1231. 白い洞窟群
「話しそびれたな」
後で話すか、とヨーマイテスは呟く。ウシに揺られる体内で、シャンガマックは昔話を聞き終えた後、父の言葉に『あ、そうだった』と一緒に思い出した。
「すっかり忘れていた。魔物の質が変わったことと、あの道をヨーマイテスが直してくれたことを、言わなきゃ」
「魔物の質が変わったのは、まぁな。いつ教えてやっても良いと思うが。
俺が直したことは早く話すべきだった(※感謝対象と思う)。通り過ぎたら、恩恵も薄れる・・・あいつらは、あの崖で転落するところだったのに。感謝どころか、喚かれて不愉快だ」
「ミレイオは、仕方ないよ。ミレイオとヨーマイテスは、相性があまり良くなさそうに思う」
「相性?そんなもの、あるわけないだろう!あいつ相手に、どれだけ俺が面倒だったと思うんだ。
ミレイオは女みたいだ。煩く小さいことで喚いて、よくあんなに喋るなと、毎度うんざりする。何かにつけ、ああ言えば、こう言うだろ?お前と大違いだ」
はーっ、と大きく溜息をついて、腕に抱えた息子を抱き直す(※縫いぐるみ状態)。
「お前が息子で俺は救われた。本当だぞ」
「有難う。ちょっと複雑だけど、でも俺は息子にしてもらえて良かったよ」
道の修復については、後で俺が話しておく、とシャンガマックが言うと、ヨーマイテスは無表情で頷き、息子の頭をナデナデしていた(※ひたすら可愛がる)。
シャンガマックは、ここへ来るまでの道を思い出す。
実はウシ。洞窟地区近くに浮上した。馬車が来ていないから、戻った形で道を辿り、それで旅の馬車の前から来たような具合。
洞窟地区近い場所から、旅の馬車が通る道は、穴のような陥没が目立ち、いくらなんでもこれは通れないぞと、ヨーマイテスが一旦、影の中を伝って地中を動き、道の陥没に土を加えた。
父が道を直している間は、ウシと待機していたシャンガマック。戻ってきた父に『もう平気だろう』と教えてもらい、それから馬車に会いに進んだのだった。
陥没の理由は、『これから分かる』。皮肉そうに笑った父の言葉から、洞窟の精霊によるものかと感じた。
昼頃――
洞窟地区一歩手前で、馬車は昼にする。洞窟地区の白い地面は始まっていて、見える全ての土が白い。ここから続く道がまた狭くなることから、馬車を停めるところがないため、手前で昼食。
父に『行って来い』と促され、シャンガマックは皆に参加し、食事を受け取って久しぶりに仲間との会話を楽しむ。
ザッカリアがいない理由、イーアンがいない理由、ロゼールが来た理由。全部を聞いて、自分の現状を伝え、それから父の道の修復の話と、これから出会う魔物についての懸念を話した。
皆は、道の修復にも、魔物の質が変わったことを告げた彼にも、思いがけない内容で驚き、シャンガマックにあれこれ質問した。シャンガマックも分かるところは、何でも答えた。
魔物の質が変化したことは、皆が感じていることでもあり、今後の注意点だと話し合う。
シャンガマックは総長に、一昨日の魔物はどう倒したかを訊ね、彼の動きと相手の様子を聞き、それに魂消た。『まるで、イーアンみたいなことを!』と驚き笑った部下に、ドルドレンは苦笑いで首を振り『まだまだ足りない』と悲しそうに答えた。
「でも。その方法が効いた。それは大きい意味の知識ですよ。魔物と似たような方法でも倒せる。それは大切な最初に一歩です。民間人にもやはり、教えた方が良いです」
『魔族』の名は出さなかったし、『相手は成長未熟の可能性あり』とも言わなかったが、シャンガマックにとって、総長の必死な試みは、魔族に対し、充分価値ある対処の一つに感じられた。
それから、昼も終わる頃。シャンガマックは『洞窟の精霊に歓迎されていないかも』そのことも伝えた。
総長に『クスドからもらった鱗を用意しておいて』と頼み、ここからは、シャンガマックも馬車に乗ることにした。
ヨーマイテスに伝え、渋々、了解してもらい、シャンガマックは久しぶりに荷台に移動。
喜んでくれるロゼールとフォラヴと一緒に、本当に久々、僅かな時間とはいえ『支部にいる時のような日常』の一片を、過ごす。
ロゼールのことを、父に聞いた後であっても―― シャンガマックは、今この時間を大切にした。
馬車が出発してから、数十分後。
前の馬車が速度を落とし、寝台馬車もそれに合わせて速度が落ちた。『洞窟地区よ』と御者のミレイオの声が聞こえ、寝台馬車の3人は外を見た。
そこは、右手側に真っ白なすり鉢状の景色が広がり、そのすり鉢には、黒い穴がいくつも見える。穴は屋根を持つように隆起していて、凹んだ下ろし金に似た印象。
下りる道はなく、馬車を寄せるところもない。馬車は通過することを躊躇いながら、ノロノロと進んだ。通過してしまいそうな場所まで来て、一旦、手綱を引く。
「どこから下りるのだろう」
呟いたドルドレンは、右手方面一帯が、かなりの角度で傾斜している様子を見つめ、『とてもじゃないが下りられない』と困る。
「困りましたね。ここは多分。ちょっと離れた場所に馬車を置いて、歩きかも知れないです」
バイラは、自分の馬で駆け下りるにしても怖い、と総長に言う。ドルドレンもそう思う。馬だけでも、足が取られそうで心配がある、穴も開いた硬そうな白い地面。
「ドルドレン。道はないと、ムバナの町で聞いたぞ。直には下りれない」
止まった馬車から出てきた親方が、御者台の横に立って『道を通していない』ことを伝える。
こうなるとやはり、先まで進んでから、馬車を置いて出かけるしかないのかも、と話し合っていると。
荷馬車の前を歩いていた仔牛が・・・(※イヤな予感)トコトコ歩いて近寄ってきた。
思った通り。仔牛はドルドレンの側まで来て、口を開けると、低い声で『何をボケっとしてるんだ』とケチをつけた。
可愛い見た目の仔牛が、可愛くないことを重い声で言うものだから、タンクラッドもちょっと引くが、とりあえず、停止した事情を伝える。
「馬車が下りられない以上、通過するより外ない。どこにも道がないから」
「手間のかかる奴らだ」
親方の声を遮って、仔牛は可愛くない言葉を続ける。眉を寄せるタンクラッドに、止まった馬車を下りてきたシャンガマックが横に行き、解説を手伝う。
「ホーミットは、道がないと思っていないんです。言い方はその、少し気になるかも知れないけれど。ホーミットは、下りる方法を知っています」
「バニザット、俺の言い方が、気になることなんかないぞ。奴らに合わせるな(※父は自己中)」
仔牛が注意したので、シャンガマックは笑って『そうだね』と答える。
気分を害したような仔牛の文句を、軽く往なしている部下を見つめ、ドルドレンはしみじみ『俺の部下は、変わっている者が揃っている』と実感する。
それは親方も同じ。総長の部下は、誰もかれもが何かが違う、と思う。
「うーむ。では。ホーミットに任せる。下りないと話も聞けない」
「仕方ない。俺が、お前たちの言うことを聞くなんて、そんなことはしなくたって良いんだが。バニザットのためだからな(※ここ大事)。お前たちも序に精霊に会わせてやる(※上から)」
一々、けち臭い上に、上から目線の言い方。
知っているけれど―― ドルドレンもタンクラッドも(※横にいるバイラも)『彼はどうして、こんなに性格が歪んでいるのか』と、今日も感じる。会うたびに感じる。ミレイオが無理なわけだと、それも実感する。
でもシャンガマックは、ニコニコして『有難う。皆のために』と喜んでいた(※父好き)。
こうして、ホーミットが力を貸してくれることになり、彼と相性が抜群に悪いミレイオは、絶対に近づかないよう、タンクラッドがミレイオの側に付く。シャンガマックは、ウシに戻る。
ドルドレンは、どうにか耐えられる範囲なので(※いろんな人いるから、と思う)さばさば性格のバイラと共に(※こっちも人生経験豊富)生意気な仔牛(?)の指示に従う。
「ドルドレン。いいか、最初に教えておこう。攻撃されたら、かわせよ」
「攻撃?『歓迎されていないかも』とは、シャンガマックにも聞いたが」
「向こうは、お前たちに会いたいわけじゃない。誰でも歓迎してくれるわけじゃないんだ。だが、攻撃し返すな。拗れる」
ホーミット仔牛はそう言うと、馬車の前を少し歩き、右側斜面の極端に抉れた場所へ踏み出す。
それを見たドルドレンがすぐ『そこは馬車では無理だ』と大声で知らせると、仔牛は頭を、くいっと向けて『黙って見ていろ』と可愛くない返事を返した(※ドルの目が据わる)。
仔牛の体はそこそこあるにしても、抉れた箇所に下り始めると、そこに隠れて見えなくなった。
「あれは。あのウシの大きさだから、通れるのでは」
バイラの心配そうな呟きに、ドルドレンも同じことを思う。『どうする気なのだろう』彼は見ているように言ったが、特に何が変わったわけでもない。
少し待っていると『早く来い』と怒鳴られた。バイラとドルドレンは苦笑いで顔を見合わせ、仔牛の消えた抉れ場所まで進んだ時、目を丸くする。
「さっさと動け。お前たちの目に映らないだけだ。俺が見せてやっている間に、通れ」
「こんな場所が」
驚きながらも、ホーミット仔牛に叱られたので、バイラは馬を動かし、イライラ仔牛の立っているところへ進む。ドルドレンもビックリしながら、手綱を取って馬車を進ませ、無かったはずの道へ。
まじまじ見ながら通るそこは、広い坂道で、坂道は舗装され、仔牛の下りた抉れた場所ごと、石畳の緩い坂に変わっていた。
石畳の広い坂道は、すり鉢の洞窟群の前に渡されていて、大きな螺旋を描きながら、すり鉢の壁に沿って下方へ続いていた。
「私たちの目に映らなかった・・・そう、彼は言いましたが。これは。もう自然洞窟群には思えません」
「本当だな。まるで一つの、風変わりな町のようだ。洞窟が住まいの入り口で、石畳が渦を描いて」
バイラは総長を振り向いて『こんなに立派な道を、人目に映らないようにしている理由と、これを作った理由は何でしょうね』と不思議そうに訊ねた。ドルドレンも想像もつかないので、少し笑って首を振る。
「行けば分かる。話を聞くんだろ」
ホーミット仔牛は、二人の会話にざくっと切り込みを入れて、苦笑するバイラに『お前じゃ無理だが』と少し理解するような言い方をした。
バイラが、何のことか?と思って仔牛を見ると、可愛い顔の仔牛は先を歩きながら『人間に見えるはずもないんだよ』と渋い声で教えてくれた。
「そうなんですか。では、ミレイオやフォラヴだったら」
「あいつらなら・・・ミレイオはどうか分からん。『妖精』なら、見えたかも知れない。しかしまぁ、まだヒヨッコみたいな妖精だから」
「そんな言い方をしないであげてくれ。フォラヴが気にする」
仔牛の呟きに、シャンガマックの声が注意する声が混じり、仔牛は黙る(※息子に弱い)。バイラも総長も、ちょっと笑いそうになったが、顔を伏せて我慢した。それに気が付いたか、仔牛はさっと振り向いて命令(※笑われるのキライ)。
「もうじきだぞ。しっかり、かわせよ」
ハッとするバイラとドルドレン。
緩い傾斜の白い石畳に、ホッとして進んでいたが、その注意を合図のように、ボンッと音がして飛んできた石を凝視。
「バイラ、走れ!」
「馬車は?」
「守る!お前は走れ!」
ドルドレンの叫び声と一緒に、バイラは馬を走らせて下へ向かう。ホーミット仔牛も、逃げるようにタカタカ走って付いて行く(※息子の安全大事)。
ドルドレンの声に反応した後ろの職人が出て来て、ミレイオとタンクラッドが馬車の側面に立つ。
飛んできた石は馬車を威嚇するように、上を掠めて洞窟の一つに投げ込まれる。それを見たタンクラッドは剣を抜いた。
「ダメだ、タンクラッド!攻撃してはいけない」
「ぶつかるぞ!何なんだ、こいつは」
「ミレイオ、タンクラッド。これが精霊だろう、攻撃せずにかわしてくれ」
「どうやって?うわ、また飛んできた!」
下方の洞窟のどこかから、ボンッと再び音がして、岩石が馬車をめがけて飛ぶ。ミレイオは瞬時に、力を出して岩石を空中で砕いた。
砕けた石の破片が、バラバラと落ちてゆくのを見て、ドルドレンは『ミレイオ!』と頼むように注意する。
「『かわす』って、これくらいはさせろ(※豹変ミレイオ)!」
「あ~・・・ま、そうだな。では、そのくらいで」
やりようねぇぞ、と少し怒っているミレイオに、それもそうかと頷くドルドレン。タンクラッドも困惑がちに剣を抜いたまま、『切り落とすだけなら、良いんじゃないのか』の意見を出す。
「分からないのだ。これでも『攻撃し返している』と見做されたら」
「思わないだろう。防御だ、こんな程度。お前も剣を持て」
親方は、ドルドレンにも剣を持つよう指示。仕方なし。ドルドレンも剣を出して抜く。
『馬車を守れよ』親方はそう言うと、次に飛んできた岩石二つの内、ポンと跳んで一つを叩き切る。ミレイオがもう一つを潰し、さっと顔を下に向けた。
「連続か。頑張れよ」
青白い隈の浮かんだミレイオの、うんざりした顔が、一斉にぶちまけられるように弾けた、岩石の群れに向けられた。




