1225. 別行動:至宝の取扱い・お風呂報告の魔物話
ふむ、と星空を見上げた、焦げ茶イケメン。寝そべった獅子の姿を人に戻して魔法陣の上に座り、火の近くで食事をする息子に『体は平気か?どうしたの』と訊ねられた。
「お前に言おうか、悩むな」
「そう?言えないなら言わなくても」
そうじゃないんだよ、と大男は少し笑って、息子の側へ行くと、火の温度を上げて、少し焼け具合の調整をしてやる。今日はお魚。
「いいよ。充分、焼けている。食べられるから。それより体は」
「体は平気だ。火が通っていない場所。俺に渡そうとするだろう。お前が食べる方が大事だ」
「どんな状態(←焼け具合)でも、一緒に食べたいよ」
はい、と魚の身を取って、ヨーマイテスの口元に差し出す息子に、仕方なし口を開けて、ヨーマイテスはモグモグ。微笑む息子は、自分の分の魚も骨から外して食べた。
「俺は。バイラが教えてくれた根茎もあるし。ここには、いっぱいあるからな。他に食べられるものがある、問題ない。ヨーマイテスも食べよう」
それで?と話を戻す息子。ヨーマイテスはモグモグしたのを飲み込んで、息子をじーっと見つめると『風呂に入ったら教える』と言った。今話すと、あまり望まない方へ動きそう。
「うん?風呂の後。そうなのか。長い話なのか」
「そうでもない。だが、まぁ。話すなら、風呂の後か、風呂でだな」
いいよ、分かったと笑顔を向けたシャンガマックは、隣に座るヨーマイテスに、魚の切り身を差し出し、彼が食べると、彼の両腕に視線を向けて、そっと浮き出た模様を撫でた。
「もう。大丈夫だと良いが」
呟いた息子の声に、心配が籠っているのが分かる。ヨーマイテスは息子の顔をちょっと撫でて、自分を見させると『大丈夫だ』と教える。
「少しでも変なら言ってくれ。すぐに対処したい」
「分かってる。でも今は本当に大丈夫だ。お前のおかげだ」
「俺じゃないよ。先祖の知恵のおかげで」
お前だって言ってるんだ、と笑いながら、大男の両腕は息子を抱きかかえて、膝に乗せて抱き締める。ナイフが危ない(※お魚切り分け中)シャンガマックは、急いでナイフを手で包み、嬉しそうな父の笑顔を見上げた。
ナイフ、拭き拭き。鞘に戻して、ニコニコしている機嫌の良いヨーマイテスを見つめ、彼が本当に嬉しいんだと分かるので、シャンガマックは『今日頑張って良かった』と心から思う。
――ヨーマイテスの、腕の至宝。
その力を左右することが出来るのは、自分。もしくは精霊そのもの。
シャンガマックは自分に出来るのかと不安だったが、彼の腕の模様の中で生きている『ナシャウニット』と同調することを覚えた。
それは自分が力を預るような具合なのだが、ヨーマイテスの受け取った分が減ると問題もあり、自分と触れ合えなくなるので、最初の試みは『ギリギリの量まで減らして預る』ことをやってみた。
が。これはすぐに失敗と分かる。ヨーマイテスは力のずれた状態で、シャンガマックに近寄れなくなった。
慌ててシャンガマックは精霊の力を集め、ヨーマイテスの腕に注ぎ、彼はうんうん呻きながら、苦しかったのだと思うけれど、迂闊に減らした分を補充した。
この一回目の試みが怖くて、シャンガマックは二の足を踏む。しかし、体調の悪そうな父は、全然、諦めもせずに『別の方法を試す』と言い始め、違う本を引き寄せて、そこにあることを行えと言う。
二度目の試行は、非常に難しそうだった。結果的には、これで良かったのだが、シャンガマックには理解もおぼつかず、失敗する可能性の方を案じた。
父は丁寧に、何度も戸惑う息子に確認し、『やってみろ』と告げる。
シャンガマックも気合を入れて、父に確認をした手順と方法を使った。それは、彼の力と常に繋がる状態にして、『生きている力』を自分と交流させ続けるような、通路作りだった。
シャンガマックと離れているから、同じナシャウニットの力は一つに集まろうとして、ヨーマイテスの体に負担を掛ける。常に行き来が可能な通路があれば、シャンガマックが母体のような状態で、力は安定を得るだろう、としたこと。
通路となる架け橋を作るのに、数時間かけて、最後の最後。夕方も終わるくらいに、シャンガマックが気が付いた。
父と、自分の間を動いている力。
それは本当に生き物のように。なわばりを好きに行き来する猫のように。自由で、軽々とした力の流れ。
ビックリして父を見たら、疲れ切った碧の瞳が微笑みを浮かべた。父にもそれが分かったので、シャンガマックは笑って抱き付き、『上手く行った』と大喜び。
抱き返す父も、息子の努力に感謝して『帰る』の言葉が出た。今戻らないと、今日もここから動けない・・・そう呟いた父の声に、シャンガマックは父がどれほど大変だったかを理解し、彼を労った――
そして、ヨーマイテスは疲労した体で、息子を乗せて戻ってきた魔法陣。
いい、と言っても、ヨーマイテスは魚を獲りに行き、10分ほどで戻った獅子の口に魚付き。
すぐに火を出してくれ、魚を置くと、獅子はバタッと寝そべった。慌てる息子に『少し休む』と言うと、獅子はそのまま目を閉じる。
強い父の弱々しい姿に慌て、死なないでと泣きそうな声で頼むシャンガマック。獅子は薄目を開けると『少し休むだけだ』それをもう一度言って聞かせ、すぐにすーすー寝始めた(※久しぶりの疲労)。
ヨーマイテスにしても、この今感じている体の状態が、サブパメントゥ性か、精霊の影響か、よく分からない。
正確には疲労とも違う、脱力に似た体。地下に戻るのはいつでも出来るため、とりあえずは息子の側で休むことにした。
それがさっき。
シャンガマックは、こんな大重労働を頑張ってくれた父に、感謝で一杯。お風呂で洗ってあげようと決め、食事を終えてから、少し回復した父と一緒に、風呂へ移動した。
ヨーマイテスは『背中に乗せて連れて行ってやる』と言ったが、息子は笑顔で断り続けたので、二人で暗い森の中を歩く。
「歩かなくても連れて行く」
「近いから。歩くのは好きだよ」
「俺に気を遣っているだろう」
「常に」
「どういう意味だ」
「愛しているからだ。無理はさせたくない」
愛してるって・・・すんなり言われて、ヨーマイテスは黙った(※嬉)。何て嬉しいことを平然と言うんだ、と心の中で呟く(※言わない)。
シャンガマックに、照れは既にない。
ヨーマイテスの告白は思いがけないことだったが、聴けたことには感謝しかない。
彼のこれまでを思えば、自分はいつでも、彼をちゃんと愛していることを伝えて、安心させたかったし、常に大切であると教えたい。
それは家族として当然だし、親子ならいつでも言えることだと分かっていた。自分もそうした愛情の中で育まれたのが、ここへ来て活かせることが嬉しい。
ヨーマイテスに必要なことは『安心して良い、信頼を寄せても、決して裏切られない』そうした『愛』そのもの。
それが分かっているだけに、自分しかそれが出来ないことと、また自分もそうしたいと強く思う気持ちに、シャンガマックは素晴らしい運命の展開に感謝しつつ、ヨーマイテスの存在を、一生愛して、大事にしようと決めていた。
微笑みながら、暗い夜道をゆっくり歩くシャンガマックの背中に、そっと大きな手が添えられる。
横を歩く父を見上げると、僅かな星の明かりに煌めく、碧の瞳が見える。ニコッと笑うと、父も微笑んだ。
「その言葉。時々、聴かせてくれるか」
「毎日言う。ヨーマイテスを愛しているよ、って。もういい、と言われるくらい言うだろう」
ハハハと笑うシャンガマックに、ヨーマイテスも少し笑って『お前に言われて嫌な時は来ない』と教えた。
シャンガマックは息子の立場。でも、ヨーマイテスを見ていると、自分が『愛する』ことで、彼の心を守らなければと、そう感じる。ヨーマイテスを育てるような気持にもなるのが、不思議だった。
二人は温泉に着き、シャンガマックが服を脱いで中へ入ると、ヨーマイテスも少し考えてから、やっぱり入ってきた。
「お湯は、気持ち良かったか?」
最初に入った風呂の感想を、シャンガマックが訊ねると、横に座った大男は、息子の目を見て『よく分からない』と正直に答えた。笑うシャンガマックに、『本当によく分からないぞ』と続けて念を押した。
「でも、お前は俺に『一緒に入れ』と言うだろう?」
「そうだね。言うよ。髪を洗おうよ」
肯定されてすぐ、頭を掴まれ、不服ながらも息子に従うヨーマイテスは、長い豊かな髪を湯の中で洗われる(※こんなの意味ない、と思う)。
「ヨーマイテスの髪は長いね。ずっと伸びるのか」
「考えたこともない質問をするな。分からん」
「ハハハ。そうか。気にしているようにも思えない。人間は伸びるんだ。だから訊いた」
「お前。それ伸びているのか?今も?」
「そうだよ。ミレイオは伸びないのかな。また違うの?」
ミレイオも伸びている気配がない(※スリーブロック)。いつも身綺麗にしているから、手入れがまめな人なのだろうと、シャンガマックは思っていたが。思えば彼も、サブパメントゥ。
「伸びるわけないと思うぞ。バニザットの質問は、いつでも俺の想像を超える」
ヨーマイテスの真面目な返事に、ちょっと笑って騎士は続ける。父の長い金茶色の髪を手で梳いて、パシャパシャと湯で流してから、大男を見上げた。
「それで。さっきの話だ。何を言おうとしたの」
「ふむ。そうだな。もう話しても良いか・・・あのな、ドルドレンたちが戦ったぞ」
「総長たちが戦う。ヨーマイテスが気が付いたということは、相手が危険だったのか」
ビックリして立ち上がろうとした息子の肩を押さえ、ゆっくり湯に座るように戻すと、不安を浮かべた顔に『もう終わっている』と結果を先に伝える。
「俺たちが、先祖の部屋にいた時間か」
「そうだな。あの頃。どっちにしろ、俺たちは中途半端な状態で、動けなかっただろうな」
「どんな相手だったのか、それは分かるのか」
落ち着かなさそうな息子の頭を撫でて、ヨーマイテスは彼をあまり不安にさせないように、言葉を選んで話し始めた。
「お前が心配しているから、先に結果から言おう。ドルドレンたちは、思うに無事だぞ。
特に大きな力が動かなかった。ドルドレンも、勇者の力を出していない。そういう相手じゃなかったのかもな」
「無事・・・だと思いたい。ああ、気になるな」
やっぱり風呂の中で話して良かった、と思う息子の反応。
食事中だったら、今から確認に行くと言いそうだと踏んで、風呂の時間に持ち込んで正解だった。
父の想像通り。怪我をしていないと良いけれど、と眉を寄せて心配する息子の肩を抱き寄せて、ヨーマイテスは『お前に見せる』と囁く。シャンガマックは、一瞬、きょとんとしたが、すぐに理解した。
「あ、あれか」
「そうだ。ちょっと待てよ。こっちか。こっちだ、ほら・・・少しずつ。馬車だ。見ろ、何か食べている」
父はこうして時々、遠方の皆を見せてくれる。両手指先を合わせて輪を作り、その中に遠くの見たい対象を映す。
頼もしい父の能力に感謝して、シャンガマックは輪の中を覗き込み、ぱっと笑顔が浮かんだ。
「あ!総長だ。食べているってことは無事か。あ~、良かった!
ミレイオと、タンクラッドさんと、バイラとフォラヴ。あれ?ザッカリアがいない(※ロゼールが一時参加したことは知らない)。ザッカリア、どこだろうか。イーアンも、この時間にいない」
「そうか。お前は知らないのか。イーアンは留守だ。ファニバスクワンと会っただろう、あのすぐ後で、空に行ったままのようだ。何か用だろう(※ミレイオ情報=『留守』のみ)。
ザッカリアは、どうなのやら。あいつもちょっと得体が知れないからな」
父の言い方に、何かを知っていそうな気がして、ちらっと見ると、父の碧の目が息子の視線を捉えて、首を傾げる。『知らないって言っただろ』と繰り返された。
「まぁ。皆があの状態だ。ザッカリアがいないにしても、大事件じゃない。
落ち着いたか?あいつらは無事だ。だから食事もしている。話を続けるぞ、今日彼らが戦った相手の話だ」
「うん。教えてくれ。ヨーマイテスが気がついているんだから、それなりに強敵かと思ったんだが」
大男は腕を下ろすと、息子の冷えた肩に湯をかけて(※甲斐甲斐しい)若干、飛ばした感じで話してやった。
話を聞いていたシャンガマックは、何度も驚いて、5分程度の父の情報を聞いた後、暫く言葉が出てこなかった。
「どうした。意外か?」
「いや、だって。道具?武器じゃない『道具』を使うとは。イーアンがいるわけでもないのに」
「イーアンがどうかは知らん(※キョーミない)。だが本当だぞ、ドルドレンは道具で倒したんだろうな。最後の最後、何か大きな熱が全てを包んだ。あれはあの場所にいる、誰の力でもない。
ザッカリアは近い効果の能力のようだが、広範囲じゃなさそうだしな。
お前たちは物を使う。それくらいしか、俺も想像が付かんな」
ビックリして、父の説明をもらっても、まだ『何をしたんだろう』と、そこが気になって黙りこくる騎士に、ヨーマイテスはちょっと笑う。
「おい。バニザット。そこで止まるな。俺が伝えようと思ったのは、そっちじゃないぞ」
「ああ・・・そうだな。うん、良いよ。それで」
「放心するほどのことか。まぁ良い。そっちで驚いたのは、とりあえず忘れろ(?)。
魔物のことだ。お前とドルドレンで倒した、蟲だらけの奴がいただろう。あれと、今日の魔物は近いかも知れないな」
「何だって?今日もあの、魔法使いみたいな、でも違うような(※混乱)相手」
「バニザット。俺とお前は、過去のバニザットの記録で何を知った?今日・・・俺たちが知ったことは」
「あ」
ハッとしたシャンガマックは、父の碧の瞳を見つめ、自分の気が付いたそれが正解と知る。『まさか』呟く騎士の血の気がサーッと引く。
「慌てるな。まだ決まったわけじゃない。だが、似ていると思わないか」
「似ている・・・状態が」
「だろ?ただな、端くれ程度の様子でもあるんだ。もしも本物だったら、こんなもんじゃないだろうな」
「ど、どうして。端くれって。分かるのか?ヨーマイテスには何か感じる?」
焦るように内容を知ろうとする息子が、大男の腕を掴んで必死な顔で見上げるので、ヨーマイテスは暫くその顔を見つめ(※カワイイなぁと思う)頷く。
「気配を感じるわけじゃない。単に、本の中の話と合わせたら、そう思っただけだ。
過去のバニザットの部屋にある、あの『石ころ』。彼はどこへでも行けたし、どう行ったか知らないが、この世界以外の物を、手にして戻った男だ。
となるとな、魔物の王が似たような『石ころ』を手に入れられたとしても、あまり不思議はないと思わないか?」
「思わないけれど・・・困るよ」
「そうだな。困る。俺も困るんだ、そんな奴らに邪魔されるのは」
「ヨーマイテス。邪魔の意味は分からないけれど、どうして端くれだと思ったのか、それを教えてくれ。見分ける方法になるかも」
「うん?単に成長具合だ。中途半端だろう、本体が。バニザット、俺は何て言った?あの『石ころ』は石じゃなくて・・・?」
「種」
ぞわっと背筋に冷たいものが走った、褐色の騎士。自分の口から出た言葉に、恐ろしい想像が広がった。
そんな息子の顔を見つめ、ヨーマイテスは静かに彼の頬を撫で『心配するな。俺がいる』と教える。
「ただな、相手が魔物以上の奴らとなると、ちょっとな。戦い方を変えないと面倒そうだ。
それは分かる。ふーむ、ドルドレンたちにも教えてやっておいた方が良いかな。どうだ?バニザット」
教えなきゃ!腕に縋りついた息子に、父は嬉しそうにナデナデすると『それじゃ教えてやるか』と微笑んだ(※頼られる幸せ満喫)。
それから不安で一杯の息子を抱えて、長湯を終えると、洞窟に戻って『明日な』と寝かしつけた。
ヨーマイテスの今日。
腕の至宝は、息子と共に『生きている力』として操り、自分は息子の愛をちゃんと受け取れる認識も生まれ、満足した想いに浸れる一日だった。
今後、魔物以外に『魔族』が現れるにしても――
もう何も恐れるものはないと、心から思う。
大きな獅子は、疲れて眠る息子をぎゅうっと包んで、その満足に笑みを浮かべながら、静かな夜を過ごした。
お読み頂き有難うございます。




