1216. 真夜中の想い ~コルステインの家族
テイワグナの山間。暗い森の中に斜面の壁が始まる場所。大きな岩が連なり、岩の上にまた森が広がる。
暗い黒と青の世界に、月明かりが差し込み、銀色の静かな光の中で、その彫刻をまじまじ見つめる騎士。
『ここが。珠のあるところですか』
『ある。お前。開く。する。これ』
彫刻には、大きな翼を広げた女の体の絵。岩が崩れて頭部は見えないが、腕が人間ではない石の彫り込みを見てから、横に立つコルステインを見上げ『あなたですか』と訊ねた。
大きな青い目は、ロゼールの森のような緑色の目を見つめ返し、微笑んだ。
見上げたコルステインの髪の毛が、銀色の縁取りを得て、本当に月光の束のように揺らめく様子が、何とも神秘的でうっとりする。
『本当に。あなたは綺麗ですね。何度見ても、信じられないや』
『信じる。ない?コルステイン。信じる。平気』
ん?と思ったコルステイン。信じられないと言われて、何でだ、とばかりに信じて良いんだよと教える。
『あ。違いますよ。あなたを信じているんですけれど、何て言えば良いかな。とにかく、見たことない綺麗さだと思うんです』
よく分からなさそうに首を傾げるが、ちょっと笑っているコルステインに、ロゼールもエヘッと笑う。
ロゼールは、どうして自分がこんなに、この『夜の主』のような相手に傾倒しているのか、不思議にさえ思う。初めて見た時から圧倒されたのだ。
イーアン龍も素晴らしかったが、コルステインの方が身近に感じる。
女性ではなく、男性でもなく、大いなる自然の具現のように、人間の自分がちっぽけでも良いんだと思える安心を、その美しく強い存在感からひしひしと受け取る。
難しい言葉は分からないコルステインだが、ロゼールが非常に自分に好感を持っていることと、とても自分を大切に思っているのが伝わるので、にっこり笑って鉤爪の背で頭をナデナデ。
『開く。する。これ。お前。触る』
で、目的(※コルステインは業務的)。やれ、とロゼールを岩の扉にも似た、彫刻のある一枚岩の前に立たせる。
『あのう。こんな大きな石、動かせないです。どうやって開けるんですか?』
『メーウィック。知る。する。お前。同じ』
『え!メーウィックって人が知ってたんですか?あれ・・・あれ?もしかして、俺とその人、同一人物だと思っているのかな。コルステイン、俺は違いますよ!俺はロゼールって』
『お前。メーウィック。違う?でも。どう?同じ。ロゼール。メーウィック。同じ』
あちゃー、と思うロゼール。コルステインには区別がついていなかったのか!と今になって気づく。
俺のそっくりさんが、どれくらい昔の人か知らないけれど、コルステインとしては、同じ人物の名前が違うだけと捉えているのだと分かり、大いに困る。
「いや~、どうしよう。俺じゃないんだ、って分かってもらうには。コルステインは大きく区別しているのかな(※かなり大雑把)。別人なんだけど、その人の再来だと思い込んでいるのかも。わぁ、困ったなぁ」
ようやく理解したこと・・・(以下コルステイン視点)
①久しぶりに会ったメーウィック(※ロゼ)。
②確認したら『珠』を持っていない。
③連れて行ってやれば、珠を取るだろう・・・ってことか!
そうだとすれば、ロゼールにはどうにも出来ない。だって、その人じゃないんだから(※当然)。
何やら困っていそうなロゼールに、コルステインは何度か、首を傾げて『どう?何?』違うの?と訊ねる。
何がどう違うのか、よく分からない。ロゼールはメーウィックなのだから(※ここが違う)珠があるところに連れて行けば、自分で取るはずなのに。
そうしたら、前みたいにいつでも皆が呼べる(※タンクラッドが予備を持っていることは知らない)。
『ええと、どう言えば。俺は違う人間なんですよ。メーウィックじゃないんです。その人、多分・・・かなり前に死んじゃっていますよ(※当)』
『ロゼール。メーウィック。違う?どこ?』
参ったなぁ、と頭に手を置くロゼール。そんなに似ているんだ、と思うが、時の流れが気にならない性質なのか、コルステインは本当に分からなさそうで、説明の仕方が難しい。
暫くこのやり取りを続けた後で、コルステインは考える。
どうやっても、ロゼールは開けようとしない。忘れてしまったのかも、と(※同一人物認識)。
名前が違うのは『ヘルレンドフとタンクラッド』と同じだろうから、そうなのだと理解した(つもり)。『ヘルレンドフの時』のことを忘れている、タンクラッドの状態を考えると、ロゼールもそうか?となる。
『メーウィックの時、お前は良い人間だったね』と少し教えてあげたら、ロゼールは考えていたけれど、すぐ嬉しそうな顔をしたから、思い出したと判断していた。でも違うみたい・・・(※コルステインにはこれが限度)
仕方ないので、『待つ。する』ロゼールにちょっと待ってろと言い、コルステインは後ろを向いて、森の木々の暗がりに向かい、片腕を伸ばす。
『マース。リリュー。ゴールスメィ。メドロッド。来い』
コルステインが闇に呼びかけると、闇はゆらっと左右に揺れ、突然、森の黒にねじ込むように青黒い炎が噴き上がる。
ロゼール、腰を抜かすほどびっくりして、わぁ!と叫んで、尻もちをついた。コルステインに、彼の声は聞こえないので無視(※後ろ向いてるし)。
ボウッと音を立て、ロゼールのかっ開いた目が落ちそうな光景が現れる。
異形の姿の4人の影に『人間ではないよね』と騎士は呟く。青黒い炎から浮き出るように輪郭を持ち、徐々にその姿がはっきりし出す。
そして、もっと驚いたのが、彼らは尻もちをついてひっくり返っている、気の毒な若い騎士ロゼールを見つけ、すぐに近寄ってきたこと。
ロゼールは、心臓が飛び出しそう。凄い格好の人たちが(※これで済むあたりがロゼール)ゆっくり歩み寄ってきて、地面に腰を抜かして立てない、小さな人間を見下ろすのだ。
『うむ・・・ふん?コルステイン。メーウィックか』
動物の足を持った人が、コルステインに話しかける。それが頭の中に入ってきて、ロゼールもハッとする。
『あ、やっぱり。そんなに似ているんですか?俺はロゼールです。メーウィックじゃないですよ』
『違う?メーウィック?うん?ロゼール・・・誰』
女の顔をした人はぎゅーっと顔を寄せて、下過ぎるロゼールの顔を見るが、体勢が気に食わないのか、不意にロゼールの胴体を両手に挟んで持ち上げた。
『うわ』
『メーウィック。ロゼール。あれ?同じ、違うの。でもメーウィック』
『あなたも綺麗だなぁ(※ロゼール変わり者)。凄い良い尻尾ですね!』
太いトカゲのような尻尾をゆらゆら振る、女の顔のリリュー。薄く透けるように見える2対の虫の翅に、月明かりが通る。コルステインよりも少しきつい顔で、褒めたロゼールに首を傾げると、太い尾をぐるーっとロゼールに巻き付けた。
ロゼールは感動して笑う。それで触る。尻尾は滑らかな鱗で、すべすべしていた。『ツヤツヤですね!』何だか喜んでいるロゼールに、リリューも少し笑う。
『メーウィックじゃない?ロゼール。でも。龍の骨。お前は持っている?違う』
少し、コルステインよりは言葉が続くリリューに訊ねられ、ロゼールは彼女(?)の顔を真正面から見つめて『骨。お皿ちゃんかな。ありますよ。飛ぶやつですよね?』と質問する。
不思議なことに、最初に驚いた怖さはどんどん消えてゆく。
肌の色も体つきも、コルステインと同じと分かれば、彼らは一族なんだと理解する。それだけでも、ロゼールの中で安心が生まれる・・・これも不思議。
飛ぶやつ、と騎士に言われて、頷いたリリュー。やはり前と同じような感じ。でも少し違うのか、とも気が付く。
両手に持ち上げていた、細いロゼールの体を片腕に乗せ換えると、彼が尻尾を撫でているのを見つめ『好き?』と訊ねてみる。
ロゼールは気に入ったようで、長く太い、リリューの尻尾を撫でながら頷いた。
思い出す。ずっと昔。
メーウィックも尻尾を見て、よく先っぽで遊んでいた(※前世も似る)。
リリューの解釈では、メーウィックとロゼールは似ているが、違う人間だろうと思う。ただ、ロゼールに会ったということは、自分たちはまた彼と付き合うとも考える(※コルステインとは少し違う頭)。
大きなリリューの片腕に座らされ、尻尾を巻き付けられて楽しんでいるロゼールを、他の3人も覗き込む。
骨ばった顔のマースや、黒目しかないような表情のないメドロッド、獣の四肢を持つ、牙丸出しのゴールスメィも、しげしげ騎士を見て、同一人物かどうか考えている様子。
コルステインは皆の反応を待ち、彼らがどう判断し、ロゼールに何か役に立つ思い出を与えるかどうかを見ている。
近寄ってじっくり見ている男三人は、ちょっと顔つきが怖くて、最初こそビックリするものの。
特に危険なこともないと分かれば、ロゼールはもう、平気だった。
自分でも、こんなに平気でいられることに驚いたが、イーアン龍に初めて近づいた時よりも彼らの方が、どうしてか緊張は少なかった。
夜の肌の5人。皆が手足や顔つき、体にあるものが異なるが、誰もに共通するのは『危険な怖さ』がないこと。これは、魔物を相手にしてきたロゼールからすれば、すぐに気が付く部分だった。
『メーウィックじゃない。だが近い。俺を知っているか』
真っ黒に見える目を向け、棘の生えた大翅を両腕にした男は、ロゼールの小さな顔に、顔を寄せて訊ねた。その質問にハッとして(※希望を見る)ロゼールは首を振る。
『俺はメーウィックじゃないです。あなたを知らないんですよ。俺はロゼールです』
『ロゼール・・・俺はメドロッド。知らないか。また会えた』
『それは、どういう意味なのか。俺は何も知らなくて。でも、そうだ。この扉を開けて中のものを、ってコルステインに言われています。
あなたは、メーウィックと俺が違うのを分かってくれました。メーウィックの開け方を知っていますか?』
ロゼール、メドロッドと名乗った人がまともに会話可能(※貴重)!と知って、大急ぎで助言を頼む。
『ふむ。開け方。壊さないのか?』
『壊さないと思います(※願)』
『待て。メーウィック・・・仕掛けだ。仕掛けを作る』
仕掛け?ロゼールはその答えの意味を考える。
メドロッドが横の二人の男を見ると、腕が4本もある人が岩の扉を見て『ある。見ろ。仕掛けだ。ロゼール』そう言って、2対の左右の腕の一本を伸ばして、岩の下を指差し、別の手をロゼールの顔に添え、下を向かせるために『くきっ』と顔を動かした(※危)。
うっ、と首の痛みに呻いたロゼールに驚いて、リリューがさっとマースの手を払う。
その顔が少し怒っていて、リリューはマースを睨むとロゼールに『痛い?』と訊ねた。優しいなぁ、と嬉しい笑顔を向けたら、リリューはニコッと笑った。
コルステインは彼らの様子を見守りながら、リリューは今のロゼールも、気に入ったと分かる。昔も二人は仲が良かった。久しぶりに会ったから、思い出して(※違う)。
尻尾でぐるぐる巻きにしているところを見ると、とても嬉しいのだ。リリューもこれからまた、ロゼールと一緒の時間を求めると思った。
さて。コルステインは、なかなか進まない展開に、どれどれと参加することにした。
珠はどうした、とロゼールに聞けば(※思い出したか、の意味)何とか手に入れることを考えたようなので(※ヒントもらった)早速やってみろと、岩の戸を示す。
『うーん。上手く行くかな。あの。ええと、あなたの名前は?尻尾を解いてもらっても良いですか』
『ロゼール。リリュー。どうして』
『ここに下りて、この線・・・だろうな。岩が横に動くのかな。動くかやってみますから』
説明してから、女の顔を見て『リリュー。可愛い名前ですね!』と朗らかに笑うロゼールに、リリューも嬉しそうに頷くと、巻き付けていた尻尾を解いて、一巻きだけにしてくれた(※放さない)。
お腹に巻かれた尻尾の先を見て、少し笑ったロゼールは『これだったら動けますね』と答えて了承し、ベルトの延長のように繋がれた状態で、岩の前にしゃがみこむと、そこに薄っすら見える溝を指でなぞる。
引き戸みたいに見える、その状態。だけど、閉ざす一枚岩の厚さは数十㎝はある。
仕掛けと言っていたから、きっと何かを使ったら動くんだ、と考えて、5人の大きなサブパメントゥが見守る中、ロゼールは岩の溝の付近を調べた。
「これか。これだろうな」
人為的な地面の窪みを端に見つけ、そこを埋めている土や枯葉や枝を取ると、窪みには、扉の下をわずかに持ち上げるくらいの石が入る、深さがある。
窪みに大きめの石を入れて・・・石を傾けると、動かせるのだろうか。こんな大きな一枚の石の板が?
『ロゼール。リリュー。何する?』
『え。手伝ってくれるんですか?そうですね・・・これに石を、って。そんなことしないでも、動かせるのかな(※相手のガタイが良い)』
リリューは完全に女の体だが、背はコルステインに近いくらい大きい。覗き込んで手伝おうとしてくれるリリューを見つめ、彼女なら持ち上げたりして(※期待できる)と一瞬過った。
5人の中で、一番大きいのはコルステインだが、リリューも大きいので、訊いてくれたしと思い、ロゼールは『この石が横に動くと思う』と伝えたところ。
釣り目がちな大きな紺色の目をキョロッと動かして、後ろの三人を見るリリュー。『横。どかすの。マース』マースにやれ、と命じるリリュー。え、とロゼールが呟くと、マースは素直に言うことを聞いてくれて(※そう見えないのに)近寄ると4本の腕で一枚岩を覆って、その端を掴む。
『壊すと早い』
『ダメ。横にどかす』
壊せよとばかりに言われたが、リリューはロゼールの頼みをそのまま実行するように止め、無表情なマースは、本音は面倒かも知れないけれど、横に動かしてくれた。
積もった土の邪魔も関係なく、大きなマースの4本の腕で抱えられた石の扉は、呆気なくずらされる。
ロゼールはそれを見て、この人たちにお願いしたら、大体のことは解決する気がした(※物理的にもイケる)。
何だそんなことで良かったのか、とコルステインは首をかくっと傾げ、ちょっと笑う。
自分を見たロゼールに、開いた暗がりを指差して『珠。ある。持つ。する』と促す。中、真っ暗。
『暗くて見えないか』
頭の中で呟いたことは、すぐに皆が反応する。獣の四肢を持った男・ゴールスメィがフッと息を吹くと、暗がりに青黒い火の玉がポンと浮かんだ。
『すみません、なんでもしてもらって。有難う』
驚きと同時にお礼を言い、ここまで来たら、別に自分じゃなくても取れそうな・・・と思うが。でもロゼールは、これは自分の役目なんだろうと思って中へ入る。
中は狭く、棺のようなものがある。しかし蓋は崩れていて、どうも劣化のような状態。誰かが入った形跡はない。青黒い火の玉がポワポワ浮いている明かりで、崩れて落ちた石だらけの棺の中を覗き込むと。
「これかな。珠・・・光ってるけど。なんかちょっと、やだな。嫌な予感がする」
眉を寄せるロゼール。自然体で、お腹に巻かれた尻尾をぎゅっと掴む(※服掴んでる感覚)。
石の欠片が積もる中で、ぼんやり光を撥ね返すそれは、何となく触ってはいけない気がした。
尻尾をむぎゅっとされたリリューは、それを合図のように側に来て『どうしたの』と訊く。そしてすぐ気が付いて、バッとロゼールを抱え上げた。
『ダメ。ロゼール。触るのダメ。リリュー。やる』
『何ですか?これ、悪いものですか?』
リリューが慌てたようで、ロゼールもやはり怪しいものがあるのかと質問すると、リリューはちょっと騎士の目を見て『壊すない。そう?』と確認。壊さないといけないくらいなのか、それは分からないにしても出来ればそのまま、と思う。
その思いを理解してくれて、リリューはなぜか。ロゼールを抱え上げたまま外へ出た。
『コルステイン。あれダメ。魔物がある』
『魔物?ロゼール。龍。骨。持つ?』
『はい?お皿ちゃんですか?いや、置いてきたから持っていないです』
『小さい。龍。骨。ある?』
ないなぁ、と答えたロゼールに、コルステインは家族を見てから、開いた石の戸の奥に視線を向けると、首を傾げて『タンクラッド。話す。今日。終わり』そう言った。
何が何だか分からないロゼール。ここまで来て、何と、諦めてしまった。
拍子抜けどころか、何だったのだろうと思うような、不思議な夜の〆。しかしコルステインが一言そう告げると、皆は何一つ文句も言わず、男3人はあっさりと帰って行った(※早い)。
そしてコルステインは、リリューからロゼールを引っぺがし(※放さない)不服そうなリリューに『明日。会う。する』と伝え、彼女の反応を待たずに鳥に変わると、背中にロゼールを乗せてさっさと飛んで戻った。
ロゼールは、リリューに挨拶もしなかったことと、『何だったんだ今日』の疑問が気になって仕方なかった。




