122. 自覚
ドルドレンが戻ってきた時。工房に何故かトゥートリクスがいた。
扉を開けると、青い布を背に掛けたイーアンが机に突っ伏していて、トゥートリクスが向かいの椅子に座ってイーアンを見ていた。
いくらトゥートリクス(※安全牌)とは言え、イーアンと2人で工房に・・・・・ それも寝てるイーアンと。
大きな緑色の目をきょろっと向けて、『総長。鍵開いていました』と普通に言う。
「トゥートリクス。なぜ」
少し眉を寄せて言葉に困る。それしか出てこない。裏心(下心ともいう)がないので責めるのも難しい相手だが、イーアンに懐いているのはよく知っている。危なくないとは思うけれど、二人きりはどうか。寝てるし。
「昼頃、イーアンが泣いているって聞きました。心配でしたが、ギアッチが俺を捕まえて教室から出れなかったから、今、様子を見に来ました。そしたら鍵が開いていて、見たら寝てました」
「良い報告だ」
誉めてやるしか出来ない。本当にそうだったのだろう。トゥートリクスなりに見張り番をしたのかもしれない。
ドルドレンはちょっと深呼吸して、『暖炉を消すか』と言いながら火かき棒で火を消す。熾きは灰に埋めて、イーアンを抱き上げると、トゥートリクスがじっと見ていた。
「総長。イーアンの絵を見ないんですか」
絵?と机に目を走らせる。イーアンの手元に一枚の剣の絵があった。
「イーアン。これ総長の剣だと思って描いたと思いますよ。イーアンの字は読めないけど、長さとか総長の剣に似ているから」
ドルドレンは絵を持って、近くで見た。これをイーアンが描いたのか・・・・・ 本当にある剣を見て描いたように見える。だがこんな剣を見たことはない。初めて見る形。
「これを作るのかもしれないですね。 総長・・・イーアンは本当に総長が好きなんです。だからイーアンを泣かせないであげて下さい」
トゥートリクスの正直な言葉が、真っ直ぐドルドレンに刺さる。
灰色の目を悲しそうに細めて、腕に抱いたイーアンを見つめてから、自分を見ている緑色の目に視線を移して『分かった』と頷いた。
トゥートリクスが蝋燭を消し、二人は工房を出て鍵をかけた。
部屋に戻る間、ドルドレンは若い部下に『ありがとう』と呟いた。彼は少しだけ振り返って『いいえ』と微笑み、別の通路へ向かった。
部屋に入って、イーアンを彼女のベッドに寝かした。全然起きる気配がない。靴だけ脱がして、上掛けをかける。
一緒に眠りたいが、今日は一人でゆっくりしたいかもしれないと思い、ドルドレンは自分の部屋へ下がった。
ベッドに横になって、天井を見ながら思い出していた。
イーアンと初めて会った時のこと。
すぐに遠征へ連れて行ったこと。
行く先々でイーアンが気に入られていること。
二度目の遠征で部下に気に入られたこと。
『俺らの命綱だ』 『好きにならないでいられる奴、いるのかよ』
クローハルの声が耳に残っていた。
『命に代えても』
滝つぼに飛び込むときにフォラヴが約束した言葉が。
『俺はイーアンを守る』
精霊に身を預けてまで魔法を使ったシャンガマック。
トゥートリクスの『泣かせないであげて下さい』の言葉も。
俺を相手に本気で、真っ向から堂々と、彼らはイーアンへの想いを伝える。
今日、人間に無関心なダビまで俺を拒んだ。ロゼールはあっさり俺を見限った。ギアッチの声に叱られた気がした。廊下ですれ違ったアティクには無視された。さっき夕食の席で見たスウィーニーは何も言わなかったが、俺と話そうとしなかった。
俺は彼女を守らなければ。
皆がイーアンを心配する。皆が、彼女を仲間だと認めた。それ以上の気持ちで、騎士として貫こうとする男がいる。
「もっと・・・しっかりしないとな」
今日は疲れた。ドルドレンも早く寝る事にして、鍵をかけて蝋燭を消した。イーアンのベッドへ行って額にキスをしてから、自分のベッドに潜り込んだ。
何時だか分からない。目が覚める。まだ暗い。
体に柔らかな感触を感じて起きると、イーアンが抱きついていた。ああ、イーアンか・・・・・
そう思って、彼女を抱き寄せ、もう一度目を瞑った。
上掛けを引き上げ、彼女の肩まですっぽり包む。温もりが気持ち良い。もう一度抱きかかえ直して、安堵の溜息を吐いてから、その渦巻く髪の毛に顔を沈めて眠りにつく。
ん? イーアン。 あれ、イーアン?
別に寝たんじゃなかったっけ。ふと思い出して、目を開ける。目が合った。
イーアンは潜り込んできたのか――
自分を見つめる瞳が、闇の中のわずかな光を受け止めて、きらっと光る。
その目が再び閉じられて、髪の毛がふぅっと揺れたかと思うと、口付けが来た。熱くて、柔らかくて、舌がつるっと入ると濡れて絡まる。
自分の首に絡み付ける彼女の両腕が、徐々に力が増してきて、密着する。密着して、彼女の体に手を這わせると気がつく。服が。服が全くない。
彼女の片足が自分の腰の上にくるっと回されて、引き寄せられ、密着が増す。舌が奥まで滑り、唇ごと吸い付く。食われちゃいそうな。
「イーアン」
ほんの少しの口の隙間から、名前を呼んだ。『うん・・・』と答えて、彼女の舌が自分の唇をなぞるように舐めた。唇が緩やかに動いて頬から耳元へ。『ドルドレン。愛してます』囁く声が、耳に熱い息と一緒に吹き込まれた。
彼女の唇が耳を柔らかく啄ばみ、熱い息を少し漏らしながら首筋を伝い、流れで鎖骨へ進む。ゾクゾクして『うわ・・・』と一声漏らすと、フフフと静かな笑い声がした。
よし。では。このまま―― ドルドレンの体が勢いに漲った。一気に細い体を掻き抱いて、覆い被さる。
お返しに口付けを繰り返しながら、片腕は彼女の体を押さえ、もう片腕は彼女の体を上から下へ撫でる。
全てが寝静まる、星だけが見ていた紺碧の夜中。
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