1208. ドルドレンの疑問・親方の推察
疲れで始まった一日も終わり、旅の馬車は野営地に到着すると、すぐに夕食の支度。今夜はロゼールが作るというので、ミレイオはロゼールのお手伝い。
ザッカリアも、ロゼールの料理を見たがって、『一緒に作るか』と言われたのを喜び、初・厨房担当助手。
起きたドルドレンも、水を飲んでから、焚火の側に来る。
また暗くなくて、夕方の終りに近い時間のため、親方も焚火側でバイラと話していた。フォラヴは馬とお話し中(※日課)。
「おはよう」
「おはよう、ドルドレン。どうだ。コルステインはまだ来ないから、今日の話をするか?」
「そうだな・・・タンクラッドにも、聞いておいてもらった方が。俺じゃ分からん」
何のことかな、と親方が鳶色の瞳を向ける。座って話していたので、ドルドレンを横に座らせると『何か気になったか』と訊ねた。
「どこから話そう。最初から・・・で良いか」
「そうだな。前後するのも何だ。お前が剣だけ残して、消えたところからだな」
ドルドレンは、うーん、と両腕を伸ばして伸びをすると、焚火を囲んだ反対側のミレイオたちも見つめる中、思い出しながら話し始めた。
「急に。足元が抜けた気がしたのだ。行ったことはないが、ミレイオが地下に滑り込むのを思い出した」
「やだ。今回の奴、サブパメントゥみたいってこと?」
「違うのだ。印象があんな感じで、と言いたかった。滑り込んだのは俺だし(※落ちた人)。
一瞬、体が少し軽くなった気がして、そのすぐ後だ。あっという間に目の前が上下に動いて、真っ暗闇に落とされた。
落ちた場所は何も見えん。手と膝をついて、濡れたから、急いで立ち上がった。聞こえる音と、湿気の強い臭い、温度から、鍾乳洞のようだと思った。洞窟というには水が多く、反響する音も、場所によって違う。だから、石柱があるのだろうと見当をつけた」
ドルドレンは腰袋に入れておいた、剣用のベルトを取り出すと、ここで隣のタンクラッドに手渡す。二本に分かれたベルトを受け取った親方は、切れ口を見て眉を寄せる。
「齧られたか。削れている。何かがしがみついた、小さな穴が・・・虫か?」
「そう見えるか?もしそうだとすれば、今のはきっと答えだ。俺と戦った相手は、体中が『虫だらけ』だった」
思い出すミレイオ。おえ~~~って、言いながら、焚火の向こうで目を瞑る。ドルドレンも笑えない。一瞬、苦笑いしかけて、ゾクッとしたように首をすくめた。
「俺はこのベルトが切れていることに気が付かず、剣が鞘ごとない、それだけしか分からなかった。ベルトは腰袋のベルトに引っかかっていて、千切れた両方が無事だったのだ。
でも俺はそんなことは分からない。暗闇で確認もしようがない。『鞘ごと消えた』解釈だったから、腰のベルトはそのままと思って、引き抜いて、この先端を足元の川の流れに垂らし、流れる方向を確認した」
「そうか。お前は見えていないから。水の流れに、手を突っ込む気になれないな」
「そう。何がいてもおかしくない。ベルトを垂らし、水の流れる先を知った後だ。ベルトが短いことに気が付いたのは。でもここでは、不可解にしても理由など分からない。
川下と思しき方へ歩いたが、ベルトのことを考える時間を与えなかったのは、魔物が出てきたからというのもある。突然、真横にいた」
皆がごくっと唾を飲む。話しているドルドレンの顔が曇り、ちょっと目を瞑ってから額に手を置いた。
「一言で言えば。『気持ち悪い』だ。
最初は、塗られた顔のようなものしか見えなかった。黄土色で、水に濡れていて、なぜかどこからか光でも当たったように、それが見えた。
凹凸はあるが、目玉も鼻も口もない、そんな顔が真横に・・・この辺だ。こんなに近くに出てきた」
ドルドレンは親方の顔に、顔を寄せて、距離を教える。親方も『恐怖だな、そりゃ』と頷く。
「叫ぶかと思ったくらい、驚いた。急いで逃げて、今度は躓いて倒れかけた。倒れそうになって、下を見るだろう?そこにさっきの顔があった。体を反らすと、そいつはいきなり布のように広がり、俺に被さってきた」
皆はシーンとしたまま。想像すると、怖い。ザッカリアも怖くて、お鍋を混ぜている手を止める(※ロゼールが代わってあげる)。
「しかしな。ここで助かった。そいつに掴まる前に、ビルガメスの毛が俺を守った。そいつは、この首元に驚いたようで遠ざかり、ビルガメスの毛が発光し始めたことで、辺りが少し見えるようになった。
助かったが。一難去ってまた一難、だ。その相手の姿を丸々見た。醜悪なんてもんじゃない。気持ち悪いだけだ。
食事前だから言わないが、もうあれは・・・魔物でも、あんなの見たことはなかった。
そしてな。そいつが俺に言ったのだ。その意味が、今思い出しても分からんのだ」
「何て?お前に?」
タンクラッドは、総長を覗き込む。灰色の瞳に不安そうな色が過り、少し考えてから『思い出せることは』と呟くドルドレンに、『教えてくれ』と促す。
「『俺の体で生きている虫、俺が閉じられた場所で、俺を食ってきた虫』。これが最初だと思う。こんな感じの言葉だ。
次が・・・ああ、そうだ。その前に『弱い勇者』と俺のことを呼んだ。『太陽の民ドルドレン』と名前も付けて。くそぅ、思い出すと腹が立つな」
脱線するな、と注意され、ハッとしたドルドレンは頷いて、親方に続ける。
「逃げても出られないと、そいつは言った。そして、俺を捕まえて食べ、俺を使い、俺の仲間も・・・と。俺はもうその時、追われていて、走り続けていたから、あまり聞こえていない。
でも。気になって仕方なかった。仲間に何をするのか。お前たちも、同じような場所に落とされたかと心配だったのだ」
「そうだな。お前としては、『自分一人だけが被害に遭っている』とは思わないよな。そこの場にお前一人、ってだけで」
「その通りだ。俺が抜かったと思った。ロゼールも来たばかりで、何で俺がと。皆も心配だし。
とにかく、お前たちが無事であることも願うし、自分も逃げて表に出ないといけない。必死に考えるが、別の疑問も浮かぶ」
「『お前を食う・使う』ってやつだな?食って使う意味か。何に使う気だか」
「それは、知ったのだ。何に使うかは、これもまた奇妙な言葉だった。
『あいつを倒すためにお前を使う。俺の体を壊したあいつを、お前の体で殺す。あいつを倒すのはお前だけ』」
黙るタンクラッドの鳶色の瞳に、賢そうな光が宿る。その光は、ドルドレンの灰色の瞳の奥を探るように動き、静かな質問に繋がる。
「『お前だけ』・・・そいつは。確か、ドルドレンの名前を呼んだ時『勇者』と付けたな」
そう、弱い勇者って言われた!と、むくれるドルドレン(※36才総長)。タンクラッドは、彼にちょっと笑って頭を撫でると『そっちじゃない』と言い直す。
「お前も段々、イーアンに似てきて(※影響力絶大)。すぐにふて腐れるな。
いいか、そうじゃない。弱い勇者というのは、お前をすぐに手に入れられると感じた、ってだけだ。
・・・・・お前を『勇者』と理解していて、そいつは襲った。そして、仲間を殺す気ではいただろうが、『勇者を殺す』とは言っていない。食うとは言ったが、殺しはしないんだ。使わないといけないんだから」
タンクラッドの静かな独り言が、ドルドレンに不思議な感覚を与える。彼はもう、何かを気が付き始めていて、それを様々な方向から考えているらしかった。
「ドルドレン。そいつは虫だらけの体、と言ったな。大量の虫、という意味だな?
そいつは、最初。出てきた時、濡れた布のように見えたんだろ?明るさで、そいつの全身を見た時は、もう虫のような」
そうじゃない、と遮り、ドルドレンはもうちょっと詳しく話す。『虫っぽかったが、どんどん体が変わって、最終的には虫が寄せ集まったような姿だったから、それを印象に話した』そう、教えると。
親方はニヤーっと笑う。イケメンが過ぎると、凍り付くような笑みでもぞくぞくする。ドルドレンは、イーアンがやられる理由が理解出来た(※イーアンは美しいもの好きとは知っている)。
何となく、頬を赤らめているドルドレンを無視して、親方はくっくっくと笑う(※自分に酔う人)。
「馬鹿な話だな。そうか、そういうことか・・・いや、笑っている場合じゃないな。この先、お前だけが狙われることもある、その初っ端ってわけだ」
「何か、もう合点がいったか」
「その前に確認だ。そいつが話したのは、それだけか。他には」
ないよ、とドルドレンは首を振る。その後すぐ、足をやられ、シャンガマックが来てくれて、そしてホーミットと続き、ドルドレンはシャンガマックと『冠の力』を使う方法で、魔物を倒した・・・と、話す。
タンクラッドは暗くなりかける空を、一度だけさっと見渡す。『ざっくり話すか』と呟き(※コルステイン待ち)自分の見解を待つ、皆を見た。
「いくつか想像が付いたことを話すぞ。
魔物をよこしたのは、間違いなく魔物の王だ。魔物の王は、俺たちが今、人数が少ないことと、イーアンがいない留守を狙ったんだ。そうか、そうすると午前の上に・・・せこい奴だ。
あの敷石。村の門の外にあったやつだ。あれは俺たちが村に入ったら、まずは閉じ込めるつもりで置いた。入れるが、出られない。
思うに、ドルドレン以外は出られたんだ。ドルドレンだけを、目的にしていたわけだから。馬は嫌がったが、馬は馬車を引く。ドルドレンがいる状態だ。
だから馬も、『自分たちに被害がある』と知ったんだろう。
バイラの馬も、恐らくそうだ。馬たちが出る時は、ドルドレンがいる。何となくでも危険は察したのかも知れん」
「でも。入る前に襲わなかったのはなぜだろう。俺たちが立ち寄らないかも知れないのに」
「次の町。その外に同じようなものがあるかもな。まだ残っていれば、見れるだろうが。その辺は分からん。
馬車の移動中に襲わなかったのは、面倒だからだ。いつから待ち構えていたか、そんなことは分からんが、馬車で移動している間は、ドルドレンは一人じゃない。
夜は眠る時に一人だったろうが、外にコルステインがいる。コルステインは絶対に気が付く。つまり、コルステインも避けたかったわけだ。イーアン、コルステインは、手を出したくないんだろう」
「弱い奴なのだっ」
ムーっとした顔で、そんな相手にコケにされたかとぼやくドルドレンに、親方は笑って『怒るな』と彼の足をぽんぽん叩き、続きを話す(※ドル仏頂面)。
「すぐに捕まえられるなら、そうしただろう。だが馬車には、俺もいればミレイオもいる。
フォラヴとザッカリアは未知の相手。バイラやロゼールは人間だから、気にされていないと思うが、とにかく人目があり過ぎる。
ドルドレンだけを捕らえるには、どこかで孤立させるつもりだっただろう。それも、コルステインのいない、暗くない時間に、だ。
ふむ・・・そいつがこの近くに来たのも、そんなに前じゃないかもな。
まぁ、いい。とにかく村に入れて、お前が『一人で動くように仕向ける』くらいの、脳みそはあったわけだ。
思うにそれが、『断水』だ。人助け的な印象でもあるのかな、俺たちに。
断水を調べる、とでも予測したか。いや違うな・・・水がない・・・つまり。そうだな。人助けなんて、情報ないか。ないな、あんな奴らに。
えーっと。ということは、だ。水に困れば『理由が魔物だ』と思って動く、そんな感じかな。魔物を探させようとしたのかもな。そんなもんか、多分そうだな(※当)。
で。えー・・・ドルドレンは案の定、馬に足止めを食らって、立ち往生。その後、一人で動く。それから捕獲、だな。そんなところか」
ドルドレンも、皆さんも。続きを待つ。何だか、タンクラッドが仕込んだんじゃないかと思うくらい(※失礼)ちゃくちゃく紐解いていく言葉に、とりあえずは先を願う。
親方は、顎に指をかけて、少しぶつぶつ言いながら『ふむ。だな。じゃ』と納得した様子で、何度か頷くと、暗くなりかける空を気にしながら『よし、一気に説明してやろう』と笑顔を見せる。
「剣は武器と知っている。だから、虫を送って外させたんだろうな。それから引っ張り込んだ。そして追いつめ、本当なら取り込むつもりだったろう。
虫、虫、というが、そいつが変化したり、細かい虫に分離したりを聞けば、その魔物は虫が元じゃない。『体を食わせた』とも言っていたようだし、本当にそうなんだろう。人間が・人の力以外で・生き延びている状態で・虫に食われていた。それも、虫の能力というかな。性質を共有だ。
だからこそ、ドルドレンを追い詰めて大人しくさせて、がっちり吸い取って、自分の体に混ざらせてから、使う気だったんだ。
俺たちの扱いに関しては、ドルドレンの足に仕込んだ虫同様、ドルドレンに化けて近づいたら、虫でも放って殺すつもりだったんだろう。
大きい目的は、そこだ。『ドルドレンじゃないといけない』ってことだ。
魔物の王はどうも、心酔されていないらしい。そいつは魔物の王に遣わされたものの、機会を狙っていたんだ。自分の体を化け物に変えた、魔物の王に復讐でも誓ったのかな。
倒せるのは、ドルドレン。勇者だ。そいつの言葉ではっきりした。勇者しか、魔物の王を倒せない、って意味だろう。女龍や地下の最強がいても、倒すには勇者しか」
そこまで親方が一気に話した時、青い霧がフワフワ近づいてきた。
「あ。霧ですよ」
ロゼールが気が付いて立ち上がると、霧は馬車の間の影に入った。『コルステインが来た』と嬉しそうな親方は、いそいそ、話も尻切れトンボで立ち上がって、そそくさ行ってしまった。
「行っちゃったわよ。やぁね。途中で」
ミレイオが笑いながら、ロゼールの味見をもらう。ドルドレンは神妙な顔つきで頷き、『俺しか倒せない』その言葉を考え込むように呟いた。
その言葉の呟きと同時くらいで、目の据わった親方が出て来て『ロゼール』と名前を呼ぶ。
「はい。何ですか」
「来い。お前に用だとよ(※投げやり)」
「はい?俺?」
立ち上がったロゼールは、コルステインからの用かと訊ね返したが、親方がムスーっとしているので、答えは要らなかった。
「タンクラッドさん。コルステインが大好きなんですね」
前掛けを外しながら苦笑いする、若い騎士の言葉に、ミレイオも笑って頷いて『そうね』とだけ答えると、彼の前掛けを受け取り、『あんた、気に入られたのかしら?』と冗談を言った。
苦笑いのまま、首を傾げたロゼールは、ムスーっとしている親方の横を会釈して通り、馬車の影へ急いで入った。
ドルドレンは、入れ替わりで戻ってきた親方が、横に座ったので『さっきの話、続き聞かせて』とお願いした。
親方はすることもないので、黙って頷き『食ってからな』とぶっきら棒に答えた。
馬車の影に入ったロゼールは、少しの間・・・出てこなかった。
お読み頂き有難うございます。




