1227. 旅の八十日目 ~ロゼールの関わり方への懸念
「ロゼール。その人、誰なの」
「あの、付いて来ちゃって」
――真夜中。馬車の間に置かれたベッドに、コルステインが戻ったと、気が付いた総長・ドルドレン。
夕暮れ後に一度来てくれた時は、ロゼールの安否を尋ねても『大丈夫』としか(※そんなもん)聞けず、タンクラッドがコルステインに丁寧に、詳細を聞き出そうとしても『後で。一緒。来る。平気』しか答えてもらえなかった。
タンクラッドはこの時、困っているドルドレンに『きっと、今夜一緒に連れて行くつもりだから、それでじゃないか』と教えて、どの道、悪いようにはされていないのは確かだから、と安心させた。
その後も、タンクラッドと少し話していたコルステインだったが、皆が就寝時間に入った時にはもう見えず、馬車の中から小窓越しに、親方のベッドを見たら彼は一人だったので、ドルドレンは気になって仕方なかった。
そうして、部下ロゼールの状態を気にしながら、寝付けないまま夜更けを迎えた頃。
話し声が聞こえて、ぱっと目を開け、小窓を開けたらロゼールの声と親方の声が聞こえたので、良かった!と、部下を労いに馬車から飛び出たのだが、そこにはもう一人―― これが冒頭。
「この人。人っぽくないんだけど(素)」
「はい。リリューは、コルステインの家族です」
「ドルドレン、驚くな。似てるだろ?(←馴染んでる人)」
ベッドで上体を起こした親方は、リリューを間近で見て、コルステインの家族とすぐに分かったらしく、男の家族に比べれば全然平気そう。
コルステインは親方のベッドに腰かけて、何となし、目が据わっている(※リリュー言うこと聞かないから)。
で、ドルドレンが固まったのは、部下がその『リリュー』というご家族に、ぐるぐる巻きにされているのを見たから。
「尻尾。生えているのだ」
「長いですよね!スベスベですよ。これ、俺を守ってくれているつもりだと思います」
「お前は、抵抗がなさ過ぎる気もする」
ちらっと。暗い真夜中の、更に暗がりの馬車の間に立つ、ドルドレンは、ベッドに腰かける親方・コルステイン組と、真ん前に立っている大きな女性リリューと、彼女の腕にしっかり抱え込まれて、尻尾までぐるぐるにされた部下を、交互に見た。
サブパメントゥは―― つくづく、愛情深いのだ。それをしみじみと感じる光景。
親方は今やすっかり慣れ切って、コルステインに肩を組まれた男女逆転のくっ付き方。これ、いつも。
そしてロゼールもどうしてか、びったり。びちっとくっ付かれている。ロゼールは小柄だから、お母さんと子供のようにさえ見える。
そんなドルドレンの頭の中の呟きは、サブパメントゥに筒抜けなので、何やらどうでも良い疑問で脳内を埋め尽くすドルドレンに、リリューは首を傾げ、ロゼールに『何、これ』と訊ねる。見上げるロゼールは、すぐ返事。
『これですか?総長です』
『これ、って言うな!』
ドルドレンの頭にも聞こえる、リリューと部下の会話。笑うタンクラッドが『もう寝ろ』と促した。
「お前は警戒されているぞ。ビルガメスの毛が首にあるから」
「あ。そうだ。でも、これはないのだ!心配していたのにっ」
リリューにこれ扱いされたことを怒るドルドレンだが、ロゼールが『すみません、いろいろ事情が絡んで』と言うと、小さな溜息。
「まー、もー、何だか分からんが。お前もサブパメントゥに気に入られた、とは聞いていたから、それは良いだろう(?)。とりあえず、怪我もなさそうで良かった。
その、何。その人。女の人と、どこで寝るのか知らんけど(※投げやり)。寝台馬車はダメだぞ。フォラヴがいるし(←妖精さん)。早く寝なさい。で・・・朝、話がある」
「あ、はい。朝・・・・・ 」
総長の不機嫌そうな感じが気になり、ロゼールは、朝に何を言われるんだろうと気になる。
朝だっ!ちょっと強めに言い切ったドルドレンは、何かいろいろ思うことあるまま、ぶつぶつ言いながら荷馬車へ戻った。
そして朝が来る。サブパメントゥの二人は、夜明け前にはいなくなったようだった。
コルステインは毎夜の事で、旅の仲間であるし、何も問題ないにしても。新しく出てきたリリューの動きについては、ドルドレンとしては懸念しかなかった。
一応、ドルドレンもあの後、眠ることにして、ちゃんと朝まで寝た。
そして、ミレイオが地下から戻って朝食の準備を始めた音で、目を覚まし、昨晩のことを思い出す。
コトッと、小さな音を立てて、横の小窓を開けると。当然ながら、ベッドには親方だけで、地下の二人もロゼールも見えなかった。
着替えて、ロゼールと話すことを考えて、表へ出る。良い匂いがして、焚火の側のミレイオに『おはよう』と笑顔をもらうと、少しホッとした。
「洗濯物、置いといたわよ。あの白い服の方が涼しいんでしょ?後で着替えて」
「有難う。ミレイオ、ちょっと聞いてほしいことが」
何?ミレイオは座った場所から、総長を見上げ、『横に座って』と腰かけさせると、煮込みの味見を渡した。受け取ってお礼を言い、ドルドレンは昨晩のことから話す。
「昨日。夜なのだが、ロゼールが戻った」
「うん。戻ってくるって話だったものね。どうした。怪我?」
「違うのだ。リリュー、知ってる?」
「はい?リリュー?え、コルステインの家族の?」
困った顔の灰色の瞳を見て、ミレイオは大体の察しがついた。リリューが来た理由を訊ねると、ロゼールが気に入られていた光景を説明され、ミレイオはうーんと唸った。
「ロゼールは帰るのだ。ちょっと長引いているから、そろそろ返そうと思うのだが、あの様子では」
「何かさ。話していたじゃないの。過去だっけか、あの子に似た男が、コルステインたちの側にいたような話。それでしょ?理由って」
そう思う、とドルドレンも頷く。ミレイオはドルドレンの困っている表情に同情した。
「危ない目に遭わせたくないわよね。コルステインたちと関わるってことは、この旅のどこかに、ロゼールも関わるような想像でしょ?」
「そう。俺はそんなことさせたくないのだ。例え。ハイザンジェルに戻っても、何かの折に引っ張り出されてしまいそうで。でも、コルステインや家族には、きっと人間の感覚の心配は分からないから」
「そうかもね・・・参ったわねぇ。あれも、想いが強いからさぁ。想いだけで、存在得たような一家だから~ どうしようね」
ドルドレンの懸念は大いにある、とミレイオも遠慮せずに、はっきり言う。肩を落とす黒髪の騎士の肩を抱き寄せて励まし、『もうちょっと食べて良いわよ』と味見を盛ってあげた(※軽く一食)。
「気に入られた、とは知っていたのだ。タンクラッドから聞いて。タンクラッドも、ロゼールに話してもらったのと、コルステインに直に教えてもらった、過去の話に驚いてはいた」
食べながら、どうするべきかを考えるドルドレンは、少しずつ思うことを言葉に変える。ミレイオも料理をしながら聴く。
「だが、過去の男の立ち位置と、現在のロゼールの立ち位置は、大きく違う。
過去の男は自由な立場だったようだが、ロゼールはハイザンジェルの騎士で、彼にはイーアンが任せた仕事『営業』がある。彼しか出来ない。
それに、コルステインたち家族は、旅の仲間ではないロゼールに、何をさせようとしているのか、全く分からないが、たとえ彼らが・・・いかに強力な存在であっても、ロゼールが常に無事とは限らないだろう?」
「『二つ』の心配ね。あの子の仕事の支障になるかも知れないことと、呼び出されて旅に関わることで、危ない目に遭わせるかも知れない、心配」
「そうだ。それがありありと、俺の心を占める。
リリューは体の半分は人間の肌ではない。だが上半身は、腕を抜かせば女の体だった。背が大きいとはいえ、顔と、胸と腹。それだけでも女と分かる。体の色が違っても、目つきや雰囲気が人間ではなくても」
言い難そうな言葉を、ミレイオは小さく息を吐いて、自分が続けてあげる。『ロゼールの気持ちも、心配なのね。リリューが女だから』ミレイオの呟きに、ドルドレンは頷いた。
「リリューの気に入り方が、コルステインそっくりだ。コルステインがタンクラッドを可愛がるのと、全く同じに見えた。
リリューも恐らく、ロゼールに過去の男の思い出を乗せている。そして嬉しいから、側に居たがりそうにも思う。そうすれば、悪気はなくても彼を呼び出すだろう。
呼ばれたら、ロゼールだって相手が女性なのだ。好意を持つと思う。あれは勇敢だから、リリューが何かの折に困りでもしたら、すっ飛んでくる気もする」
でも、ロゼールは北西の騎士なんだよ、と困ったように呟きを落とす総長に、ミレイオも背中を撫でて、理解を示すが、こうした展開はどうして良いのか。悩むのは、一緒。
「話し合うの?」
「そうするつもりだ。朝食を食べたら・・・しかし、ロゼールも予想していない出来事だろうから、どう、俺の懸念を伝えるべきなのか」
昨晩、連絡珠を取りに出かけたことと、彼らが持ち帰った話もする。既にコルステインたちには渡した後で、ロゼールは彼らの『使いっ走り』へ第一歩踏み出していることも。
「あ~・・・面倒ねぇ。あいつら、頭良くないからなぁ(※常に自分と比較)。
私も関わりがないからさ。誰か一人でも、ちゃんと喋れるヤツいれば、また違うんだろうけど(※います)」
総長とミレイオは、二人で料理を前に、うんうん唸って腕組しながら悩み続けたが、親方とザッカリアが起きて来て、バイラ、フォラヴと続いたところで、朝食開始。ロゼールは寝ているそうだった。
「遅かったな。寝る場所がないから、どうにかリリューに戻ってもらうまで、説得しながら起きていた」
リリューが戻ってから、彼は眠ったんだ、とタンクラッドが教えてくれて『コルステインも叱っていた』と苦笑いを見せた。
そんなことを聞くと、ドルドレンも頭が重い。ロゼールは一方的に過去の男と重ねられて、気に入られている気がする。ドルドレンの横に座るミレイオも、親方の話を聞いて、同じように感じていた。
「コルステインは。ロゼールが、旅の仲間の役に立つと考えている。メーウィックがそうだったから、らしいが。
だが、コルステインとしては、リリューに帰るように怒っていたし、ロゼールを呼ぶにしても、主導権はコルステインにあるような印象だったな」
タンクラッドの話を聞き、コルステインは過去のズィーリーたちの旅が苦労したことから、メーウィックに何度も役立ってもらったことが記憶にある、と分かった。
過去の旅のずさんな状況は、誰に聞いても同じくらい酷いので(←勇者のせい)ドルドレンは、ここでコルステイン側の気持ちも理解する。
身動き取れない時間に、助けてあげたいくらい、旅の仲間が危機にさらされる事態が多発し(※勇者によって)、それをどうにかしてくれた、ささやかな立ち位置でも優秀な『メーウィック』の動き。
「ああ。課題が増えた」
コルステインたちの思いも分かる。だからこそ、ロゼールに出会えた今を『これは再来』と逃がしはしないのだ(※過去の勇者め!と思う瞬間)。
今回は、自分(←ドル)が勇者だけれど・・・多分、違いも認識してくれていると思うけれど(※頼む)。
でも多分、そこじゃなくて、コルステインの記憶では『メーウィックは、自分たちのために使える』として刻まれている。
この認識のため、コルステインはロゼールを呼び、役に立てるつもりだろうし、他にも彼ら家族が『メーウィック』をとても可愛がっていた事実がある以上、コルステイン家族の気持ちも考慮するべきと、総長は悩む。
朝食が終わる頃、ミレイオがロゼール分の朝食を、別に用意してあげた後。
ドルドレンはそれを受け取り、ロゼールが起きたら、御者台で食事をさせながら話すことにした。
お読み頂き有難うございます。
本日は朝1度の投稿です。夕方の投稿がありません。
仕事都合により、ご迷惑おかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い致します。




