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魔物資源活用機構  作者: Ichen
精霊たちの在り方
1202/2961

1202. 鍾乳洞の逃亡

※少々、気持ち悪いと思われる描写があります。

 

 戻ったタンクラッドの手に、総長の剣の鞘があるのを見て、騎士たちはぎょっとする。ミレイオとバイラも驚き、タンクラッドが歩いてくるのを待たずに駆け寄った。



「それ、総長の」


「ドルドレンは?どこにこれあったの」


「すぐだぞ。本当にすぐそこ・・・その裏回ったところに、これが落ちていた」


 タンクラッドは鞘に入った剣が丸ごと、建物の壁脇に()()()状態だったことを伝える。横倒しに、まるでそこで外して置いたようだったと教え、示された場所に行こうとしたミレイオを止めた。


「おかしいでしょ。剣帯は?あの子、これベルトに吊るしているじゃないの」


「そうですね。これだけ抜き取ったとは思えない」


 ミレイオの指摘に、バイラも顔を手で拭って呟く。親方もそんなことは分かっているが、首を振るだけ。


「ないんだ。他に。この剣だけが・・・鞘ごとな。すっぽ抜けたように」


「抜けないですよ。イーアンが作った鞘は、ここに絡むようにベルトを通すんです」


 ロゼールも寄ってきて、総長の鞘の背中を見せて、編み込みのくぐりを指差す。彼は、緑の森のような瞳に不安をありありと浮かべ『声一つ、聞こえなかった』と続けた。


 フォラヴと一緒にいるザッカリアは、もう確信しているように眉を寄せて辛そうに顔を歪め、その顔を見たミレイオは、タンクラッドに『ドルドレンがいないなんて。私が見に行く』と訴える。


「ミレイオ。お前まで」


「何言ってんのよ。あんたたち、()()でしょう。フォラヴは違うけど、この子じゃ無理よ。こんなことする相手に、()()()()()()()どうにもならないわよ。私が調べる」


「待て。ドルドレンは強い。剣がなくても、それ相当の動きが出来る男だ。()もある」


「総長と連絡が付きません。呼んでも出ない。もしかしたら、また違う次元に連れて行かれたかも」


 フォラヴの心配する言葉に、ロゼールは『え』と振り向く。『次元?何の話?違う世界があるの?』驚きが怖れに聞こえる声。バイラが、ロゼールの肩に手を置いて自分に振り向かせ、首を振る。


「ロゼール。私はハイザンジェルの魔物について知りません。魔物被害が深刻だったことしか。

 テイワグナも始まったばかりで、これからどう変化するか分からないけれど。どうも皆さんの話と比べると、テイワグナの魔物の質が違うみたいなんです」


「違うって。どう違うんですか?その、異次元とか」


「それは言い切れないのですが、一度に多く出たり、人を引きずり込む魔物がいたり」


 バイラの話で、ロゼールは言葉を失う。一度に多く出ることはあったけれど、人を引きずり込む魔物なんて、聞いたことがない。『それは・・・川や、洞窟に引きずり込む、という意味じゃないですよね?』この雰囲気だとそうではない。そう思って確認すると、バイラは小さく首を横に振った。


「違う世界。だと思います。私たちが追い付けない場所へ」


「どうやって・・・勝ったんですか?どうやったら、そんな。そんな場所に、総長は今」


「ロゼール。落ち着いて頂戴。決まったわけじゃないのよ」


 バイラの両腕に縋りついたロゼールを、ミレイオが宥める。ロゼールはさっとミレイオを振り向き『俺が行きます。俺は総長といつも一緒でした。俺が助ける』早口にそう告げると、ロゼールは馬車に荷物を取りに体を翻す。


「ダメだ、ロゼール!気持ちだけじゃ勝てないぞ」


 親方の一声で、若い騎士は振り向く。『ミレイオと行きます。ミレイオは入れるんですよね?』無我夢中で行くわけじゃないと、タンクラッドに言い返す。


「私と?あんた、何言ってるの。あんたは人間で」


「でも。俺は()()()()()()部下、ロゼールです。子供の頃から、あの人の動きは知っているんだ。俺を連れて行って下さい」


「そうじゃないのよ、気持ちは分かるけど。相手が人間じゃ、何されるか分からないのよ」


「お守りならありますよ。イーアンの鱗がある。ギアッチが俺に持たせてくれた、白い鱗。それに」


「ロゼール」


 ミレイオの腕を掴んで、自分と動いてくれと頼む必死な騎士に、親方は胸が切なくなる。止めないフォラヴとザッカリアを見ていると、ロゼールの気性もあるんだろうと理解する。

 思わずロゼールの肩を掴んで引き寄せると、片腕の内に若い騎士を包み、見上げた反抗的な目に『ダメだ』と呟いた。


「タンクラッドさん」


「ドルドレンは、お前を巻き込みたくない。お前は()()()()に来たんじゃない。ドルドレンなら俺と同じことを言う」


「でも」


「分かる。分かるが、行くな」


 親方の太い腕に包まれて、ロゼールは悔しそうに、遣り切れなさそうに、目を閉じて首を振った。『俺たちは、一緒に動けばいつだって離れなかった』それなのに、と歯を食いしばる姿。


「ドルドレンは良い総長だな。お前のような部下がいる。だがな、フォラヴもザッカリアも同じくらい、お前と同じくらい、彼を助けに行きたい。それが出来ない理由を、身を以て知っている。テイワグナ(ここ)は、そういう場所なんだ」


 親方に諭された若い騎士は、フォラヴたちを見て、彼らの悲しそうな目に溜息をついた。ミレイオもロゼールの想いが伝わるだけに、気持ちは連れて行ってやりたいが、そうもいかない。

 タンクラッドの片腕に収まった彼の頭を優しく撫でて、その緑の深い目を覗き込む。


「待っていて。待つ方が辛いと思う。辛い方を選んで頂戴。ドルドレンも理解したのよ、強さの質が違う相手には、それに()()()()()が立ち向かうことを。

 ・・・・・彼は『勇者』の仕事があるの。知らないだろうけど。

 でもね、勇者でも手が出せない場面なんて・・・悔しかろうが何だろうが、指くわえて見ているしか出来ない時なんか、いくらもあったのよ。

 あんたも彼の部下なら、それを覚えないと。()()()()よ。この仲間の中で、動けるのは私だけ」


 ロゼールの半開きの口が、何かを言いたそうにして動いては止まる。何も言えないのだと分かるので、ミレイオは微笑んで、皆を見た。


「ここにいなさい。もし、万が一。ここにも出たら。その時は頼んだわよ。地下へ行ってくるわ」


「気を付けろよ。お前も」


「私を誰だと思ってるの。ミレイオ様よ」


 ハハハと笑ったミレイオは、タンクラッドの苦笑いに頷くと、彼の片手に持ったままのドルドレンの剣を受け取り、『あんた。皆を守っておやり』と真面目な顔を向け、馬車の影に入ってその暗がりから、ずるっ崩れる黒い土の穴に滑り込んで消えた。


 凝視するロゼールに、タンクラッドは『あれ。お前出来ないだろ?』と呟いた(※俺も、って)。



 *****



 向かったミレイオが一旦地下・サブパメントゥまで下りた頃。

 ドルドレンは冠一つで、暗い鍾乳洞の中にいた。


 どこだか分からない上に、暗過ぎてほとんど見えない。聞こえるのは水の音と反響する音、それに自分が歩いている、濡れた硬い岩に踏み出す足音のみ。


 突如、足元が抜けたようにここに()()、付いた手も膝も、一瞬で水に濡れて慌てて立ち上がったが、腰に帯びていたはずの剣がないことに気が付き、どうして外れたかと再びしゃがんで手探りで探した。


 しかし、剣はおろか、鞘もない。丸ごとない。腰のベルトは2本。腰袋と剣用に、一本ずつのベルトが、そのまま付いている。バックルが外れているわけでもない。


 焦るドルドレン。イーアンが編んでくれた鞘が壊れるわけはない。


 魔物の皮で緻密な編み目を作った、頑丈な鞘の包みだ。それに編み目の下には硬い鞘の皮が添えてある。あれが切れるとなれば、体に衝撃があるくらい強い力でもないと・・・・・


 ここまで考えて、ドルドレンは止めた。考えたところで、剣がないのは事実なのだ。そして自分は、たった一人。今、真っ暗な鍾乳洞にいると分かる。


 イーアンと二人で入ったことがある、テイワグナ最初の、染色の町・フィギの奥の洞窟(※777話参照)。

 思い出すのは、あの場所の、空間の湿気のある臭いや音の響き、石の感じ。水の音もする以上、ここは『そうした場所』と判断した。



 出口など分からないにしても・・・水が側に流れているのは音と、石の傾斜で知ることが出来るので、少しずつ、足を滑らせないように水の流れに近づき、手を入れるのは危険と思い、吊るすもののないベルトを一本外して、垂らした。水の流れに先端が連れられて、水の進行方向は左側と分かる。


「問題は。進行方向に出口()があるとは、限らないことだな」


 行った先が滝壺かも知れないし、亀裂に注ぎ落ちるだけの川かも知れない。そしてもっと困るのは、奥に向かって流れている可能性もあること。



 剣を吊るしていたベルトを川から引き出すと、ベルトが短い気がする。あれ?と思って手繰り寄せた手に、ベルトが短い。革のベルトが千切れている?

 千切れた場所を指で確認すると、何か削られたように切れている。ドルドレンは、何かが川にいたのかと警戒したが、手に持ったベルトと、自分の腰にあるベルトに触れて、そうではないと気が付いた。


「剣のベルトの先。腰袋のベルトに引っかかっている・・・こっちも切れて。え、じゃあ。今、手にある、バックルのある方は」


 ハッとする。剣の鞘が千切れたのではなく、ベルトが千切れていたのかと。それも、何かが切り取ったような状態。困惑するが、今は暗いし確認出来ないので、ベルトは腰袋に突っ込み、とりあえず移動する。



 鍾乳洞は()()()()()続く場合がある。

 ドルドレン自体は体験したことがないが、昔、ジジイが人から聞いた体験談で、『中で彷徨った奴がいてさ』と話していた。そういう場所もあるんだ、と子供心に怖かったのを思い出す(※ドルジジは気楽にそういう話をする)。


 ロゼールを迎えたばかりで、まさかの事件。それも『俺が、とは』何で俺、と呟く黒髪の騎士。


 皆もどこかにいるのか。散り散りに分散してしまったか。もしそうなら、一刻も早く・・・どうにもならない。自分さえ、どこにいて何故なのかを知らない。


 被っておいた冠は、チリチリと何か、弾けるような小さな刺激を額に与える。

 ここに魔物がいたのか。それとも()()のか。この感覚は、魔物相手に反応する時。マズいなと思うが、剣のない自分に出来ることは少ない。


 ドルドレンはとりあえず、川下と思われる方向へ、壁に指を添えて、ゆっくり歩き続ける。


 自分がここに来た、目的。剣がない、その理由。それを考え続ける時間は、焦りと不安を募らせるだけ。ドルドレンの神経は逆立つように過敏に研ぎ澄まされ、灰色の瞳は何も見えない、暗い場所の僅かな光を探す。



 その時、ドルドレンの耳に生温かな風が吹く。ぞわっとして首をすくめ、さっと振り向くと目の前に変な人間がいた。

 そう。目の前・・・ドルドレンの顔から、僅か20㎝程度の場所に、のっぺらぼう的な顔が。


「うわっ」


 ビックリして体を反らすと、顔らしい部分はぐにゃぐにゃ動き始め、動きながら何かしら潰れるような、嫌な音を立てる。反射的に腰に手を伸ばし、剣がないことを改めて意識する。ハッとして、急いで走るドルドレン。


 何だあれ、何だ? 見えない洞窟の中を、滑る足に慌てながら、ドルドレンは一目散に駆け出したものの、目の前に出てきた『異様な人間みたいなものを』考えた。


 暗過ぎて、目のすぐ近くに出した手さえ見分けられないのに、あの変なものは、真ん前にいて『少し、光っていたのか?』黄土色に濡れた顔。顔とさえ言えない、粘土の出来損ないのような凹凸は、ドルドレンの目に映っていた。


 もしかしたら、本当は見えないのか。冠があったから・・・ここまで考えて、足首が引っかかる。


「うぉっ」


 何に引っかかったか。左足首を取られ、つんのめりそうになったところで、ぐっと体を丸めて回転し、急いで転倒を避ける。


 じゃり、と音がし、濡れた石の上の砂にしゃがみこんだドルドレンは、またしてもギョッとする。屈みこんだそこに、あの顔。悲鳴が出そうになって、ざっと立ち上がると、それは凄い速さで伸び上がり、あっという間にドルドレンを覆う。


「何?何だと!」


 伸びたと思ったら広がり、ドルドレンに大きな布が被されるように、それは騎士を丸ごと飲み込む。が、すぐに何かに驚いたように、それはバッと離れた。


 仰け反って仰向けになりかけたドルドレンは、何が何だか分からない。ふと、濡れた顔を片手で拭って気が付く。首元の『ビルガメス』男龍にもらった、彼の毛が自分を守ってくれたんだ、と知る。


「助かった」


 発光し始めたビルガメスの毛。ドルドレンの声に反応するように、フワーッと白い光を放ち出すと、ドルドレンの首元を中心に、柔らかな虹色の光がドルドレンの周囲を照らす。


「ああ、ビルガメス」


 こんな形で救われるなんて!感謝したのも束の間。一度は遠ざかった、あの異様なものが光に照らし出され、その姿に目を丸くした。


「何と醜悪な」


『太陽の民ドルドレン。弱い勇者』


 嘘みたいに気持ち悪い、魔物としか言いようのない人間の形がそこに在る。息が早くなるドルドレンは、目が逸らせるなら逸らしたかった。


 相手の声は、崩れた喉から直に漏れているようにも思える。口がないのに、喉が破けてそこから息でもしているのか、べろんと垂れた肉片が揺れている。


 指も骨や肉が出ていて、そこに何かが動いている。飛び出ている突起状の肉には斑点があり、それは体の至る所から出ていて、のっぺらぼうの顔は、掛けていた布が落ちたように、むき出しの崩れかける顔があった。

 ただ崩れているのではなく、何か病的な症状をそのままに崩れ続けている様子。


 そして、人間とは決定的に違うこと。腕が変な所から出ていて、腹の脇や、胸の斜め下あたりから垂れ下がり、その手は人の手ではなかった。虫の脚のような手、指、そこに人の骨。

 よく見れば、足も鼠径部に切り込みがあり、そこからも虫みたいな足が何本か出ていた。


 何がどうくっ付いたら、こんな状態になるのだと、恐ろしい相手にドルドレンは後ずさる。


『俺の体で生きている虫。俺が()()()()()場所で、俺を食って生きた虫』


「来るな」


 ドルドレンは、近寄ってくるその魔物に叫ぶと、流れる川の反対方向に向かって目一杯跳躍した。今や、明かりで見える、川の幅。浅いと分かるその流れに、どんっと跳躍して向こう側へ渡り、最初の場所へ戻るように走り出す。


『逃げてもお前は出られない』


 全力で走るドルドレンの耳に、あの声が聞こえ、ちらっと横を見ると、川の流れに何かいる。凄い勢いで自分を追いかけ、逆流の浅い川にその体が浮き沈みする。


『お前を食べる。食べて、お前を使う。お前の仲間も』



 その声にハッとしたドルドレンは、うっかり答えそうになり、ぐっと堪えて口を閉ざす。


 仲間?俺の仲間に何をするんだと、頭に怖れが沸く。走り続けながら、どこかでこいつを倒さねばいけない、その方法を考える。


 自分を捕まえるつもり・・・それは分かった。そのために、すぐに殺そうとしなかった。

 捕まえ、食べたら死ぬだろう、と思うが、そこは考えない。冗談じゃない。『俺を使う』と言った。俺を使うために、俺だけを()()()()()()()、と考える方が早い。


 でも―― 考え出すと、あちこち疑問が出てくる。


 なぜ、すぐに捕えなかったのか。剣を取り上げたのもこいつだと思えば。()()()()()()()()のことが出来て、どうしてすぐに、俺を捕獲しなかったのか。


 どうして夜は出なかったんだ。夜は俺が一人だった。なぜ、今になって。

 それを言うなら、どこから狙っていたか知らないが、旅の馬車でも良かったはずだ。どうして、いつ、なぜ。



 疑問が溢れる、全速力の逃亡。ドルドレンの走り続ける石の真横。その川に、獲物を追い詰めて楽しむように追いかける魔物。

 時折、魔物はドルドレンに腕を伸ばし、その動きを察して飛び退いては、黒髪の騎士が走る。

 どこまでも続く鍾乳洞の中で、ドルドレンは必死に戦う方法を考えた。

お読み頂き有難うございます。

昨日、ブックマークを頂きました!とても嬉しいです。有難うございます!

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