1217. 旅の七十九日目 ~打ち明け話で解決
翌朝のタンクラッド。
部屋で目覚めた時にはコルステインはいなかったが、夜中に戻ってきたので、気持ちは少し落ち着いていた。
「連絡珠。俺が持っていたじゃないか」
『すっかり忘れていた』とぼやき、まだ早い朝の部屋で、ベッドに寝転がったまま天井を見つめる。
「取りに行ったのは、珠。昨日そう言っていたよな・・・動転してた(素)。俺の手元にあったんだし、行かせなくても。でも、うん。まぁな。
あの時『ロゼールにも持たせてやれ』と言われていたら。俺は躊躇っただろうから。はぁ・・・どうしたもんかな」
夜間、戻ったコルステインが話してくれた『お出かけ内容』。
珠をロゼールに持たせるつもりで、それがある場所へ動いた。そして何と、家族まで呼んでの再会劇の様子だったが、結果は手ぶら。
「魔物。じゃないだろうな。イーアンが聖別した『カングートの宝状態』ってことか」
魔性があったと分かる。なぜ、メーウィックが隠したような場所に、魔性が宿るのか。それは分からないが、魔性を消すには壊す以外が出来ないサブパメントゥ。
珠はそこにあると分かっても、触るわけにいかないのであれば、としたことで、戻ってきたらしかった。
そしてタンクラッドに相談。
龍の骨でもあれば、厄介なものだけ消えると、コルステインは考えていたが、その骨も小さい物でなければ、ロゼールに持ち歩かれては近づきにくい。
タンクラッドたちの持ち物に、小さい龍の骨(※聖別可能なサイズで)はない?と訊かれた。
「お皿ちゃん保有者。メーウィックも持っていたそうだし、ロゼールが持っていたとしても、お皿ちゃんくらいなら平気なのか。
でも近づけられると困るんだろう。だから『出来れば小さい骨』・・・無理言うなよ」
聖別は出来ないけれど、イーアンがギールッフの町で作った魔性を消す工具は、ある。
序に言えば、『俺でも良いんだよな。俺が行って、魔性を消すくらいなら中和して』ここまで呟いて、気が乗らないので黙る。昨晩もこの手前で、コルステインとの会話を終えた。眠い、ことにして。
――『探す。する。骨。良い?』
コルステインは、タンクラッドに宿題として、『龍の骨の小さいのを探しておいて』と頼み、その後は眠りに就いた真夜中。
そしてこの朝の沈んだ気分。
思い出しながら、大きな溜息を吐いて、目を閉じるタンクラッドの耳に、廊下からロゼールと総長の声が聞こえる。
ロゼールの顔を見たら、自分は八つ当たりしそうだなと思うと、朝は一層、憂鬱に沈んだ。
と思ったら。扉がノックされて『起きているか、タンクラッド』とドルドレンが呼ぶ。
「起きてるよ、開いてるぞ」
「おはよう。すまない。朝から」
ドルドレンは挨拶して、部屋の戸を開けるとそっと中へ入り、寝転がる親方の股間にびっくりしたものの(※朝)さっと目を逸らして咳払いし、急いで用を告げる。
「どうした」
「ロゼールから伝言だ。お前が気にしているだろうから、と話があるそうだ」
「内容を聞いたのか?」
聞いたのはこれだけ・・・首を振ったドルドレンは、本当にそれしか知らないようで、背中を向けると『もうじき朝食へ行こうと思う』親方を朝食に誘って、さらっと部屋を出て行った。
親方は、少し後ろ向きな感覚に浸ってから、体を起こして、桶に水を入れて顔を洗い、あちこちに散らかる思考を束ね上げると『しっかりしろよ』と自分に呟き、服を着替えた。
「おかしなもんだな。イーアンが龍族と一緒にいるのも、まだ胸が騒ぐ。相容れない、俺との差を見るからだ。ドルドレンは平気になったのに(※感覚がちょっとアレな親方)。
コルステインは、女のようで女そのものじゃないにしても・・・俺には『女』なんだろうな。好きには好きなんだ。好き以外のものがないから。ああ、こういったことは面倒だな(※好き範囲が大別の人)」
ロゼールがコルステインと出かけたところで、別にコルステインが乗り換えるわけじゃないのに。
でも。これから、ロゼールが関わると分かった時点で、自分の中に不安や困惑が生まれるのを、親方は押さえ付けることが出来なかった。静かに、その心の動きを監視するだけしか。
天井に顔を向けて、首を回し、伸びをして。タンクラッドは荷物を持って、部屋を出る。出てすぐ、廊下でフォラヴと鉢合わせ、おはようの挨拶を交わした。
「タンクラッドのお顔色が、あまり良く見えないのですが。眠れましたか」
「お前はそういうところ、敏感だな。イーアンみたいだ」
「彼女の方がもっと細やかですよ。私は見たまま」
コロコロと鈴のような声で笑って、フォラヴはタンクラッドの腕を取る。『あなたの力強い腕が、こんなにだらんとしている』タンクラッドの大きな手は、フォラヴの白い手に乗ると、殊更、大きく見える。
不思議そうに見下ろす剣職人に、妖精の騎士は彼の目を見て『憂いに沈むのも幸せ』と微笑む。
「何だかな。俺より、20も若いお前に諭されては、立つ瀬がないな」
苦笑いした親方は、フォラヴの細い白い手をぐっと握って、ちょっと振ってから離す。笑うフォラヴも頷いて『お嫌でしょう?』と冗談ぽく答えた。
「元気を出して下さい。あなたは誰にでも愛情が強いのです。でも、あなたの運命に寄り添う方は、まだなのでしょう。今は、誰かを愛せる自分の時間を楽しんで」
「お前。本当に、そういうところは長けているぞ。相談所を持ったら、稼げそうだ」
何言っているんですか!と笑う騎士の、白金の髪をわしゃわしゃ撫でて、タンクラッドもハハハと声をたてて笑うと、少し気が楽になった。
笑いながら二人で1階に下り、ホールで待っていた皆と合流する。
ロゼールの子供のような顔が、さっと親方を見たが、親方はちょっと笑って頷いただけで、それ以上は何も思わなかった。フォラヴの言葉にほぐれた自分がいて、それもそうかとぼんやり感じている。
イーアンに会うまで、誰かを好きになることが途絶えていた人生で。イーアンにのめり込んだものの、とっくに相手(※ドル)がいるイーアンに、それ以上何が出来るわけもなく、ただただ好きでい続けて。
そして旅に出て、コルステインに出会い、孤高の存在の寂し気で人懐こそうな性格に、気が付けば、寄り添っていたのは自分の方だった。
『憂いも幸せの内』と思えれば。フォラヴは、誰かを愛したり好きになることを楽しんで、と言った。
「でも。一方通行は望まんな」
ぼそっと呟く親方。食事処に移動中で、その声に反応したミレイオが『あんた、いつでも一方的じゃないのよ』と、呟きの内容は知らず、普段の態度を指摘する一言を投げた(※親方イラッ)。
食事処に入っても二人がやり合うのを、親方の独り言を聞いていたフォラヴは笑って見ていた。
何となく。気持ちが落ち着かないのはロゼール。
多分、自分がコルステインと一緒だったからだろうなと、それくらいは見当がついていて、朝食後、バイラと総長が、道の確認をする出発前、タンクラッドに話しかけた。
荷台で、御者用の頭衣をミレイオに巻かれている最中の親方に、ロゼールはひょこっと顔を出して『お話したいことがあるんです』と言う。ミレイオがさっと見て『良いわよ。終わったから』と微笑み、タンクラッドの背中を押した。
「何だ」
ぶっきら棒にする気はないけれど、言葉を口にするとそうなる。親方の威圧的な雰囲気に、ロゼールは少し考えてから『昨日のことなんですが』と話し始めた。
親方は寝台馬車の御者台に乗り、横にロゼールも座らせる。話を聞きながら、親方は1分後には胸中のモヤモヤどころか、いろんな意味でゾワゾワが膨れていた。
横に座って、遠慮がちに打ち明けている小柄な騎士は、少年のようで、顔にそばかすがあり、見上げる顔も子供のようなのに。
コルステインからも『家族。来た』とは聞いていたが、内容を細かく教えてもらうと、とんでもなく驚く話だった。
俺だって怯えたのに―― ロゼールは、彼らに触られ、彼らと会話し、一緒に過ごしたことを普通に話す。
こいつは一体。どんな神経しているんだ、と目を見開いて凝視している親方。
その目に気が付いて、ロゼールが少し驚いたように『どうしたんですか』と訊ねた。何かおかしなことがあったのかな、と不安に感じるロゼールは、親方の気持ちが気になった。
「お前。ロゼール。マースに何とも思わなかったのか」
「マース?ああ、あの。4本も腕がある人ですよね。4本あるから、どうしてかなと思いました」
そうじゃないよ、と親方は首を振る。自分がマースを見た時は逃げたかったくらい、強烈な怯えを感じたのだ。
そして、尾のある女のことも、親方は津波の日に少しその姿を見たくらいなので、ロゼールが応じた様子に引いた。
「下半身がトカゲ。別にそれくらいは平気だが。お前は」
「リリューっていうんですよ。綺麗な人ですよ。優しいみたいで、俺が危なくないように気を付けてくれました。尻尾をこう、ぐるぐる巻いて。俺が転んだりしないためなのかな。
珠も、珠かどうかは確認できていないんですが・・・何か禍々しい感じに困った俺に『ダメ』って言いました。
触っちゃいけないんだと、さっと抱き上げて守ってくれて。あの、大きいんですよ、皆さん。だから俺なんて、ひょいって感じで」
「いやいやいやいや。大きいから、とか。そうじゃない。そこじゃないだろう。
お前は平気なのか?怖いというか、圧倒される畏怖のようなものが、彼らにあるだろう。そのリリューも」
「ああ・・・言われてみれば。今更ですが、少しはあります。でも何ていうか。正直に言って良いなら。
畏怖に似た怖さは、龍の方がはっきりありましたよ。イーアンが最初、龍になった時、分かっていても近づくのは怖かったですもの。
あれにくらべると、リリューやマースたちは平気ですね。見た目が強そうですごいなーと思いますが」
ええええ?? 親方びっくり。この肝っ玉は何だ?!と思う、小柄な騎士の返事。
こいつの方が怖く感じる、と思い始めるタンクラッドは、言葉が出てこない。確かに、コルステインを初めて見た時、綺麗だとは思ったが怖くなかった。それはタンクラッドも分かるが。
しかし、マースに初めて、面と向かって出会った時は、コルステインとの違いが強くて『別の存在』としての意識がありありとしたのだ。コルステインにあるような、想いや心が見られない、ある意味『究極にサブパメントゥ的』な存在に思えて。
「やはり。お前は、メーウィックの生まれ変わりに似た、要素があるのか」
「さぁ。俺もいきなりです。何が何だか。コルステイン以外は、俺が別人と思ってくれていそうですから、もし今後会うことがあっても、きっとそれなりに、ロゼールとして見てくれる気がしますよ」
「あのな、ロゼール。俺が言っている意味は違う。お前の平気さに疑問があるんだ。メーウィックも、そうだったようだし」
「あ!そうです。もしかしたら・・・つい、話が逸れました。今夜も行くかもしれないんです。俺の意見はあまり通らないから、珠を受け取らせるために、また動くかも」
お前の意見が通らない?訊き返した親方に、ロゼールは苦笑いして頭を掻く。
「何度も思ったんですよ。俺じゃなくても取れるだろうなと。
場所に案内したのはコルステインで、石の開かない理由を教えてくれたのは、メドロッドです。大きな岩を持ち上げてくれたのもマースですし、暗闇に炎を出してくれたのはゴールスメィです。
リリューは俺を気にしてくれて、何か手伝おうと積極的に訊いてくれるんで、ホントに俺、何もしてないっていうか。
でも『俺がやるんだろうなぁ』と漠然と動いていただけで、多分、俺の意見は関係ない気がします」
親方は、緑色の目を向けた騎士の打ち明ける気持ちを聞き、何となく理解し、ゆっくりと頷いた。
これが使いっ走りの意味かも知れん(※仲良しってだけ)――
もしかすると。分からないけれど。
過去のメーウィックも、そうだったのかも。コルステインは一番、『誰かに寄り添おうとする性格』であり、それは、彼ら家族も実はそうなのかも知れない。
だが、姿形で怖れられるから、そうした関わる相手もなく生きているのか。コルステインも最初の頃『人間は自分を怖がる』と悲しんでいたのを思い出す。
自分たちが普通に付き合えて、自分たちが知らないことや望むことを、仲良くなった誰かが導いてくれること。それだけでも、彼らには充分、親しんだり呼び出したりするに値するのか――
そう思うと。タンクラッドはじーっとロゼールを見つめる。こいつは打って付け(※にしか思えない)・・・・・
そして続けて、素敵な方向にハッとする。コルステインは、家族の皆が気に入っていた『メーウィック』だから、また会えたことで、家族のためにロゼールを側に置きたいのでは!
家族思いのコルステインだから、それは充分に在り得る。彼らが喜ぶし、動き回る立ち位置のメーウィックことロゼールは、旅の仲間の助っ人にも使える(←ここパシリ)。
タンクラッドの気持ちに、大きな変化。
コルステインが(主体)メーウィックを気に入っていて⇒家族ぐるみの付き合いを、ロゼール相手にまた始めようとしている・・・わけではない。
家族が(主体)メーウィックを気に入っていたから⇒家族ぐるみの付き合いを、ロゼール相手に始める・・・そうだ、それだ。
「だからか・・・だから、だ!」
合点がいった様子で、一人何やら喜んでいる親方を見つめ、ロゼールは理由が分からないものの。
でも、コルステインが自分を連れて行った一部始終に、『何もタンクラッドさんが心配することはないんですよ』と伝えたかったのは、どうも叶ったようなので(※そうとしか見えない喜び方)ロゼールは、話して良かったと胸をなで下ろす。
「その。だから、今夜も多分。昨晩は得られなかった珠があるから」
「そうだろうな。そうか・・・じゃあな。まぁ、良いだろう(?)。
イーアンが聖別したナイフがある。それを持って行け。素材は元々、魔物だったが、イーアンが・・・ん?『聖別』って何かって?ああそうか、知らないのか。あのな、変なものを消すんだよ(※テキトー)」
親方は急に機嫌が良くなったので、今夜、目的に使うのは『龍の骨ではなくても良い』と教え、イーアンの制作したナイフを渡してやることになった。
ロゼールはお礼を言い、この後、出発してからも、どういうわけか親方の横に座らされた状態で、自分も頭衣を巻くことになり、午前の路は『コルステインの家族話』で盛り上がった。
お読み頂き有難うございます。




