表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
精霊たちの在り方
1207/2965

1207. 別行動:熱い湯・二人の絆

 

 湯気立つ、岩の窪み。白い湯の満ちる黒い岩の囲む中では、シャンガマックがのんびり、岩に凭れかかって疲労を癒し中。



「ヨーマイテス、どこ」


 連れて来てもらって驚いた、そこは温泉。テイワグナは温泉が多い、とはバイラに聞いていたし、入国後にエザウィアの農家でも教えてもらっていたが。


 地域も分からない場所で、また温泉に会えるとは。湯は少し熱めで、最初こそ少しずつしか入れなかったが、慣れてしまえば潜れるくらいの気持ち良さ。


 感激して暫くの間、一人わぁわぁ喜びの声を上げて温泉を満喫していたが、ふと、姿の見えない父に気が付いて、彼の名を呼んだ。


「お前の近く」


 後ろから聞こえた声に振り向くと、湯煙越し、黒い岩の上に大男が座って、はしゃぐ息子を面白そうに眺めている。


「ヨーマイテスも入ろう。気持ち良いか、それは分からないけれど」


「俺には意味がない」


「そんなこともないよ。これも経験だ。来て。ここに入ろうよ」


 嬉しそうな笑顔の息子に誘われて、ヨーマイテスはあっさり折れる(※弱)。意味がないぞ、と言いつつも、下りて来て白い湯の中に足を入れ、意外な浅さに驚く。


「これしか湯はないのか。もっとないと、ダメだろう」


「俺にはちょうど良いよ。これだけあれば、充分だ。ヨーマイテスは大きいからだ」


「お前。俺が座ったら、こんなもんだぞ。これ、『入っている』うちに入らんじゃないか」


 ヨーマイテスが大き過ぎて、座った姿勢の腹部は湯の上。笑うシャンガマックが側に来て『でも入っているんだよ』と、これで正解であることを教えると、ヨーマイテスも笑う。


「俺が入るから、水位が上がってお前は少し浸かれるのか。それならその方が良いな。どうなんだ、気分が良いのか」


「うん。すごく気持ち良い。こっちはもう少し深いよ。真ん中だからかな。ここだと、俺も少し潜り込める。うーん、久しぶりの熱い湯だから、出たくないくらいだ」


 こんなに喜ぶなら、もっと早く連れて来てやれば良かったな、と思うヨーマイテス。これぞ、誕生日に()()()()べき場所だったか、とさえ悔やむ(※そのくらい、息子喜んでる)。



「バニザット。俺にもっと、欲しいものを言え。そうでなければ、俺は何も分からない。

 お前に体を拭かせていたが、ここの方がずっと、お前のためになるようだ。他にもあるなら、俺との生活に持ち込め」


「うーん・・・でも。いつもも、別に思いつかないんだ。必要なことは全部してもらっていると思うよ。ヨーマイテスは優しいよ」


「お前は本当に・・・(※言わない)そうか」


 何にも望まない、無欲な息子。望むことは、強さだけ。真面目で直向きに努力し続け、疲れて倒れるまで没頭する。


 そんなカワイイ息子をよいしょと引っ張って、ヨーマイテスは座る自分の足の上に乗せる。が。


「湯から出ている・・・ダメか」


 足の上に乗せたら、息子が湯に浸かれない(※父は大型)とすぐに分かり、すまなそうに笑う息子を湯に戻してやった(※残念)。


 この後、シャンガマックは『ヨーマイテスの長い髪の毛も洗おう』と提案し、心なしか不満そうな父を傾けて(※でも従う)長く豊かな金茶の髪をせっせと洗ってあげた。


 洗髪中、父の首に掛かる、誕生日のお守りを見て『よく似合っている』とまた褒めると、父は碧の目を向けて『お前も同じものを作れ』と呟いた。



 髪の毛を洗い終えたシャンガマックは、この後。


 風呂を済ませてすぐ、夕方前に森に入り、父と二人で蔓草と木の実、石を探して、もう一本の首飾りを作った。それを自分の首にかけると、眺めたヨーマイテスは満足そうに『お前にも似合う』と喜んでいた。


 今日は、朝から様々なことがあった一日だったが、シャンガマックは疲労よりも、新たな学びと発見の方が多く感じた。



 夕食時。ヨーマイテスが魔法陣まで連れて帰ってくれ、魚も持ってきてくれて、身だけ焼いてもらってから(※最近ずっと)。シャンガマックは、今日の出来事をぽつりぽつり話し出す。


 横にいる獅子の姿の父に、『魚。食べる?』と訊ねながら、大きな口を開ける獅子に切り身を食べさせ、自分の感じた、今回の()()()()()()を伝えた。


 獅子は黙って息子の話を聞き、もぐもぐし終えてから、息子が意見を聞きたそうな目を向けたのを見て、答える。


「それはつまり。お前は『相手が魔物でなないと判断している』といった意味か」


「でもないよ。魔物だとは思うけれど、単に魔物という雰囲気ではないし。だからと言って、魔法使いの範囲にしては変だった。魔法の一部なのか。俺が知らないだけかな」


「区別した方が、お前の中で理解しやすいのか?」


 区別にこだわる息子に訊ねると、息子は頷く。『どう戦えば良いのか、瞬時に判断が出来る』のが理由だそうで、ヨーマイテスもちょっと考えて教えることにする。


「あれは既に魔物だ。『魔法使い』については、意味が少し、俺とお前の解釈が異なるような気もする。

 今日の相手が、()()()()()のは間違いない。元々は人間で、あの能力を得るために、魔物の王に力をもらったんだろう。

 だがな、それをすると、もう人間ではいられない。魔物の王の力を受け取った時点で、魔物に変わるしかない。

 魔法については、お前は俺の説明を最初、どう理解した」


 獅子の質問に、シャンガマックは魚を食べながら考え、『人間の魔法は、()()()を操るか。その方法』じゃなかった?と訊ねる。獅子は、まぁまぁ、といった具合に頷く。


「それに(のっと)れば、あいつの虫だらけの体は、人間じゃない以上、そうした状態で耐えられ、また操っていたわけだから、『あれは魔法使い』と言っても言い過ぎじゃないな?」


「あ。そうか。そうだね・・・俺の結界が利かなかったんだ」


「お前の結界が()()()()?そんなわけないだろう」


 完全な魔物じゃない、と思ったのは、結界で弾かれているだけだったから、と教える息子に、ヨーマイテスはじっと見つめる。



「ふむ。どうも、魔物の定義が違うんだ。魔法使いの定義も。結界に影響されていないわけでもない。お前が思う状態を、あの魔物に見られなかっただけだ。『利いていない』とは言えないぞ」


「利いていない、とは言い過ぎかも。でも・・・今の俺は、前の結界よりも」


「考えてみろ。最初のお前は・・・つい最近だが。結界に全力だ。あれだけの精霊の力を、意識をナシャウニットに預けてまで使うなんて。何度も行えば、お前自身が崩壊するぞ。

 あの量と、今、操れるようになった量を比べるな。最初の頃のお前の結界は、()()に近い」


 う、と呻くシャンガマック。強烈な力だと自覚はあったが、暴走とは。獅子は首を少し傾ける。


「分かっていなかったのか。何て危険なことを。お前の結界の使い方を、初めてちゃんと見たのは、この前の、魔法使いの墳墓跡だ。あれでも驚いたのに。

 操り方を学べなかったのは分かるが、自分の力の量も動かし方も知らなかったのか、と気づいた時は、お前はこれまで、()()()()だったとしか思えない」


 凹むシャンガマック。食べている口が地味に動き、青白い炎を見つめて、黙りこくる。


 獅子は息子の変化に気が付き(※ゆっくり)あれ?と思って、ちょっと側へ行った。息子の目に涙が溜まっているのを見て、慌てて『どうした』と訊ねる。


 ちらっと見た漆黒の瞳が、ウルウルしている・・・(※父は焦る)

 ガッカリ状態が分かりやすい息子は、肩を落として、力なく食べ物を飲み込むと『俺は。自分なりに勉強していたんだ』と呟いた。


「お前を褒めているんだ。強い力を持っていても、それに気が付かなかっただけだろう。バニザット。泣くな」


「でも。俺は()()とは思っていなかったから。自分でも気を付けていたつもりだし」


「暴走状態だった、と言ったんだ(※苦しい言い訳)。俺を見ろ。泣くなって、泣かないで聞け。あ、涙が落ちた。おい、泣くな」


 瞬きした息子の目から、一滴二滴と涙が落ちて、その顔が可哀相でならないヨーマイテス。急いで人の姿に戻って、涙を静かに落とす息子を抱き上げると(←息子34才)頭を撫でて、顔を覗き込む。


「お前の力は、それくらいの量だ。何度も伝えているぞ。バニザット、こっちを見ろ。あ、また泣く。ダメだ。泣くなよ。お前は本当に強い力を・・・おい、泣くな。頼むから泣くな(※とうとう頼んだ)」


 心優しいシャンガマック。

 自分でも、精霊を呼び出し、強大な結界を意識が消えてでも貼り続けたことを、過小評価などしないが。


 皆を守るため、自分が出来ることを最大限で行っていたつもり(※ここでイーアンの気持ちがわかる⇒中年でも吼えて戦った女)。それが、『暴走』とは・・・何て悲しいんだろうと思う。


 さめざめ泣く息子を抱き締めて、せっせと頭を撫でながら、ヨーマイテスは懸命に慰め、励まし、隙あらば(※息子と目が合うと)謝った。


「風呂、また入るか?連れて行ってやる」


「・・・いいよ。さっき温まった」


「何か食べるか。魚は」


「もう。お腹はいっぱいだよ。有難う」


「泣くなって。俺の言葉が悪かった。お前を傷つけるとは思わなかった」


「俺のことを、そう思う人もいたかも知れない。でも俺は、結界しか出来ないから」


「ああ、泣くな!涙が。涙、止めろ(※ムリ)。バニザット、こっち見ろ。泣かないでくれ」


 でも、と呟くと、ぎゅーっと眉を寄せて、涙が落ちるシャンガマック。

 命懸けで戦ってきた、魔物との攻防。ひたすら自分を削る魔法の力と知っていて、それを選んだ。のに・・・・・(※ここでまた泣く)


 ヨーマイテスは、何が何だか分からない(※錯乱)。とにかく息子を泣かせた、自分の心無い言葉を後悔し、息子の涙を拭き続けて、謝り続けるしか出来なかった。


 で。もう、どうして良いか分からないので。


 破れかぶれにも似た思考が動く。ヨーマイテスは、息子を抱き上げて、自分の顔の真ん前に、彼の顔を合わせると、『出かける』と一言(※目を見て言い聞かせる)。泣き顔のシャンガマックは『どこへ』と訊き返す。


「疲れているんだろうが。どこで眠っても、俺が連れて戻る。行くぞ」


「どこへ行くんだ。もう夜なのに」


「俺には、これしか思いつかん」


 これ以上の会話は、また泣かせかねないと判断し、ヨーマイテスはもうそのまま、シャンガマックを腕に抱えた状態で影の中へ滑り込んだ。



 そして。次の瞬間。シャンガマックは目を丸くする。『ここは』呟きが唇からこぼれた、その光景。


「ここか。お前だけだぞ。過去のバニザットも来たことはない。俺の、俺だけの世界だ」


 下ろしてやることは出来ないと、抱えた息子の目を見て、しっかり言い切ると、その腕をぐっと強くしたヨーマイテスは、目の前に見える光景を、もっと見えるように青白い光を放つ。



 そこは、ヨーマイテスのたった一人の城。狭間空間――


「ヨーマイテス」


「バニザット。お前が大事だから。お前が泣くのを止めるために、ここに連れて来た。だが、お前がその足で、ここを歩くことは出来ない。ここは俺のための場所だからだ」


「いつも、ここに居るのか」


 そうだ、と頷いた父を見つめ、シャンガマックは偉大な存在に目を閉じた。目の前には古代の遺物が山のようにある。誰一人入れなかった、自分の先祖であり、友達でもあったはずの過去のバニザットさえ、来たことがない場所。



「有難う」


「礼は言うな。あれだ。あれに用がある」


 震える小さな声で、感動を詰め込んだお礼を伝えた息子に、低い声で続きを告げるヨーマイテスが指差したのは。『船・・・ここにあったとは』シャンガマックの顔が輝く。


「言うなよ」


「言わない。()()は、ヨーマイテスが管理する運命なのだろう。俺は、誰にも言わない」


 フフ、と笑った焦げ茶色の大男は、息子を抱える腕を強めて『分かっている』と答えると、濡れた睫毛をそっと手で拭ってやり、白い船に跳び上がって乗り込んだ。


「まだだ。ここから出たら、甲板に下りて良い」


 シャンガマックの目から涙はとうに消え、父の孤高の世界から、空を走る船に乗ったことで、沈んだ気持ちは高揚するばかりに変わる。


 ぎゅーっと父の首を抱き締めて『有難う』とお礼を伝える。ヨーマイテスはちょっと顔を離し、息子に笑顔が戻ったので『やっと泣き止んだ』と笑った。



 それから二人は、白い船を外へ出す。


 夜空に、姿を見せては透けて消える、謎めいた神秘的な船に乗って、シャンガマックはヨーマイテスの大きな愛と、その齎してくれた素晴らしい時間に、ただただ、心から感謝する時間を過ごした。

お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ