1229. 橋の伝説と覚悟の意識
この日は、移動中、魔物に一度出くわした。それは『普通』の範囲の魔物で、見た目こそ、龍の出来損ないのような体ではあったが、強さは脅威ではなかった。
両脇に崖の見える橋が前方に現れた時、その魔物は橋の下から飛んできて、10頭近くの魔物が向かってきた。襲われる前に『魔物がいる』と教えたドルドレンの一声で、タンクラッドが出て来て、彼の剣の一振りで退治は終わる。
時の剣が使える状況であれば、魔物を斬る金色の鎌のような光も使え、自分が持っている龍気と相手の魔性で、相手を消してしまうことも出来るタンクラッド。
『他に混じり合う別種の気に、遠慮しないからこその技』とも言える風変わりな力で、この魔物に何をさせる暇もなく倒した。
荷馬車の屋根に跳び上がったタンクラッドの姿に、御者台にいたロゼールは感激(※カッコイイ!と)。続いて、彼の剣の威力に大絶賛(※超カッコイイ!に変化)。タンクラッドが荷台に戻ると、彼を誉め称えに荷台へ移動した。
既に午後の道の途中。昼食はロゼールが作ってくれたし、午後の出発時も『今後のことを話したいから』と、御者台にいた部下だったのだが。
親方の活躍(※正味2~3分)後にあっさり消えてしまったため、ドルドレンは微妙だった。
「俺の部下は。ちょっと微妙な性質」
「何か言いましたか」
前のバイラが振り向いて訊ね、総長は首を振る。『何でもない』独り言だ、と答えると、バイラは微笑んでまた前を向く。
耳に聞こえる、荷台でのロゼールの興奮。『タンクラッドさん、勇者みたいですね』の一声がデカくて、聞こえているドルドレンはムスッとする。
「ロゼールは、自分がどう動けるのか分かっていない。俺たちの『旅を支える役割』にこだわってしまったが、メーウィックという男・・・彼については、コルステインの説明以外の情報がないのだ。
過去の旅路においたその男の行動は、現在のロゼールには難しい。午前もロゼールは『自分も運命かも』とそればかりだったし、午後もさっきまでは。そう、さっきまでは。全く!」
俺が勇者なのに(※主張)!・・・小さい声でぼやく総長は、とりあえず深呼吸。
それはともかく(※落ち着く)。ロゼールの状態が冷静ではないことに、どう言って聞かせるべきか、考える。
後ろのボヤキを、ちゃんと聞いているバイラは、呼ばれたら意見を・・・と待っている。そして5分後に『バイラ』と背中に声を掛けられて、御者台の横へ移動。
「はい。どうしましたか」
「聞いていただろう。ロゼールは、特別な状況に舞い上がってしまった。どうしたら良いか」
「それは。『彼がハイザンジェルに戻っても、これまでの仕事を続けないかも』という意味ですか」
「そうだ。もしここで許可でもしたら、彼の仕事が出来る者は、向こうにいないし、ロゼールの危険もしょっちゅう、気になるだろう?」
バイラも聞いていて、それは難しいと思っている。どうも呼び出されるのは『コルステインたちが動けない時間帯』だし、そうなれば日中の業務は出来ないわけだ。
そしてロゼールが、どうやってここまで来るのか。その時間に動けないサブパメントゥが、迎えに出てくれるわけではないだろうし、となればお皿ちゃんでやって来る想像。
「私も良い案が浮かばないですよ。オーリンが連れて来てくれたから、まだ。龍もオーリンも一緒だったことで、ロゼールはテイワグナまで来れました。一人では、危険極まりないでしょう」
日中の仕事の状態も心配ですよ、と続けると、大きな溜息をついた総長も『俺も同じだ』と髪をかき上げた。
「でも。気持ちは分からないでもありません。出張先で、突然の冒険みたいに感じる日々は、彼に刺激的だったと思うから」
「バイラ・・・は、優しいのだ。考えてみてくれ。ロゼールは俺たちと一緒に、魔物退治をさんざんしている。今更、新鮮も何も」
「それは知っています。ここで刺激として映るのは魔物ではなく、『馬車の旅』や『環境の変化』です。
テイワグナの大地でコルステインに出会ったり、また彼らの頼りになるなんて考えたら。ロゼールは若いし、言い方は良くありませんが、舞い上がってしまうのも無理はないですよ」
警護団員は苦笑いで、総長の恨めしそうな顔に『私も同行していて、いつも驚くのに』と頷く。
「外国に行ったり、行った先で普段と違う日常を経験したり、思いがけない出会いがあると『特別』は加速します」
「俺は、子供の頃から馬車だったから。そうした感覚は少ないかも知れん。騎士修道会の方が生活は長いが」
「でも総長も、テイワグナに来てどうでしたか?イーアンは『ここでは扱いが変わった』と喜んでいたのを、何度か聞いていますが。母国と異なる人々や風景に、特別な変化を感じませんか」
そう言われれば、そうねとなるが、ロゼールへの理解を示しても、解決策に遠い。黙る総長に、バイラは思うことを伝える。
「冷静に考えるように、促すしかないでしょう。彼は舞い上がっているだけではなく、総長の部下として、自分の運命がまた重なったのでは、とも感じています」
ドルドレンとバイラは、この『冷静に考えるように促す』方法を、説教ではなく流れとして組もうと話し合う。
総長と一緒に・戦う手伝いもしたい――
その想いは、舞い上がっている状態に含まれないのだから、幾つも抱える『参加したい理由』をほぐしてあげることにした。それが一番、本人が問題を見つめやすい。
「まずは今夜。コルステインにも聞こう。俺が話を聞かないと、分からんものな」
「それが良いと思います。コルステインにも、理解をしてもらう必要があるし」
こうして、二人が『ロゼールの今後』を話し合いながら、通り過ぎる長い橋。
変わった場所で、道と言えば道だし、橋と言えば橋。橋は普通、橋げたがあって浮いているものだが、ここは浮いていない。
左右を抉り取られて残った真ん中の地面に、橋のような雰囲気で、板が敷かれて土を固定し、左右の転落防止に柵がある。
「変わった地形が多いが。ここも」
「はい。これ、天然なんですよ。ここで昔、戦争もありましたね。地形を生かした戦争で」
バイラは前を通りながら、左手側の崖を示すと『ヨライデが侵攻したことがあります』と教えた。それは遥か前で、ヨライデに近い方面は、何度も国の名前が変わったことも聞かせてくれた。
「そうなのか。この地の利を生かした戦争。ここを上がるとなったら、ヨライデも」
「それがですね。ええっと、まだ残っているかな。向こうに渡り切ったら教えますよ」
ちょっと含み笑いを見せたバイラは、ヨライデとの遥か昔の戦争に、テイワグナ国民としての笑顔を浮かべたように見えた。それはドルドレンには、『テイワグナが勝った結末』に感じた。
長い道を渡り切るまで、バイラは少し話を変えて、先ほどの魔物で思い出したことも教えてくれ、それは『資料館に絵で残っている』とのこと。
興味津々。ドルドレンが『教えてくれ』と頼み続けて、ようやく反対側の橋の袂に到着すると、バイラは馬の向きを変えて、馬車に停止してもらうように頼んだ。
「下りますか」
「え。馬車を下りるのか」
「はい。あ、皆さんもどうぞ。少し、歴史の勉強です」
馬車が渡り切ったところで停まったので、他の皆も何かあったかと下りてくる。バイラは皆を集めて歩き、ぞろぞろと進んだ先30mほどの場所で立ち止まった。
そこは崖沿いで、バイラは柵も何もない、急な崖の始まる縁に立ち、今来た方を指差した。
「(バ)あれ。見えますか。前と変わっていないな。前に見た時もこんな感じで」
「(ド)あれ!彫刻か?」
「(ミ)何あれ。え、ちょっと待って。あれって」
「(タ)うん?さっき倒した、ちゃちい龍みたいなのに似ているぞ」
「(フォ)あんなに巨大な彫刻を誰が」
「俺、見てきますよ」
ロゼールがいきなり飛ぼうとしたので、ドルドレンはさっと動いて抱きかかえ『ダメだ』と厳しく注意(※威圧)。ビックリしているロゼールに『勝手に行くな』と畳み込み、部下を両腕に押さえたまま、バイラの側に戻る。
「あれは何なのだ」
「あれが、ヨライデの軍隊にいたそうです」
皆が驚き、バイラを見つめる。
彼の話によると、壁面に荒く彫刻されたような、その姿の ――指のような翼を広げた、棘だらけのトカゲのような―― 生き物は、ヨライデの軍隊の強力な存在で、この崖を攻めて来た、という。
「飛ぶため、テイワグナの兵士は戦意喪失。皆が初めて見る化け物に、逃げ出した時。
空から『龍の人』が来て、襲いかかる化け物を全滅させたそうです。ヨライデ軍の兵士は飛べないから、当然、馬でこの下を進んでいたのですが、龍の人に倒された自分たちの『武器』が落ちて来て、死んだり、逃げ帰ったりしたと。
龍の人が最後に倒した化け物は、こうして知らしめの役を受け、体を焼き付けられ、それが今でもここに残っているという民話です」
『龍の人』の名が出て来たところで、一行は嬉しそうにハッとしたし、テイワグナ兵を守ったと知って喜んでいた。
ミレイオは気が付く。ヨライデ軍の化け物・・・ふと、タンクラッドを見ると、彼も笑顔のままミレイオを見て頷いた。
「そうよね?」
「だろうな。ヨライデ王が魔物の王と組んでいた、その時だろう。ヨライデ軍は国家のと言っていたな?」
「そう。人間ごと、ってことよ。国民ごと、魔物の手先になったのかしら」
二人の会話に、他の者は振り向き、これからそんなことも起こるかもと、真剣な面持ちに変わる。
バイラはこの話を、途中まで忘れていたようだったが、さっきの飛ぶ魔物を見て思い出したことと、ここから先に『もしかしたら。あるであろう、規模の戦争のことも、伝えようと思った』と結んだ。
「バイラ。『地の利を生かした』と、最初に話していたのは」
総長は、地の利を生かした話よりも、魔物の話のような気がして、それを訊ねると彼は笑う。
「はい。生かしたのは、ヨライデ軍ですね。
テイワグナの兵は、この付近に攻め込まれると、大体、ここに誘導したそうです。上から、石や弓を降らせるために。
でも、この場所の有名な伝説として残っているのは、間違いなく学習したヨライデ軍が『地の利を生かして』飛ぶ魔物を送り込んだ、そっちです」
ハッハッハと快活に笑うテイワグナ人に、ドルドレンたちも、皮肉なのは否めなくても、一緒に笑った(※明るいバイラ)。
一緒に笑ったけれど。一瞬、ぞくりとしたロゼール。
『戦争』の言葉を聞いて、相手が人間であることに意識が向く。
総長たちも笑っているが・・・『人間が相手』でも殺すのだろうかと、それが少し疑問として残った。
橋の袂に戻り、馬車に乗ると、皆はまた道を進む。少しの間、疎らな木々の中を通過した後、前方に薄っすらと雪景色のような色を見る。
「雪?」
この温度で、と呟いたドルドレンに、バイラが振り向き『あれが洞窟地区』と教えた。あの辺は真っ白ですよと言う警護団員に、ドルドレンはまじまじと、前の風景に混じり込んだ白い線を見つめた。
「もう、夕方ですね。この辺は人も来ないし、木もあります。下草もここまでなら生えていますから・・・洞窟地区は草が無いので、馬には厳しいです。今夜はここで野営にしませんか」
遠目に見える白い一帯。バイラの記憶では、そこに草も木も生えていないらしいため、了解したドルドレンは適当な場所で馬車を停め、野営の準備に入った。
この夜。ドルドレンは事情を親方に話し、了解を得て、やってきたコルステインに話をお願いした。
落ち着かなさそうなコルステインに、分からない部分を何度も説明してもらいながら、どうにかコルステインから話を聞き出した。
コルステインが落ち着かなかったのは、自分とドルドレンが話している間に、リリューが来てしまい、またロゼールを捕獲(※その状態)していたためで、コルステインはリリューに戻るように言いたかったようだった。
ロゼールは笑っていたし、リリューも嬉しそうだったが、コルステインの、感情に正直な顔は怒っていた。
ドルドレンはコルステインの様子から、リリューは管理されていると理解し、コルステインの『仲間』への意識に感謝する。コルステインは、仲間以外であれば誰が相手でも、勝手は許しがたいいようだった。
ドルドレンは、苛つきながらソワソワしているコルステインに、聞きたかったことの多くを教えてもらい、根気良く、自分の話を優先してくれたお礼を言うと『俺も同じ気持ちかも』と最後に伝えた。
コルステインはじっと黒髪の騎士を見つめ、鉤爪の背で彼の胸を撫でた。
『リリュー。嬉しい。ロゼール。好き。でも。仲間。違う。コルステイン。使う。する。リリュー。ダメ』
自分がロゼールを使う判断をする、と伝えた、大きなコルステインに頼もしく思う。
有難う、と答えると、コルステインはニコッと笑って『大丈夫。ロゼール。いつも。違う。大事。動く。する』と言ってくれた。
それから、話を終えたコルステインは、炎の勢いでリリューに迫り、逃げたリリューを追って(※逃げるのが一番)一度、地下へ消えた。
それを見ていた親方とドルドレンは、ポカンとしているロゼールも眺めつつ、お互いの顔を見合う。
「怒っていたな」
「そうだな。コルステインは、本当の意味でプライドが高いんだ。お前との話を大切にしてくれたが、リリューの振る舞いは許せなかったんだろう」
「それ、言ってくれたのだ。ロゼールを呼ぶとしても、自分が大事と判断した時に呼ぶ、と。ロゼールを使うのは、リリューではないと」
『ロゼール行きの連絡珠は、ご家族皆さん、受け取ったみたいだけれど』と添えると、親方は頷く。
「コルステインの指令だろう。彼らも持ったのは、きっと、直にコルステインが呼びかけられない時の予備なんだ。コルステインは家族を大切にしているが、管理もしている」
親方に『コルステインが帰ってしまって、すまない』と謝り、気にするなと笑ってくれたので、次にドルドレンは、ポカンとしたままの部下の側へ行き、話しておきたいことがあると伝えた。
ロゼールは、上司が相手なので言うことは聞く。
だが、聞いたことを後悔する。ロゼールが一瞬恐れた『人間相手の戦いもあるであろう』その話に及んだ時、ロゼールはそれまでの気持ちが潰えるような感覚を覚えた。
「本物の人間だ。昨日の魔物のようではなく」
「総長、あるんですか。そうした相手と戦ったこと」
盗賊以外はない、と答え、ドルドレンは小さな溜息をつき、焚火の側で片づけをし終わる、バイラとミレイオに顔を向けた。
「しかし。旅の仲間ではないバイラ。彼はこのテイワグナで、護衛の仕事柄、人も斬ったことがある。彼に言わせれば、魔物よりも人間の方が、そうした回数の多いのが『テイワグナ』だそうだ」
明らかに困惑している部下に、ドルドレンも気持ちを汲み取り、静かに頷く。
「テイワグナに来てから。ハイザンジェルと違うと思ったのは、人間の生活だ。貧富の差は激しく、治安は不安定だ。盗賊は町中でも出て来る。ザッカリアは目の前で倒された人間に、しばらく悩んでいた。
今日の伝説にも聞いたが、きっとこの先、お前が呼び出された重大事項には、人間が敵の場合もあるだろう。
それは、俺たちの力でしか向かい合えない『魔物」を退治している間、同時に攻撃してくる『人間』をお前に任せることも考えられる。
もし。ハイザンジェルに居てくれる分には、お前に頼むこともない用事だ」
ロゼールの返事がないのを見つめて待ち、ドルドレンは『コルステインは、相手が人間でも危険であれば、倒す』と付け加えた。それで自分たちが助かったことも。
「お前が本気で参加するなら。俺も一緒に考えなければいけない。だが、まだ何も決まっていない」
総長はそう言うと、戸惑う部下の肩に手を置いて、ゆっくり眠れと就寝の挨拶をし、荷馬車へ入って行った。
ロゼールは、受け取った話に頭の中が埋め尽くされ、何も言うことが出来ないまま、自分も寝床へ戻る。
リリューのことも、メーウィックのことも。ロゼールの中では、少しずつ違う形で捉え始める最初でもあった。




