1230. 旅の八十一日目 ~合流する午前
洞窟地区も近い場所に野営した旅の一行は、夜明け前の振動を怪訝に思った。
これが絶妙な時間で、コルステインが帰った後。朝の白い空が辺りを包むくらいの時、数回に渡って小さな振動が馬車を揺らした。
揺れが小さく、何度か続いただけで終わったので、皆は気が付いたものの、報告は朝食時を待った。
昨晩は、夕食後に地下に戻った(※お宝収納)ミレイオが帰り、洗濯物を馬車に置き、いつものように朝食の支度をしようとして『何よ、これ』と声を上げた。
ミレイオが食事を作り始めたら行こう、と思って、ノロノロしていたドルドレンは、その声でさっと起きて着替えてすぐに外に出る。
「おはよう、何かあったのか」
「あ、ドルドレン。これ。何?誰かここに水出した?」
調理道具を地面に置いたままのミレイオに、急いで挨拶したドルドレンは側へ行くと、状況に同じように眉を寄せる。
「水?」
焚火跡を覆うように、そこだけ水溜まりがある。焚火を消すために水は使わないので、この不自然な水にドルドレンも戸惑う。ミレイオは首を傾げて、『特に気配はない』と周囲を見渡し呟いた。
とりあえず、食事の準備をしようと、ミレイオは新しく薪を組んで火を熾す。ドルドレンは火の世話を担当し、明け方に地震があったことをミレイオに話した。
「本当?明け方って、コルステインはもう」
「いなかったと思う。見ていない。ただ、東の空は白かった。大体その時間には、いつもいないから」
二人が話していると、親方もベッドを片付けてから近くへ来て、挨拶もそこそこ『夜明けの、何だ。あれ』と二人に訊ねる。この質問に二人が反応する前に、寝台馬車からもバイラ、ロゼールと続いて、フォラヴが出て、同じ話題を始めた。
ミレイオは、焚火跡に水があったことを話し、自分は地震を知らない、と答えた。
「地震ってさ。サブパメントゥはあまり関係ないの。上がる直前でもないと、分からないのよ」
何かあるのだろうか、と皆も気にしていると、バイラが馬を引いて『ちょっと見て来ましょうね』と出て行った。
ロゼールは、飛べる自分も行こうかどうしようか、少し体が動きかけたが、昨日の今日で躊躇いが残り、結局出かけなかった。ドルドレンは彼を見ていて、それで良いと言うように、目の合った部下に頷く。
朝食が遅れたわ、とぼやくミレイオを手伝うロゼール。皆の食事が出来た頃、バイラの黒馬が戻って来て、バイラは何度か後ろを振り向いていた。
「どうだ」
親方が立ち上がって迎え、バイラも馬を繋いで、食事を受け取る。親方の横に座ると『ここだけではないです』見て来た場所の変化を教えた。
「ここだけではない?他にもあったのか」
「はい。ここは偶然、焚火跡に水が出て来た・・・のかな。あっちもありました。同じように少し窪み、そこに水が溜まっていて」
バイラの話だと、地面に緩い場所があり、そこが沈んだように窪んでいる気がしたと話す。
「地震。関係あるかも知れませんね。大した揺れじゃなかったが・・・あれかなぁと」
不思議にも心配にも思うことだが、どんなに話しても、原因がわかることでもない。皆の話はここまでで、注意して進もうと、出来ることは『注意だけ』の結果で、朝食を終えて片付け、馬車は出発した。
進む道は幅が狭く、左右には、森か、崖か、岩山。もしくは交互。そんな具合なので、すれ違うことが難しそうだった。
洞窟地区は白いから目立つが、馬車で通過するのは昼頃ではないかと、バイラは話していた。
「道がこんな感じですから。もしも、向こうから馬車が来たら、道横に作ってある凹みまで戻らないといけません。どっちが戻るかは、凹みに近い方で」
「馬車で生活していた頃。こうした道はよく通った。真横が崖で、何百mも下に谷があるような、そんなところも。俺は子供だったが、たまに御者もした。そういう時は、さすがに大人が手綱を代わったな」
総長の思い出話を聞いて、バイラは『馬車の民でも、緊張するんですね』と頷く。
「住まいの重さがあるから・・・車輪が傾いたら最後ですものね。慎重に行きましょう」
馬車の民は、荷台に必ず住まいが付いている。普通の馬車に比べて重量もあるし、引き馬が一頭だと、気を付けて気を付け過ぎることはない。
バイラが先頭で、道の状態を見ながら、御者に注意しつつの道のり。慎重に進む分だけ、時間が掛かる『遠さ』であると、ドルドレンは理解した。
しかし、有難いことに。崖の高さと道幅が、一番気になるこの道は、その手前の道にあった、陥没や水溜まりはなかった。
これは救いで、横の岩壁も崩れた様子がなく、進む御者と騎手は有難く感謝して、ここを丁寧に通過する。
「もう少し行くと、崖も終わります。雑木林みたいな、木の種類の混在する場所を通過します。
そこまで行けば、少しはすれ違いも気にしなくて済みます・・・あ。え?」
見えて来た疎らな林を、指差して教えていたバイラは、振り向いて総長に話しかけていたのだが、彼の目が丸くなるのを見て、自分も前方に顔を戻し、固まる。
「あれは」
「うむ。どうしてここに。しかも、この状況で」
二人の目に映ったのは、もう少しで崖が終わるところより、なぜかこちら側(崖)に進んでくる、ウシ。
それも一度見たら、絶対に忘れないタイプのウシ―― 鎧付きで異様にデカイやつ。
「ちょっと、ちょっと待て!おい!シャンガマックだろう?シャンガマック!こっちに進むな!」
恐ろしい見た目のウシはノソノソ進んで来て、バイラの馬より10mほど離れた場所で立ち止まる。そしてパカーンと口が開くと、褐色の騎士が笑顔で登場(※慣れ)。
「おはようございます!」
「おはよう。でもおかしいぞ、その自然体」
「この前会ったばかりだけど、嬉しいです。総長、バイラ、お元気」
「シャンガマック。よーく見ろ。出会いの喜びの手前で、ここはどこだ。俺たちは今、崖っぷちで立ち往生している。その、ウシがいるから」
「え?」
ハッとしたシャンガマックは、キョロキョロして『本当だ!こんなところだったのか』と驚く(※のんびりさん)。おとぼけな部下だが、ドルドレンはあまり強い口調で注意したくない。だって、絶対に彼が一人なわけはないのだ・・・・・
「ドルドレン。彼を叱るな」
ほら、と思うドルドレン。ウシから聞こえた、ドスの利いた声に眉を寄せて、苦笑いするバイラに『絶対にいると思った』と呟くと、あっちに聞こえていて『言いたいことがあれば、俺に言え』と怒られた。
「バニザット、下がれ。俺が話す」
お父さんの声がウシから聞こえるので、恐ろしいウシが喋っているみたいで、バイラもドルドレンも怖い。
褐色の騎士は、後ろを(※体内)振り向いて『いいよ。俺が話す』と言ったが、引っ張られたらしく、ひょっと引っ込んでしまった。これと同時に、寝台馬車から大声が響く。
「どうしたの?何かあった・・・あら!何よ、またぁ?何でこんな所にいるのよっ」
後ろの御者をしていたミレイオが、なぜか停止した不自然な場所と、近くにサブパメントゥの気配がプンプンしていたため、馬車を下りて来たのだが、ウシを見るなり金切り声で騒ぎ始めた。
ここで一悶着しているのも問題なので、騒いで前に出るミレイオを押し止め、やり返すお父さんウシにお願いし、どうか後退してもらうよう、ウシを動かしてもらった(※父は人の言うこと聞きたがらない)。
ただ、下がってもらうだけのことなのに。
こんなことで、15分もそこにいた馬車は、ようやく進み切って崖の側を終了し、両脇に土のある安全な道へ入った。
寝台馬車からは、まだミレイオがぎゃあぎゃあ怒っている声がするが、とりあえず一度馬車を林に寄せ、総長は戻ったシャンガマックに挨拶。ミレイオはフォラヴが担当。親方も一応、ミレイオ阻止役。
「シャンガマック、来ているんですか?」
ロゼールは会いたい。親方がロゼールに『会って来い』と言いかけて、行こうとした彼をやはり止めた。
「うーん。でもな。一人じゃないから」
「あの、サブパメントゥの人と一緒ですよね?それは知っています」
「あっちが問題なんだ。お前じゃなくて。シャンガマックは彼と一緒にいられるが、他の者を望まない。お前も行かないでここにいろ。シャンガマックにこっちへ来てもらう」
親方の言い方が何となく重くて、ロゼールは会いたい気持ちを抑える。ミレイオもその会話を聞きながら、少し落ち着き(※問題すり替え)ロゼールに『来てくれるから』と言い添えた。
総長は、ウシの口から降りて来たシャンガマックに、戻って来てくれたことを喜ぶと共に、理由があるのかを訊ねる。褐色の騎士は、自分たちが来た理由を簡単に話す。
「そうか。お前も、洞窟の精霊を訪ねて。俺もそうした方が良いとは思ったが、連絡が」
言い淀む総長の途切れた言葉の続きを、シャンガマックは少し待ち、彼がじっとしているので、とりあえず連絡しにくいのか、と理解した(※息子は父が平気だから、気持ち分からない)。
「精霊に会う手前で、あのウシの乗り物と、ヨー・・・えーっと。ホーミットは、一度離れます」
「前も思ったのだ。その『ヨー』は」
「はい。気にしないで下さい(※正直者)。それと、あの。誰か加わりましたか?一応、状況を俺も知っておこうと」
「うん?ああ!そうだった。お前は会っていなかったな、ロゼールが来ている」
「ロゼール!」
後ろを振り返った総長に合わせ、シャンガマックも後ろの馬車に首を向けると、馬車の間から、懐かしいオレンジ色の髪の毛が揺れ、すぐに笑顔と腕を振る彼が見えた。
「おお、ロゼール!どうしてここに」
驚くシャンガマックは走って彼の側へ行き、迎えてくれたロゼールを抱き締め『久しぶりだ、元気か』と再会を喜んだ。
抱き返すロゼールも大喜びで『シャンガマック!また逞しくなって!』首を振り振り、満面の笑みで、友達であり仲間の無事を感謝する。
「仕事だよ。もうそろそろ帰るとは思うけれど。こっちの情報を持って帰るんだ」
「そうか。遥々、テイワグナまで。元気そうで良かった。俺はまた、ちょっと。別行動中で」
少し聞いている、と頷いたロゼールは、とにかく一目顔が見れたことだけでも、充分だと伝えた。シャンガマックも、懐かしいロゼールの声、顔、表情にホッとする。
「そうだ、俺の父に会っていくと良い(※嬉しいからつい)」
シャンガマックは喜びの勢いでそう言うと、笑顔が固まったロゼールと、二人に微笑んでいた、後ろの一同の固まり具合に気が付かないまま、ロゼールの背中に手を添えて、大きなウシの立つ場所へ連れて行った。
ウシを凝視するロゼールに『大丈夫だ。生きていないから(※慣れがおかしい表現)』と安心させ、戸惑う友達の背中を押しながら、ウシの口を開ける。
「ホーミット!俺の仲間だ。ロゼールという」
「はじめまして(※お父さんに紹介される友達)」
開いた口の中を覗き込んだロゼール。暗い体内に座る、焦げ茶色の筋骨隆々の大男を見て、目が真ん丸になる(※状況にびっくり)。
「すっごい大きい人だね!すっごい強そう」
「強いんだ。俺の父だ」
「シャンガマックと似ていないけど、どこかは似ているんだろうね(?)」
驚きながらも、ロゼールらしい意見に、ハハハと笑ったシャンガマックは頷いて『そうだと思う』と答えた。
中から見ていたヨーマイテスは、覗き込んだ若い男を見つめ、ゆっくりと首を傾げ、呟く。少なからず驚いたよう。
「おいおい。本当か。お前か、メーウィック」
「はい?俺はロゼールです・・・あの、ええと。ご存じかな。コルステインたちもその人の名前を」
「なるほどな。それでか」
小さく頷き、納得したように少し笑った大男は『まさか、お前とは』とまた呟き、面白そうに小柄な騎士を見つめた。
「シャンガマック。そろそろ、動こう。それでこのウシ、小さくしてくれ」
長い挨拶中。遠慮がちに総長はお願いする。ここで停まっては、昼に着くはずの場所へ着かない。はい、と答えた褐色の騎士は、ロゼールに『後で』と微笑み、ウシに乗る。ロゼールも寝台馬車へ戻った。
一行は動き出し、鎧のウシは注意を受けたため、また仔牛の姿に変わり、バイラの馬の後ろを歩く(※不服)。
ウシの中では、ヨーマイテスがシャンガマックを抱えて『お前に教えてやろう』と昔話をし始めていた。
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