1210. 別行動:獅子の両腕の力
昨日、泣かせてしまった息子(※傷心)を慰めるため、ヨーマイテスは、これまで誰も入ったことのない、自分だけの狭間空間に連れて行った後、船を出して空を飛んだ。
テイワグナ中の空を動き回ってやり、遠くに見えるヨライデや、ティヤーの夜の風景を楽しみ(※主にバニ遊覧)腰袋に入れてあったと、息子が取り出した干し肉を二人で食べ(※ディナー延長)少し寒いと言う息子をずっと抱き締めてやって(※かなりデート)寝落ちした息子を連れて帰った(※健全)。
特に眠らなくても平気な体のヨーマイテス。なのだが。朝になって、何やら体に違和感がある。
どうしたかと思ったが、ふと『龍気?』呟いて、眉を寄せる。あの船の龍気か?と疑問を持った。
しかし、あの船は元々、龍気の塊ではあるものの、どういうわけかサブパメントゥが乗れる。今頃、何が出るはずもないし、まして、今の自分は、ちょっとそっとのことで影響はないはず。
とはいえ。かなり長い時間、乗っていたのは確かだし、もしかすると、龍気に当たり過ぎたのかと考える。
ここまで思ってから、でもやっぱり、と戻る。
それもおかしい。この程度の乗船は以前もある。こうなると何が理由なのか。船でないなら、他に自分に影響するものなんて、そうそうないはずだが――
「おはよう」
考え事をしていると、鬣の中に顔を埋めていた息子が起きて、ニコッと笑う。『おはよう』と挨拶を返した獅子は、さっと顔色が変わる。まさか――
顔色が変わったところで、毛が生えている獅子の顔。気が付かないシャンガマックは、伸びをして『昨日。俺は寝てしまったのか』と笑い、体を起こして水を飲み、昨晩の嬉しい気持ちを話し出す。
うんうん、聞いているヨーマイテスは、楽し気な息子の話に相槌を打ちながら、まさかの疑問がむくむく膨れる。
「どうしたの」
凝視するように見ている碧の目に、息子は首を傾げて『何か心配か』と訊ねる。そんなことはないと答えたが、息子は『さっきからずっと、首が揺れている(※頷いてるタイミングずれてる)』と指摘。
「ヨーマイテス。疲れている?ヨーマイテスは疲れ知らずだと思っていたが」
「疲れるわけないだろう。サブパメントゥなんだから(※隠)」
「でも。何だか。少しいつもと違うような。眠っている?俺ばかり寝ている気もする」
「お前と違うんだ。人間のように『習慣化する体質』がない。心配要らない」
そう?と頷きながらも、父の答えに不安そうなシャンガマックは、手を伸ばして、獅子の額に触れ(※熱)よく分からないので、眉を寄せて悩む。額をナデナデしながら、『朝食は要らない』と伝える。
「何で食べない。取ってくる」
「いいよ。休んでくれ。それほど、腹は空いていないんだ」
「ダメだ。バニザット。お前は食べなければいけない」
いいから、と顔を近づけて断り、獅子の目を覗き込むシャンガマック。父が何か、戸惑っているのは分かる。でも、言えないのだろうと理解して、促してあげることにする。
「ヨーマイテス。いつも俺に付き添っているから、自分の時間がないだろう。俺は今日、一人でも構わない。ここで練習して、森にも入らない。だから」
「何を言ってるんだ。お前を一人にしないぞ。何かあったらどうする」
「ないよ。ここで何かあったことなんて・・・ビルガメスが来たくらいだ。平気だよ」
「俺には、他に用もない」
遮るように答え、さっと目を逸らした獅子に、シャンガマックは考える。この言い難そうな雰囲気は、多分俺絡みだ、と感じた。
じーっと見ていると、獅子はちらちら目を合わせ(※ビーム弱い)『そんなに見るな』と注意した。
シャンガマックは溜息をついて、両腕を伸ばし、獅子の首を抱き寄せると、鼻を付けて真っ向から目を見る。獅子はイヤそう(※逃げられない)。
「こら。バニザット(※注意)」
「何も悪いことをしていない。抱き寄せて目を見ているだけだ。俺に言えないことがあるのは、気にしない。でも分かる。俺絡みだろう、それ」
「バニザット。勘繰るな」
イヤイヤする獅子の頭をぎゅっと寄せ(※逃がさない)『そうじゃないのか』と見つめ続けると、父は折れた(※勝者バニザット)。
「お前に言うことじゃない」
「俺が聞けないことか。ヨーマイテスが、俺のことで悩むのは避けたい」
「そうやって、俺を困らせるな。お前かどうかも分からな・・・いや」
「俺?何か俺が理由のこと?だから話せないのか」
言いかけて『違う』と口を閉ざす獅子に、褐色の騎士は首を振って『それなら言ってくれ』と頼む。自分を心配して何かあるのかと思えば、自分が理由の可能性。そんなことは言ってくれなきゃ、と詰めた。
「言ってくれ。俺が理由なんて、ダメだ。何があった。俺は何をすれば良い」
「まだ分からん」
「ヨーマイテス」
しっかりがっちり、獅子を押さえて、目を逸らさないように言うと、獅子は溜息。
「言わせるな。本当じゃなかったら、俺は自分がイヤになるだろう」
「そういう内容なのか?どうすることが一番なんだ。俺が出来ることを教えてくれ」
じっと見て、絶対に自分を放してくれない息子を前に。ヨーマイテスは何度も言おうとして、黙る。
まさか。まさか―― 息子が、サブパメントゥに影響しているとは。
まだ、懸念の範囲でしかない、このことを、決定でもないのに言えるはずもない。
この両腕に組み込んだ、命懸けの魔法の道具。
これは、老バニザットの魂と知恵を介して、精霊ナシャウニットと交渉した結果、手に入れたものだ。
これがあれば、精霊の加護が強くても、触れることが出来、共に動ける、と。
龍気にも、おいそれとやられない。無論、妖精の高位の存在にも、そう簡単には影響を受けない。
これを両腕に埋め込む代わりに、死ぬ可能性も半分以上あった。そのまま、消えて無くなる。耐えられなければ、俺は消えた。
ナシャウニットが、バニザットを守ろうとする俺を信じたことで、交渉が出来た結果。命懸けの行為だったが、俺の気持ちの強さが勝った。両腕にはバニザットを守るために、触れることの出来る力を得た。
そして同時に、他の種族の力を引き込んで、自分の力に乗せることも。『ガドゥグ・ィッダン発動の原因』でもある、両刃の剣とも言える、この両腕の力。
なのに。もしかすると俺の体が、これまでにない負担を得ている可能性も、今は見える。
バニザットと毎日一緒に過ごす、最近。
精霊の加護に対して、耐えられる体ではあるものの、元々の俺の体『サブパメントゥ』がなくなったわけじゃない。そのことを、今、体の違和感によって思い出す。それくらい、今まで何ともなかったのに。
「ヨーマイテス」
何も言わない獅子に、暫く待ったものの、シャンガマックは名を呼んで答えを求める。『どうした』両手に挟んだ獅子の顔が、何かとても重い雰囲気を感じさせて不安が募った。
「バニザット。俺は。いや・・・参ったな」
「言ってくれよ。俺は息子だ。あなたが俺の父親なら、俺はあなたを守りたいと思うのも、助けたいと思うのも普通だ」
「ああ、バニザット。俺の息子よ。仕方ない。お前に言うには難しいが、俺の確認に付き合うか?」
「どこだって行くよ。何かする必要があれば、話してくれ。出来るだけ頑張るから」
褐色の騎士に、事情は何一つ分からない。でも約束できることは『ヨーマイテスのために動く』それは確実だ、と伝えて立ち上がる。
「早い方が良いなら。今すぐ出よう。何がどうなって、ヨーマイテスが疲れているように見えるのか。心配だ」
「そうだな。お前に心配かけさせても・・・よし。乗れ」
背中に乗せることも一瞬、考えるヨーマイテスは、自分が何かに怯えているように感じて、頭を振って余計な思いを振り払う。息子の影響と決まったわけではない。それを意識する。
そして、こうしたことにすぐに答えが出せるのは、老人の方のバニザット。なのだが――
「俺だって。何でもかんでも頼るわけじゃない。何も知らないわけじゃない。これからは頼る相手が違う。俺の頼る相手はたった一人」
振り向いた相手は、自分の背中に跨り、漆黒の真っ直ぐな瞳と目が合う。
「バニザット、俺が頼るとすれば、それはお前」
「勿論だ。俺は応える」
父の独り言は、決意の前兆のように聞こえて、理由は聞かなくてもシャンガマックは、彼の呼びかけにどう応じるべきか、そんなことは決まっている。
「走るぞ。サブパメントゥの中を。落ちるな」
父の声と同時に揺れた背中。闇に向かって飛び込んだ、金茶色の獅子の鬣に掴まり、シャンガマックは父のために、自分が出来ることは何でもしようと、固く誓った。
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