1224. 夕餉の時間 ~魔物の変化について
炎の広がりよりも速い龍のおかげで、危機一髪(※ハリ〇ッド爆炎状態)炎の世界と化した地獄の雲から、ドルドレンは命からがら生還。
龍の皮は、はためいていたので、尻と背中が熱で熱かったが、焼けはしなかった。最後まで袋を掴んでいた左手の手袋は、焼けて焦げていた。手の平がずきずきする。
胸元に引き寄せて掴んでいた、龍の皮を見てみれば。炎の色が反射していたのかと思ったそれは、赤銅色の宝石をまぶしたような、美しい銀色の皮。
「タムズ・・・こんな場面でも守ってくれて」
見てすぐに分かる、赤銅色の輝く男龍・タムズの翼。その皮だったのかと、ドルドレンは心から安心する。有難う、とショレイヤと皮に礼を言い、上空まで上がってから、戦いの現場を見下ろした。
灰色の雲は見事に霧散し、下の方、地面に黒ずんだ箇所が出来、それが広い範囲に見える。馬車は離れた場所に。
「ショレイヤ、馬車へ」
あの黒い地面は何だろうと、目を凝らしながら、龍と一緒に黒髪の騎士は馬車を目指して、ゆっくり空を降りて来た。
「ドルドレン!無事だったか」
馬車からタンクラッドが出て来て、ミレイオもバイラも駆け寄る。フォラヴも龍を降りたばかりの様子で、横に見慣れない龍も・・・『ザッカリアか』ドルドレンは、皆のいる馬車へ龍を降ろした。
「ロゼールは」
「吹き飛んだからな。少ししたら帰ってくるんじゃないか」
「え?」
親方の言い方が落ち着いているのに、『吹き飛んだ』と言っているので、ドルドレンは焦る。その顔を見たバイラが、少し笑って言葉を添える。
「ロゼールが、雲を飛び出てすぐに『危ない』と叫びました。龍たちはその声で逸早く逃げ、私たちは馬車も馬も下りていたから、逃げることは出来ず、馬車に隠れました。
そして彼の忠告とほぼ同時で、あの大きな雲が吹き散らされるくらいの爆炎が。ロゼールは雲から離れていましたが、風圧で」
「無事だと分からないじゃないか!バイラまで、何を落ち着いて」
「総長、続きがあります。あの」
バイラが言おうとしたところで、ミレイオが彼に手で示し、続きを引き取る。
「私が話す。あのね。簡単に言うと、多分、コルステインたちの誰かが来たのよ。
明るい時間だけど、あっち、影あるじゃない。あそこにいきなり青黒い玉みたいのパッと見えたから。あれそうだと思う」
「何?何で?魔物かも知れん」
「やぁね、同じサブパメントゥくらい分かるわよ。私もこいつ(←親方)も同意見よ。ロゼールはそっちへ飛ばされたの。で、影の中に入った感じだったから」
「ロゼール・・・どこに」
ドルドレンはそんな話をされても、落ち着かない。ここに全員いると思ったのに、ロゼールだけは行方不明。被っていた龍の皮をさっと引き下ろし、ミレイオに渡すと『見てくる』と言って、龍を浮上させる。
「ドルドレン、信用しろ。コルステインたちも、気にしていたんだと思う」
「でも」
浮上しかけた総長の足元に寄り、タンクラッドは彼を引き留める。『戻ってくる。大丈夫だ』ドルドレンの不安そうな顔に言い聞かせ、彼にはまだ、コルステインたちの感覚が分からないかもと感じた。
「お前ももう、下りろ。ショレイヤも疲れている。戻してやらないと」
「調べる必要もある。魔物が本当に倒せたか」
「それは確認しました。ザッカリアが、最後に落ちて来たものは、全て変えてしまいました」
側にフォラヴも来て、雲の消えた後の様子を教える。地上に落ちた中で、まだ『動いている魔物』は、一度避難してから戻ったザッカリアが、退治したらしかった。
フォラヴは、口の利けない龍の姿のままのザッカリアに微笑むと、総長の顔に視線を戻して、黒く広がる地面を指差す。
「あの辺り。あれは黒いですが、見た目は宝石のようにも思えます。
上から塊で落ちてきた、黒い金属的なものも何もかも、ザッカリアが満遍なく・・・ただ、熱がすごいため、もう少し冷えてから近くへ行くと良いでしょう。
それと・・・ザッカリアはここではこの姿のままです。彼も、ショレイヤとイーニッドと共に、空へ戻します」
躊躇う気持ちは残るが、サブパメントゥを信用しているタンクラッドと、サブパメントゥ本人のミレイオが『大丈夫』と話しているし、フォラヴはザッカリアを『空へ』と促すので、ドルドレンは龍の背を降りる。
「ショレイヤ。今日も有難う。ゆっくり休んでほしい。ザッカリアを宜しく頼むな」
藍色の龍にお礼とお願いをし、龍を空へ帰す。フォラヴの龍イーニッドも、ゆらゆらと首を揺らして挨拶すると、ゆっくりショレイヤの後に続く。
ザッカリアは皆を見渡してから、振り向いて待ってくれているイーニッドに、くっ付いて空へ上がった。
「あの姿になると、彼は自力で戻れないのだろうか」
見送った総長の言葉に、フォラヴは首を傾げる。『さて』存じませんけれど、と前置きし、自分を見た総長に思うことを話す。
「以前、ティティダック村の時もそうだったのでしょう?私は初めてあの姿を見ましたが、彼は龍族でもないし、分からないことがたくさんある現時点、彼がここで戻ろうとしないのであれば、空が良いと思いました」
部下の言葉に、そうだね、と頷いて、3頭の龍が消えた空を見ていた顔を戻すと、ドルドレンは大きく息を吐き出した。緊張が少しずつほぐれてきて、体が重く感じる。服は、びしょ濡れ。
「疲れたな。よく頑張った、話を聞かせてくれ」
労うタンクラッドが、総長の肩を組む。ふと、怪我をしていそうな焼け方の手袋に気が付いて、ドルドレンの手を取る。『これは』心配する親方に、ドルドレンは『熱が凄かった』と苦笑いする。
怪我を気にしたフォラヴがすぐに来て、外した手袋の下の手に同情し、癒し始める。
「さっきも。センとヴェリミルの火傷を癒しました。彼らは毛がありますから、まだ。でも可哀相に、怖かったのでしょう。とても痛みに怯えていて」
だから急いで癒したのだと、妖精の騎士は呟き、総長の手の平も同じように少しずつ治癒を進める。
『小さな怪我だから、このくらいなら日常に問題ないくらいに治せますよ』と、優しい頼もしい部下に手を包んでもらい、ドルドレンは馬車へ手を引かれて、荷台に座って人心地つく。
「どうする。もう夕方だぞ。移動しないで、今夜はここで休むか」
親方に訊ねられ、疲れたドルドレンは『そうしようか』と答えた。ロゼールが戻っていない状態で、移動する気にもなれない。
それを言うと皆も了解し、一先ず、バイラの案内で、ロゼールが消えた場所まで移動する。
ミレイオはドルドレンに着替えるように言い、びっしょり濡れた、洗濯物行きの服を受け取る。
そして代わりに、自分の派手な服を着させようとしたが、丁寧に断られた(※958話中半同様『体のサイズが違います』⇒ミレイオつまんない)。
道を大きく逸れた場所の、木々の僅かに立ち並ぶその場所は、石も少し白っぽく、なだらかな傾斜の始まる地点。
向かう先、洞窟のある地域方面に、広範囲で上がって行く傾斜が見える。馬車は木々の合間に停めて、下草の短い場所で馬を放し、馬車の水を馬にも分けて、ミレイオが夕食準備。
空はどんどん暗くなり、夕方も終わりそうな時、ミレイオが『食事よ~』と皆を集める。
「ちょっと寂しいわね。ロゼールもいないし、ザッカリアもいないし。イーアンもオーリンも。シャンガマック・・・は、今後、帰ってくるのかしらねぇ、あの子」
笑いながらミレイオは、皆の食器に煮込んだ肉と豆をよそい、焼いた野菜を添えて渡す。受け取る総長は、『シャンガマック帰らないかも』の予言に注意する。
「そんなこと言わないでくれ。シャンガマックは今、懸命に魔法を覚えている。終われば戻る」
「分かってるわよ。だけど、あいつに気に入られちゃったし。あの子も、あいつが良いみたいだから。
・・・・・あいつが、問題なのよねぇ。あれ、協調性ほぼ無いに等しいから(※親父のこと)。
シャンガマックだけは、付きっきりでも平気そうだけど。う~ん、あの子の耐久性、本当に信じられないわ」
そんなことを、困ったように笑って話すミレイオに、ドルドレンとフォラヴは(←ミレイオが獅子の息子って知ってる)何も答えられず、とりあえず頷いておいた。
少なくなった人数で、焚火を囲み、夕食は始まる。皆は、ドルドレンの魔物退治を聞こうとしたのだが、ドルドレンから『まずは午前の神殿の話を』とフォラヴに回す。
フォラヴとミレイオはお互いの顔を見て、全部、話すことにした。特に隠すことはないのだが、二人とも『魔物を倒せていなかった』事実だけは気にしている。
不安を増やすようで、少し遠慮はあるものの、とはいえ情報には違いないことから、一部始終。何があったか、何を知ったかを伝えた。
バイラが引き込まれるように聞いていて、話が終わってすぐに『それで』と納得した様子を見せる。
「私が見た時。その時、きっと既に妖精は来ていたのかも知れないですね。それまでは『妖精が癒す』話も何も、なかったんですよ」
「その周辺を通った時代は?バイラは、何度か訪れたわけではないのか」
ドルドレンに訊かれて、バイラは首を振る。少し思い出すように首を傾げると、当時のことを話した。
「違います。あの場所限定であれば、私が訪れたのは1~2回です。川も・・・あれが幻覚?水は冷たかったのに。仲間も、水を飲んでいたんですよ」
「飲んだ『つもり』。かしらね。手が濡れている『感じ』とかね。幻覚って、見えているだけじゃないのよ」
教えてくれたミレイオに、バイラは不思議そうに頷くと『言われてみると。その後も、喉は乾いていたかも』と呟いた。
「私が見た記憶が、時代的には先ってことでしょうね。あそこは岩場だったのよ。だから『緑豊か』は信じられなかったわ。そんな感じの地面じゃなかったし、木も生えてなかったの」
「そうか・・・まぁ、種族が違っても一緒に、というのは、そう珍しくもないんだな。
サバケネット地区の妖精と精霊が印象的だったが、サブパメントゥと・・・って、俺もそうか(※女房候補コルステイン)」
言いながら苦笑いした親方に、皆もちょっと笑ったが、ミレイオは友達に付け加えて教える。
「でもないのよ。あんたは人間でしょ。まだ、人間だったら分かるわけ。私もザンディと一緒だったし。
人間って、特に種族の力はないじゃない。私たちみたいな異種族にも、影響ないからさ。一緒にいても、あまり驚きはないのよ。
でも『妖精とサブパメントゥ』とかね。『妖精と精霊』って、なっちゃうと。私も珍しいと思うし『大丈夫なのかしら』って思うわよ」
「戻ってきてほしいですね。その妖精。回復するために、離れたんでしょうけれど」
バイラはミレイオを見て、消えてしまった妖精が、また戻る願いを伝える。ミレイオも頷いて『戻ってくれると思うわ』と答える。フォラヴは微笑んでいるだけ。
タンクラッドは話をまた変えて『妖精が倒したはずの、魔物は』とミレイオに振る。真顔に戻ったミレイオも、分からないと答える。
「海から上がってきた、ってのは確かなの。で、また海に逃げたらしいのよ。だけど、どんな形なのかは。あのサブパメントゥは言わなかった」
「どうして?海に逃げたのを見たんだろ」
「見たって言ってもさ。魔物が出てきたの、明るい時間よ。サブパメントゥは、どこか影から見てるしか出来ないし、詳しく相手の特徴を説明できるほど、頭良くないの」
言い方は悪いが、実際にそうしたことが理由でもある。
サブパメントゥの蛇の子供に限らず、相手の風貌を人間のように、言葉にしたり記憶する意味がないので、そうした感覚に疎い。
受けた攻撃や、何をしたかと、そうした行動的な面は記憶するものの、見た目の重視がない彼らは、力が弱いほど『そうした傾向』が強いことを、ミレイオは教えた。
「興味ないわけじゃないんだけど。気にする点が違うのよね。何でも、サッと記憶することも出来ないし」
「魔物がまだ、どこかで動いている。それは確かってことだな」
聞いた話の要点はそこか、とタンクラッドは頷く。タンクラッドはこの後『スランダハイの町で探そう』と、持ち込まれただろう魔物の名残に、目的を移した。
「スランダハイで、もう、加工しているかも知れない。現物のまま、持って帰ることはないだろう。どんな魔物か、見当をつけるのは難しくても、『本当に魔物だったか』どうかは、分かるかも知れん」
皆の頭に過る、その疑問。同じことを思う。最近の魔物は、何かこれまでと違う。
「じゃあ、次はドルドレンだ。何と戦ったんだ、お前は」
「俺か。俺は形の、あって・無いような、そんな相手だ。ロゼールから聞いたかも知れんが、そのままだ」
ドルドレンは暗くなり始める空を見上げ、疲れた溜息を小さく吐くと『あんなの相手では、民間人はどうにもならない』と眉を寄せた。
それから、黙って自分の話の続きを待つ皆に、自分が雲に飛び込んで、ロゼールを探している間に倒した魔物の話と、ロゼールが見つけた親玉の違いを詳しく説明した。
「イーアンの話を、さんざん聞いていたから。それで思い出したようなものの。
しかし何の知識もなかったら・・・いや、なかったようなものだな。タンクラッドに注意を受けていなかったら、運ばせたロゼールにも、怪我をさせるどころで済まなかったやも知れん」
それについては、慰めることも違うので、何も言えない親方とミレイオ。ここに、イーアンやオーリンがいても、自分たちと同じような反応だと思う。
ああした素材を扱うのは、一歩間違えると、大変なことに繋がる。
それは自分たちも扱ったことがあり、少なからず、反応の大小を知っているから言えるのだ。大丈夫、などと適当な言葉を掛けるのは、次の危険を生みかねない。
だけど、沈むドルドレンを見ているのも気の毒になる。彼は思い出したことを、活かした。
『何が起こるか』の結果だけを想像していた。『何をすると・どうすると・どうなる』まで追いつかなかったとしても、挑戦はしたのだ。
「あのさ。ドルドレンは、どうして使おうと思ったの?イーアンの戦法とか説明とか・・・聞いていたからなのは分かるけど、そこじゃなくて。
相手が空気みたいなやつで、燃えると思ったの?燃やして倒そうと」
「違う。そうではない。イーアンが話していたのだ。金属の粉に水分が入ると、水分の形が変わると。
だから、次の現象として、燃えたり固まったり爆発したりするんだ、と言っていた。
俺は、あの『空気の塊』の質を変えたかったのだ。空気ではない状態にすれば、あの魔物はもう、自在には動けないと思って」
「え・・・じゃ、あんた。質を変えるのが目的で、火とかそうしたことは」
それが目的ではないと、ドルドレンはミレイオに首を振った。
ミレイオもタンクラッドも少し驚いた顔をして、お互いを見てから、ドルドレンに『あんたって』『お前はそんなことに気が付いたのか』と褒めてくれた。
「そうだったの。でも、発火の可能性は分かっていたのよね?それはそれで」
「うむ。それはそれだ。雲の中で、どこまで火が影響するか、そんなのは想像出来ない。
俺もロゼールもびっしょりだったし、火が入ったとして、湿度しかない環境にどう変化があるかまでは」
「ドルドレン。お前はそれも分からず。なのに『物質の状態を変える目的に、金属粉が使える』とは考えたのか。危険な試みだったが、しかし、お前の着眼点は、褒められるところだぞ」
タンクラッドは感心して腰を上げると、ドルドレンの側に来て、彼の頭をナデナデ(※愛情表現)。笑うドルドレンに『本当に感心している』と伝え、暫くナデナデしてくれた。
「それにしても。魔物が違う気がしてならない。
その空気の塊みたいなのも・・・あんなの、ハイザンジェルで会ったことないのだ。ここへ来て、段々と魔物の印象が変化し続けている。最近は特に」
「いや、最近じゃないぞ。俺には、テイワグナに入ってから、ほとんどだ。
アゾ・クィの魔法使いに始まって、テルムゾやティティダックの巨大な虫もそうだし、タサワン前の嵐でイーアンたちとコルステインが倒した、山のような大きさの魔物も。
マカウェ地区の砂漠の城もだ。シカの精霊・レゼルデの手前で、海から発生したあれらも。
アギルナン地区は被害は甚大でも、まだ魔物の要素が強かった。しかし、それ以外では、引っかかる奴が増えている」
タンクラッドは、自分を見つめている灰色の瞳に『お前もそう思っていなかったか』と静かに訊ねた。
「その通りだ。何か・・・別の要素の懸念を感じている」
皆の夕食は終わりかけの頃。夕闇は深くなり、ドルドレンの返答の続きは、暫し誰も続けなかった。フォラヴはひしひしと・・・自分の知っているおとぎ話を思わずにいられなかった。
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