1226. 愛された男・メーウィックの宝
旅の仲間でもない、そして同行者でさえない、ロゼール。
一週間の派遣といった話で来た、テイワグナを回る総長たちとの時間。
――それなのに、なぜか。
『うーん。俺が戻らないと、皆、心配すると思うんですよ』
お腹には、長い鱗の尻尾が巻かれ、龍の皮とお皿ちゃんは取り上げられ(※遠いところに放置)、びしょ濡れだった服は一秒で乾かされ、ロゼールは大きなリリューの腕の中にいた。
『何時ですか・・・って、分からないか。気にしないですよね』
『なんじ。何?どうして?ロゼール、一緒にいて良い。心配しない。コルステインが教える』
『えーと。リリューと俺が一緒に外に出るのはダメですか?コルステイン、行っちゃいましたよね?(←タンクラッド目当て)』
『そう。コルステイン、毎日。ロゼールも行くの?どうして?』
『あのう、さっきも。多分、ずっと。同じこと言っているみたいで、すみません。
皆が俺がいないことを気にしていると思うから。コルステインが教えても、やっぱり気にするかなと』
リリューは分からないようで、首を何度か傾げて、ロゼールの頭を撫でて上を向かせると、自分の目を見させて『見える?』と訊く。実は見えにくい。ここは非常に暗いのだ。
『あのですね。俺には暗いと見えないんですよ。見えるんですね、リリューは』
『見える。皆、見える。サブパメントゥは、暗いの見えるの』
リリューの質問で、ロゼールは見当をつける。どうも、自分の視点が合ってなかったために、今の質問をされたんだ、と。なら、これをチャンスに変えたい(※脱出の)!
『外も暗いと思うんです。出ませんか?今日も行きますよね、あの石のところ』
『行く。コルステイン、待つの。一緒に行くの』
リリューたちは、コルステインの合図待ち。昨日の男の人3人もそうだったが、彼らはコルステインが指導しているのか、コルステインが何かを命じるまでは動かない。
それは何となく気が付いていたが、リリューもきちんとそれを守るようで、コルステインが来るまでは動かない様子だった。
ロゼールとしては、どうせ外に出るのだから、ここは早めに出ませんか?と提案したい。
さっきから、仲間が心配していると言い続け、それに対して『大丈夫』と、かわされ続けるのを繰り返している。
リリューは彼女なりに、コルステインに従っているし、それをロゼールに合わせて変更しようと思わない。だから、ロゼールが出たがっていそうな様子に、どうしてだろう?と(※コルステイン許可ないのに)首を捻る。
困ったなぁと、意思の疎通が利かない相手に、ロゼールは悩む。悩む気持ちは頭の中なので、全部リリューには筒抜けなのだが、肝心のリリューは理解しない。
うーん、うーん悩むロゼールに、リリューも少し困惑はするけれど。コルステインが来れば出かけるのだし、と状態を維持(※ロゼールがいる分には落ち着いているため、忠実)。
そもそも、ここにいる理由。
あの雲の中の魔物を総長に任せ、ロゼールは先に逃げた直後、猛火の走る炎の勢いで吹っ飛ばされる。
そしてぼーんと飛ばされた先に、木々の影が見えた。ところまでは覚えている。
急いで体を捻じって、木への直撃をかわそうとしたら、あっという間に真っ暗闇に引きずり込まれた。体ごと、丸ごと、抵抗しようのない力で。
言ってみれば、籠罠にかかった動物のように、あっさりと。
暗闇の中に引きずり込まれ、ハッとした瞬間、ポイと投げ出され、すぐに『それを放して』と命令された。
何のことかと思いきや、『龍、ダメ。龍放して』と頼まれる。どうも、お皿ちゃんと龍の皮のことだと分かったが、相手が誰だかも知らないのに無防備になる気はなく、戸惑っているともう一声食らう。
『ロゼール。リリュー、それダメ。大きい龍(←龍の皮)ダメ』
『え。リリューですか?あ、そうか。ダメなんだっけ、はい、ちょっと待って』
初日にオーリンから聞かされていた『コルステインは龍がちょっとね』の情報が過り、相手がリリューと分かったロゼールは、急いでお皿ちゃんを龍の皮に包んで、足元に置いた。
この続きは―― リリューに抱えられ、濡れていることから衣服の水気を消され(※水分消滅)、お腹に尻尾を巻かれ(※保護)、よいしょと抱えられて、すっぽり彼女の腕の中―― といった具合で、現在に至る。
分かるのは、リリューはとてもメーウィックと仲が良かったんだ、ということ。
初対面の皆が自分を見て、一度は名前を呼んだ『メーウィック』。そんなに似ているのも不思議だったが、持ち物も同じらしいし(※お皿ちゃん)彼はどんな人だったのかと考える。
でもリリューは、自分と彼を比べてはいないし、別人とも知っていそう。
ただただ、似た面影に嬉しくて、こうしているんだろうなぁ・・・ロゼールは、そのメーウィックという人物がどれほど愛されていたのか、しみじみ感じる。
「とはいえ。困ったな。総長たちは俺を探しているかも。コルステインは伝えてくれるだろうけれど、どうして戻らないかは、総長たちに伝えているかどうか」
『何?何言ったの?頭で話すの』
あ、と頷くロゼール。彼らは頭の中で会話するので、ロゼールが独り言を呟いても聞こえていない様子・・・じゃなくて、聞こえていても言葉として理解していないような。
『リリュー。やっぱり俺は帰ります。服も乾かしてもらったし、守ってもらえて嬉しいけれど』
『コルステイン。待つの。来るから』
どーやっても平行線・・・ここから出るには、彼女に頼むしかないので、ロゼールは悩む。来れば出られるんだから(※コルステインに従順)と答えてくれるのだが。
どうしよう、と悩みつつも早数時間。多分、2時間は経過している。お腹も空いた(※厨房担当は腹時計)。
一計を案じてくれる他人もおらず、彼女に人間の生活(←総長のところに戻る)を説明してくれる人もなく。ロゼールが、心優しいリリューに何とか分かってもらおうと頭をひねっていると。
『ロゼール。出る。する。行く。珠。取る』
ハッとしたロゼールはすぐに周囲を見渡す。暗くて何も見えない(※残念)。でも、この声は。
しっかりした少し低い、途切れがちの言葉。『コルステインですか』ロゼールの気分が変化したのを、リリューは敏感に感じ取り、パっと腕の中の騎士を見て『どうして?』と不服そうに訊ねた。
間近でぼんやり見えるリリューの顔が、少し機嫌悪そう。
どうして・・・って、さっきから『俺は出たい』と話していたから、それが理由なのだが、リリューには騎士の心の変化は、イヤな感じの喜び方に思えたようで、何だか睨んでる。
『リリュー。ロゼール。渡す』
ほれ、とばかりに大きな黒い鉤爪の手が伸ばされ、ロゼールは瞬間的に腕を伸ばしてその手を掴む(※助かった!の気持ち)。
だが、リリューはぐいっとロゼールを抱き締めたまま、体を捻って、コルステインを避ける。
『リリュー。お前。放す。ロゼール。出る。する』
『コルステイン、ダメ。私が連れてく。ロゼールは一緒』
反抗したリリュー。その言葉に、コルステインの顔は側に寄せられ、じっと大きな青い目でリリューを見つめて、首を傾げると。リリューは負けたようで目を逸らし、渋々、小柄な騎士を差し出す(※勝者コルステイン)。
『すみません。リリュー。有難うございました』
『ロゼール。コルステイン。一緒。行く』
お礼を言うロゼールを特に気にしもせずに、コルステインは彼を小脇に抱え、自分と一緒に行くぞと告げると、振り向いて『リリュー。来い』と、彼女にも来るように言う。リリューは、遣り切れなさそうな顔で頷いた。
『待て。俺も行こう』
闇の中で、また一人。え?とロゼールが顔を動かすと、真横にメドロッドが立っている。コルステインは、あっさり許可。それから、動こうとしたらまた、二人加わり、結局ご家族全員で移動する(※仲良し)。
さぁ、いざ出発となった時。ロゼールは思い出す。急いでコルステインを止め、自分を見た大きな青い目に、離れた場所でぼんやり白く光る塊を指差して教えた。
『すみません、俺は荷物があるから、あれも』
『うん。荷物。ダメ(※却下)』
『えっ!でもあれがないと、俺は自由に動けないですよ。珠があっても』
龍の皮なんか近寄れない。コルステインたちには、あの龍の皮はかなり強烈らしく、皆が眉をひそめる(※顔が怖い)。ロゼールは事情を分かってもらいたいので、ここでまた一苦労。
3分頑張って伝え、メドロッドが理解してくれた(※この人大切)。
『コルステイン。ロゼールを呼んでも、あれがなければ来ない』
『分かる。でも。イヤ(※気持ち的に)』
『ロゼールに持たせろ。この上に、ロゼールごと投げれば良い(※大胆で極端)』
投げる?慌てるロゼールだが、コルステインはメドロッドの解決策(?)に良しと思ったようで、ロゼールを腕から下ろした。
そしてロゼールは、皆さんが見守る闇の中。白い光の側に一人歩いて行き、腕に龍の皮とお皿ちゃんを抱えた。このすぐ後、誰かが自分をすごい勢いで掴み、瞬間的に放り投げられた。
「わぁぁぁぁぁぁ!」
真上にぼーんと投げられて、ロゼールは叫ぶ。投げられただけのはずなのに、ものすごい加速、凄い重圧で、目を閉じる(※物理的にもイケる人たちだから)。
腕にしっかり抱えた、龍の皮とお皿ちゃんがある以上、下手に体を動かせない。段々、速度が落ちて来て、落下に入った時、再び叫ぶ若い騎士。
「落ちる~~~!!」
ここで、お皿ちゃんを出したら怒られそうで、叫ぶしか出来ないロゼール。頭の中に『それを落とせ』と声が響き、暗い夜空の落下中に躊躇ったのも一瞬、『後で取りに行くよ!』とお皿ちゃんに別れを告げて(?)両腕を開いた。
ひゅ~っと落ちていく、白い小さな光に謝った後すぐ、自分の体の下を何かが遮り、次の瞬間、ロゼールは大きな黒い鳥の背中に乗っていた。
鳥はぐーっと旋回し、ゆったりと空に輪を描くように飛ぶ。
『コルステイン!ありがとうございます。あの、総長たちは』
『見る。する。下。馬車。ある』
言われてハッとする。余裕がなくて気が付かなかったが、真下に二台の馬車の影。皆の姿はないから、もう馬車の中なのかも知れない。
そして、白い小さな光(※お皿ちゃん)も馬車の側に落ちたようで、ポワーと光が見える。
考えてみれば、お皿ちゃんは自分で飛べるので、あまり気にしなくても良かったんだ、と思った(※必死で忘れた)。
『馬車・・・良かった。そうですか、じゃ。珠を取ったら戻れますか』
『そう。戻る。お前。ドルドレン。一緒。馬車。動く』
あー良かった!と、胸をなで下ろしたロゼールの安心した様子に、大きな黒い鳥はちょっと笑う。
それから黒い鳥は、昨日の夜の場所まで飛びながら、メーウィックの話を聞かせてくれ、話を聞いている間、ロゼールとコルステインの横には、並ぶように4人の変化した姿が飛んでいた。
それから間もなく。コルステインは前日と同じ森の中へ降りる。家族の皆も次々に降りて、その姿を人の形に戻した。
『いろんな姿に変わるんですね!虫みたいだったり、少し龍に似ていたり』
『龍。違う。でも。うーん』
龍に似ている、その感想は受け入れにくいようで、違うと答えた割に、コルステインは説明が難しいみたいで悩む。ロゼールは『気にしないで良いですよ』と、うっかりした自分の感想に気を付けるようにした。
――似ていると思ったのは、獣の四肢を持つ、ゴールスメィ。
コルステインとマースは鳥そっくりだし、リリューとメドロッドは大型の虫(※やたらカッコ良い虫)だが、ゴールスメィだけは、獣の体に龍の翼のような、毛のない翼だった。
龍の翼は見たことがあったから(←イーアン)それで、そう伝えただけだったが。
言われてみれば、獣の体に羽毛のない翼の組み合わせは、龍っぽくはない。
ゴールスメィは、人の姿に変わっても顔付きは獣に似て、牙がむき出しの口をしている。彼は別の動物を参考にしているのかも、とロゼールは思った(※ロゼールは落ち着いている)。
そのゴールスメィは、ロゼールに近づいて、翼の先を前に持ってくると『龍じゃない』と、触るように促す。
『ごめんなさい。気分が悪かったですか?もう言いません』
『触れ。悪くない。教える』
教えたいと言う彼に、ロゼールは出された翼の先端をそっと触る。それは見た目に反して、産毛のようなものが生えている、滑らかな翼。
驚いてよく見ると、短い羽毛が、まるで揃えられた絨毯の毛足のように、密に生えたものだった。
「うわぁ、気持ち良いな。フワフワですね!」
感動を口にしたら、ゴールスメィが首を傾げたので(※聞こえてない)ロゼールは頭の中で言い直す。すると彼は、少しだけ笑うように、口の端を上げ『そうだ』と答えた。
そして。二人の短い交流は、業務的なコルステインによって遮られる。
開けたままの石の扉を指差すと、ロゼールに『今日こそ取っておいで』と命じる。
ロゼールは、腰に帯びていたナイフを手にし、『これで大丈夫と、タンクラッドさんが教えてくれた』ことを伝え、窟の中へ入る。
ゴールスメィは、また明かりの玉を出してくれて、青黒い火の玉がプカプカ浮きながら、狭い室内を照らした。
ロゼールが中へ進んだ後ろには、リリューも来て、彼のお腹に尻尾先を巻きつけ、一緒に棺を覗き込む。
『ロゼール。大丈夫?』
『はい。これ、ナイフなんですが。これで悪い物が取れるみたいです』
ロゼールの頭の高さまで背を屈めたリリューは、心配そうに若い騎士の顔を見て『危ないのない?』と繰り返した。
『やってみます。危なかったら、リリューはすぐに出て下さい』
『ロゼールも一緒。やって』
出るなら一緒、と伝えて、リリューはナイフを使うように促した。ロゼールも緊張する瞬間。
禍々しい雰囲気は変わらない。今日、退治した魔物たちと似ている感覚があり、どちらかと言えば、親玉だった魔物に近い感じを受け取る。
そっとナイフを持った手を伸ばし、瓦礫の石の隙間に見える、ぼんやりした鈍い赤を切っ先で触った。
じゅっ!と、焼け石を濡らすような音がして、湿っぽい土の臭いの中に、少し燻したような臭いが混じる。
『ない。大丈夫。ロゼール、もう触れる』
『本当ですか?リリューが言うなら大丈夫だな。じゃ、取りますよ』
崩れた石の隙間にあった、黒々した赤い変な色は消え、瓦礫を取った下から、小さな珠が現れる。ギアッチが持っている珠とそっくりで、不思議な色を幾つか湛えた珠は、全部で12個。二色一組のそれは、散らかっていた。
そっとロゼールが触れると、珠は僅かに煌めいた気がした。リリューも腕を伸ばして、瓦礫を退けると、一つ二つ摘まみ上げる。
『これ。頭の中で会話する道具ですよね?リリューたちには、要らないんじゃないですか?』
ふと思ったこと。コルステイン一家は、皆さん頭の中限定の通話・・・これ、要るの?と訊ねると、リリューは『離れるの。聞こえないから』と、ロゼールの頭を撫でて教えてくれた。
なるほどの理解。
コルステインたち同士なら不要でも、ロゼール相手では、距離が邪魔して通話が難しくなるのだろうと、見当をつける。『珠はそれ専用』という意味なのだ。
二人は12個の玉を集めると、外へ出る。待っていたコルステインは満足そうに頷いて、珠を両手に持つ騎士の手から、一つを取り出して、彼を見た。
『これ。お前。戻る。行く。どこ。大丈夫。コルステイン。お前。話す。出来る』
『お前がどこに戻ろうが行こうが、珠があるから俺たちと話せる。コルステインはそう言っている』
見事に、同時通訳してくれたメドロッドに感謝して(※やっぱりこの人、大事)ロゼールは皆の見下ろす中、リリューの持っていた珠も加えて『どうすれば良いのですか』と訊いた。
『メーウィックは、一人に一つずつ渡した。対をメーウィックが持っていた』
記憶力も良ければ、話も正確なメドロッド。ロゼールは、彼の存在に心から感謝(※何度も)。
そして皆さんも思い出したようで、銘々、自分の珠を選ぶと、それを何故か飲み込んだ。
『飲んじゃった。良いんですか?』
『大丈夫』
クルミくらいの大きさがあるのに、ごくっと飲んでしまった彼らは、それで完了のように頷く。
驚くロゼールはこの時、まだ知らないから心配したが、彼らにおトイレの用はないので、珠は彼らの中で保有されている(※ポケット状態)。
ロゼールは、自分は飲めないことを急いで伝えるが、メドロッドに笑われた。『お前は持っていろ』らしく、どうして彼らが飲んだのかは分からず仕舞い。
誰も気にしないから、言うに言えず(※『お手洗いの時、出ませんか?』の質問)。
これは帰ったら、またタンクラッドさんに話そうと決め、さぁ帰るぞと、姿を変えたコルステインにロゼールは乗る。
そして帰り道。
コルステインは、行きの道で話してくれた続きを教えてくれた。
メーウィックという人は、こうして世界中に物を隠したようで、今回手に入れた珠以外にも『使える物』は幾らもある話だった。
『お前。ロゼール。使う。メーウィック。同じ』
大きな黒い鳥は、見えてきた馬車を前にそう言うと、他の四人に帰るように指示し、若い騎士を乗せたまま、自分は馬車へ一緒に向かった(※親方ベッドがあるから)。
リリューは何となく名残惜しそうに付いて来て、他の三人が先に帰った後、何度もコルステインに『帰る!』と注意されていた。
お読み頂き有難うございます。
明日は仕事の都合で、朝1度の投稿です。夕方の投稿がありません。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、どうぞ宜しくお願い致します。




