは大きな拳で、ドンッと机を叩いた。次の瞬間、玉石をきっちり敷き詰めた机に、わっと料理と飲み物が一面に現れた。
「食べて行け。聞きたいことがあるんだろう。食べて力を付けて、知恵を持って旅に出ろ」
お読み頂き有難うございます。




