1223. 科学的退治実践
馬車とバイラの馬は、同じところで停まったまま、雲の状態を見守る。
ふと、ミレイオが『あれ』と、雲の端っこを指差した。その小さな変化は、すぐに人の形となり『うわ、俺だよ俺』と上がった声が、ロゼールの声と知る。
「ザッカリア!それ、ロゼール!」
小さな龍も頑張って攻撃中なので(※危)、ミレイオも慌てて大声で叫んで止め、親方もバイラもびっくりして『ダメだ、ザッカリア!ロゼールだ』と吼えるような声で必死に教えた。
ザッカリアに間一髪、やられそうだったロゼールは、分かってもらえたようで、急いで馬車に向かい、両手を振る、大人三人の元へ無事に到着。
「ロゼール!あんたったら!」
ミレイオが腕を引っ張って、空中から下ろして抱き締め『大丈夫?突っ込んだりして!』騎士の顔を覗き込んで、困ったように笑う。若い騎士も苦笑いで頷き、用件を急ぐ。
「はい。総長から伝言で、いや違う。俺はお遣いです」
「ドルドレンが何を」
「あんた、また戻る気?」
「はい。急いでいます。鉄粉ありますか?あの、ええと、金属の粉なら良いのかな。『カラナはないだろうけれど』って」
「鉄粉?カラナ?あるぞ、カラナはイーアンが積んでいたはずだ。待ってろ」
濡れた顔を手で拭ったロゼールは、親方の返事にホッとする。親方はすぐに荷馬車の荷台へ入った。
ミレイオも腕の中のロゼールをまじまじ見て『すごい、濡れてない?』と呟き、自分の濡れた手を見て、若い騎士の様子に驚く。ロゼールは何度か小さく頷くと、雲を見上げて『あの中は風呂場みたい』と呟いた。
「湿度が高いです。中で動き回るとびっしょりに」
「あ~、分かる!私もテイワグナの最初の津波の戦闘、こんなだったのよ。気持ち悪いでしょう、着替える(※お母さん状態)?」
「いえ、戻るから。でも重いですよ、服」
そうよそうよ!と、おばちゃんのように、ミレイオも嫌そうな顔で、ぐっしょり濡れた彼の外套を上から下まで見ると『上着だけでも貸してあげようか』と言い始めた。
が、親方が袋と一緒に荷台を下りて来たので、ロゼールは、ギンギラギンパンク服を着せられずに済んだ。
「これ、ある分だ。こんなに・・・うん?おい。ちょっと待て。待て待て、待てよ。これをお前。その恰好」
袋を持ってきたにも拘らず、親方は渡そうとした手前で、腕を伸ばしたロゼールの状態に気が付き、見る見るうちに顔色が変わる。何かに気が付いたような、親方の様子に、ロゼールは瞬き。
「あの、早く行かないと」
「待て、ダメだ。ロゼール。ドルドレンに何を言われたか知らんが」
「タンクラッドさん、総長は今一人で戦っていて、『これを持ってきて』と俺に言いました」
「ロゼール。これが何を引き起こすか、分かってないだろう」
「え、あ。そうよ!ダメよ、こんなの持って行ったら、怪我で済まないかも知れないわ!燃えるじゃないの」
止めるタンクラッドの言葉に、ミレイオもさっと顔色が変わる。気が付いた中身は一緒で、慌ててロゼールにダメだと伝えた。ロゼールは困る。何度も雲を振り向いて『早くしないと』と焦る。
「ロゼール。危険物だ。金属粉が水を吸うと、エライことになる。
運ぶ最中でお前さえ危険だ。無論、ドルドレンが何をしようとしているのか知らんが・・・ぬ。もしや」
タンクラッドは仮説を立てる。ざーっと大急ぎで立てた仮説は、ドルドレンの知識。騎士修道会でイーアンが教えたこと。そして、手に持っているこの袋の中身と、『あの雲』そういうことか、と呟く。
「タンクラッドさん、お願いです。総長は切っても切っても、すぐに戻ってしまう、空気の塊みたいな親玉と戦っているんです。そいつが、あの礫・・・あれです、ザッカリアが何かに変えてるけど。
あの元になる、魔物を生み出していて。その小物は俺でも倒せるけど、親玉は全然、攻撃効かなくてダメで」
「分かったぞ。ドルドレン・・・お前は。そうか、ちゃんと覚えていたか。
あー・・・仕方ない。賭けに出るのか。よし、分かった。ロゼール、あと1~2分待てよ」
「タンクラッド、渡す気?燃えるわよ」
「ミレイオ、龍の皮をよこせ。俺のも持たせる」
「はぁ?」
「グズグズするな!皮だよ、男龍の翼が剥けた時、イーアンが持って帰ってきただろ!(※1013話参照)あれをよこせ!ドルドレンとロゼールを守る」
「ああ、あれか。そうだ、そうよね。あれなら燃えない」
合点がいったミレイオもワタワタと荷台に乗り込み、仕舞ってあった皮を取り出す。ビルガメスとタムズ、ファドゥの、翼持ちの男龍3人。彼らが変化した時に、イーアンがもらってきた、薄くて強い皮。
「イーアンは前、『龍の皮は、そう簡単に燃えない』と話していた。
作ってもらった上着もあるが、着るよりも被る方が早い。ドルドレンとロゼールに、これを」
「大きいやつ、大きいの。これと、これ。あんたのは?」
「これだな。比べて見ろ。よし、こっちだ、この二枚あれば。ロゼール!」
さっと荷台に来たロゼールに、小さい方を渡して『お前はこれを。頭から被って行け』そう言うと、もう一枚を渡し、それを総長に渡せと頼む。ロゼールは頷いて受け取り、お礼を言った。
「龍の皮なんですか。貴重なものを」
「大丈夫だ。イーアンがいれば幾らでも手に入る(?)。よく聞けよ。お前の持って行く、この袋」
タンクラッドは大急ぎで、何が起こる可能性があるかを伝え、ビックリしている若い騎士に『そういうシロモンだぞ』と言って聞かせると、雲を見た。
「行け、ロゼール。発火で済めば良いが、爆風の恐れもある。その時は炎が風に乗る。ショレイヤは問題ないだろう。お前のお皿ちゃんも。
しかしお前たちには、大怪我向きの事態だ。忘れるなよ」
「はい」
覚悟を決めて、ロゼールは大きな袋を重そうに両手で持つと、心配そうに見ている3人の顔を見てニコッと笑う。『行きます』待ってて下さい!そう挨拶したと同時に、彼は雲へ再び飛び去った。
「あの顔・・・何よ。子供みたいな笑顔で」
遣り切れなさそうに、ミレイオが呟く。私が行けば、と言いかけて、タンクラッドがミレイオの肩に手を置く。
「ロゼールも騎士だ。自分だけ隠れていたくない。全員、ドルドレンの隊なんだ」
「分かってるけどさ」
この一部始終、口も出せず、驚きの連続を眺めるに終わったバイラも、気持ちは苦しい。
自分よりも若い彼らが、どうやって倒すのかも分からない相手に、悩む暇もなく挑む姿勢。俺にも何かが出来れば良いのに、と。無駄にも思えることを、心の中で思うしか、バイラに出来なかった。
*****
龍の薄い皮を、頭から被ったロゼールは、両腕にしっかり抱えた袋と一緒に、雲の中を駆け抜ける。
袋も湿気を吸わないように、と親方は龍の皮で上から覆ってくれた。彼の助言を聞いていなかったらと思うと怖くて仕方ない。
知らないことが多いって怖いなぁ!とロゼールは眉を寄せる(※それで済むロゼール)。
タンクラッドさんが教えてくれたこと。この金属粉に湿気が入ったら、発熱する。発熱は広がり、発火に繋がるだろう、と言っていた。
――『お前の服が、濡れている。ドルドレンに届けるまでの間、例え、雲の中の湿気から守れたとしても、抱えるお前の湿度を、これは吸うだろう。動き回る摩擦を受けて、湿度を吸い続けたら、それだけでも発熱するぞ。
少しでも時間稼ぎに、目灰でも入れてやりたいが、それも調整する時間がない。
龍の皮で包んである、この状態で抱えて運べ。
いいか、ドルドレンは戦っている。渡す時まで、絶対に皮を取るな。渡したと同時で・・・難しいだろうが、ドルドレンにも龍の皮を掛けろ。
そして、袋の中身を使ったら。死ぬ前に逃げろ』――
「その『死ぬ前に逃げろ』って。それが一番、気になる。広がり方が早いのか」
使った時を想像しても怖いが、腕に抱えている状態の包みでも、既に怖い。
今だって、お腹の辺が暖かくなってきた気がしている(※過敏)。『やだなぁ、ここで燃えないでくれよ』飛び掛かる黒い魔物を避け、潜り抜けて疾走するロゼールは、目一杯困った顔で呟く。
「何だっけ。摩擦もダメなんだよな。水分と、摩擦と。うわ~、到着するまで体が動くから、摩擦が気になるよ~」
かなり激しい動きで、襲う敵をかわしながら進む、雲の道。
お皿ちゃんは、足の裏にピッタリくっ付いて、ぶんぶん飛ばしてくれるので、その高速を維持しながら、飛び出す黒い魔物相手に、体をねじって捻って、ぐるぐる回転しているロゼールに、『摩擦気を付けろ』は難しかった。
抱えている腕に、徐々に温もりが(※イヤな感じの暖かさ)・・・『頼む!間に合ってくれ』総長~!!叫びながら、ロゼールは必死に雲の道を急いだ。
*****
藍色の龍に助けてもらいながら、ドルドレンは斬り続ける。
何をしているんだろうと思うくらい、意味もない攻撃は、気持ちが萎えてくる。
意味があるとすれば、現時点で雲の中にいる、あの黒い魔物たちは、ここでドルドレンがこうしてひたすら攻撃している以上は増えない。それくらいしか、意味はない。
斬っても斬っても、結果は同じ。
ショレイヤが『ぶつかる』としても、一時的に部分消滅が見えるものの、少しすると元通り。
うんざりする攻撃中に知ったこと―― この空気の塊は、周囲にこの雲があるうちは、絶対に消えてくれない ――見ていて分かる。
ショレイヤが当たった場所は、ドルドレンの剣が斬るよりも面積が大きいから、その場合はどうも、衝撃箇所が消えているのだ。
そして少しの間は、そこだけポカリとないのだが、少しずつ、側の雲が引き寄せられるように寄って来て、気が付けば復活している。これじゃ、雲ごと消しでもしない限りは終わらない。
「それに。この親玉みたいな魔物。どこに赤い石があるのやら。頭ではなさそうである」
大体は、魔物の親玉に『赤い石』がある様子なのだが、今回のこいつは、首を斬ってもどこを斬っても、ちらりとも赤い光が見えないのだ。
あの『赤い石』を自分の剣で焼いてしまえば、もしかすると倒せるかも、と思っていた分、石も見えてこないドルドレンには疲労しか残らない。
「ショレイヤ。大丈夫か。龍気が辛いな」
藍色の龍はちょっとだけ乗り手を見て、ううん、といった具合に首を振る。優しい龍に『ごめんな』と謝って、早く終わらせないといけない気持ちが焦りを増す。
ザッカリアの龍も、フォラヴの龍も、普通に飛んでいるよりも、ずっと龍気を減らしているだろう。
「ロゼール・・・まだか」
一か八かで行うこと。ドルドレンは発火を求めたわけではなく――
「総長!持ってきました」
「おお、ロゼール!」
待ちに待っていた声が響き、ショレイヤは親玉の真横を抜けて、ドルドレンの剣が相手の胴体を斬り分けたすぐ、僅かな時間の隙間に、オレンジ色の髪をなびかせた小柄な騎士が、龍の横に滑り込む。
「これです。でも」
「早く渡せ!」
「凄い発火します。総長まず龍の皮を」
「ロゼール!!早く~!!」
嚙み合わない二人は、お互いの事情でひっ迫する。でもロゼールは総長の無事も守りたい。腕を伸ばす総長の必死な形相に、眉を寄せて困り顔を向けつつ、急いで説明(※大事だから)。
「伝言です。この袋をぶちまける瞬間、発火する危険があります。風が起これば炎が乗ります」
「知ってるよ!」
「ダメです!これ、頭に被って下さい、それで開けたらすぐに逃げて」
「分かったから!」
「俺は先に逃げますっ!総長、ご無事で!」
「ええええ?!」
戻りつつある親玉を気にしながら、ロゼールは一気にそこまで喋ると、総長に袋を押し付け、その次の一秒で、タンクラッドに言われた通り、龍の皮を総長の頭から被せて、一目散に雲を逃げ出した。
「ロゼール、ロゼール!こらっ・・・お?おお、何だか熱い(※危)!あつ、熱いっ!ヤバイ!」
うおお、熱い!と叫びながら、ドルドレンは大急ぎで龍の皮に包まれた、金属粉の袋をワタワタして開ける。
龍も異常事態に気が付いて、ビックリした目を向けつつも、魔物の親玉の伸ばした腕を回避し、旋回して最後の滑空。
その時、勢い良く熱が上昇し始めた袋は、持っていられないくらいに温度が上がり、ドルドレンは耐えきれずに袋を片手だけに掴む。手袋が焼けそうな熱さ。袋の中の粉が突然、違う色に変わった(←発火という現象)。
「おおおおっっ!!! ショレイヤ!逃げろっ!」
魔物の親玉に突っ込んだ龍に命じた瞬間、龍は上昇。ドルドレンは口の開いた袋を思いっきり、親玉目掛けて放った。
ブワーッ!と、真っ白だか、まっ黄色だか、もう、目も開けられないくらいの炎が雲の中で噴き上がる。
龍は全速力で逃げる。ドルドレンも龍の皮をぐっと引き寄せて、目を瞑ったままショレイヤにしがみつき、二人は分厚い雲をボンッと突き抜けた。
お読み頂き有難うございます。




