1203. ドルドレン&シャンガマックVS蟲使い・冠指導
これだって。これだって、こいつが飛び掛かれば、すぐに捕まえられるんじゃないのか?
ただ捕まえるだけが目的ではないのか。
ずっと走り逃げ、どれくらいの時間を、どのくらい奥まで、自分が進んでいるのかも分からない暗い鍾乳洞で、ドルドレンは戦う方法と、奇妙な追いつめ方の理由を悩み続けた。
その、答えのないドルドレンの一人問答は、何度目かの柱のような鍾乳石を飛び越えた後、急に中断される。
ザバーッと水の音がし、まさか!と顔を向けた途端、水から伸び出た魔物が飛び掛かる。同時に翻って、間一髪で相手の体をかわしたドルドレン。
うっかり川に片足を入れ、急いで足を抜こうとした時、相手に足を掴まれた。『ぬぉ』焦って足を引っ張った直後、体に何か激痛が走る。
『お前を使う。お前の仲間を殺し、俺の体を壊したあいつをお前の体で殺す』
「な・・・何だと」
激痛が熱を持って足の神経を駆け上がって行くのを感じながら、ドルドレンは力が抜ける中、訊き返す。
『弱い勇者。お前を使う。あいつを倒すのは、お前だけ』
「あいつ」
力が抜けてゆく、重い足。一気に脂汗が伝う。震える体と、早くなる呼吸。痛みと熱さで、片足が激しい損傷を受けたドルドレンの声は小さい。
体が崩れそうになり、痛みで背中を丸めかけた時。背後から何かを感じた。
それは魔物も感じたようで、掴まれた足はさっと放される。次の一瞬で、金色をまとった緑の風が、ドルドレンの後ろから駆け抜けた。
風は猛烈な輝きと勢いで、洞窟に光を運びこみ、川の水を吹き散らし、魔物の体を一気に川下へ押し流す。
「これは」
「遅くなりました」
片足の膝が力を失って、ドルドレンが膝を付きそうになったその腰を、褐色の腕がぐっと抱える。見上げた相手に、ドルドレンは驚きと喜びが沸き上がった。漆黒の目が、心配そうに自分を見ている。
「シャンガマック」
「俺と一緒に戦いましょう」
褐色の騎士は、傷を負った総長の体を引きずり、川から彼を引き上げた。
総長を岩の壁に凭れかけさせ、すぐに両手を前に突き出して、魔法の言葉を唱える。シャンガマックの両腕から金色の薄い光が広がり、川の中を戻ってきた魔物を弾く。
「結界です。総長、足を見せて下さい」
「お前、どうしてここに」
「これ・・・裾めくりますよ。ああ、毒か」
ドルドレンの質問には答えず、急ぐシャンガマックは総長の足元にしゃがみ、ドルドレンの右足の皮膚の膨れ方を見て、眉を寄せる。それから膝の上あたりを触り『ここ。ここか~』と困ったように呟くと、総長を見上げた。
「総長。俺が毒を出すには、あなたを傷つけないといけないかも」
「え。それは困るだろう。これから戦うのに」
「ですよね」
「えええ~~~」
ドルドレンの嫌そうな声にちょっと笑ったシャンガマックは、背後の結界を振り向く。魔物は結界に何度も当たり、触れる度に嫌がっている様子。
「あいつ。完全な魔物じゃないんですね。俺の結界に触れるとは」
「シャンガマック、どうなのだ。俺の足はヤバいのか」
「はい」
「本当~~~??」
どうしよう、と呟いてすぐ、シャンガマックはドルドレンの膝の上を圧したまま、溜息をついて『あーあ。早速、頼っちゃうなぁ』と独り言。余裕そうな独り言に、ドルドレンは不安。
「ヨーマ・・・間違えた。ホーミット。ホーミット」
「今、お前。ヨーマって」
「気にしないで下さい。ホーミットを呼びました」
謎の言葉に眉を寄せる総長が、訊き直そうとした時。目の前の暗がりから焦げ茶色の大男が出てきた。その面倒臭そうな顔・・・そこにいたなら助けてよ!と思うドルドレン(※この人強いのに、って思う)。
そんなドルドレンを無視し、お父さんは普通に息子の側へ寄る(※息子しか眼中ない)。
「どうして、すぐに呼ぶんだ」
「ホーミット。これを見てくれ。毒が。毒だけ抜ける?」
「毒だけ抜くなんて、分からん。血も何も消して良いってなら」
「ダメダメダメダメ!!! 死んでしまうっ」
大慌てで、物騒なお父さんを止めるドルドレン。疲れて走って、息も上がっているのに、これで血まで抜かれた日には、動けないどころか、死ぬかもしれない。
「総長。息切れしている分、巡りが早いです。毒が回ったら、その方が危険です」
「貸せ。仕方ない。毒を教えろ」
シャンガマックは結界を気にしながら、総長に危険を伝え、しゃがんだ父に傷口を見せて、そこに滲んだ、嫌な臭いのする液体を指差す。
「これか。これだけ、こいつの体から取り除く・・・どうなるやら」
えええええええええっっっ!!!
ドルドレンはもう生きた心地がしない。魔物にやられるか、お父さんにやられるか(?)。イーアンに、心の中で、もしも俺が死んだら頑張ってくれと祈る(※諦める勇者)。
部下はお父さんを信用していて、既にドルドレンの足を大男に任せて下がる。
「うむ・・・これだな」
低い重い声が呟き、大男がドルドレンの足の傷に、小さく息を吹きかけた、すぐ。ドルドレンの腫れ上がった足の中にある痛みが消える。そしてもう一つ、違和感の熱が消えた。
「どうだ」
「痛くない。腫れは、ああ、まだあるな。でも痛みが」
「お前のここに何かいたぞ。消したからだろう、痛みがないのは」
え?と目を疑うドルドレン。自分の足の傷口に何かいた・・・ぞわっとする全身。あの、魔物の体にいた虫では?!と引き攣った声で言うと、大男は立ち上がって『虫か』と納得したように頷いた(※肯定)。
彼はドルドレンから息子に視線を移し、意外そうな息子に『俺を呼んで正解だったかもな』と口端を釣り上げた。
「あれだろ?ドルドレンを攻撃したのは」
顎で結界の向こうの魔物を示した大男に、シャンガマックがそうだと答えると、サブパメントゥの大男は鼻で笑う。『自分の体を食わせた奴か』そう言って、気持ち悪そうに顔を歪めるドルドレンに『次は気を付けろ』と注意した。
「虫のことは後だ。バニザット。行け。お前まであんなのに触られるなよ。触られたら、あいつは俺が殺す(※父は息子大切)」
「大丈夫だ。そんなことにならないように戦う。有難う」
「気を付けるんだぞ」
お父さんはもう一度そう言って、息子の頭を抱き寄せて撫でると、あっさりと影の中へ戻ってしまった。
ホーミットの背中を見送ったドルドレンは、『どうして今、あの魔物を片付けないんだろう(※絶対倒せるはずと思う)』と不満も生まれたが、部下はやる気満々。
「もう結界が解けます。総長、剣は」
「分からん。落とされた。俺は丸腰だ」
心配する目を向けた部下に頷き、『突然だ』とだけ言うと、部下は自分の大顎の剣を総長に渡す。驚いたドルドレンに『俺があなたの補佐をします。冠の力を使って、俺の剣で倒して下さい』と頼んだ。
「お前の剣、俺が使うのか」
「総長。そっちではない。意識をあなたの力へ向けて」
何やら急ぎ始めたシャンガマックの声に、ドルドレンも会話の時間はもうないと理解し、自分の特性『愛』の感覚に、意識と心を集める。
シャンガマックは横でそれを見ながら、結界の薄れ始めた場所にも視線を何度か向け、『俺の剣に力を注ぐつもりで』次の行動を促す。
部下に指導されているように感じるドルドレンだが、何かあるんだと気が付いて、言われるままに素直に従うと、白い龍の顎の剣に、少しずつ明るい橙色が浮かび輝き始める。
「そのまま。そのまま、もっと。俺も精霊の力を向けます。精霊の力にも愛を向けて下さい。
総長、あいつが結界を破るのはもうすぐ。その時、剣であいつを斬って下さい」
「分かった。あいつは、魔法を?」
「違います。魔法とは違う、でも・・・来た、総長!」
結界がバッと音を立てて消えたと同時、体から虫をボロボロ落とす魔物の男が、ドルドレン目掛けて飛び掛かった。
*****
「大丈夫なの?」
「お前が行くな」
「剣くらい渡したって」
「それが要らん世話だって意味なんだ。分かるか」
「エラそうに・・・何かあったら、責任取りなさいよ」
引き留められているミレイオ。影の向こうサブパメントゥの空間で、親父に取っ捕まって、不満丸出し。首をゴキゴキ鳴らす。
「何が責任だ。こっちの気も知らないで。お前たちが甘やかすから、ドルドレンがいつまでもあんななのに」
「何よ、それ。甘やかしてなんかないわよ。あんた、自分が戦わないから好きに言えるけど」
「黙って聞け!全く、お前は。こっちが最後まで喋ることも出来ん」
「そりゃ、シャンガマックみたいに大人しく、あんたの演説なんか聞く気ないもの」
ミレイオっ!怒るヨーマイテスに、鬱陶しそうにちらっと見たミレイオは、大降りに溜息。『ドルドレン、ケガしてるのに。よく良心が痛まないわね』やんなっちゃう、とぼやく。
目一杯、大きな舌打ちをしたヨーマイテスは、それ以上は息子(※実の)を見ずに、首を振って『ほんっとにお前は、バニザットの素直さの欠片もないな』嫌味を呟く。
すかさずミレイオは鼻で笑って『良かったわね。あの子、言うこと聞いてくれて』とコケにした。
もー・・・腹が立つので、ヨーマイテスは黙る。
説明してやったのに、これだ!
ドルドレンの冠の意味なんて、俺以外に誰も理解していない。
男龍は、知っているかどうかも分からない。知っていても、関心がない以上は指導もしないだろう。
それじゃ、育たないからと思ってやった(※上から)俺が、わざわざ、大事なバニザットにも実戦経験であてがった、『冠の使い方』だと言うのに(※バニザットありき)。
「ちょっと、あれ。どうなのよ。何あれ。飛び散ってるの」
「ああ?(※投げやり)あれか?虫だろ。体に虫食ってるんだよ(※事実)」
「うそぉ!気持ち悪っ!」
デカい声で、女みたいな嫌がり方をするミレイオに、くさくさしたヨーマイテスは『化け物だ。そんなもんだろ』と吐き捨てる。
「あれがドルドレンの足に入ったんだ。俺が消滅させたから、毒も消えただろうが」
うえっ、と嫌そうに声にして、ミレイオは肩をすくめる。『気色悪~い。何なのよ、馬もそうだしさぁ』おええぇと鳥肌立てるミレイオの言葉に、ヨーマイテスは『馬』と訊き返す。
「あん?馬よ。フォラヴが馬と話したの。門から出ないから、理由を聞いたら、『門を出ると、馬の足を挫く虫が付く』って嫌がって。馬が、よ。だから、足止め」
ミレイオの話に、ヨーマイテスは大体のことが見えてくる。
目の前の魔物じみた男は、何の理由でか、ドルドレンを潰すような戦い方を選ばない。剣に切られて、飛び散る体の方を選んでいるような行動は、理解し辛いものの。
――オリチェルザムが、こいつを寄越した理由は合点がいく。
「どうしたの。何か知ってるの」
「別に・・・まぁ。ドルドレンは今。俺のおかげで学んでいる。俺とバニザットのおかげでな。これからも、こんな相手が出てくるぞ。ミレイオ、お前も気を付けろよ」
「言われなくても気を付けてるわよ。やぁね、何知ってても、言おうとさえしないんだから」
一々、ミレイオに嫌味で返されるので、もうヨーマイテスは喋らないことにする(※最近なかったイライラ中)。
戦う息子(※こっちが先)と、ドルドレンに目を戻し、彼らが順調に動いている様子を見守るのみ。
ミレイオからすれば、ドルドレンは怪我をしていて動きが鈍いと言うが。
そんなもの、大したことでもない(※バニザットだと大事件)。現にドルドレンは片足だけでも、痛みさえ消えてしまえば、充分飛んだり跳ねたり斬り付けたり、問題ない程度には動いている。
それに俺のバニザット(※所有)が、ちゃんと俺の言ったことを忠実に守りながら、ドルドレンの冠の力を使わせている・・・優秀な息子よ(※父目線)。
お前が付いていれば、ドルドレンは学習もし、敵も倒し、自信もつく。そしてお前自身も、また一つ実戦を越えて経験値を増やす。
息子(※実のじゃない方)大好きなヨーマイテスは、横でぶーぶー煩いミレイオを無視して、長引いてはいるものの、一回一回きちんと行動を意識して戦う二人の姿に、満足そうにしていた。
片や、愛息子と総長。
「終わらんな」
「大丈夫です。もうじきでしょう。こいつは魔法じゃないんですよ。魔法に見えるけど」
ブォッと唸りを立てて、シャンガマックの緑の風が膨れ上がり、そこに剣を振り上げるドルドレン。ドルドレンの腕で風を受け止めた大顎の剣は、緑の風をさらに明るく輝かせて、一度に辺りを照らす。
「これ、見た目はスゴイな」
白い顎の骨にまとった光の輝きを、両手で目一杯、魔物に斬り付け、飛び散って後ずさる変形した魔物に、ドルドレンは呟く。
「見えている色に気を取られると、他の力を逃します。俺が最初、そうでした。
あ、また変形します!あれで最後でしょう。もう、人間の部分が残っていない」
始めこそ人の姿も持っていたのに、何度も斬り付け、何度も虫が飛び散って落ちるごとに、体内から粘膜状の液体が溢れては、魔物を包み、姿を変えた。
変わるたびに、その姿は蟲に近くなり、切られた時に落ちた虫が集まっては、体に溶けることを繰り返した魔物。
もう。今は既に、人の欠片も見えない。
体中に、幾つにも細い硬そうな脚が付き、割れた腹腔が濁った黄色の内臓をどうにか支えている。頭があった場所は、複眼が一つ、ずり落ちるようにかろうじて貼り付いていて、動き出した体からは、溶けきれなかった小さな虫がボロボロと落ちる。
「もう・・・何だか分からんな。数えきれない魔物と戦ったが、あんなの見たことない」
「こいつは。魔物じゃなかったから」
そう一言呟いて、精霊の力を、腕に集める呪文を唱えたシャンガマック。
ぐんぐん上がる緑色の澄んだ風に金色が光り始め、ドルドレンは自分の意識もそこへ注いで、部下の魔法に『愛』からなる力を添える。
ドルドレンの力が通うと、あっという間に精霊の風は色を変えてドルドレンに引き寄せられ、受け取ったドルドレンが剣と共に、力を解放。
普通に斬る時よりも、もっと速く、もっと重く、威力が広範囲の斬りこみに、魔物の体が四方八方に砕ける。人間のような、耳が避けそうな悲鳴を上げて、赤い小さな光が、いびつな頭付近で散った時。
「総長!」
砕けた魔物の体が、最後のあがきにドルドレンに向かう。シャンガマックが結界を張ったと同じ瞬間に、ドルドレンの手にした剣が、結界の力を一瞬で拡げた。
結界は二人を守るだけでなく、飛び散った魔物の体が触れた一瞬で、全てを消し去る。
「お前の結界に、何度助けられているか」
「いえ・・・今のは、総長の力です。俺の結界では、この魔物は消せなかったのだから」
漆黒の瞳を向けた部下に、ドルドレンも視線を合わせて、それから目の前の金色の薄い壁に顔を戻した。
結界の向こうにあった魔物は、細い煙を立てて残らず見えなくなった。
そして、足元を流れる川の中にも残ったものがあったのか。川や横の壁に飛び散ったものと思しき欠片は、結界に触れたのと同様に、煙を一度だけ立てて、そのまま消えた。
「終わったか」
「終わりましたね」
二人は顔を見合わせて、ようやくちょっとだけ、笑顔が浮かんだ。
この様子を見守っていた、サブパメントゥの親子(※仲悪い)も『まぁまぁだな』『やっとだわよ』の呟きを落として、影の中を出た。




