1206. 癒しの午後 ~シャンガマックの目標・妖精の御伽話
戻ってきたドルドレンとミレイオを迎え、タンクラッドはドルドレンを抱き締めて『お前、どうした』と笑っているのか困っているのか、混ぜたような顔で訊きながら、また抱き締める。
「苦しいっ タンクラッド、有難う。大丈夫だ、シャンガマックとホーミットも来てくれたのだ」
心配してくれていたんだ、と分かる、親方の優しい態度に、ドルドレンはニッコリ笑って体を起こすと、足を見せて『怪我をしたが、それも治してもらった』と伝える。
「何?怪我。ホーミットとバニザットは?」
「いろいろ大丈夫よ(※ざっくり終わらせる)。それに精霊がいたの。魔物もいたけど。とりあえず、馬車、馬車は?あんたたちは平気だったの」
ミレイオは、ザッカリアとバイラを見て微笑み、話すから馬車へと促した後、馬車は何事もなかったかと確認する。頷くタンクラッド。敷石を指差して、馬車を出そうかと訊ねる。
「こっちは大丈夫だ。馬車はすぐそこ・・・これな。これ、見ろ。もう通れそうじゃないか」
「気持ちワル。何、この虫は・・・あ。あれか」
「あれだ」
ミレイオとドルドレンは眉を寄せて、干からびた虫の死骸がびっしり並ぶ地面に『あれ』と呼び合う。
「とにかく馬車は大丈夫なのね。良かった、出ましょ。お昼は?何時なの、今。昼っぽいけど」
太陽が真上にあるのを、さっと見たミレイオが質問。『昼はロゼールが買い出してくれた』とバイラが答え、兎にも角にも、戻ってきた二人を迎えたタンクラッドたちは、彼らを馬車へ連れて行き、待っていたロゼールとフォラヴが、総長を歓迎し終わると、馬車を出すことにする。ザッカリアは複雑そうだった。
「さ、出発しよう。ええとな、一旦、村役場に」
「総長。朝、私たちは断水調査を断っていますから。私が次の町で、今回のことを警護団の報告書に書きます。ここから次の町ムバナは遠くありません。今はもう、出ましょう」
御者台に乗ろうとして、そう言った総長に、バイラはすぐ待ったをかける。
バイラとしては、彼に無理をさせたくない。本来、騎士修道会の仕事でもないことを、形の上では断っている話。
村自体に影響が出ていたとしても、それは断水だけだし(※バイラはそう捉えている)魔物は倒した様子なので、きっと回復するべき部分は、早いと思う。
優しい総長だから、疲れていても何でも、先に動こうとするけれど。攫われて戻ってきたばかりなのだから、と止めた。
「そうだな。ドルドレン、中に入れ。御者はミレイオにしてもらって」
タンクラッドは、話を聞くためにドルドレンと荷台へ。寝台馬車はフォラヴが御者で、ロゼールは食事をドルドレンに渡す。ザッカリアはフォラヴの横。
「大変な目に遭った」
ハハハと疲れた顔で笑うドルドレン。皆を乗せて、旅の馬車を引く馬2頭と、バイラの青毛の馬は、コリナリ村の門を跨いで、外へ出て行った。
*****
「一緒に行かなくて良かったのか」
見送る影の中、ヨーマイテスは息子に訊ねる。ヨーマイテスは既に獅子の体で、息子を背中に乗せている状態。
「うん。今はもっと。もっと俺が、強くなる時間だ。戻って、力を付けなければ」
「次に『精霊がいる洞窟の場所へ向かう』と話していたな。そこへは行くのか」
「危険じゃないなら、行かなくても」
「バニザット。行きたいだろう。行け。連れて行ってやる」
獅子は息子の答えを待たず、そのまま向きを変えると、闇の中へ走り出す。サブパメントゥの暗い闇にあっという間に入った二人は、黒い世界を駆け抜けて、魔法陣の場所へ向かう。
父の背中の上で、シャンガマックは強く思う。
今日、冠の力を引き出して学ばせる方法を、ヨーマイテスに教えてもらった。
朝食後。何度も父を相手に試して、似たような状態を作ってくれた父のおかげで、どうにか出来るようになった。
この方法を教えてもらった後、もう総長が鍾乳洞に入ったと知って、急いで助けに向かった。
――父は話していた。『過去のバニザットも、ギデオンにこうして教えたとか。一発でギデオンは理解したようだが』――
父の言葉に、総長の成長のこともそうだけれど、自分自身のことも重ねた。
今回の奇妙な相手。あれは魔法使いではなかった。だが、行ったことは、その類にも思う。
どれが魔法か分からない。完全な魔物でもない相手に、自分の結界が効力を発揮出来なかったことも、気になる。
先祖のバニザットは、その境目も、ありとあらゆる種類も区分も、熟知していたのだろう。
そして、彼はその万全な知恵と実力を添えた男として、旅の仲間の一人だったのだ。彼と同じ立ち位置にいる、今回の自分は――
「まだまだ、だ。全然、追いつきやしない。もっと。もっと」
呟く褐色の騎士。自分の力を急いで伸ばさないといけない。
ズィーリーよりも、イーアンは早く成長していると聞いた。ギデオンはズタボロだったけれど(※父の刷り込み)総長は勇者の器。タンクラッドさんは、以前の人にはない能力を得たという。
他の仲間の差は知らないにしても、この3人は特別に今回、勢いづいて成長している様子を知ると、俺は未だにここか、と愕然とする。それも偉大な先祖の能力を教えてもらったら、おちおち休んでいられない。
「ヨーマイテスに会えたから。ヨーマイテスが、俺を息子にしてくれたから。俺はもっと強くなれる」
「バニザット。お前に強さの器は、とっくに備わっているぞ。後は力を注ぐだけだ」
背中で意気込む息子の声に、ただの意気込みだけではなく、物足りなさを痛感するような響きを感じる、ヨーマイテス。そんなことはない、と言い直してやるしか出来ない。
「バニザット。熱い湯がある場所へ行くぞ。魔法陣の近くだが、今のお前を育てるために、今日はそこへ向かう」
「熱い湯」
「そうだ。行けば分かる」
いきなり行き先が異なることを告げられ、意気込みも拍子抜けするシャンガマックだが、父の言葉にこれまで、何も無駄なことはなかったので了解する。
『熱い湯』の場とは。一体何を教えてくれる気だろう・・・到着までの間、騎士はあれこれ想像し続けた。
背中で息子が『教え』を考えている時。ヨーマイテスは、サブパメントゥの闇を駆け抜けながら、ミレイオと話したことを考える。
まずは鍵。『イーアンが持っている』という鍵を確認したら、本当だった。
それは『俺に返せ』と一言ぶつけると『あげるわよ、あんな危ないもの』の返し言葉で即解決(※楽勝)。
現時点。イーアンが空にいて留守らしく、戻り次第、伝えるとか。次回、渡すような話をしていたので、地下の鍵については問題ない。
問題は、もう一つの話だ――
精霊と会話しているドルドレンと息子の傍ら。少し離れた場所にいた自分たち。
ミレイオは小声で『あんた。あの子、お風呂入れてあげてるのかさ』と、いきなり言われた。
風呂?何だそれはと訊ねると、ものすごい軽蔑した眼差しで『やっぱりな』と呆れられ、腹が立った。
ムカつくものの、バニザットのことで、知らないことがあってはならないからと、訊いてみれば。
「どれくらい、一緒にいるのよ。体、拭かせているみたいな話だけど、それだけじゃ汚れなんて落ちないのよ、人間って」
馬鹿ねくらいの勢いで、見下された(※父立腹)。
メラメラと怒りに燃えるヨーマイテスを見上げたミレイオは(※全然動じない)『あのね。ドルドレンたちもそうなのよ』と面倒臭そうに詳細を話し始め、イライラしながら聞いていたものの。
どうもこの『風呂』。旅の仲間全員が、それも問題で悩みがあると知る。
ここでヨーマイテスは、『何だ、バニザットだけじゃないじゃないか』と言い返しそうになったが、ミレイオが何で反応するか分からないので、黙っていた(※実の息子煩くてキライ)。
「どこかで。熱湯じゃダメよ。死ぬから(※茹でシャンガマック)。あの子の体温より、少し暖かいくらいのお湯のあるところ。そういう場所で体とか、頭とか洗わせなさい。
服はきれいそうで良かったけれど・・・サブパメントゥと違うんだから」
「どれくらいの頻度だ」
「本当は毎日よ。毎日一回。でも、そうもいかないでしょうから、せいぜい、3日に一度は気にしてやってよ。
お風呂入らないと、汚れに慣れてないから、病気になったり、気持ちが沈むのよ(←ミレイオはそう)」
毎日~~~? うっかり口にしそうになったが、ヨーマイテスはぐっと堪える。
これまで、じゃあ。俺はバニザットに我慢させていたのか(※父は性格改変中)。あいつは本当に言わない。俺に文句一つ言わないから・・・(※ここで、カワイイ息子の優しさに胸を打たれる)
ちっ、と舌打ちして、ヨーマイテスは自分を見上げた金色の瞳に『他に何かあるか』と訊ねた(※バニのためなら)。ミレイオは首を軽く振って『今んところは、それくらいよ』と話を終えた。
「熱い湯。あの裏手にあった場だ。思い出せば、バニザット(※老人)も時々、急に湯を地面に出していた(※自在に温泉出せる人)。あれは、そういうことだったのか」
「何?何か言ったか」
「何でもない。もう着く」
息子に、独り言の質問をされて、ヨーマイテスはそれには答えず、暗闇が薄っすら抜ける先へ急いだ。
*****
その頃、荷馬車の後ろで。ドルドレンは足の怪我のあったところを見せていた。親方は、怪我をしたことをとても気にしていてくれたので、『もう大丈夫』と教えるため。
ロゼールと親方は、裾をまくった足を覗き込み、親方は『ここ怪我した』と示された箇所を、そーっと指でなぞる。
「くすぐったいのだ」
「これ。何だ?この銀色の。お前の皮じゃないぞ」
職人だからか、何でも触って確認する親方の手がくすぐったくて、ドルドレンは笑いながら足を引っ込める。タンクラッドは逃がさない。さっと足首を掴んで引き戻す(※強引に確認)。
「ちょっと待て。もうちょっと見せろ。ロゼール、お前どう思う」
「何かこう・・・何かに似て・・・あ、イーアンと食べた魚だ!屋台で食べた時の、あの魚の腹!」
「魚の腹か。そうだな、そんな色だ。ってことは、ここだけ魚か(?)」
「そんなわけないだろう!クスドは一時的に、こうした手当をしてくれたのだ。多分(※願い)」
「手当って。精霊が『危ない』って分かってくれるんですね」
ロゼールは、話を精霊に変える。イーアンが龍になるとか、ミレイオが人間じゃないとか、自分もお皿ちゃんに乗るとか。ある程度の不思議はもう、驚かなくなったが。
テイワグナに出張で来たら、今度は精霊か、と魂消る。
それも、精霊に出会った直後の総長が、普通の顔で『ここは精霊が治してくれてな』とか言っているのだ。
総長は部下を見て頷き、すぐに気が付いてくれたと答える。
「暗くて見えなかったが、多分、血が出ていたのだ。水に何かが触れるとすぐ、気が付くようだった」
「血が流れたまま、歩いていたんですね」
総長もそうだけど。隊長たちも、ちょっとそっとの怪我では動きを止めない。見た方がびっくりするくらい、血まみれになっていることもあった。ロゼールの顔つきが同情的で、ドルドレンは笑う。
「大した怪我じゃない。ホーミット・・・と言ってな。暗い時間と場所じゃないと動けない仲間が、洞窟に来てくれて。血が流れているよりも、強烈な状態を治してくれた後だ。問題ない」
「何があったんですか。流血のがマシって」
ドルドレンは思い出して身震いしてから、親方とロゼールに『聞いてから後悔するな』と忠告してから。
「ここに。虫が入っていたらしい」
指差して嫌そうな顔をした。親方もロゼールも固まる。ぐーっと眉間にシワを寄せて、嫌そうな顔のドルドレンを見てから、指差された銀色の皮膚を見て『虫』と一言呟く。
「水に足を突っ込んだのだ。逃げていて。あっという間に、激痛だ。その後、痛みと駆け上がってくるような熱に襲われた。立っていられないくらいに力が抜ける。
呆気ないったらない。耐えられなくて、体が崩れそうになったら、シャンガマックが現れて支えてくれた。そしてすぐにホーミットが来て、毒を消すと話していたが、実は毒ではなく、虫だった」
うへ~~~・・・ロゼール、凄くイヤそうな顔を見せる。タンクラッドも苦笑いが壊れている(※ムリ)。
「それ。凄いですね。良かったですね、ホーミットっていう人が助けてくれて」
「そうなのだ。そうじゃなかったら、どうなったかと・・・いや、想像しない。想像してはいけない」
「流血している方がマシだな。本当だ」
「え。それからどうなったんですか」
話が気持ちワル過ぎて、ロゼールは流す(※自分で訊いたくせに)。ドルドレンも続きを話そうとして、少し欠伸。
それを見た親方は『ドルドレン、ちょっと休め』と昼寝を勧める。
ドルドレンも緊張が解けたので、今回の異様な相手に驚いたのもあり、一気に疲れが出る。
「今夜は野営地だから、野営地に着いたら詳しく話す。話したいことが山のようにあるのだ」
そう言って、荷台に体を伸ばし、休むことにする。続きは夜ね、と転がった総長の、投げ出された長い足。
親方とロゼールは、裾のまくられたままの、銀の皮膚が付く足をじーっと見つめ、『ここ魚』とか『鱗出るかも』など、楽し気にからかい、『そんなこと言うな』『本当になったら困る』と笑う総長に、面白がってからかい続けた(※寝れない)。
後ろに付く、寝台馬車の御者台にいるフォラヴとザッカリアは、そんな3人を見ていて『仲良しだね』と微笑む。
「話がよく聞こえますね(※声デカい)。とても大変そうではありましたが・・・さすが総長というべきか。しかし、シャンガマックも手伝って、とは。仲間ですね、やはり」
フォラヴは、本当に駆けつけてくれる友達に、心から感謝する。どこにいても、危険を察すれば助けに来る。そんな仲間がいてくれることが、どれほど安心か。自分は側にいたのに、何も出来なかったのだ。
「フォラヴ。魔物のことだけど」
話を変えたザッカリアが呟く。ずっと何か、思い続けているなとは分かっていたが。その表情が重く、フォラヴは彼を見て静かに頷く。『お話下さい』思うことを言うように促すと。
「魔物・・・あのね。俺の知っている人じゃないかも」
「違う方?」
「うん。多分。大きいお兄ちゃんは、あの神殿で一緒だったし、守ってくれたから、思い出したけど。他にいた人のこと、俺はあまりよく思い出せないんだ。だけど、違う気がする」
「総長の説明では、『虫と同化する男』のような話でしたね」
「うん。虫、苛めないもの。神殿の子は、虫や小さい生き物も、神様のお遣いだと思っているから」
ああ、と頷くフォラヴ。そうか、彼らは『神様の子』として扱われるから、他の存在にも優しくするように教育されるのかも、と思う。彼らの姿を見て、信者は慕うわけだから・・・・・
「それでは。全く別の方の可能性が強いですね」
「そうだね。そうかなと思ったんだ。魔物の気持ちになったら、虫や人間も殺すかもしれないけど」
「いいえ。そんなことありません。人間相手に魔物は動きます。動物も近くにいれば殺しもしますが、狙ってそればかりを殺しません。だから、虫を道具に殺し続けはしません。あなたの知り合いではないのでしょう」
フォラヴがそう言うと、ザッカリアの大きなレモン色の瞳が向いて『そうだよね』と確認するように訊ねた。
「はい。違う方です。魔法使いとも違うようだし、魔族のような、別の存在かも知れませんよ」
「魔族」
「これは別の世界のお話です。私が子供の頃に訊きました。この世界には魔族はいません」
「魔物と魔族は違うの」
「違いますね。私の・・・妖精の世界には、魔族が来ることも。でも、今。私たちがいるこの世界には、魔族はいません。大丈夫」
「話、その話。俺にも聞かせてもらえる?」
少し興味を持った様子の子供の顔の変わり方に、フォラヴは微笑んで『おとぎ話で宜しければ』と答える。
ザッカリアは子供。さっと嬉しそうな顔で『いいよ』と頷く。気持ちが入れ替わるなら、その方が良いと判断し、フォラヴは自分が子供の頃に聞いた、妖精の国のおとぎ話を話し始めた。
それは不思議な話で、ザッカリアはすぐに引き込まれる。
白金の髪に日差しを受けて、鈴のような澄んだ声で話し続ける、妖精の騎士の横顔を見つめ、フォラヴは本当に妖精なんだな、と感動する時間でもあった。
「怖いですか」
「ううん。魔物退治しているから、平気。でもいきなり出会ったら、怖い」
「はい。子供の私はとても怖かったです。逃げることも出来ずに、閉じ込められてしまう」
「その、何だっけ。鏡?割れば良いんでしょ?鏡を割っちゃえば、魔族は来れないんでしょ」
「そうなのですが。そうしますと、捕らわれた方も戻れません。同じ鏡を作れる者が、世界に二人といないとか」
「まだ、あるの?まだ、その鏡。どこかにあるのかな」
ザッカリアが真剣に訊くので、フォラヴはちょっと笑って彼を撫でると『あるかも』と、少し怖い顔を見せてすぐに笑う。
「妖精の国の、どこかなんでしょ?」
「そう聞いていますよ。だから、子供の頃は、一人で遠くへ行ってはいけませんでした」
「お話の、掴まっちゃった人は?そのまんまかな」
おとぎ話の結末。それは誰も助かっていない。ザッカリアの素朴な疑問は、フォラヴの心にチクリと痛みを生む。首を傾げて『分からないのです』と答えるだけ。
そう。分からない。フォラヴの家族で、一人だけ死因の分からない者がいた。その存在を、いつもこの話と共に思い出す。
でもそれは―― 誰に言うこともない話。
「魔族がいなくて良かったですね」
フォラヴは微笑み、ザッカリアのすっかり落ち着いた笑顔に『お菓子を食べたら?』と促す。ザッカリアは喜んで荷台へ行き、お菓子箱を取ってきて、フォラヴと、前の馬車の総長たちに分けてあげた。
お読み頂き有難うございます。




