1209. 夜話『過去の人』 ~メーウィック・僧侶・宣教師
『お前。ここ。仲間?』
ロゼールは、コルステインと交わした会話を思い出す。
コルステインは夕食前にロゼールを呼び、ちょっと意味深な会話をしてくれた。その最初の言葉が、『仲間なのかどうか』の質問だった。
ベッドに入った夜。真横に、コルステインがいるんだなと思いながら、夕食前の会話について考える。
呼ばれた時、何だろうと思ったけれど。
二台の馬車の影に置かれた簡易ベッドの上に腰かける、大きな女性に手招きされて、ロゼールは側へ行った。
横に座るように示されたので、そのまま、ロゼールが腰を下ろすと、見上げた小さい顔に煌めく、大きな青い瞳が自分を見下ろしていた。
『綺麗だなぁ。こんなに綺麗な人、見たことないや』
思ったことは筒抜けなので、コルステインは嬉しそうに笑顔を見せて、ロゼールの頭を、鉤爪の背でそーっと撫でる。
撫でてもらったロゼールは嬉しいので、有難う、とお礼を伝えた。コルステインは頷いて、笑みを浮かべたまま質問。
『お前。ここ。仲間?』
『いいえ。ええっと、仲間ですが。俺は帰るんです。もうすぐかな、ハイザンジェルに』
『お前。どうして。帰る。する?』
『俺は・・・旅のために来ていないんです。総長・・・あの、ドルドレンに連絡する役目で』
『連絡』
難しい言葉に、ちょっと黙るコルステインは、青い大きな瞳をキョロッと上に向けて、カクっと首を傾げる。その仕草が可愛くて、ロゼールが少し笑うと、コルステインは若い騎士に目を戻す。
『ロゼール。連絡。何?』
『連絡ですか?うーんと、教えてあげるんです。知らないことを。俺が知ってることで、ドルドレンが知らないこと』
意味を教えてあげると、コルステインは青い大きな目でじーっとロゼールを見つめ、何かを考えているような・・・何か、思い出しているような風に、何度か首を傾げる。
そして、結果。考え付いたことなのか。また、質問した。
『お前。珠。持つ。する?』
『何ですか?珠?・・・あれ?ギアッチが使う珠かな。ザッカリアとか、皆が持っている話は聞いたことありますが』
『そう。珠。小さい。こんな。小さい。お前。ない?』
『俺は持っていないです。あの珠は、イーアンが』
『コルステイン。ある。知る。する。お前。欲しい?あげる。コルステイン。する。どう?』
『え、くれるんですか?俺に?何で」
何やら、コルステインは『連絡珠』の存在を、ロゼールにも教えようとしてくれていて、欲しいならあげる、と言っていそう(※そうとしか思えない)。
ロゼールは少し考える。何で俺に渡すのか。旅は少し参加しただけで、別に長居しない。それなのに・・・単に、優しいのかなと思うところ。純粋なコルステインだから?かなぁと。
で、そう思うことは全部、コルステインには筒抜けなので、声を立てずに笑うコルステインは、隣に座る小さい騎士の頭をナデナデしてやり『欲しい?』ともう一度確認した。
『そうですね・・・でも。俺が持っていて、何に役に立つのか。俺は、北西支部から動かないし』
『動く。する。お前。龍。骨。ある。飛ぶ。珠。ある。来る。出来る』
『ん?龍の骨・・・お皿ちゃんかな。そうですか?飛ぶんだから、そうかな。でも、俺は総長たち、ええっと、ドルドレンたちの旅には』
『ロゼール。コルステイン。お前。好き。来る。する。来る?』
ロゼールびっくり。何で俺が好きなのかな、と思うが、好きと言われて嫌な気はしないし、相手は大型の女性(※アレあるけど)。何だか分からない喜びに包まれて、ロゼールは満面の笑みを浮かべた自分に気が付かないまま、頷いた。
『来る?お前。昔。いた。コルステイン。お前。好き。する。今。嬉しい。一緒。また。会う。する』
『・・・・・今。何て?俺が昔?いた、って。コルステイン、それは』
『ロゼール。昔。メーウィック。お前。コルステイン。大事。する。した。良い。人間。コルステイン。好き』
コルステインの話で―― ロゼールは、何となく理解する。
昔って、どれくらいか分からないけど。きっと、コルステインに優しくしてくれた人間と似ているんだ、と思った。その人はもう、多分いなくて。それで似ていた俺に、良くしてあげたいのかなと。
そこまで理解すると、ロゼールは、大きな大きな美しい存在の笑顔に、ホロッと来る。何て純粋なんだろう、と思う。ゆっくり頷いて、きっと寂しかったんだと同情する気持ちを胸に、『来ます』と答えた。
夜空色の肌の可愛い顔のコルステインは、嬉しそうにニッコリ笑うと『珠。ある。お前。明日。コルステイン。一緒。行く。する』と教えた――
ロゼールはベッドに仰向けに寝たまま、暗い部屋に慣れた目を何度か瞬きした。
コルステインに呼ばれて。自分が何が出来るわけでもない。今日、いきなりそれを見せつけられたような一日だった。
総長が消え、何が何だか分からないまま、ミレイオが地下に潜り込み、自分たちは待機。そして、昼頃に総長とミレイオが戻り、そこから出発。
「俺に、何が出来るとも思えない」
せいぜい買い物。雑用なら問題ないけれど、戦力になる気もしない。
それに、例え、呼ばれても。『いくらお皿ちゃんとはいえ。ハイザンジェルからここまで・・・どれくらい掛かるんだろう』時間のことを考えると、龍でもいないと、通うに無理があると分かる。
布団を引き寄せて目深に被り、ロゼールは小さな溜息をつく。
コルステインは不思議な存在で、大きいし、見たことのない姿ではあるものの、ちっとも怖くない。寧ろ、美しいと思うほどの姿。
夜しか会えないのも神秘的で、ハイザンジェルに閉じこもっていたら、一生知らなかっただろうとさえ、思うと、また会えたら良いなと願わないこともない。
「うーん、『メーウィック』。誰なのか。俺とその人が被るくらい、似ているんだろうな」
コルステインの言う、昔。それはきっと、10年20年そこらじゃないくらいの事は理解する。
もっとずっと昔で・・・『でも。理由さておき、俺が来ても。何も役に立たないからな。コルステインが呼んでくれるのは嬉しいけど』問題はそこだった。
そして、この話をさらっとした後の、タンクラッドの顔が怖いことを思い出して、ロゼールはコルステインの『有難い誘い』に悩む夜を過ごした。
*****
ドルドレンも考えながら、眠りに就く夜。
イーアンがいたら、イーアンはどう思うのかを知りたかった。思い出しているのは、親方の話。
――『あれも、魔法使いの類なんじゃないのか』
親方は、食後にそう話していて、ドルドレンが『魔法じゃない、とシャンガマックは言っていたよ』と答えると、親方は少し不思議そうに『そうか?』と返した。
彼が言うには、門の前にあった敷石は、魔法の範囲に感じるようで、シャンガマックの捉える魔法と、印象が違うだけのような、と。
そして親方は、その理由を教えてくれたのだ。タンクラッド自身が、そう思う理由――
『お前には見せたこと、あったっけな』
『何が』
『待ってろ・・・これだ。これ。見たこと、ないか?イーアンには見せたんだよな』
『また、イーアンだけ。そうやってすぐ』
『最初の頃だ。しかしイーアンが、字が読めないとは知らなかったから、意味もなかっただろう』
親方が出したのは手帳。手帳というには・・・『古い?恐ろしく古くないか』ドルドレンは顔を寄せる。タンクラッドに手渡された2冊の手帳は、ページをめくるのも気にするくらい、古い気がした。
『これ。イーアンの工房にあった、ディアンタから持ってきた本と、似ているのだ。古さが』
『いいところに気が付くな。そうだろう。今は分かるが、多分それがズィーリーの時代の話なんだ』
親方の言葉にびっくりしたドルドレンは、貴重な手記を閉じて『これが』と訊ねる。タンクラッドは、以前、イーアンにも話したことを簡潔に教えてやった(※263話後半参照)。
『でもイーアンは、未だに字が読めないから。その時、お前の話を聞くだけだっただろうに』
『だな。俺も知らんから、彼女が読もうとしないことに理由が分からなかった。読めないとは』
ハハハと笑った剣職人は、ドルドレンの手にある一冊を開かせて、数回ページをめくると『ここだ』と指差す。そこには、文字こそ現代と同じでも、言い回しも表現も難しい章があった。
ドルドレンは眉を寄せて『意味が分からない。通じないぞ』と、読めはするものの、言葉が古くて分からないことを親方に言う。親方は頷き『それだけか』と質問した。
『ドルドレン。考えてみろ。お前も読めている。当時の言葉で書かれているのに、ハイザンジェル育ちのお前も俺も読むことが出来るんだ。
これは、ディアンタで手に入れた手記。もう一冊はアイエラダハッド。アイエラダハッドの手記も、同じ言葉が使われる。不思議だと思わないか?だが、不思議はここだけじゃない。
俺が今、指差した部分。さっき話していた、魔法についての解釈とも言える、話が書いてある。お前が読めないと言った部分だな』
いきなり謎々の時間が始まったみたいで、ドルドレンは引き込まれ、親方にお茶を勧めて、もう少し話を聞かせてほしいとお願いした。
親方は、コルステインが待っているので(※食後だし)少し考えたようだったが、『今夜はここまでだ』と前置きしてから、ちょっとだけ話してくれた――
「教えてもらったこと・・・魔法か。俺には関係ないことだろうが。
シャンガマックは知っているのだろうか。あの手記を書いた僧侶も、相当なのだ。賢いどころではないような。彼もまた、魔法を使ったとあるから、ズィーリーたちは守られていたのだろうな(※勇者にではない)」
ここ暫く。馬車歌の解釈も進んでいなかった。テイワグナ馬車歌を口ずさむこともなかった。
魔法の話が出て、久しぶりにディアンタ僧院の話題にも触れた。このことから、ドルドレンは予感を感じる。
「今はイーアンがいないけれど。彼女が現れた後、謎解きが始まった。あの時と似ている」
テイワグナに入って、そろそろ2か月半。
色んなことが起こり過ぎて、頭が付いて行かない。考えなければ、と思うことも、ふとすると別のことに意識を取られている。
のんびりしている時間は、ハイザンジェルにいた時よりも増えたし、頼もしい仲間も絆を深めている最近。そこまで『時間がない』わけでも『緊張が続いて』でもないのに。
「俺は。一人で考えるのに、あんまり向いていないのかな。話しながらの方が、理解が進むような」
ドルドレンはちょっと自分に笑い、イーアンの枕を抱え直して『お休み』と挨拶して眠りに就く。
早く帰ってきてほしい。謎解きするなら、イーアンと一緒が良い。そう願いながら眠った。
*****
眠れないのはタンクラッド。
夕食前、15分くらい。ロゼールがコルステインと何かを話していたので、彼が戻ってからすぐロゼールに話を聞いたら、明日の夜にコルステインと出かけるという。
その時の自分の表情に恐れたのか、ロゼールはささっと消えたので(※逃げるの早い)急いでコルステインに確認したら、コルステインはいつもの如く。
『そう。行く。ロゼール。珠。あげる』
ケロッとした顔で言われた。コルステインに、他所の男がどうこう、とそういった感情はないと分かっていても・・・親方は理解に苦しむ(※拘束派の彼)。
熱が上る頭を振って(※怒)とりあえず『夕食済ませてくる』と、その場を切り上げようとしたら、コルステインは『後で教えてあげる』ようなことを言うので、それで気持ちが少し軽くなった。
ロゼールもタンクラッドに対し、コルステインが『彼女』と呼んでいたくらいなのに、どうして一緒に出掛けることを了承したのか。
それも苛々したが、とにかく食後に話を聞けるならと、堪えた(※そしてドルと話して落ち着く)。
で。ここからが本題。
食後、コルステインの元へ戻り、早速さっきのは何かと訊ねると、コルステインは昔話をしてくれた。
内容から、どうもズィーリー時代の話であることが分かり、その時代、コルステインの側に一人に人間がいたと知った。
しかし、その人間は旅の仲間ではなく、また、コルステイン専属どころか、驚いたことにマースなどの家族にも親しい存在だった。
そしてさらに驚くことに、それは今のロゼールによく似ていて、コルステインが言うには『同じ。違う?』と思うくらい、ロゼールの動きもそっくりの様子。
思い出したから、側に置こうとしているのだろうか?と訊ねると、コルステインはニッコリ笑って頷き、『ロゼール』がいると、皆が楽になると言うのだ。
謎めいている話に、タンクラッドは、最初のやきもちはすっかり消え失せ、のめり込むように先を聞いた。
コルステインは話してくれた。
当時。あの龍の骨『お皿ちゃん』を使っていた、メーウィックという男がいた。メーウィックはどこの誰かというと、『バニザット。一緒』とかで、どうも僧侶のようだった。
だが、メーウィックは僧院に暮す僧侶ではなく、布教活動に動く宣教師の状態で、バニザットという僧侶が連れていたのも、途中で会ったからの様子。
ここで親方、少し整理。
現・バニザットは若い騎士。彼の先祖の名前をもらったという話でもあり、彼の先祖もまた、旅の仲間だったことを思い出す。前に聞いた気がするが、曖昧な記憶(※最近忘れやすい)。
これはまぁ良い。コルステインの話を続けてもらい、どうもその血縁である、当時のバニザット(※ややこしい)と、かのメーウィックの職業は似ていたと理解した。
メーウィックは、動き回る方法が、龍ではなかったため、今でいうミレイオの立ち位置で、仲間の補助もしてくれたようだった。
そしてそいつの(※そいつ扱い)凄いところに、コルステインの使いっ走りであったことも判明・・・!!
これには、親方もびっくりして、少し言葉を失う(※パシリって)。
だから、コルステインがこんなにニコニコしているのか、とようやく理解した。
メーウィックは、数少ない恐れない性質の男であり、龍の骨を使うにしても、龍と絡まず、また『本当に怖くなかったんだ』と分かるのは、マース達・・・コルステインの家族が相手でも平気だった。
コルステインが、旅の仲間を手伝ってあげたい時間帯。彼は活躍した。
当時のコルステインは、仲良く出来る相手が、よりによってギデオンしかおらず(※頼りないどころじゃない男)他の旅の仲間を『助けてあげたい』と思うことがあっても、ギデオンのために嫌われ(※コルステインはそう思っていない)身動き取れない明るい時間は、皆の無事を気にしているしか出来なかった。
そんな折、どこの出身かは知らないものの、メーウィックと知り合い、彼は旅の仲間ではないが、コルステインと仲良くなり、サブパメントゥのために動くことを厭わなかった。
メーウィックの動いた理由までは分からないものの、彼は善良だったようだし、コルステインは彼と離れる時に、彼が欲しがった物をあげたと言う。
確認してみると、そいつがいた期間はそう長くない。コルステインたちとの付き合いも、旅路の終りが最後のよう。深い付き合いというよりは、印象的な付き合いだったのか。
ちなみに、彼が何を欲しがったかというと、『コルステインの家族が倒した後の魔物』・・・だそうだが。
どんな?と訊くと、『形。たくさん。ある。いっぱい』らしく、どれが何とはコルステインも理解していない様子。だが、メーウィックには価値があったのだろう。彼はそれを受け取り『あなたたちの思い出に、世界中に配る』と告げて、お別れした話。
今回――
コルステインは、ロゼールがもしかして、旅の仲間で加わるのかと期待したようだったが、違うと分かり、彼はメーウィック(※同一人物に思えてる)と名前が違うけど、同じように動くんだろうと見当をつけた。
実はロゼールは、お皿ちゃんを持っていることを、コルステインに話していなかったが、コルステインは『龍気。ある。骨。そう』と見抜いていた。ミレイオも持っているから、同じと分かったらしい。
実際、パシリだったメーウィックに、今回の旅でも出会うかどうか、そんなことはコルステインは考えてもいなかったようだが(※好ましいが、好きな相手とは違う)ロゼールがよく似ていることで、あれこれ思い出したようだった。
「はぁ」
親方は溜息。うっかり溜息をついたため、肩をちょっと動かされた。コルステインが自分を見ている気がして(←寝ない)目を開けずにじーっとしていたら、コルステインはまた肩を戻してくれた。
分かったけれど・・・理由は知ったけれど。
それでもなぁ、と思う、複雑な胸中のタンクラッド。
ショショウィもそうだし、コルステインもそうだけれど。気に入る相手が多過ぎる(※自分、特別感ナシ)。
性格が良いのは結構だが、『自分だけのコルステイン』『自分だけのショショウィ』・・・には、ならないのかなと、寂しくも思う。
明日の夜が憂鬱で、そんな憂鬱に潰されそうになりながら、謎解きも気になって。
タンクラッドの夜は悶々として過ぎて行った。
お読み頂き有難うございます。




